14. 意外な邂逅
「あ〜ん、もう。この旅館古いし道は入り組んでるしー、ほんと嫌ぁーい」
聞こえてきた、のほほんとした声に目を瞬かせる。
こちらに近付くにつれ、はっきり目視できる人影は女性。歳の頃は史織と同じか少し下、だろうか。
栗色に染めた緩く波打つ髪を一括りにして肩口から流している。白地に大振りの花がプリントされたワンピースが良く似合っていて、その格好から旅行客……というよりは外食に来たお客様、という感じがする。
じっと見つめていると、垂れ目がちのその瞳と目が合った。
「あら〜? だあれ?」
首を傾げる女性に史織は思わず自分の仲居着を握りしめる。着替えておいて良かった……
「ここの従業員をしております、西野と言います」
史織はぺこりと頭を下げ、挨拶をした。
その様子を見て女性は、ふうんと唇に指を添えて首を傾げた。
「あたしぃ、ここの従業員は全員覚えているんだけど〜、あなたの事は知らないわ〜?」
「え……」
思わず絶句してしまう。
もしかしたらこの人はこの旅館の関係者……というより偉い人なのかもしれない。果たしてどう言った人物なのかと考えるよりも先に、史織の頭は勢いよく下がった。
「はい、今日から勤務しております。ご挨拶が遅くなって申し訳ありません!」
「そうなんだ〜。あ、あたしここの人じゃないから〜、そんなに畏まらなくても大丈夫だよ〜?」
そう言ってほわんと笑う女性に内心で首を傾げる。……ではこの人は誰なのだろう。
「ん〜、ここに来たら会えると思ってたんだけどなあ〜、ねえ他には誰もいないわよね〜?」
「へっ? あの……はい。私も今来たばかりですが、誰にも会っておりません」
女性は、そうなんだ〜と口にして、史織をじっと見つめて来た。
(何だろう……)
その視線を受け止めて身体を強張らせていると、女性はにこりと笑った。
「あたし〜、乃々夏っていうんだ〜。仲良くしてね、西野ちゃん」
「……は、い。よろしくお願いします」
流されるように答えるも、もしかしたら彼女は常連のお客様なのかもしれない。という事は粗相があったら良くないだろう。多分。
史織が逡巡していると、いつの間にか乃々夏がすうっと史織との距離を詰めた。
その動作に驚いていると、顔のすぐ横で、乃々夏の唇が綺麗に弧を描くのが見えた。
「あたし〜、あなたの事、知ってる〜」
こそりと耳の奥に忍び込むような囁きに、史織の肌がぞわっと泡立った。
「あ、これ〜、あたしの連絡先〜。何かあったらここに連絡入れて〜?」
「へ? あの、……」
「困った時はお互い様だから〜」
戸惑いながらも、差し出された気付けばそれを受け取ってしまう。
史織が動揺している間に再び距離を取った乃々夏は、ほわほわとした笑みを浮かべたまま、くるりと踵を返して行ってしまった。
その後ろ姿が再び煙に隠され消えていく。
そこでようやく史織は目を覚ますように声を張った。
「え、何今の?」
狐狸に化かされたので無いのであれば……
知っている? 史織を?
それに何故連絡先をくれたんだろう……?
もしかしてどこかで会った事があるのだろうか?
(やばいっ)
ここの関係者では無いと言っていたが、詳しそうだった。もし、史織の事を話されて、引いては千田に辿り着かれでもしたら大変な事になる!
乃々夏、乃々夏……
どこかで聞いた事があるような、無いような──
混乱している今では、思い出せるものも思い出せる気がしない。
母か麻弥子に相談するべきだろうか。
史織もまた急いで部屋に戻ろうと、急いで踵を返したところ、どんっ! と固い何かにぶつかった。
焦りすぎて竹にでも激突したのだろうか……
痛む鼻を摩っていると、頭上から不機嫌そうな声が聞こえて来た。




