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八章 やんちゃ

 「貴方! 顔を貸しなさい!」

 

 唐突に言われたのは、昼のピークを過ぎて、食器の水気を拭いているところだった。

 視線をめぐらせるが、いない。下に向けて、発見。

 まっすぐな金髪に、赤いベレー帽。碧眼はこちらを睨んでいる。背は百四十もない。白いワンピースが清楚だ。


「おや、お嬢さん。どうかしましたか?」

「顔を貸しなさいと言っているのです!」

「はぁ……まぁ構いませんが」


 不良に絡まれる覚えも謂れもないのだが。彼女の言うとおり、外に出る。

 暗明の差に目がやられる。刹那に、気配を感じ、腕を伸ばす。


 伸ばしていなければ、小さな拳が、俺の鳩尾へ吸い込まれていただろう。

 拳を弾いて、俺は一歩引いて間合いを取った。


「チッ、中々やりますね」

「随分と俺は嫌われていますが、貴女を見た覚えもないのですが」


 店に来た客はおおよそ記憶している。だから、個々にあったオーダーにも対応できるのだ。

 俺はざっと記憶を巡ったが、該当する小さな人影はなかった。

「ウチはですね、マルグリッドお姉様の子分です! もう解散してしまいましたが、『輝きの蝶』の面子なんですよ!」

「……『輝きの蝶』?」

「知らないのですか、俄かもの! マルグリッドお姉様は、ここら一帯のやんちゃなガキや大人を、その腕力で屈服させて服従させていた、この国で指折りの戦士なのですよ! 前にワイバーンが来た時も、ぶん殴って追い払ったんですから!」

「えっと、その子分さんが、俺に何の恨みが……」

「シスターになってしまったのは仕方がありません。しかし! 貴方はう、ウチにも許されてない略称呼びを許されて……! とにかくムカつくのです!」

「ははぁ、嫉妬ですか。分かりやすいですね」

「むきーっ! 喰らえッ!」


 俺は試してみたいことがあったので、あえてその拳を体で受け止めることにした。

 殴られる部分を予測。また鳩尾。そこに気力を回し、集中強化。


「いっ!?」


 殴った彼女の方が顔を歪ませる。

 痛みはまるでない。腹筋と神経の間に形成された気力の壁が全ての衝撃を拳を伝って彼女に跳ね返したのだ。

 しかし、彼女も中々鍛えている。細い腕だがちゃんと締まっていて、今の一撃も中々重かった。


「痛っ~! ど、どどどうなってるんですか、そのお腹!」

「あはは、俺にも気力という才能が扱えまして。強化して、壁を作ったんです」

「くっ、気力使い!? 何でそんな奴がお料理屋さんをやってるのですか!」

「逆ですよ、料理人が気力を覚えたのです。……ふむ。貴女、どこかの貴族ですか?」

「ひいっ!? なななな何で分かったんですか!?」

「話し方が丁寧です。それは仕込まれてないと、その年では不可能でしょう。それに、所作に品がある。あと、一人称はウチ、でしたが、どこか取っ手付けたようなイントネーションでした」

「……ふん、マルグリッドお姉様も色ボケしたわけではないようですね。認めましょう。ウチはエリス・ミュルルット。……貴方、名前は?」

「レンと申します。以後、お見知りおきを」

「お詫びにお金、落としていってあげます。何か作ってください」

「では、おやつの時間ですし、甘いものなどいかがでしょう」

「ウチの舌は肥えていますよ? 生半可なものでは美味しいなんて言ってあげませんから!」

「上等です、甘味も一応は修めた身。修行の成果をぶつけさせて頂きましょう」


 勝負の結果は、彼女が去り際に「美味しかったです!」と吐き捨てたことで決したのだった。

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