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31. 四年越しにやっと気付いた再会


 竜胆(りんどう)の間──


 名前に反して孤立したホールである。

 市区町村で使う講堂規模の大きさを持つ。有識者の講演などにも使われる、有名な場所だ。


 今その会場内は、三日後のパーティー開催に向けて最終チェックの段階で、きっと恐ろしく忙しい。

 謝るタイミングとしてはイベントが終わった後が良いのだろうけれど……史織の行儀見習い期間ギリギリとなってしまう。時間が取れず、何も言えないままサヨナラをするのは嫌だ。

 でも水葉も背中を押してくれたのでぎりぎりセーフだ。多分。

 ホールの手伝いは頼まれていないので多少気まずいが、出入りしている人が多い今なら、分からない筈では、とドキドキと覗き込む。

(あ、いた……)

 そこな後ろ姿の朔埜が誰かと話し込んでいるのが見えた。


「若旦那様……」

 ぽつりと小さな声が零れる。

 背中しか見えないのに胸が苦しい。

 史織が胸を押さえて悶えていると、朔埜がはっとこちらを振り返り、驚きに目を見開いている。


「史織」

 そう言ってこちらに急ぐ朔埜にびくっと足が後ろに下がる。

 こんなところまで追いかけて来た事を叱られたりしたら……謝りたいなんて思っていたものの、結局は会いたかっただと見透かされたらどうしよう。

 それでいて、叱られたらきっと凄く落ち込む自分が予測できるのだから、やばいと思ってしまう。

 

 戸惑っている間に朔埜が眼前に迫り、気付けば背中に手を回されて、くるりと反転されていた。

「戻れ」


「……?」

 身を固くしたまま唐突に周り右をされて史織は混乱する。

「いいから戻れ。早よ」


 急かすような言い方と肩に込められた力に押されるように、史織はホールから一歩二歩と離されていく。

 ……朔埜がホールを離れないと話しは出来ない。それにパーティーが終わるまで朔埜がここを離れられない事を考えると、やはり終了まで待つ必要があるだろう。

 果たして時間は取れるだろうかと、ひっそりと落ち込んでいると、背後から低い声が掛かった。


「朔埜、誰だその女は?」

 ぴくりと反応したのは、史織の肩に添えられた朔埜の手だ。

「……誰でもいいやろ」

「兄さんの反応がおかしいんだもの、そりゃ父さんも不審に思うよ」

 先に問うた声より少し高く、からりとした明るい声。

 恐る恐る振り向いた先には、朔埜の家族と思われる二人が佇んでいた。


 渋い表情をしているのは父親で、笑顔を見せているのが、弟。

 特に父親は朔埜に良く似ており、彼に二十年程歳を取らせれば、あんな感じになりそうだ。朔埜を兄と呼び掛けた事から、その隣にいる朔埜と同じ歳頃の男性が弟なのだろう。

 落ち着いた和装の朔埜とは対照的な様子で、洋装に栗毛の柔和な笑顔が印象的な男性だ。


「史織、行け」

「紹介しなさい」

「うるさい」

「ねえねえ、君が──」


 ぐいぐいと背を押される力に抗えず、史織は後に軽く会釈をしながらホールの出口に向き直る、と。ふわふわとした笑顔と目が合った。


「あら〜、西野ちゃんじゃな〜い? 朔埜も〜。あ、四ノ宮のおじ様〜、昂良さんも、お久しぶりです〜」

「──げ、乃々夏」


 朔埜が口の中で悪態をつくのに気付かないまま。

 その姿に史織の既視感が刺激された。


「乃々夏、さん……」


 朔埜の婚約者。

 以前会った時と同じように、綺麗なワンピースにハーフアップにした髪は柔らかそうだ。加えて姿勢の良い歩き方におっとりと笑う顔は、良家の令嬢を思わせる。


(どうして気が付かなかったんだろう)


 この人はいつも朔埜に会いに来ていた。

 二人が会う場所を見た事は無い、けれどニアミスだったではないか。

 父親とも面識があるらしい言動から、恐らく家族ぐるみなのだろう。麻弥子が誤解していた朔埜の恋人とはこの人だ。


(やっぱり二人は……)

 

「何しに来たんや」

「え〜? 挨拶と〜、業務連絡〜」

 口をへの字に曲げながらも、朔埜の乃々夏への態度は親しい者に対する気安いものだ。

 

 ばくばくと鳴る胸を知られたくなくて、史織は微かに俯いた。


「兄さんと乃々夏さんは相変わらずみたいだね。東京から来てる見合い話はどうするのさ?」

「──あ? それは断る。てか何で知ってんねや」


(──っ、)


「当然だろ」

「朔埜がのぼせあがってる人がいるって〜、皆知ってるんだよ〜」

 和気藹々と話す彼らに呆然となる。

 朔埜には、……朔埜は……


「ああっ?」

 すかさず腕に絡みつく乃々夏を、朔埜は嫌がる様子もなく放っておく。


 そんな二人のやりとりに固まってしまい、その後の会話は聞こえて来なかった。

 断ると、そうだ断言した朔埜の言葉が頭に響く。そして──

 ここから逃げ出したい衝動が、史織の過去の記憶を刺激した。


『あれ、乃々夏やないやん』


 ……乃々夏


「──〜〜……っ」


 あの時のから背も伸びて、男らしくなっていた。

 髪の色も品の良い黒髪に変わっていて、旅館の支配人らしい佇まいは、あの時の金髪の細身の学生とはまるで別人で……気付かなった。


(どうしてまた、あなたなの……)


 史織に力をくれた、ずっと目標にしていた人。

 憧れに等しい想いを抱いていた。

 ずっと忘れられなかった横顔が今やっと重なった。

 

 気付いたばかりの想いと、過去踏み出せなかった記憶に身体が後ずさる。


(わた、し……もうここにはいられない……)


 史織は頭を下げ、急いでその場を後にした。


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