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2-1 俺の元カノ(前世での)と、幼馴染が修羅場すぎる



「……グリス……正気?」


 幼馴染のエイルは驚愕に目を見開きながら、そう言った。


グリスとエイルは、学内にある闘技場に集まっていた。

戦うためではない。

 話し合いのためだ。

 この場には、二人の他に、もう一人の人物がいる。

 ソルティル・ヴィングトール。

 ラスボスになり得る危険な少女だ。


(……というか、ソルとエイルは、殺し合うルートもあったんだよな……)


 『グレンツェル・レガリア』は、様々な『選択』をすることがコンセプトのゲームだ。

 選択の結果で分岐するルート次第では、ソルがエイルを殺すこともあれば、エイルがソルを殺すこともある。

 特大の『爆弾』を抱えている関係なのだ、ソルとエイルは。

 

 エイルが驚くのは、無理もないことだ。

 ソルティルは最後のパーティー加入キャラで、原作通りだとしても、彼女が仲間になることには驚きがあった。

 それをこんな序盤で。

 エイルは、グリスの耳元へ顔を寄せながら、ソルに聞かれないように言葉を紡ぐ。


「あの人は……、私やグリスとは相容れないでしょ? なのに……」

「いや……」


 グリスと、他の者では、ソルについて知っていることも異なる。


 だからまずは、そのズレを埋めなければならない。


「エイル。どうして彼女とは相容れない?」

「……そんなのっ! だって……、あの人は、ランクが低い人をバカをしてるし……、なによりヴィングトールでしょ?」


器用に小声のまま、苛立ちを滲ませるエイル。

 ヴィングトール家は、《七家》の序列1位だからこそ、そのやり方をよく思わない人間も大勢いる。

 特に、エイルは『メングラッド家』だ。家同士の長年積み上げた確執も根深い。


「でも、家のことは……、ソル一人の責任じゃない。それに、ランクだって、不用意に傷つく人がいないようにと思ってたのことなんだ」


 ソルが低ランクの者を『使えない』と決めつけ、見下し、危険なクエストが遠ざけることは事実だ。

 だが、それはただ他者を見下したいわけではなく、危険なクエストは全て自分が引き受けるという自負からなのだ。

 彼女に対してのこういった無数にある誤解は、本来なら長い時間をかけて、解いていかなければならない。


 しかし、今回はそんな余裕はない。

 多少強引でも、納得させるように言いくるめるアイデアはいくつかある。

 だが、強引すぎてもいけない。

 知らないはずの知識を使って、『二周目』であることがバレるのはダメだ。

 知識の辻褄があっていても、相手の感情を無視するようなやり方では、結局は一周目と同じになってしまう。


 きっといつか、選択を迫られる。

 ソルを救うということは、他の何かを取りこぼすことになる。

 そんな予感がしている。

 それでも、手が届く範囲で取りこぼすことは許さない。

 グリスが決めた、一つの指針だった。


「――おい……、グリス。なにをコソコソと話をしている? この私を目の前で除け者にするなど、ありえないことだぞ」


「あー、悪い悪い、今ちょっと相談を……」


 グリスが言葉を探していると――


「……『グリス』? ……ねえ、グリス……。あなた、グリスって呼ばれているの?」


 ――しまった。

 気づくのが遅れた。これも彼女たち二人が抱える、大小様々な爆弾の一つ。




「話していただろ? 昔、剣術大会で出会った親友の話」


「『親友』でしょ!? それってソルティル様のこと!? 剣術大会で戦ったっていうから男の子ことかと思ってたんですけど!?」




「そ、それは…………」


 口ごもるグリス。


 言葉が足りないところもあった。


 だが、そもそも『グリスニル』は、エイルにソルと出会ったことを話している際に、ソルの性別など重要視していなかった。

 ここで厄介な事実に気づく。

 『来栖ルイ』がいくらゲーム知識を持っていようが、ルイがシナリオ改変を始めるよりも以前に起きているイベントは、もう変えることができない。

 『グリスニルは、エイルに対してソルと出会ったことを話した時、性別に言及していない』。

 これはもう、動かせない事実なのだ。


 プレイヤー視点で、このすれ違いはエイルの驚愕と嫉妬を引き出す面白いイベントでしかないが、今のグリス/ルイにとっては、恐ろしい爆弾となる。



(エイルとグリスが幼馴染で、エイルは過去のある出来事で、グリスのことを異性として意識してる……というか、普通に大好きでクソデカ感情で、激重ヒロインだ……)



