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5. 誤解をされたくなかったので


 史織はぎゅっと葵の服の裾を握った。

 はっと振り返る葵ににこりと笑いかける。


「あの……もうここまでで大丈夫です、親切にして頂きありがとうございました」

「……え」


 口を開けたまま何も言えなくなる葵に少しだけ胸が軋むけれど……元々旅先でほんの一時行き交っただけの関係だ。きっと直ぐに忘れるだろうし、懐かしむ思い出だけあれば充分だ。


「さよなら」

 

 それだけ言って史織は踵を返した。

「待っ──」

 葵の言葉を振り切って、人ごみに紛れ先を急ぐ。

 不思議と早足になるのは何故だろう。

 何かに追われるような気がして、気付けば史織は後ろも振り返らずに駆け出していた。


 ◇


 二ヶ月程前、史織は片思いしていた相手と関係を誤解された事があった。藤本 晃(ふじもとあきら)

 その人には彼女がいたから、史織はその彼女──飯塚 美那(いいづかみな)から一方的に責められる形になってしまったのだ。


『晃にはあなたなんて釣り合わないの!』

 はっきりと言い渡されて、どれほど居た堪れずに恥ずかしい思いをしたか……


 好きだから気になっていたし、意識もしていた。けれど本人には伝わっていなかったと、そう思っていたから。史織にしてみたら、ひっそりと焦がれていただけだった。しかし彼女にはそれすら納得いかなかったらしい。


 美那が随分傷ついたらしく、藤本は慰めるのが大変だったとか。その後二人がぎくしゃくしてしまった時期があったとかで、史織にも非難の目が向けられてしまい、緊張が続いた日々を送った。


 史織にしてみたら、ただ人を好きになっただけ。

 けれどその気持ちが誤解を生み、他者を巻き込み疲弊した事は、まだ記憶に新しい。


 また同じ事が起きたら──


 そう思うと怖くなって、その場から逃げ出してしまった。


 何とか宿泊ホテルに着いた史織は、その翌日。借りていた履き物を見下ろして途方に暮れていた。

 新しい靴を買わなければならないので、それまでこの履き物は拝借しておかなければならない。のだけど……


 葵の顔が思い浮かぶ。

 はきはきと遠慮がなく、道を切り開くような自信と勢いに満ちた、自分に無いものを持った人。


 最後の挨拶があれで良かったのかは分からない。

 でも仕方がなかった事だし、これで問題は無い筈だ。元々もう、会う事も無い相手だった。旅の思い出が彼女との関係に亀裂を入れるものになるのも嫌だ。


 史織はスマホで近くの靴屋を検索し、早速替えの靴を買ってきた。それからホテルのフロントに経緯を話し、履き物を借りたホテルへ届け物が出来るか聞いてみる。

 思っていたより近隣だった事もあり、ホテルマンは親切に承ってくれた。


(これでもう、おしまい)


 買ってきた靴の箱に入れ直したそれにお礼を込め、史織は京都駅に向かった。

 お土産を買って、帰りの新幹線の時間に合わせてゲート入りをして、一度だけ後ろを振り返る。


 沢山の観光客たちが行き交う駅の中、史織の存在なんてここではほんの一時通り過ぎるだけの、沢山の中の一人。


 やがて葵にとっても史織が観光客の一人と思うように、史織も彼が思い出の一つに薄れていく。

 それを寂しく感じるのは、初めての一人旅だからだろうか……


 ふと葵の言葉が思い出される。

『お前みたいにすぐ泣く女は嫌いやねん』

 

(……だから、なのかな)


 こうしてすれ違う程度にしか会えなかった理由。

 ついそんな事を思う。けれど自分への失望と同時に、変わりたいという思いが高まった。だから……


「ありがとうございました、さようなら」

 旅の思い出と、きっかけをくれた事。


 でも──

 もし自分が思う通りにきちんと変わったら、また会いたいという願いを込めて。

 史織は帰りの新幹線へと向かって行った。


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