表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/49

10. あれ、騙された?


 史織は勤め人だ。

 だから一ヵ月の間、理由もなく仕事を休めない。


 だからそこは千田が根回しをした。


 ──『有名老舗旅館のおもてなしを知る』企画。


 レポートだ。


 半年程前に史織が提出してボツ案となった企画が通り、そのレポートを書くという、建前の仕事ができたのだ。

 自分の欲望の限りを書き連ねた企画書だったので、かなり熱を入れて書いたのを覚えている。だからボツった時はがっくりと落ち込んだのだが、今更こんな形で日の目を見るのも複雑だ。

 

 ただその記事が活かされるかどうかは正直怪しい。凛嶺旅館の許可を得られるのは、麻弥子と朔埜の婚約が成立しないと、それくらいのコネがないと難しい。


 まあ、難しい話は置いとく事にしよう。

 当事者でありながら他人事のような話ではあるが、既に現状にいっぱいいっぱいであるのも事実なのだ。

    

「西野 佳寿那です」


 そんな事が頭を掠める中、史織は偽名で挨拶をした。

 千田の事を考えていたら、少しだけ冷静になれた気がする。


 ついでに大学時代、着物の着付け教室に通って良かった、とか。その流れで礼儀作法の初級講座を受けておいて本当に良かった、なんてそんな思いが頭を駆け巡った。


「どうも、おこしやす。頭を上げて下さいまし」


 三つ指をついて史織が頭を下げていると、頭上から澄んだ、けれどぴしりと厳しい声が響いた。

 四十代後半くらいだろうか。案内人に三芳と呼ばれていた女性は、書き物をしていたらしい手を止めて、眼鏡を外し史織を見た。


「西野さんですってね。あなたの教育係を務めます、三芳といいます。葦野(あしの)様に頼まれたら、うちかて嫌なんて言えまへんけど。来たからにはきちんと教育せな、凛嶺旅館の──四ノ宮の名前に傷が付くさかいに。きっちり躾させて貰いますわ」

「は、はい。よろしくお願いします」


 葦野、というのは、伝手を得るために用意した名前だろう。……史織がここに潜入するだけで、どれだけの人が関わっているのか……しかも中味は、ただのお見合い相手のリサーチである。


(割に合わないような)


 気がしなくも無くも無いが。

 

 まあ、これも気にしない方がいいだろう。当人が気にしていない事を史織が気にしても仕方がない。


 そんな事より──

 折角凛嶺旅館に来れたのだから、是非特室にも足を運びたい。

 この為に来たと言っても過言でもない潜入調査だが、実は自分が客じゃない事に史織が気付いたのは、つい今しがたであった。

 ──当たり前だが寛げない。


(これって詐欺って言うんじゃないのかな……)


 目の前の三芳女史の貫禄に押しつぶされそうになりながら、史織はひっそりと母を恨んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