表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/7

1-3 今日中に、彼女を――――



 ソルティル・ヴィングトール。

 このゲームのヒロイン。

 『一周目』では、長い対立の果てに結ばれていた最愛。


 そして――――自らの手で、殺した相手だ。




(生きてる……生きてる、生きてる、生きてる……、ソルが、生きてる……!!)




 グリスがソルを殺してから、彼は何年もの間、戦い続けた。

 死に場所を求めて、壊れたように、ずっと。

 悔やまない日はなかった。

 


「――――ソル!」



 感極まって、思わず一周目での呼び方をしてしまう。


 瞬間、その場にいた生徒達に凄まじい緊張が走る。


 皆が思ったはずだ。

 こいつは一体、どれだけ無謀なのだ? と。


 ソルティルは、一年生ながら既に学園最強。

 その彼女に対して、気安く話しかけるなどありえないことだ。

 異様な雰囲気を感じ取り、グリスもすぐに気づいた。


 この段階で、ソルに対して馴れ馴れしく接して良いはずがないことに。


「………………ティル……、様!!」


 かなり苦しいが、強引に誤魔化そうとした。


 『ソル…………ティル……様』と、明らかに不自然になっている。


 この頃のソルは、グリスに対して好感度などない。

 それに、彼女が尖りに尖りまくっていた時代だ。


 この粗相だけで彼女を怒らせ、退学に追い込まれてもおかしくない。


 しかし、そのことよりも、なによりも。


(ソルのことを、知らないフリをするのが、つらい……!)


