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28. 四ノ宮家の歴史


 ──表の東郷、裏の四ノ宮


 江戸時代から続く両家の関係は至極シンプルで、昔代官職にあった東郷が四ノ宮を手下として遣い始めたのが始まりだ。

 十手持ちから始まり、諜報、暗躍、多くに関わる四ノ宮には、しかし危険もついて回った。


 始まりは一軒の宿屋。

 そこを隠れ蓑に四ノ宮は東郷の影で生きてきた。

 しかし彼らが東郷を助けるのは、四ノ宮が表に出る事を嫌う一族だったからだ。それは自分たちが持つ能力が厄介事を呼び込むと知っていたから。


 東郷はそれを天啓と呼んだ。

 広い視野と想像力を持つ才能の持ち主。

 今でいうなら知能指数の話であるのだが、四ノ宮はそれを度々排出する家系だったのだ。

 

 黙していれば目立つ才能では無い事から、隠す事は容易だった。四ノ宮は表向き宿屋を営む町人として、政治の裏舞台を歩いた。


 やがて代官御用達の宿屋は政治に密接した空間となってゆく。それを使い四ノ宮は時の流れを敏感に感じ取り、藩を救い、領主を助けた。

 そうして噂が帝の耳に届き、東郷は京で権力を担っていく。四ノ宮はそれに付き従う。


 しかし四ノ宮の血は次第に薄まり、天啓を持つ者も現れなくなっていった。天才は産まれずとも秀才を育て、四ノ宮は粛々と血を繋げていく。

 

 朔埜は四ノ宮家で二百年ぶりに産まれた天才だ。

 先人から受け継いだその片鱗を見て、現当主は大層喜んだ。


 現当主は秀才の域は出ない人であったけれど、人を見る目は秀逸な人物だ。だからこそ朔埜を見つけ、乃々夏との婚姻に臨んだのだ。


 歴史ある名家であれば四ノ宮を識る、けれどその家柄故に、外腹という外聞を嫌う傾向も否めなかったからだ。

 幸い朔埜も乃々夏もお互いを厭う事は無かった。


 ──だけど、 

 

『天啓』を持つ者は変わり者が多かったらしい。

 兎に角誰かに指図される事を嫌った。自分で決めた相手にしか従わず、認めない。

 ただ朔埜は自分の出生に後ろめたさを覚えているから、或いは現当主に恩義を感じているから、彼の意を汲む振る舞いをしているが……


 そんな朔埜の心の機微に、乃々夏が気付いている方が問題だろう。乃々夏もまた幼い頃のトラウマで、自分を顧みない相手との結婚は望んでいない。

 ……例え朔埜がどれだけ真摯に乃々夏に向き合っても、心に残る女性の影に傷付く事を恐れている。

 

「辻口」


 はたと顔を上げれば、こちらを向く乃々夏と目が合った。

「お前のところにも彼女からのSOSは届いていて?」

「はい、共有されておりました」


 辻口の家は代々四ノ宮に仕えてきた。

 本来なら朔埜の弟、昂良に付く筈だったが、乃々夏付きの護衛に抜擢された。

 

