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12. 四ノ宮 朔埜②


「あー、くそ」

 結局。

 いい加減、どっちか決めろ──

 そう言われて座敷を放り出され。朔埜はわしわしと頭を掻いた。


 自分の事で手一杯で過ごしてきたものの、朔埜にだって忘れられない女性くらいいる。

 当主を言い渡されて三年。

 最近になってやっと四ノ宮の当主になる自覚が芽生えてきたというのに。それでなくとも結婚なんてまだ先でいいと思っていたから、自分の事を後回しにしていたツケがこんなところで出てしまった。


 朔埜は音を立てて廊下を歩き、頭に浮かぶ用事のあれこれを追い出した。

(取り敢えず先に、これを片さな)


 すぱんと音を立てて襖を開けた先。

 いつものように書き物でもしているだろう、仲居頭の部屋に足を踏み入れた。


 ◇


「──あら、朔埜はん。何ですの声も掛けないで……」

 眼鏡を掛け直した目を眇め、三芳は眉を顰めた。

「ちょっと頼み事や、……て誰かおったんか?」


 どかっと畳に座り、手近な座布団に手を伸ばしたところで、それの位置に僅かな乱れに気付いた。

「ああ……葦野はんのとこのね。紹介の子ですわ」

 そう言いながら三芳はてきぱきとお茶の準備を始める。よく見ると前客の湯呑みも部屋の端に片してある。


「そういや言うてたな、……誰か探りでも入れに来たか?」

 その言葉に三芳は肩を竦めた。

 朔埜のお見合いについて。

 祖父が用意した相手は、どちらも権力者の娘である。だからこの話の先を見据える為にも、状況を把握しておきたい者がいてもおかしくはないけれど。


 そもそも先に口約束とは言え婚約者がいるのだ。

 後者は前者に喧嘩を売ったとも言えなくも無いが……こう言った時、東西の隔たりは面倒臭く思う。

 いずれにしても朔埜にしたら気が早すぎるとしか言えない。


「どうですやろ。けどまあわざわざ葦野家に角を立てる訳にもいきまへんから、あまり露骨な調査は出来まへん。これから忙しくなりますやろ。あの手合いは無視しといてかましませんと思いますわ。……それにまあ、多分あの子は素人ですやろ」

「……怖」


 仕事が重なる今の時期。こうした雑事が増えれば見落としが懸念されるから、気になるところではあるけれど。


 そう考えながら、朔埜はニヤリと笑った。

 こんなところに(・・・・・・・)調査だなんて、それこそ何も知らずに来た事は明白だ。

「あら、似てきましたなあ……」

「何が?」

 ついでに卓の端の茶菓子に手を伸ばしていると、三芳が嬉しそうに口にした。

「大旦那様にや、似てきましたわ」


 大旦那とは祖父の事だ。

「──育ての親だからやろ」

 ふんと鼻を鳴らして菓子を頬張る。


 実際は義父となった人よりも、祖父との時間は短いけれど。

「まあ、そうでしょうけども……」


 懐かしむような眼差しを向け、三芳は改めて朔埜に目を細めた。

「お見合い話と言い、ほんに大きゅうなりましたわな、若旦那も」

「ほっとけや」


 ここにきたばかりの頃、朔は三芳に礼儀作法をきっちり躾られた。そんな三芳はある意味祖父よりも頭の上がらない人なのだ。


「まあ、そう膨れんと。期待してますよ。葵はん(・・・)

「……煩いわ」


 むすりと口元を引き結び、お茶を喉の奥にずずっと流し込んだ。


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