2-2 謎
――人生とは、基本的に退屈だ。
慌ただしい朝。
狭苦しい電車に押し込められて、学校へ向かい、したくもない勉強をする。
同じことの繰り返し。
楽しみといえば、ゲームくらいのものだ。
けれど、そのゲームが現実になったなら?
ソルを取り戻すための二周目の人生にも、ようやく慣れ始めて――とまではいかないものの、決まった流れのようなものができてきた。
とはいっても、退屈ではない。
大好きなゲームの世界にいるのだ、なにをしても楽しい。
グリス/来栖ルイは、これをとてつもなくお得なことだなと思う。
一周目では、『来栖ルイ』の記憶がないので、この世界をゲームの世界と認識していない。
だが、今はゲームの記憶がある。すると、どうなるか?
この人には、こんな背景がある。この場所では、こんなイベントが起きる。このモンスターは、このアイテムは……目に映るもの全てに対して、解像度が違う。付加価値が違う。
世界から得られる、情報密度が桁外れなのだ。
ただ学園内を歩いているだけで、ゲームのグラフィックではわからなかったような空気感まで捉えることができる。
例えば、校舎の壁についている苔すらも愛おしい。
もちろん、苔くらいゲームのグラフィックでも見える。
だが、サイズ感や、そこについている水滴、匂い、手触り……そこまではわからない。
ゲームの時は、モブキャラクターであった生徒の髪型やアクセサリーだって、頻繁に変わっていてく。現実問題、ゲームであればそんなところにコストはかけられない。
グラフィッカーが死んでしまう。
この世界は、実在している。
この世界は、美しい。
転生する前の、醜い、つまらない現実とは違う。
この世界に、自分がいる。
ただそれだけで、幸せだった。
(幸せを噛み締めているだけじゃ、ダメなんだけどな……)
グリスはソルを破滅の運命から救わなければならない。
この愛おしい世界だって、放っておけば確実に滅ぶのだ。
グリスのすべきことは、山程ある。
(……さて、今日はこの辺りを調べておくか)
今は学園内でのゲームとの差異を調査している。
ゲーム時代からマップはよく作り込まれていて、基本的にはゲーム通りではある。
だが、やはり『全て』が同じというのは、コスト上の問題で不可能だ。
例えばゲームで本棚を調べるとする。
そこにある本のタイトルや、内容を知ることはできる。そうやって世界観を知りたいプレイヤーが自分で調べて知っていく、という構造になっている。
しかし、ゲーム上で表示される『本の内容』は、ゲームのテンポを損ねない範囲で要約されたものだ。
本棚にある全ての本を、全ページ読めるゲームというのは、現実的ではないだろう。
だが、今は当然、それが『現実』となっている。
他には、ゲームでは鍵がかかっていた部屋に入れるようになっていたりする。
これはかなり気になるポイントだ。
これがもし、続編やDLCへの伏線であったとすれば、この世界においてそれはどう処理されるのか?
考えるとキリがないが、そもそもこの世界はなんだ?
そもそも――――『グレンツェル・レガリア』とは、一体なんだったのだろうか。
偶然、全てがゲームと同じ世界があった?
(あのゲームが、この世界をモデルにしている……と考えるほうが自然か。
なら、ゲームの製作者は異世界転移でもしていたのか……すぐにわかることではない気がするが、少しずつ調べていくしかないだろう)
今日調べるのは、図書室にある、ゲームでは入れなかった部屋だ。
『図書準備室』。
一見、不審な点はない。だが、通常プレイで読めないはずの本を読めるのだ。
何か面白い本があるかもしれない。
ただでさえ、ゲームだけで把握できないような、細かいモンスターの生態が記述してあるような本がたくさんあるのだ。
圧倒的な物量の設定資料集が読める、と考えれば、ひたすら図書室にこもりたいくらいだ。
「…………ん……?」
だが、ここで見つけてしまったものの異常性は、そんなものではなかった。
その本は、ソルのことが書いてあった。
ソルティル・ヴィングトールは、将来的には彼女についての本がいくつも書かれるほど、この世界に大きな影響を与える人物だ。
だが、現時点ではまだ彼女はそこまでのことはしていない。
『ヴィングトール家』についての本ならばあるだろうが、彼女個人についての本なの、あるはずがないのに……。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………なんだよ……、これ……?」
その本には、ソルティルについて書かれていた。
――それも、彼女のこれまでと、これからのことが。
(…………これは……なんだ? ゲームの、情報……? どうして、こんなものが……。いや、そもそも――……)
どうして、ゲームの情報が、『この世界』にあるのだ?
背筋が凍る。
この世界は、一体、なんだ?