1-2 めっちゃバカにしてくる貴族を、斬る
――「貴様……《壊れた器》の分際で、この僕に逆らうのか!?」
《壊れた器》。
それは、その身になんの『加護』も宿さない者への蔑称だ。
この世界は『地・水・火・風・氷・雷・木』の7つの基本属性の神がおり、大抵の者は、いずれかの神の加護を宿し生まれる。
だが、グリスはなんの加護も持っていない。
加護を持たぬ者は、神に仇なす魔族だと差別を受けることすらある。
グリスは魔術が使えない。
だから、剣に頼るしかない。
ゲームにおいて、それはただの個性付け、キャラクターの操作感の差別化程度にしか受け取らないプレイヤーもいただろう。
けれど、ゲームが『現実』となった時――グリスにとっては、切実な人生の問題だ。
――グリスの母は言った。
『強く生んであげられなくて、ごめんね』。
――グリスの幼馴染である少女、エイルは言った。
『グリスが魔族なんてありえないよ。みんながグリスを悪く言ったら、私はそれよりもずっと、グリスの良いところ言うから』
――ソルは言った。
『お前が魔族だろうが、どうでもいい……大切なのは、お前の強さと、有用さだ』
胸の中には、言葉がある。
それは、前世――やり直す前の、『一周目』で受け取ったものだ。
母からのものと、幼馴染からのものは、既にこの時間軸でもかけられた言葉。
だが、ソルに認めてもらうのは、まだ未来の話だ。
それでも、確かに、言葉を受け取ったことを覚えている。
だから今さら、多少何を言われたところでどうでもいい。
グリスはこの世界を『作り物』として見下すようなことはないが、ワーグのような手合いはまともに取り合う気が起きない。
彼だって、一人の人間だ。
今はただのゲームのキャラクターではない。
しかし、自分の頭で物事を考えず、ただ周りの作った流れに沿って他者を馬鹿にするようでは、操り人形となにが違うというのだろうか。
ワーグの言葉に本気で怒る必要などない
――そう、思っていたのだが……。
「……ちょっとグリス、また揉め事……!?」
そこへ現れたのは、グリスの幼馴染である少女――エイル・メングラッドだ。
肩程度の髪を結んだ、房の短いツインテールの黒髪。
普段は温厚な性格なのだが、グリスがなにかをやらかす度に叱る、姉のような振る舞いになることも多い。
(…………エイルだ! 本当に、久しぶりだ……!)
『一周目』の人生において、ソルを倒した後に、グリスはパーティーメンバーとは疎遠になった。
一人、無茶な戦いを繰り返し、仲間を遠ざけて、孤独になることを選んだ。
だからだろう。彼女を見ているだけで、懐かしくて、安心して、涙が出そうになる。
それと、同時――……。
(…………改めて見ると、めちゃくちゃ可愛いな!)
ゲームプレイ時の記憶を取り戻したことを踏まえると、ずっと画面の向こうにいた憧れの存在が目の前にいるという衝撃もある。
グリス/来栖ルイは、ソルティルが最推しで、最愛ではあるものの、どのキャラクターにも愛着があるし、一緒に旅をしたパーティーのキャラなら思い入れも一際強い。
グリスがエイルに目を奪われている、その時だった。
「おやおや……《神装七家》の最下位であるメングラッド家の落ちこぼれではないか」
嘲りに満ちた声で、嫌味を込めて説明的な侮蔑をエイルへと向けるワーグ。
周りの生徒たちに吹聴する意味もあるのだろう。
――《神装七家》。
七つの基本属性の『神』には、それぞれに対応した一族が存在する。
エイルの生家である《メングラッド家》は、『木』に対応した一族。
七家には序列が存在し、現在の《メングラッド家》は最下位というわけだ。
そして、ワーグの《リュスタロス家》は『氷』を司り、序列は3位。
彼自身の功績でもなんでもないが、彼が偉そうにしているのは、そういう出自からだ。
「……エイル、ごめん。でも、大丈夫」
「……ちょっと!」
いつもこうなのだ。
エイルは、いつも心配してくれる。エイルはいつだって優しい。
「大丈夫……すぐ終わる、入学式には遅刻しないよ」
ワーグは、エイルを侮辱した。
「……、」
グリスは鋭い視線を、ワーグへ突き立てた。
「っ……!!? なっ、なんだその目は!? 《ブランク》の分際で僕を脅すのか!? 逆らうのか!?
《七家》のツラ汚しと、加護すら持たないゴブリンまがいのクズの分際で!? ふざけるのも大概に――……、」
「――――ワーグ・リュスタロスッッ!!」
刹那、グリスの叫びが、ワーグの言葉を遮り、静寂を生んだ。
(…………俺は、大きな思い違いをしていた)
ワーグの言葉など取り合う必要はない。
ただのゲームならば、そうだろう。
所詮は画面の向こうの作り事。
ワーグが語る侮蔑は、ただ設定されたフレーバー。
軽くボタンを連打して聞き流してもいいくらいの、どうでもいい会話。
RPG――ロール・プレイング・ゲーム。
ロールプレイ。演技。
全ては舞台上の虚構。
脚本に書かれた文字列にすぎず、それらに本気で怒る必要などない。
――本当に?
