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異世界居酒屋の常連さん!2

「交際するに際して、ルールを決めておきたいと思うの」

 やけに真面目くさって言い出したソアに、イライジャはまたこの子は妙なことを言い出したぞ、と思った。


「妙なこと言い出したな、と思ってるでしょ」

「まさか、俺の聖女サマは今日も輝くばかりに美しいなって考えてたんだよ」

「あんたが歯の浮くようなセリフを言う時は、碌でもないことを考えている時なのよ」

「俺のことがよくわかってるんだね、ダーリン」

「当然でしょ。大聖女ナメんじゃないわよ、ハニー」

 ソアはにっこりと嫌みたらしく笑う。その顔は本当に文句なしに美しく、これはこれで眼福である。


 イライジャは正直なところ、ソアの笑顔も怒り顔もどの表情も好きだ。いずれ泣き顔も拝みたいと思っているが、これを言うと引かれることが分かっているので内緒である。

 別にイライジャに加虐趣味があるわけではない。好きな相手の顔ならば、どんな顔でも知っておきたいという、恋する男の意地らしく可愛らしい思考である。

 それはそれとして、泣き顔はぜひ見たい。出来れば自分が泣かせたい。断じて加虐趣味ではない。

 エロい意味である。


 などとイライジャは不埒なことを考えつつ、ソアのグラスに酒を作った。

 いつもの不思議な居酒屋。いつもの隅のテーブル席。あまりに頻繁に来店するので、一番ポピュラーな焼酎をボトルキープしている。

 ソアは炭酸で割り、イライジャは氷とレモンスライスを入れて呑むのが好きだ。

「ほらほら」

 これ以上深掘りされたくなくて、イライジャは笑顔でソアにグラスを持たせる。乾杯の仕草をすると、渋々ソアもグラスを手にして、イライジャのそれとカチン、と音を立てて合わせた。