 そこがエイルというヒロインの人気なところでもあった。


 それもプレイヤー視点の話。


 実際に目の当たりにすると厄介極まりない。

 しかし同時――……。


(…………やっぱり、可愛い…………ッ!!)


 エイル・メングラッドは、はっきり言って面倒くさい。


 『このゲームのヒロイン重くね……?』というのも、よく見る感想だった。


 だが、それがいい。


 今もむぅ~と頬を膨らませてグリスを睨むエイル。


(ヒロインは、厄介なくらいが可愛い。…………それはさておき、エイルを怒らせたままではいられない)


 画面の向こう側ではなく、眼前の現実として向き合うと決めているのだ。

 ならばエイルに対しても、誠実でなければいけない。


 グリスが、伝えていた事実が足りていなかったことをまず謝罪しようとした時――




「――私が女だと、何か問題があるか?」


 刹那、冷たい声音でソルが言葉を挟んだ。


「……いえ、それは……」


 口ごもるエイル。

 無理もない。

 ソルは、学園最強であり、人類の中でも頂点の『七人』だ。

 人類最強である『神器使い』の中での序列は、現状のシナリオ進行度では判明していないが、いずれ最強になるのもソルだ。

 

 人類最強の、圧。

 気圧(けお)されないのは無理だろう。



「ソルティル様、これは……」

「やめろ。『様』などいらない。エイル……だったか? お前はグリスが認めて傍に置いているのだ。対等でなければな」

 この尊大な態度でも、ソルとしては大きな譲歩だ。


 ワーグ・リュスタロスの件からもわかる通り、ソルは大抵の相手とは上下をはっきりさせる。


「傍に、置いている……」

 小さな声で、エイルが呟く。


「では、ソルティルさん。一度、グリスと話し合いたいので、待ってもらえますか」


「……わかった。私は新参、知らない事情もあるだろう」


 意外にも、あっさりと引くソル。

 『除け者にするな』と言っていたが、説明すればわかってくれるらしい。

 


  ■ ■ ■


 

 グリスとエイルは、場所を変えて二人きりになる。


「で? どういうつもり? グリスの『親友』が、あの女だったのは……、一度置いておくとして……」

 

置いておくだけで終わってくれないのか……、とグリスは少し頭を抱えたくなる。


「あの人が低ランクを差別してるとか、ヴィングトール家の問題とか、それも一回置いておきましょう……。それでも、私は、あの人と組むのは、反対」





「……どうして?」


「――――グリス、絶対いつか殺されるよ!?」






「殺されるって……」


 その言葉には、背筋に氷柱を突き立てられたような感覚があった。



 一瞬、エイルは『一周目』を覚えているのかとすら思った。


 だが、そうでなくても、この不安は『一周目』でも抱えていたものだ。

 ソルは、世界を救うためならどこまでも苛烈になれる。それをパーティーメンバーにも求めてしまう。

 

 勇者になるのだ。

 世界を救うのだ。

 

 命の危険くらい当然だが、それでも度合いというものがある。

 間違いなく、ソルと冒険することは危険だ。

 『殺される』なんて物騒な表現をしてしまうくらいには。


「理由なら他にもある。私は、あの人のことが嫌いだし、それは変わらない。信頼できない相手と組むなんて、自殺そのものだよ」


「俺は……、強くなれる手段が目の前にあるのに、それを見過ごすのは怠慢だと思う」


「死んじゃったら意味ないよ! あの人がいなくたって……、私とグリスなら、勇者になれる」


「でも……!」


 平行線。

 互いに譲れない主張。


(でも……、でもそれじゃ、ダメなんだ……。俺の主張も、エイルの主張も、別におかしなことは言ってない。ソル抜きでも、俺達は強くなれるかもしれない……。でもそれじゃ、ソルは絶対に死ぬか、世界を滅ぼす。これは確定事項だ)