 彼女との思い出が溢れてくる。


 学園にだって、彼女との思い出が溢れている。


 学内の景色を一望できる塔の上で、一緒に夕日を見た。

 彼女は真面目な生徒だったが、一緒に授業を抜け出して街へ買い物に出たこともあった。


 それでも、やり遂げなければならない。


 どれだけの辛さを飲み込んででも、彼女を救いたい。


 ここで変な態度をとれば、予測不能な方向にシナリオは壊れていく。


 ソルを救うためにシナリオをねじ曲げるのなら、どうやって変えていくかは正確に把握しなければ。

 そのためには、シナリオ通りに進めるところは、不自然なことをしてはならない。

 ゲームのように、ただ流れに沿って話を進めなければ。

 グリスがそう、人知れず決意を固めると。

 悠然と周囲を見渡して、ゆっくりとソルティルが言葉を紡ぐ。


 そして、まずワーグへ視線をやる。

 先程まで居丈高にグリスを見下していたワーグが、いたずらの見つかった子供のように震え上がる。


「リュスタロスともあろう者が、下らん揉め事一つまともに始末もつけられないか……貴様はもういい。処罰は追って出そう」

「し、しかし……ソルティル様……ボクは、まだ……」

「……おや……、やはりここで私から裁かれたいか」


 瞬間――――ソルティルは、軽く指で紙屑でも弾くかのように、虚空を叩く。


 それだけだ。

 たったそれだけで、指先からバジィ!!! と、激烈な雷撃が迸り、ワーグの体は地に伏せる。


「ぎ、ィ、あァ……!!!? そ、そそる、ティル……、さまぁ……!!?」


 まともに言葉を発することもできず、芋虫のようにのたくるワーグ。

 隔絶。

 次元が違いすぎる。

 グリスのように、ワーグの攻撃をかわす必要などない。ただ、一瞬で、彼を制圧してしまった。

 技の速度、精度、全てが別格。 


「片づけろ。私の学舎に道理を弁えない獣はいらない」

「直ちに」


 ソルティルが命じると、脇に控えていたメイド服の少女が、ワーグの体をどこかへ運んでいってしまう。

 医務室の方角であることは確かだ。

 グリスは知っている。

 ソルは滅茶苦茶に見えるが、ただワーグを痛めつけたいわけではない。

 彼女の言っている通り、入学式を前に秩序を乱したワーグを処罰しないのでは、示しがつかないというわけだ。

 それは当然、グリスにも当てはまる。


「……で、貴様は?」


「グリスニル・ヴェイトリーです。一つお願いなのですが……俺の処罰も、ワーグと同じにしていただけませんか?」


「……ほう、面白い挑発をしてくれたものだな」


 周囲が騒然となった。

 先程、ソルと馴れ馴れしく呼びかけた時を越える動揺が、その場を満たしていく。

 ワーグと同じ。


 つまり、()()()()()()()()()()()()()、グリスはソルティルに挑戦しているわけだ。



「どれほどの蛮勇か、試してやる」


 雷撃が、弾けた。

 同時――――グリスは腰の刀を抜いていた。


 一閃。

 放たれた雷撃を、グリスは抜きはなった刀で切り裂き雲散霧消させた。


「ありえねえ!」「あのリュスタロスがなにも反応できなかった攻撃を!?」


 周囲の驚きに対して、ソルティルは冷ややかな視線でグリスを見つめるのみに止まる。



「処罰は以上……ですよね?」

「ああ。物足りないか?」

 ワーグに与えたの一撃である以上は、ここでこれ以上グリスへ制裁を与える道理がない。


「ええ、足りません。……足りない分は、またいずれ」


 できる限り、意味深に言ってやる。

 そしてグリスは、ソルティルの腰に収まる剣へ視線を向けた。


 ソルティルも、その視線の意味を理解した。


「……そう逸るなよ、グリスニル・ヴェイトリー……、私がはしたない女に見えるかな?」

「いえ……そのようなことは」

「であれば、相応の舞台に貴様が上がってくることがあるのなら、その時は誘いに応じてやる」


 嫣然(えんぜん)とした笑みを刻み、ソルティルはその場を後にした。




「……身の程知らずが。《ブランク》のクズのくせに……」


 後に続くメイド服の少女が、グリスを睨んで吐き捨てた。




 グリスはソルティルが持つ《神器》を抜けと挑発していたのだ。


 この世界にたった七つの、最強の剣をだ。


 当然、こんなところで気軽に振るうはずもない。

 こうして、この場はひとまず収まった。


 チュートリアルイベント終了、といったところだろうが、いきなり本来のシナリオから大きく外れてしまった。

 なにせ本来、ここでソルティルと邂逅することはないのだ。彼女が絡んでくるのは、もう少しあとだ。

 だが、これでいい。

 シナリオをズラして、ソルティルとの関係が始まる時期を大きく早める。

 そのための布石にはなった。

 グリスにとって、これはかなり幸先がいい出来事だった。




               ■ ■ ■




「ほんっとに、どぉーしてあなたはいつもそうムチャクチャなの!?」


「すみませんでした……」


 ソルが去った後のことだ。


 グリスは、幼馴染のエイルに叱られていた。


「グリス……、グリスニル。あなたが無茶して、怪我をして、それを治すのは誰?」

 

 普段は『グリス』と呼ぶが、改まって『グリスニル』と呼ぶ時は、結構怒っている証拠だ。


「エイル・メングラッド様です……」

「はい、正解。エイル様はとーってもお怒りです! さて、どうして?」


「魔力が……もったいない?」

「不正解!! あなたが傷つくからでしょ!? なんでわからないのバカなの? バカでした! バカだからソルティル様にケンカを売るんだもんね! バカにしかできないもんね!?」


「おっしゃるとおり……」


 そんなにバカバカ言わないで欲しい。

 グリスはへこんだ。

 だが、こうしてエイルが怒るのは、心配しているからこそなので、嬉しくもある。


「はぁ~……。なんで? なんでこんなことに……?」

「きっかけは……、ワーグの方は、お前が馬鹿にされたのがムカついたから」

「それは……、ありがと……。でも、別にいいよそんなの。グリスが怪我をするほうがよっぽどイヤ」

「してない」

「結果論!」

「しない」


 ワーグごときに遅れは取らない。


「はい、じゃあこの間一緒にクエストをこなしてる時、《マッドプラント》相手に無茶して死にかけたのは誰でしょう」

「バカのグリスニルでございます……」

「はい、正解。はい、バカ」


 エイルとパーティーを組む時は、剣士のグリスが前衛。

 エイルは後衛のヒーラーだ。


 グリスはエイルの回復を頼みに一人でならやらない無茶をしでかすが、その度に当然、エイルは怒る。

 グリスは自身が傷ついて、誰かを助けたり、モンスターを倒して報酬を得られるのなら、迷わずリスクを犯す。

 エイルは毎回、それが許せずに怒る。

 だが、グリスのバカは一生直らないので、エイルは一生怒り続けるというわけだ。


 こうして、エイルは呆れつつも、なんだかんだとグリスにつき合ってくれる王道な幼なじみキャラ……に見えているだろうか?