「行かなくて良かったの?」

「……朔埜様が行かれましたので」


 そう、と呟き、乃々夏は目を細める。


「お前がいれば四ノ宮は大丈夫よね、あたしも安心して嫁げるわ」

 けれど満足そうに告げる声音には、「やっぱりね」と、どこか失望を宿しているように見えた。


 ◇


 どこかの部屋に辿り着き、降ろされた場所は柔らかい。

「落ちるなよ」

 その台詞からこれはソファなのだと理解した。


 そろっと外された羽織の向こうに、痛ましい顔をした朔埜が見えた。

「大丈夫か……」

「……はい」


 そう言いながらも、離れていく手を寂しく感じてしまう自分がいる。

「すまんな、怖いやろ。俺は外すから、誰か女性を……」

「だ、いじょうぶです。その、若旦那様のお顔は中性的ですし、それほど怖くは……」


 ぴき


 と目の前で空気が張り詰めた音が聞こえた。

「……お前には俺が女に見えるのか?」

 何だろう、笑顔に迫力が感じられる気がする。


「い、いえ。そういう訳ではなくて、その……若旦那様は温情ある方ですので、怖くないと言う意味です」

 こちらも負けじと笑顔で返せば、不満そうに溜息を吐いた。

「……俺の顔なんてどうでもいいくせに」

「えーと、そんな事は……ごさ綺麗な顔だと思ったので、つい。嫌でしたか?」


「〜〜〜っ、嫌やない!」

 赤くなりながら何故か怒り出す朔埜にきょとんとしてしまう。

「なら、良かったですが……ふふ」

 それに釣られるように思わず笑みが溢れた。

 驚いて瞬きをすれば、同じように驚いた顔でこちらを見る朔埜がいた。


 不思議だ、朔埜は怖くない。

 さっき触れられた時も嫌じゃなかったし、照れ臭そうにする朔埜にほわりと胸が温まる。


 朔埜は仕事熱心で、お客様への対応も、従業員への配慮も完璧な……お見合い相手、だ。


 頭を過る麻弥子の顔に史織ははっと息を飲んだ。

(麻弥子ちゃんのお見合い相手なんだから!)


「若旦那様。もう大丈夫ですから、お戻り下さい」

「……対応は旅館でするさかい、お前はゆっくり休んでてええ」

「はい、ありがとうございます」

 そう言うと朔埜は少しだけ寂しそうに笑って、ふと手を伸ばした。

「……え」

 自分の頬に寄せられた掌に、史織は固まってしまう。


「怖くないか?」

「は、はい。怖くないです」

 朔埜の手は史織の頭を掴めそうなくらい大きい。

 それに驚いていると、そっと耳に口元が寄せられ、びくりと右に意識が集中する。


「吊り橋効果や、知ってるか?」

「え、吊り橋?」

「そうや、ずっと俺の事考えてたらええ。そしたら怖い思いも忘れるやろ」


 親切心から言っているのだろうか……


「は、はい……ありがとうございます」


 満足そうに笑う朔埜に史織は胸がはち切れそうな程高鳴っているというのに。

 こんな態度を常に取っているから、他に恋人がいるだなんて疑われるのだ。史織だって勘違いしてしまう。真っ直ぐに史織を見る朔埜の眼差しに、熱がちらつく錯覚まで見えるじゃないか。


「史織」

「はははい?」


 そのまま名前を呼ばれ、動揺して(ども)る。

「俺はもう、待つの止めた」


「……はい」

 分かりましたと返事をしたいけれど、意味が分からないので首を傾げる。

 そのまま立ち去る朔埜の後ろ姿を見送り、タンと閉まる襖を見てはたと気付く。


「トイレ?」


 な訳ない。

 自分で自分にびしっと突っ込みを入れるのは、そうしないと勘違いしてしまいそうだったから。

「……もう、」

 

 あんなのは狡い。

 顔を上げれば庭に面した窓に自分の顔が映り込んでいるのが見える。鏡のように明確でないにも関わらず、その顔が赤く染っているのが分かってしまった。


『史織──』


 思わず顔を覆い目を背けても、芽吹いてしまった自分の気持ちに、気付かない振りは出来なかった。


 ◇


 藤本の事は警戒していたのに……


 あいつが勤める会社の研修にと、凛嶺旅館を口利きをしたのは乃々夏だ。どうせ県警から要請があったのだろう。だから元々罠に掛けるつもりで呼び込んだとしても、朔埜に否やはない。けれど史織が来る事は知らなかった。


 怒りはある。

 それは自分に対するもの。

 目を逸らしていたせいで大事なものを危険に晒した。

 そしてこんな後悔はもうできないと、やっと悟った。

 気付くのが遅くなったけれど、言わなければならない。もう自分は乃々夏を幸せには出来ないから。


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