1-4 ―― VS 最強 ――
――――今日中に、ソルティルを倒す。
そう方針を決めたものの、できる範囲でシナリオから外れないようにしておかなければならない。
ソルティルに挑むチャンスがあるのは、今日の放課後。
今日の予定は、入学式の後に、クラスでの顔合わせ、そして寮の部屋割決めだ。
エシルガード王立勇者学園は、全寮制。
新たに入寮する一年生には、既に部屋割が与えられているが、希望すれば変更が可能なのだ。
そして、グリスにはこの先の展開に、予測がついた。
「アンタ……、ソルティル・ヴィングトールにケンカ売ってたやべーやつか! こりゃ、部屋割の変更希望はなしだな!」
筋肉に覆われた体。
日焼けした肌。短く刈られ逆立つ、炎の如き赤毛。
ここまでは、ドワーフの特徴だろう。
しかし、彼は筋肉に覆われつつも、身長はグリスよりも高く、靭やかな印象を受ける。
「おっと……勝手に盛り上おがっちまって悪い。オレはヴァルト・イーヴェルグ。『神』を超える剣を打つ鍛冶師だ。よろしくな!」
――ヴァルト・イーヴェルグ。
ゲームシナリオでも、一周目でも、グリスの相棒で、親友だった少年だ。
(変わってないなあ……)
グリスの胸に、懐かしさが溢れる。
当たり前だが、少しだけシナリオがズレたところで、ヴァルトの本質はなにも変わらない。
出会った頃から、ヴァルトはいつも同じことを言ってた。
だからグリスも、『一周目』の熱さのまま、同じことを言おうと誓う。
「俺はグリスニル・ヴェイトリーだ。こちらからもよろしく頼むよ。……俺も、神には用がある」
今の所、どの神に文句を言えばいいかもわからないが、とにかく文句は山ほどある。
《ブランク》などと言われることもそうだが、それよりもソルティルに与えられた運命の残酷さについては、問いたださなければなるまい。
「お、いいね……。ま、アンタの場合はそりゃそうか!」
ヴァルトも、先程のグリスとワーグのやり取りは聞いているのだろう。
グリスが『加護』を持たないことで、自身の運命を呪い、神に抗うと決めているのだと思っているはずだ。
「オレの場合は、鍛冶師だからな。《神器》を超える剣が打てた暁には、アンタに確かめてもらいたいな」
「引き受けよう。楽しみにしてるよ」
これがヴァルトの、『神を超える』の意味だ。
《神器》とは、遥かな過去――神代において神が作ったとされる武具。
ソルティルが持っている剣、《グレイスレイヴ》もその一つだ。
人の身にて、《神器》を超えた剣を打てるのか?
グリスは知っている。その夢の果てに、彼が行き着くところを。
(やばい……、あのシーン思い出すと泣くな。いきなり泣き出す不審者になるので頑張って思い出さないようにしないと……、違うこと違うこと……、えーと、《マッドプラント》の持ってる《スキル》は《スリープパウダー》、《バインドウィップ》……)
「……………………どうした?」
「いや、なんでもない」
これからも気をつけなければ。これは『二周目プレイ』の厄介なところだ。
――オチまで全て知ってると、思い出し泣きのタネはそこら中にばらまかれていることになる。
■ ■ ■
「…………あれ?」
『相棒キャラ・ヴァルト』との出会いイベントを終えた後だ。
ヴァルトは学内にある工房へ向かっている。
グリスもこれから、いよいよソルのところへ向かうのだが……そこで、あるものを見つけた。
剣。
グリスの持つ刀よりもずっと幅広なものだ。ヴァルトの武器であろうことは間違いないが、しかい違和感がある。
(これって、確か…………)
記憶をたぐる。
鞘に施されてる装飾が、初期武器にしては派手に思えた。
(…………そうだ。これ、2章のダンジョンとかで手に入るレア武器じゃなかったか?)
店売りなどでは手に入らない貴重品だ。
それは、つまり――……。
(…………どうして、ヴァルトがこんなものを、この時点で……?)
偶然? いや、ありえない。
ダンジョンに奥へ偶然いくことなどない。
そうなると――……。
(ヴァルトか……もしくは、別の誰かが、シナリオからズレた動きをして、この剣を手に入れた……ということか?)
自分以外のシナリオからズレている者。しかも、今日の時点でヴァルトが既に剣を持っているということは、『ズレ』は今日より以前に起きている可能性が高い。
(なにがどうなってる……?)