「乾杯」

「……乾杯」

 尖らせたピンク色の唇に口付けたい、と考えつつ、イライジャは酒を口に含む。途端、度数の高いアルコールがカッと喉を焼いた。それが心地よいのだ。

 ソアはビール同様炭酸の弾ける喉越しが楽しいらしく、ちびちびと楽しんでいる。

 そうこうしている間に料理がどんどん届き始めた。ソアの好きな枝豆、イライジャの好きなたこわさは勿論、揚げ出し豆腐に焼き鳥、アジフライ。

 この店に通い出してしばらく経つし、衛生的にも味的にも大丈夫だと分かって入るものの生の魚を提供する刺身だけは、二人ともまだチャレンジすることが出来ていない。


「アジフライにソースかけていい?」

「うん」

 イライジャが頷くと、ソアはテーブルに並んでいるスパイスの中からソースの小瓶を手に取り、慎重にフライに掛ける。

「いただきます!」

 ナイフで一口サイズに切り分けて、ざくりと音を立ててソアはフライを頬張った。

「んー! 美味しい! 揚げたてって本当に最高ね」

 教会でも騎士団でも調理したての料理が出てくることは、ない。食堂などに来た時だけの贅沢だ。

「俺にもちょうだい」

「うん」


 アジフライに簡単にご機嫌を上昇させたソアは、フォークに一切れ刺してイライジャの口元に持って来てくれた。何も言わず、イライジャは口を開けて食べさせてもらう。

 ザクザクとした衣と中の熱くてほくりとしたアジの身は勿論、ほんの少し垂らされたソースが美味さを引き立てている。

「うん、本当に美味い」

 脂のついた唇をペロリと舐めると、それを見ていたソアは今更ながら「あーん」をしてしまったことに気づいて顔を赤くした。

 可愛い。食べちゃいたい。


 イライジャの不埒な思考を読み取ったのか、ソアの美しい瞳がじとりと睨んでくる。ヘラリとした笑顔で誤魔化されてはくれないので、話題を元に戻すことにした。

「うん、まぁそれで? ルールだっけ」

「そう! ルールよ!」

 素直なソアは途端、話題に思考を奪われる。可愛い。

 しかしどうやら、そのルールを決めようと思いたった理由が何やらあるらしく、ソアの美しい顔が曇り、不機嫌そうに唇が突き出される。

 キスしたい。そろそろしつこいか。


「なんかあった?」

 イライジャが身を屈めて上目遣いにソアを見つめると、そのあざとさに彼女は眉を寄せる。

 実は顔の良さで切り抜けてきたシーンは多いのだが、ソアはイライジャの顔は好きだが誤魔化しやあざとさにはちっとも乗ってはくれないのだ。

「ルールそのいち」

「唐突だね」

「浮気したら別れる」

「心配いらないよ?」

「今までありがとうございました、どうぞお元気で」

「え、今って別れ話だったの?」

 イライジャは流石にぎょっとする。ソアはそんな冗談は言わない。だとしたら、これが本題だ。


 ペコリと頭を下げてすぐに席を立とうとしたソアの、細い腕を掴んで慌てて止める。

「待って」

「言い訳なんて聞きたくない」

「いやいやいや、ソアが説明してよ。何がどうなってそうなったの? 俺は浮気なんてしてないよ、女神に誓ってもいい」

 大聖女としてソアが日々祈りを捧げている女神を引き合いに出すと、ようやく止まってくれた。

 だがまだ躊躇いを感じる。


「料理もまだ残ってるし」

 イライジャがそう言うと、ぴく、とソアが反応した。ここが攻め所だ。

「揚げ出し豆腐も出来立てだよ?」

 ぴくぴく。ソアの視線が揚げ出し豆腐の器に釘付けになる。ここで店員の名アシストが入った。

「お待たせしました、竜田揚げです!」

 これまた揚げたての竜田揚げがテーブルに届いた。前回食べた唐揚げとは使っている粉が違うと聞いて、次回は絶対に食べようと約束していた一品だった。

 揚げ物ばかり食べている、なんて野暮は言いっこなしだ。お互い普段は質素倹約を旨として神に仕える身である。

「ごゆっくりどうぞ」

「ありがとう」

 店員に心からそう告げつつ、イライジャはソアを真っ直ぐに見つめて視線を外さない。


「ソア」

 ダメ押しで名を呼ぶと、ソアは椅子に座り直してくれた。それでも隙をついて逃げ出されないように、ソアの腕を掴んでいた手をずらして、テーブルの上で手を繋いだ。

「食べたら、帰る」

「その前に教えて。絶対に誤解だから」

 イライジャが真剣に言うと、ソアはキッとこちらを睨んできた。その美しい瞳に薄らと涙の膜が張っているのを見て、イライジャは衝撃を受ける。

 泣き顔が見たいとは思っていたが、悲しい顔をさせたかったわけではない。唯一ソアの表情で見たいくない顔があるとすれば、それはまさしく悲しんでいる顔だ。

 浮気とやらは絶対に誤解だという確信があるが、自分の所為でこの愛しい人が悲しんでいる、という事実はイライジャを打ちのめした。

「ごめん、ソア」

「何が……やっぱり、う、わき……」

「違う。それは誓って違う。俺はソアのことだけが好きだよ、他の女なんて目に入らないぐらいソアに夢中だ」

