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35. もう一つの邂逅


 あの場に耐えきれず逃げ出してしまったけれど、史織は背を向けたホールを振り切れずにいた。

 

 朔埜にはお付き合いしている女性がちゃんといた。……お見合いは完全に手違いで、きっと行き違いもあったのだ。本人の意思だけで進む話でも無いのだから。


 史織は帰って母と麻弥子にそう伝えればよい。

 もう、それだけなのに……


「──ううん」


 違う。


 だってお仕事はお仕事だ。

 千田から頼まれた依頼の話ではなく、凛嶺旅館で与えられたものがあるのに。

 感情に流されてうっかり見失ってしまうところだった。

 そう、それに朔埜は困惑して、……それでいてどこか傷ついているように見えた。

 それを婚約者がいるからと、背を向けてしまった事を今更ながら史織は後悔した。

 ここに来てずっと朔埜を追いかけて、観察してきたのだ。些細な表情の変化くらいなら見過ごさない自信はある。……自分への自信の無さから目を背けてしまったけれど。


(戻ろう)

 再びホールへ戻るべきかと躊躇うも、やはり朔埜が気になる。

(少し、様子を見るだけだから……)


 そう思い立ち振り返った矢先、すぐ目の前に人壁が出来ている事に気づき驚いた。


「わあっ」

「あっ、すみません。驚かせてしまって」


 びくりと後ろに飛びすさり、改めて顔を上げる。


「……あ」

「こんにちは」


 謝るような顔で挨拶を受ける。

 そこには朔埜の弟、四ノ宮 昂良が佇んでいた。


「はじめまして。先程は大変失礼しました」

 ぺこりと、史織は急いで頭を下げた。

 すると昂良は慌てて手を振って否定してくれた。

「いいえ、驚かれたでしょう? 恥ずかしながら親父と兄は仲が良いとは言えなくて。すみません、人前でもあんな態度を取るんですよ」

「あ、いえ……」

 先程水葉の話にあった父親だろう。

 朔埜の事を思い、胸が痛んだ。

 改めて昂良を見上げる。


 朔埜は涼しげな……というより一見冷たい印象がある。しかし昂良は何だか真逆の雰囲気だ。

 仕立ての良いスーツに身を包み、やや癖のある淡い栗色の髪は品よく纏められている。きっちり箱に納められ育てられた、正に箱入り息子という感じだ。

(兄弟なのに随分違う)

 

 それが何だか悲しくて、史織はふと俯いた。

 それにしても会話に困ってしまう。こういう時気の利いた事でも言えればいいんだけれど。結局何も言えないまま、曖昧に微笑んでやりすごす。


 それでは失礼しますと口にしながら頭を下げようと、そんな動作を示したところで、昂良から声が掛かった。


「あの、よろしければ旅館を案内して貰えませんか?」

「へ……?」

 間の抜けた声が漏れ、慌てて口を塞ぐ。

 昂良はくすくすと笑っているが、流石にちょっと気を抜きすぎたようだ。

「すみません……」

「ああ、いや。構いませんよ。こちらこそ急ですみません。ただ催しをするにあたって、恥ずかしながらこの旅館の事は殆ど知らないんですよ。あまり来た事が無くて……」

 そう言って頭を掻く昂良に史織は困惑してしまう。

「その、申し訳ありません。私は見習いでして、案内出来る程こちらに詳しくないんです……」

 恐縮する史織を興味深そうに眺め、昂良はにこりと微笑んだ。

「まあ、そう言わずに。あなたから兄の話を聞きたいんです……千田 史織さん」


 どきりと身体が強張る。が、朔埜だって知っているのだ。昂良が聞いていたとしても不思議じゃない。


(千田家は礼儀がなってない、とか言われたら困るけど……まさか若旦那様が責任を追求されるなんて事も無い、よね……)

 これ以上迷惑は掛けられない。

 史織はこくりと頷いた。

 

「あの、分かりました……でも、それ程話せる事は無いと思うのですが……」

「構いませんよ」


(あ……)

 ふと目を細める仕草。

 機嫌が良い時の朔埜の表情。

 好きな相手と重なり、史織は思わず反応してしまう。ただ朔埜の場合、そんな時でも意地悪をされたりするのだけれど。

 そんな事を考えると、頬が緩む。

「では行きましょうか」

 とは言え差し出される手を取るような立場ではないので丁寧に断ると、何故か昂良は嬉しそうに笑った。

 

「折角だから紅葉の綺麗な場所を探しましょうか」

「あ、それでしたら……」


 どこか後ろめたさを覚えるも、つい応じてしまうのは、先程自分の気持ちを優先し、朔埜に背を向けた自分の行動を悔いていたから。だから仕事だと、自分自身に言い聞かせる。

(昂良さんはお客様で……これはお客様の要望で、お仕事なんだから)


 そして、きちんと誤解を解いておかないといけない。こんなところまで乗り込んで、気分を悪くしているのは朔埜だろうけれど、彼が責められるような事はらあってはならない。家族の関係がこれ以上拗れるような事はあってはならない。


 自分の行動にそんな動機付けを思い立ち、史織はほっと息を吐き出した。


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