予定を変更して、ヴァルトからもう少し情報を聞き出すべきだろうか。
いや、彼の様子におかしいところはなかった。
この後予定通り、ソルティルのもとに向かった後で、部屋に戻ってから話せばいいだろう。
まずはソルティルだ。
このタイミングを逃すと、彼女と接触する口実がなくなる。
サブクエはすぐにやるべきなのだ。シナリオ進行で消滅したことを嘆いたところで、元には戻らないのだから。
人間関係も同じ。
人は一瞬ごとに変わり続ける。だから人の願いは、すぐに叶えなければ、願い自体が消えてしまう。
■ ■ ■
【SIDE:ソルティル】
――まだ、満足に剣も振るえなかったあの頃の私は、世界の全てを斬れると思っていた。
ソルティル・ヴィングトールには、何度も思い返す過去がある。
まだ七つの頃だ。
小さな町での、武術大会。
子供の部で、年齢制限は勇者学園に入学できる15歳以下。
この年代だと、満足に魔術も使えない者同士の、シンプルな剣比べになることがほとんど。
だからソルティルは、たった七歳でありながら、倍もある14歳の相手すら、軽くあしらってしまう。
雷撃を浴びせるような『大人げない』マネはしない。
ただ踏み込み、木剣で撫でてやれば、それで終わり。
――――退屈。
心底、そう思った。
ソルティルには、夢がある。
世界を救い、世界を変えるという、大きな夢が。
そのためには早く大人にならなければいけない。
だというのに。
こんなにも選ばれた、勇者の力を持つ自分でさえ、すぐに大人になることはできない。
つまらない。
つまらない。
つまらない。
そう、思っていた瞬間だった。
なにやら周囲がざわついている。
どうやら、次の対戦相手は、ソルティルと同じ7歳の子供のようだ。
どこか頼りない、貧弱そうな少年。ソルティルの最初の印象は、それだった。
だから彼女は、その時は予想できなかった。
――――この少年が、自分の運命の相手なのだと。
「あなた……名前は?」
「あー、えっと……ニール、です」
「ふぅん……?」
弱そうだ。魔力も感じない。
剣術だって、同年代にも、年上にも負けない。
ソルティルは、『ニール』をナメていた。
そして、完膚なきまでに敗北した。
――ソルティルの退屈は、ニールという少年が壊してくれた。
彼とは、たくさんの冒険をした。
大人に知られたら怒られるような、危険なダンジョンにも行った。
二人なら、無敵だった。
あの日々は今も、ソルティルの中に宝石のように損なえない輝きを放っている。
だが、ソルティルはその輝きを胸の奥へしまい込んでいる。
誓ったのだ。
彼のような――ニールのような、強い人間になると。
そのためにすべきことは、ニールとの思い出に浸ることではない。
過去を想うのではなく、未来を想うことが、彼のようになることなのだ。
次にニールに会う時、今よりもずっと強く、彼に相応しい人間になる。
七つの頃のソルティルは、そう誓って、ニールとの思い出を胸の奥に封じた。
■ ■ ■
【SIDE:グリスニル】
――まだ満足に剣も振るえなかったあの頃の俺は、世界の全てを斬れなければ、自分は何もできないと思っていた。
グリスニル・ヴェイトリーには、何度も思い返す過去がある。
七つの頃の話だ。
小さな町での武術大会。他の出場者達にとっては、腕試し程度の場所だったが、グリスにとっては、自分の全てを賭けて戦う場所だった。
グリスには『加護』がない。この世界で、『加護』がない者は、冒険者になる素質がないとみなされてしまうので、冒険者になることができない。
だが、それでは困るのだ。
グリスには、金が必要だった。
病気がちの母親は、女手一つで自分を育ててくれているが、ここ最近は病状が悪く、まともに仕事をすることができない。
懇意にしていたメングラッドの家に世話になっているが、メングラッド家の中でも、自分達の立場は悪い。
エイルと、その両親は自分達をかばってくれているが、他の者達を納得させる材料が必要だった。
母に代わって、金を稼がなければならなかった。
金がいる。
才能もない自分が、金を稼ぐにはどうすればいいのか?
金がない。
才能もない。
それでもグリスは、剣に縋った。
斬る。自らに降りかかる残酷な運命の全てを、グリスは斬り伏せると誓っていた。
そんな時だった。
彼女に出会ったのは。
最初は、その全てを持っている恵まれた境遇が、たまらなく不愉快だった。
恵まれたヤツなんて、全員殺してやりたいほど悪かった。
――だが、違った。
彼女は、ただ恵まれただけではない。
生まれ持った強大な力に見合った、強大な運命を、背負ってしまっている。
自分よりも、ずっと残酷な運命を。
だってそうだろう。
グリスには、世界を救う使命などない。
ただ、自分と母親が笑って静かに暮らせれば、それでよかった。
けれど、彼女は違う。
ソルティル・ヴィングトールが、運命から逃れられることは、絶対にない。
ならばその運命を斬り伏せるほかないだろう。
■ ■ ■
そして今――学内の闘技場にて、グリスとソルは向かい合っていた。
「ソルティル様――……いいや、ソル。俺は『ニール』だ。思い出してくれたか?」
「さて……誰だったかな?」
ソルティルは、嘘をついた。
覚えている。忘れてなんていない。
思い出さないと誓っても、それでもずっと、想っていた。
今だって、本当は彼に駆け寄って、思い出話をしたいところだ。
だが、それよりもずっと――この胸を焦がす衝動がある。
「思い出させてみろ! 言葉ではなく、その剣でな……ッ!!」
「いいだろう。忘れないように刻みつけるから覚悟してくれ」
グリスも応じる。
百の言葉で語るより、剣を交えた方がずっと伝わるだろう。
離れていた間に、どれだけの研鑽を積んでいたか。
ただし、ソルティルが想像するよりも、その剣の冴えは遥かに上だ。
なにせ人生一つを上乗せして。
たった一人の最愛に、焦がれ狂った剣なのだから。
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