 イライジャがスラスラと言うと、内容の熱烈さにソアの顔が赤く染まっていく。


 繋いだままの手を親指の腹で撫でると、ソアはそちらを見つめてまた瞳を潤ませる。

「話してくれる?」

「……ここに来る道中で、女の人に会ったの」

「知り合い?」

 ふるふると首が横に振られると、銀の長い髪が揺れてキラキラと輝く。イライジャにとって、夢のように美しい光景だ。

「桃色の髪と緑の瞳の、背の高い綺麗な人」

 ソアの言葉に、イライジャの片眉が吊り上がる。

「…………目元にホクロがある?」

「そう! やっぱりイライジャの恋人なのね……? すごく綺麗な人だったもの」

 絶望的な表情を浮かべるソアに、この先の展開が予想出来たイライジャは沸き起こる怒りを一旦放って、恋人のケアに努めることにした。


 ソアこそがイライジャの唯一の恋人であり、彼女に恋をしてから誰であっても美しいと感じることはなくなった。ソアだけが美しくて、可愛くて、愛しい人だ。


「違う。知り合い。同僚。騎士仲間だ」

「女性騎士ということ……?」

「違う。そもそもグレゴリー……そのピンク髪は男だ」

「意外なほど雄々しい名前。じゃなくて、え? 男……男性? 嘘だぁ」

 流石にキョトン、とするソアに今度はイライジャが首を横に振る。

「本当。すごく女顔だけど、正真正銘の男だよ。グレゴリー・ロドリンゴ。ロドリンゴ子爵家の次男だ」

 現ロドリンゴ子爵は壮年の男性だが、髪の色は美しいピンクブロンドである。

「確かに子爵と同じ髪色だったかも……え? でも本当? 男性なの?」

 まだまだ混乱している様子のソアに、イライジャは根気よく頷く。


 グレゴリーは元々自分の女顔にひどいコンプレックスを抱いていて、それを払拭する為に騎士団に入った。

 だが、今は諜報や聞き込みの際に役にたつ容姿だと開き直っていて、日々美貌に磨きをかけている厄介な男なのだ。

 同じく美形でやたら上官達に絡まれがちだったイライジャとは気があって、親友と言ってもいい程の親しい関係なのだが、グレゴリーは人を揶揄うの大好きな厄介な男であることは、相変わらずだった。


「そう。あいつに何言われた? 何かされた?」

 震える肩に触れると、本当に華奢で壊してしまわないか心配になるほどだ。誰よりも何よりも大切にしなくては、とイライジャは決意を新たにする。

「イ、イライジャと自分は長い付き合いで、婚約もしているから、付き纏うのはやめてって……」

「分かった。今すぐ奴を絞めて来て、首をお土産にするね。任せて!」

「そんな怖いお土産はいらないわよ!」

 ソアは真っ青になって叫ぶ。

 今度はイライジャの方が今にも立ち上がりそうなのを察したようで、繋いだままの手をソアが強く握りしめた。


 しかし、そのおかげでソアの方もようやく落ち着いてきたようだった。

「……確かにかなり背が高かったし、首元はローブで隠されていたわ」

「たまにそうやって女性のフリして人を揶揄うんだよ。他の仲間も被害にあったことがある」

「イイ性格の人ね」

 ソアが呆れると、イライジャは頷く。

「これまでは俺も笑って聞いてたけど、ものすごくタチが悪いな。やっぱりキュッとした方が今後の為だ」

「何をキュッとするつもりなのよ! 私は殺人犯の恋人なんて嫌よ!?」

 悲鳴を上げて言われて、途端イライジャの機嫌が上向く。


「俺達はまだ恋人だよね?」

「……あなたが浮気してないなら、そうよ」

 ソアがそっぽを向いて言うので、その顔を追いかけて覗き込んだ。

「未来永劫浮気なんてしないから、じゃあ俺とソアは永遠に恋人だね」

「ちょいちょい言葉のチョイスが重いわよね、あなた……」

「俺は重くて一途な男だよ」

 どうやら誤解が解けたことを察して、イライジャはソアにぐいぐいと詰め寄る。この顔を気に入ってくれていることは知っているので、有効活用だ。


 ソアは顔を赤くして近づいてくるイライジャの顔を睨んでいたが、キスでもしそうな距離になるとべチン、とイライジャの顔を手の平が叩いた。

「ここ、お店だから!」

「二人きりならいいの?」

 可愛い手の合間からイライジャが流し目でソアを窺うと、彼女はそれには答えずまたプイッとそっぽを向いた。

 可愛い。早く二人きりになりたい。


「竜田揚げ! 冷める前に食べるわよ!」

「うん。また食べさせてくれる?」

「調子に乗るな!」

 ソアは怒鳴ったが、その後しつこく三回頼んだらまた「あーん」をしてくれたので、味を占めたイライジャだった。




 後日。

 イライジャがグレゴリーをボッコボコにして、簀巻きにして、教会まで引きずって連れてきて、ソアに謝罪をさせた。

 その時のイライジャの爽やかな笑顔ほど凍れる表情を知らない、とは大聖女の言である。


 ちなみにその騒ぎで大聖女と聖騎士が恋仲であることがまるっと世間に知れ渡るのだが。

 


 それはまた、別の話!



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