 グリスの知る未来は、説得の材料にはできない。

 しかし、安全策だけで全てを切り抜けられるとも思わない。




「――ヴィングトール家の動き次第で、ソルは《魔王》以上の敵になる」


 未来の知識がない『本来のシナリオでのグリス』なら、こんな発想はありえない。




「《七家》の危険性は、エイルだってわかっているはずだろ? 家名のためなら、どんな足の引っ張り合いがあるかわからない」


 極端な話、ソルを抜きにして、《魔王》を倒し、世界を救ったとする。


 そうなると、ヴィングトール家としては、家名の威光を損ねる忌避すべき事態だ。


 ソルを使って、グリス達を消し、魔王討伐の名誉を奪うということさえ、容易に考えられることなのだ。

 そういった《七家》の――いや、人類の醜さを、同じ《七家》であるエイルも知っている。


 『一周目』のグリスは、ここまで《七家》に詳しくもなければ、ソルに執着する理由もない。

 なのでこの展開は、ありえないものだ。


 エイルは、グリスが過去にソルに会っていたことを詳しくは聞いていない。

 だから、グリスが《七家》やソルについて、どこまでの情報を持っているか把握できないはずなのだ。

 『二周目』のグリスでなければ、至らない発想だ。


 そして――……。


「……わかった。嫌だけど……、あの人は嫌いだけど……、グリスと私の夢のためなら、しょうがないよね……」



 ――――なろう、《勇者》に! なれるよ、私達なら絶対!


 過去のエイルの言葉。

 幼い頃、グリスとエイルは約束をした。


 グリスにも、エイルにも、強くならなければいけない理由がある。

 グリスは剣士、前衛だ。エイルが治癒魔術を得意とするヒーラー。グリスが前衛で戦い、傷ついたのならエイルが回復させる。

 学園に入る前から、そうやって戦ってきた。


「……ああ。俺達の、夢のためだ」


 ズルい言い方なのは、わかっている。

 二人の夢を、ソルのために、利用する。

 エイルを、利用する形になっている。


 それでも、ソルを救うためには、こうするしかない。


 完全に、一切のリスクがなく、シナリオを改変することはできない。

 いつかエイルが、この詭弁を許せなくなるとしても、そのリスクを背負って、パーティーを組まなければいけない。


 ソルとエイル。

 二人は相容れないが、どちらが欠けても、幸せな結末にはならない。



 

  ■ ■ ■





「さて、それじゃあ……改めて、パーティーを組むということで、これから仲良くやっていこう……、……な!? 二人とも、……な!?」


 一応、グリスとしては話がまとまったと思ったのだが。


 エイルはソルへ、不満そうな視線をぶつける。

 対してソルは、不思議そうに首を傾げている。

 少し先が思いやられるが、二人の関係はこれから改善していけばいいだろう。

 それから、3人で簡単なクエストをこなそうということになった。

 そして、そこで事件は起きた。

 回復薬などをポーチに詰め込み、準備を整え、学園内からすぐに向かうことのできるダンジョンへやってきた。


 そこで、エイルが異変に気づく。



「……ソルティルさん……荷物、少なくない?」


 少ないというか、ない。

 腰には《神器》とAランクの剣を帯びているものの、アイテムを持っていないようだ。



「……ん? ああ、いつもは全ての荷物を私以外のパーティーの誰かに持たせていた。

 当然だろう? 私の動きを阻害するのは、パーティー全体の機能を著しく下げる。

 エイル……君は後衛だろう? 荷物持ちは頼む。これも立派な役割だ」



「………………」


 エイルがグリスの服の袖を激しく引っ張る。








「……あの……エイル……」


「……私、やっぱりこの人、無理!!!!!」





(まだ殺し合ってないだけ、一周目よりギリギリでマシ……まだ……まだ、マシ……)


 グリスは先が思いやられまくりながらも、自分を慰めた。




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