おまけ
「クリスマスですね!」
「そうやな」
カポンとなる鹿威しの音を聞きながら、史織は三芳に習ったようにお茶を淹れた。そわそわと朔埜の様子を窺い見る。
「……悪くない」
「良かった」
何でもないように口にする朔埜ににっこりと微笑んだ。
(不味いと不味いって言うからなあ。あれはあれで傷つくけど、今はレベルが上がってるみたいで嬉しいな〜)
いつか美味しいって言わせたい。
史織の密かな願望である。
三ヵ月前からばたばたしていた日がひと段落……する間もなく。
十二月の商戦が始まっている。
朔埜の隣にいるのなら、できる限り何でもしたい。それには仕事を覚えねばならない。
凛嶺旅館にはかれこれ数代女将がいなかったそうで、業務の引き継ぎは三芳から行われている。
因みにそれが何故かは結婚してから伝えると言われてしまった。
「別に女将なんて、やらんでええ」
着付けた史織をむすっと睨み、朔埜はそっぽを向いてしまったけれど。やはり朔埜を支えたいし、そうなると女将として彼の隣に立ちたいものだ。
「私は働きたいです……駄目ですか?」
そう言えば朔埜はうぐっと口籠る。
「……その言い方は狡い。……まあいいけど。どうしたって不特定多数の人間が出入りする場所やからな。最初は人酔いするやろうし、無理すんな」
はあ、と溜息を吐いて悩ましい顔をしているのは相変わらずだが、史織の好きにさせてくれている。やっぱり朔埜は優しい、と嬉しくなる。
「そういえば朔埜さんはクリスマスプレゼントに何か欲しいものはありますか?」
お仕事の時は若旦那、プライベートの時は名前で呼ぶ。朔埜から名前で呼ぶようにと言われて気恥ずかしくてこうなった。今はプライベートなので名前で呼んでみる。……まだ少し恥ずかしい。
「朔埜さん……て、え?」
俯けていた顔を上げると、朔埜がかちんと固まっていた。
「どうかしましたか?」
まさかお茶がやっぱり不味かったとか。
お茶請けのお煎餅が口に合わなかったのかとかが頭に浮かび焦ってしまう。
「……史織」
「はい」
「史織がいい」
「……はい?」
「聞いたやろ、プレゼント。史織」
「……えっ」
「史織が欲しい」
今度は史織が固まった。
「ご、五月に挙式じゃないですか。焦らなくても」
言うなれば付き合い始めて三ヵ月だ。でも遅い……のかな、よく分からないのだけれど……
もにょもにょと口ごもる史織に朔埜が詰め寄る。
「嫌か?」
「いえ、嫌では! 無いんですが……」
すすすと畳の上を引きずられ、朔埜の腕の中に捕われる。
どうしていいか分からず身を固くしていると、ちゅちゅと首筋に唇が落とされた。
「く、くすぐったいです……」
思わず逃げ出そうともがくが、朔埜の腕がしっかりと腹に回されており動けない。
「史織……」
「……はい」
そっと顔を上げれば朔埜が苦笑しながら史織の頬に触れた。
「無理強いはしたくないねん、五月まで待ていうなら、待つから」
「はい……」
何だか罪悪感が込み上げてしまう。
それとも残念に思っているのだろうか……
ぼっと赤くなる顔を隠すように、史織は朔埜の手の上から自分のものを重ねた。
「キスします」
「え」
恥ずかしいを言い訳にするのは、何だか狡い気もする。朔埜が伝えてくれた気持ちに、史織もきちんと答えたかった。
どきどきと高鳴る胸を押さえながら、えいと首筋にキスをした。
「……っ?!」
「さ、朔埜さんが首にキスしたから。お返しです」
そのままちゅちゅと首に同じだけキスをして、ほっと朔埜を見上げる。
「どうですか?」
やりきった感満載である。
ただ朔埜の方は珍しく真っ赤になって……ふるふると震えているのは、どうした事か。
「え、と。あの……間違えましたか?」
驚きの声を上げれるのと、ぱたんと畳に背中がつくのとはほぼ同時だった。
「煽ったのは、お前やぞ」
「え……」
あ
と、戸惑っている間に。
結局──
五月まで待てなかった。
【おわり】
〜そして入籍へ〜
朔埜は三芳と水葉に叱られました。
最後までお付き合い頂きありがとうございます♪