この世界に転生しているというのに。
いいや、転生しているかどうかなど、この際関係ない。
『グリスニル』という人間は、幼馴染を、母親を、大切な人達を侮辱されて、なんとも思わないか? そんなはずはない。
――――それは、断じてありえない。
「ワーグ・リュスタロス……薄汚い野犬。もう一度、その品性で吠えてみろ」
「野犬……? 野犬……だとォ……? ゴミクズの分際で……よくも……。お前こそ、もう一度言ってみろッッ!!!
―――ただし、リュスタロスの牙から逃れられたらなァッ!」
ワーグは、腰のホルスターに収められたいた杖を抜いた。
戦闘、開始。
まずはワーグから、無詠唱で威力を落として、速度を重視した氷柱が放たれる。
対し、グリスは腰の刀を抜き放ち、一閃。氷柱を砕いた。
「ハッ! なんだそのナマクラは!? 杖も握れぬクズに似合いの棒きれ遊びだ! 魔術も使えぬゴミクズは、我が氷牙の露と散れェ!!」
ワーグは同時に十の氷柱を形成する。
まず、入学したばかりの生徒は大抵がG~Eランクに留まる。
そして、そのランクの生徒は、氷属性ならば氷柱一つ作るのも苦労する。
10個の氷柱を作るとしても、狙いや速度がお粗末になる。
だが、ワーグはDランク。
十の氷柱を、同時に、高速で、正確に――これは、一年時でこなせる生徒はそうはいない。
ワーグ・リュスタロスは、入学前のデータをもとにつけられた学年序列で3位。
学年で三番目に優秀な生徒なのだ。
「これは避けられないだろ!」「終わったなあ、《ブランク》!」
騒ぎに集まっていたギャラリーが沸いて、グリスへ罵倒をぶつける。
時間差で、なおかつ四方八方から取り囲むように放たれた十の氷柱。
だが、当たらない。
かわす、弾く。
時には、一振りでまとめて三つの氷柱を切り落とす。
さらに極めつけは――
氷柱に対し、刀の腹を向けて、一瞬受け止める。
氷柱の先端が刀にぶつかり、砕ける刹那の間に、力を受け止め、受け流し、制御して、そのままワーグの方へと進行方向を捻じ曲げてしまう。
――――刀による、魔術の受け流しから、相手へ打ち返す曲芸。
魔術を斬るスキル《スペル・スライス》。
魔術を受け流すスキル《スペル・パリィ》。
さらにその先。
それらのスキルを極めた果てに解禁される上位スキル。
――――《スペル・ストライクバック》。
「なんっ、だ、それは……っ!!!?!?」
信じられない事態を目の当たりにしても、ワーグは氷の壁を生み出し、返された氷柱を防ぐ。
だが、次の瞬間――。
防御が間に合っていても、悪手であった。
氷の壁で、自らの視界を制限してしまっているのだから。
――――目の前に、既に、グリスがいた。
速い。
速すぎる。
「……なんだ……!? なんなんだお前はァッ!?」
ワーグが杖を振り上げた瞬間、既にグリスの刀は彼の首元へ突きつけられていた。
つぅ――……と、ワーグの首筋からほんの僅かに血が流れる。
「《壊れた器》……お前がそう大層なあだ名で呼んでくれたんだろう? 俺を馬鹿にしたいみたいだが……実際のところそれは、クソッたれな運命を押し付けてくる、神に抗うための名だよ」
グリスに『神様の加護』など必要ない。
ただ鍛え抜かれた剣を以て、自らの運命を切り開くのだから。
グリスは剣士。
なんの加護もない以上、七つの基本属性いずれの魔術も使うことができない。
それでも彼はSランクの勇者である――それどころか、勇者を遥かに超えたラスボスとなったソルティルとすら切り結ぶことができるのだ。
《スペル・ストライクバック》などのスキルは、ゲームであればレベルアップなどで覚えていくものだ。
しかし、この世界では、ゲームで『スキル』だったものを、体の動作だけで再現することができる。
一切のステータスによる恩恵がなくとも、プレイヤースキルのみで序盤のチュートリアルを超えるくらい、軽くやってのけなければ、ソルティルを救うことなどできないだろう。
その時だった。
「――これは一体、なんの余興だ?」
瞬間、その場にいた者全員が、絶大なプレッシャーに押しつぶされそうになった。
突然、巨岩を乗せられたかと錯覚しそうになる重圧。
実際に膝をついてしまっているものもいた。
現れたのだ。
ソルティル・ヴィングトール。
Sランクの《勇者》。
《神装七家》第一位、ヴィングトール家の筆頭。
一年生にして、既に学園で最強。
世界を救う可能性も、世界を滅ぼす可能性も秘めた少女。
一周目の世界で、グリスと一度は結ばれて恋人になった。
ソルティルの個別ルートには、入っていた。
それでも、そのあと失敗した。
バッドエンドを迎えて、世界を滅ぼす魔王となった少女を殺した。
グリスから見れば、一度は殺した、
――――元ラスボスの、元カノだ。
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