 実際、エイルは王道幼なじみキャラと言ってもいいだろう。




 だが、彼女にはそれだけではない秘密がある。


 彼女は――――『魔族』側のスパイなのだ。


 魔族。

 人類を滅ぼさんとする、魔界に住む者達だ。


 これには事情がある。

 まず、エイルのメングラッド家と、ソルティルのヴィングトール家は、それぞれ七大神器を保有する一族だ。

 メングラッド家は、木の一族。

 ヴィングトール家は、雷の一族。


 相性としては、木は雷撃を通しづらく、優位ではあるのだが、それゆえに、序列1位であるヴィングトール家から、メングラッド家は疎まれているというわけだ。


 そこで、メングラッド家は考えた。


 ――――ヴィングトール家の当主を、暗殺してしまおうと。


 そのための暗殺者が、エイルというわけだ。

 彼女は表向き、神器を継承していない。

 だが実際のところ、彼女は神器を継承しており、それを隠している。


 エイルに指示を出しているのは、メングラッド家の中でも過激派。

 『メングラッド家の過激派』が、魔族とも繋がり、エイルを操っているというわけだ。


 魔族の中にも、『勇者』を輩出するヴィングトール家を恨む者は多い。そこで利害は一致する。




 ……と、こんないざこざが、ゲーム本編のわりと中盤~終盤である6章あたりで起きる。


 エイル裏切り編。

 名エピソードだ。

 そのままエイルが死んだり、死闘の末に仲間になって大幅にパワーアップしたりする。


 実際、『一周目』の人生でも、この出来事は起きている。


 ちなみに。

 1章 パーティーメンバーとなる親友キャラで、鍛冶師を目指すヴァルト。

 そのヴァルトとはいつもケンカしてばかり、学年2位の実力者で、後に魔法使いとしては最強に至るロリでエルフのフィム。

 この二人に、エイルを加えての冒険。

 2章 親友キャラ・ヴァルトの過去が明かされ、シナリオ全体を通して敵対する組織が登場する。

 3章 ロリエルフ魔法使い・フィムの過去が明かされる。

 4章 いよいよ敵組織との対決。

 5章 この章でのボスは、ソルティルだ。

 対決後、やっと彼女がパーティーへ加わる。


 ソルが闇落ちする分岐は、6章以降にある。


 だが、ソルがパーティーメンバーに入っていない、シナリオ上で彼女と関わっていない期間も、彼女はずっと悩んでいるのだ。


 グリスは、それが許せなかった。

 だから、徹底的に、ソルに関する部分はシナリオを改変する。


「いい!? グリス。もうこれ以上、無茶しないでよ?」

「……ああ、善処するよ」


 嘘をついた。


 これからもっと、とんでもない無茶をしなければならない。




 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()




 そのために必要な策も、既に考えた。


 次にやるべきこと。


 この時点で、ゲームシナリオ上には、あるサブクエストがある。

 無駄なサブクエをやる暇はないが、これは別だ。


 それは、ソルティルがパーティーメンバーを募集し、その選別のための試験を行うというもの。


 これはゲーム本編だと『負けイベント』で、その試験に勝つことは絶対にできない。

 このイベントは、ソルの強大さを示しておき、後に仲間になった時の喜びを高めるための、期待感を高める準備といったところだ。


 しかし、そんなことは知ったことではない。


 今すぐに、彼女を仲間にする。


 試験内容は、ソルティルと戦うこと。


 グリスは決めた。


 終盤加入キャラ?

 ラスボス候補の最強キャラ?

 知ったことではない、関係ない。

 彼女の苦しみを1秒でも減らすための、RTAだ。



 ――――今日中に、ソルティルを倒して、仲間にする。









読んでいただきありがとうございます!

このお話を読んで、

「面白そう!」

「続きが気になる!」

と感じていただけたら、是非ブックマークや評価★をいただけたら嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