極悪非道なあなたのいいなり
うららかな天気の下、広い庭に設えられた湖のすぐ傍に、パラソルとテーブル、セットの椅子を持ち出す。午後の読書はここでするのが、私のお気に入りだ。
しかし、今日も今日とて、邪魔が入る。
「くっ……! なんて卑怯なの……!」
その悪辣さに、私は拳をテーブルに叩きつけて打ち震えた。
向かいに座る従兄は、ニヤリと唇を歪めてさながらお芝居の悪役のように笑う。
「何とでも言うがいいさ」
「邪智奸佞の輩め……!」
「うん、最近覚えた難しい言葉が嬉しいのは分かるが、さっそく使うのやめなさいね」
スン、と従兄は無表情になって、私を諫めて来る。何で、今使いどころだったでしょ。
同じくスンッ、とした私は、テーブルに並ぶものの中から、蔓薔薇の絵柄のカップを手に取り、少し冷めた紅茶を一口飲む。美味しい。
紅茶は透き通った水面を僅かに揺らしていて、不純物が一切混じっていないことを表している。そう、蜂蜜とかミルクとかの入っていない、混じりっけなしのブラックティー。美味しい。美味しいったら美味しいの!!
私は、テーブルに置かれた自分の手を見る。白くてふくふくしてて、もう立派なレディの年齢だというのに、みっともないったらありゃしない。
そう、私は平均的な同い年の女性に比べると少し……ほんの少し……体積が大きい。あと密度も高い。みっちり詰まっている。
言いたくないけど、そう、つまり…………太っている。
色々あって元々平均的だった私の体形は、この目の前の悪の権化によってこのように作り替えられてしまったのだ。ひどい!
「怖い顔してるなぁ」
暢気にそんなことを言ってくるが、彼はいつも私のところに来る際には美味しそうなお菓子を持参してくるのだ。
今日だって、テーブルの上には宝石みたいにきらきら輝くケーキがたくさん。これを捨てるなんて非道な真似、私に出来る筈がないのに!
「卑怯な男ね……!!」
私がぐぐっと拳を握ると、彼は今度はにこにこと笑う。詐欺師め。悪魔め。
「ほらほら、今年の初摘みのベリーのタルトだよ。芸術的な美しさだよね」
あーん、と言われながら銀のフォークに一口分差し出されて、私は抗うことが出来ず口を開く。
「うぅ! ……美味しい」
「……だよね」
私が唸ると一瞬腰を浮かしかけた従兄が、また何事もなかったかのように優雅に脚を組んで座る。憎たらしい、長い脚め、踏んずけてやる。
もう一口、と強請ればすぐにまたフォークが差し出された。カスタードの甘さとベリーの甘酸っぱさが見事にマッチしていて、これならばいくらでも食べることが出来てしまいそうで、危険だ。やはり極悪な従兄の持ってくるものは、何もかもが悪魔の誘いのように甘美である。
「毎日毎日こんな風にお菓子を持って来て、お暇なの?」
「……おや、見て分からないかい? 僕は、“毎日こんな風にお菓子を持ってくるのに”大忙しだよ」
「つまり暇なのね」
そろそろしょっぱいものが欲しいな、と思うタイミングで、今度は一口サイズのパンが差し出される。ぱくりとそちらを食べると、中にはシャキシャキとした野菜とハムが挟んであって、これもまたとても美味しい。
「バランス良く食べるのも大事だからね」
うんうん、と尤もらしいことを言っているが、私は従兄に世話される愛玩動物になった覚えはない。次は抵抗してやる! と決意するものの、次に差し出された香ばしく焼いた肉もつい食べてしまう。焼き加減が絶妙で、これまた美味しい。これを作ったシェフを呼んで欲しいぐらいだわ。
「まったく、あなたの所為で私は痩せている暇がないわね」
「……いいじゃないか。女の子はちょっとふっくらしていた方が可愛いよ」
「む」
キッ! と睨むと、彼はにっこりと笑う。
「勿論……君は痩せてても太ってても、僕にとっては誰よりも可愛いよ」
「本当に、極悪非道な人ね!」
私が精一杯の強がりで言うと、彼はうんうんとまた頷く。
「そうだね、さぁ、次はプリンなんてどう? これは僕のオススメ」
「うう……少しなら、いや……半分ぐらいなら?」
「うんうん」
従兄はにやにやと笑って、今度はスプーンにプリンをひと匙掬って私に差し出してくる。これも美味しい。
どれもこれも美味しい。これじゃあ私、ちっとも痩せられないわ。
でもとっても不思議。美味しいって何故かとても久しぶりの気持ちのような気がするの。
彼はこうして毎日、たくさんの美味しいお菓子を抱えて私のパラソルの下にやってくるのに。
「美味しい?」
「うー……悔しいけど、美味しいわ」
「じゃあもう一口」
「ほんっとうに、意地悪なひと!」
私はちっとも気付かない。
湖の水面に映る少女がひどくやせ細っていて、そんな少女の口にせっせと食事を運ぶ青年の姿には。