6. 四年後、親の無茶振り
史織が家に帰り、お見合いについて話されたのは、ソファに身体を預けた時だった。
お風呂をの準備をし、後は沸くのを待つばかり。
「ねーえ、いいでしょ? しおちゃん」
そこに間髪入れずににじりよってきた母が、両手を合わせ、拝みにきた。
「お見合い……って、お母さん私まだ二十四だよ?」
──あれからもう四年が経っていた。
「あら、しおちゃんがお見合いするんじゃなのよ。そうじゃなくて……」
違う違うと首を振る母の話は何だかややこしくて。
疲れた頭にすんなりと入って来なかったのだ。
史織は大学を卒業し、無事に就職した。
苦手だった対人関係も人並みに改善し、内気な性格や人見知りも大分なくなった。今は仕事に張り切る、ごく普通のOLだ。
そうして二十四歳という年齢でチラホラ聞こえる結婚話。とは言え史織は今の生活に満足しているし、これと言った相手もいない。
まあ話とは言っても、たまにこんな風に探りをいれられるくらいだ。とはいえ本人にその気がない以上、充分煩わしいのだけれど……
「従姉の麻弥子ちゃんのお見合い相手だってば〜」
「麻弥ちゃん?」
「そうそう、麻弥子ちゃんのお見合い相手がすっごく素敵なんだって〜。でもね、麻弥子ちゃん疑心暗鬼になってるみたいなの〜。あんなにかっこいい人がお見合いする何ておかしい〜とか、何か事情があるんじゃないか〜とか」
ぴっと人差し指を立てて母が力説する。
「ふうん?」
(分からなくは無いけれど……)
──というのも、麻弥ちゃんは以前友達に恋人を取られた事があるのだとか。元カレと元友達に「出資者」とあだ名をつけられて揶揄われた事があるらしい。酷い話だ。
実は千田家は、裕福層に位置する家系だったりする。
父方の祖父が会長を務める会社は手広くやっている有名企業。
ただ具体的に何をやってるかと言われても、史織はよく分からない。父は祖父の傘下の会社には勤めていない第四子であり、会社に関わる事は兄たちに任せ、勝手にする事と決め家を出た人だ。
史織が知ってるのは、祖父の会社がニュースで名前を聞くくらい有名な事と、年始の挨拶に行くと親戚以外にも色んな人がいて、囲まれるとあれこれ構われ非常に居た堪れない、という事。
……因みに彼らは「千田」と名乗ると目の色が変わるが、父の名前を聞くと途端に興味を無くす。
今は父の長兄と次兄がホールディングスのトップで会社を回していて、ちょうど彼らの子供たちの中で後継を誰にするか、なんで話合いが行われているとか何とか。
彼らの婚姻は後継問題にも左右されるから、親達も慎重なのだ。
そんな中で史織の従姉、麻弥子の縁談。
麻弥子は父の長兄の三人目の娘だ。史織と歳は離れていないが、大して仲良くもないのだけれど……
それは多分史織が「普通に働いている」から。良家のお嬢様の麻弥子は、結婚するまで家事見習いで家にいるのが当たり前で、自由に過ごしている人だ。
そのせいか、せいぜいお年玉でしか千田家の恩恵を受けない史織とは、価値観が全く違う。
『馬鹿馬鹿しいよ、しおちゃん。お給料それしか貰ってない会社で働くなんて。私のお小遣いより少ないじゃない』
うっかり大学卒業の初任給を口走った史織は少なくないショックを受けたものだ。同時に話す相手を間違えたと、とても反省した。これが所謂住む世界が違うというやつだろう。
そんな価値観の違いがあるから、麻弥子は悪い子では無いけれど、どう付き合ったらいいのがが分からない人、というのが史織の感想だ。
まあ史織も、世間知らずだと言われた過去があるので、あまり人の事は言えないが……
──それはさておき。そんな麻弥子のお見合い相手は、千田のパワーバランスを保つ為の大事な婚姻の一つ。
そのお見合いに自分が何の関わりがあるというのだろうと首を傾げる。だがそんな史織の疑問は母の一言で吹き飛んだ。
「結婚相手のリサーチよ!」
「……嫌です」
「ちょ、即答禁止〜!」
眉を下げ情けなさそうに母が言う。
史織はそんな母を腕を組んで睥睨した。
「だって、どうして私が? そんなの調べてくれる人なんて千田家にいるでしょう?」
「えーと、それが……」
もにょもにょと口篭る母に眉根を寄せる。
「何でもそのお相手のお家が、ガードの固くて有名らしくてね。玄人だと難しいって言ってたのよー」
「……」
玄人で難しいのをどうして素人ならいけると思ったのだろうか……
「お母さん」
史織は手を腰に当てて、じろっと母を睨みつけた。
「あ、しおちゃんの怖い顔。お母さん嫌だな〜」
なんて言われても誤魔化されるつもりはない。
「SHAPのLIVEのスポンサーに千田の名前があったよね」
「うふぅっ?」
胸を抑えて固まる母に史織は息を吐いた。
「もう、そんな事だと思ったよ」
『SHAP』というのは母が大好きな韓流アイドルのグループだ。
今度武道館LIVEをやるのだが、チケットを必死に取っているのを数ヶ月前に見かけ、よく覚えている。何よりリビングに掛かっているカレンダーにはその日目掛けて毎日バツ印がつけられているのだ。言わずともがなである。
胡乱な目をする娘に母は拳を振り上げて力説を始めた。
「だって! スン様の来日は二年振りなのよ! 前回のLIVEは遠隔トークだけで実物は拝めなかったし! 海外チケットは手に入らないし!」
「……」
史織は誰かの熱狂的なファンになった事が無いからその手の事は分からないのだが。
「公私混同は良くないと思うよ」
「そういうのいいの! お母さんそういうのは、もういいから!」
「何もよくありません」
史織は、ふうと息を吐いた。