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わがままイレブン!  作者: みちふむ
6 クライマックス
100/101

5 スィートクライマックス

後半。牡丹高校の猛攻。


……向こうは早目に同点に追い付きたいはず。


しかし藤袴の目標は一人一点。時間との勝負だった。


……うちはあと九人が点を入れたいから、単純に時間で割ると一人五分も無いってところだ。


ここで彼女は指令を出した。


「和希《1》スクリーンを純一《11》に。尚人《7》はパス、シュートは倉之助《9》!」


美咲は一。胸の前で腕をクロスさせ。11。7。拳をつくり、9!とした。


『ゴーーーーール!入れたのは本郷倉之助!!ゴール前の長谷川純一が一瞬フリーになったので、牡丹高校はそっちをマークしたのですが、内田尚人、よく周りをみていました』


その後、向こうも1点を入れ、藤袴の猛攻で和希、純一も点を入れた。


『また入った……。北村優作のオーバーヘッドキックシュートで9対2になりました、この大量得点。しかし。これは全国大会三位決定戦です。ああ?これは』


「うわ。やばいとうとう気が付いたのか。黙っていれば良いのに」


五郎は頭を抱えてしまった。


『……大変な事が判明しました。藤袴学院は……一人1点入れています。これは前代未聞であります!』


とたんにスタンドがざわついた。


ピィ――――――――ッ!


牡高校は選手交代時に選手達が話し合っていた問題はここからだ。


「どうなんだ。美咲?まさか試合放棄はないよな?」


五郎はペットボトルの水をごくと飲み美咲に尋ねた。


「こうなると思って一応、向こうが反撃できるように後半の時間を残したんだよね……私としては向こうがメンバーを入れ替えて、反撃態勢に来てくれると助かるんだけど」

「……どうやら美咲の言う通りになったようだ。ほら、元気な選手を入れて来たから」


クリスはそういって腕を組んだ。


「でも。これからが問題だし……」


シュートを入れていないのは、豪とGPのロミオと陽司だと言う五郎は目で追っていた。


「ん。なんだ?これは」


身を乗り出した五郎は牡丹高校のシフトが明らかにおかしいと言い出した。


「ああ。これはやられたな五郎。要するに向こうは負けよりも名誉を守るために、残りの3人だけには絶対点を入れさせないと守りに徹すると言うことだ。ロミオはまあ、置いておいて、豪と陽司の徹底マークにきたぞ」

「だから美咲は陽司に先に点を入れさせたかったのか」

「うん。……でもまだ望みはある」


藤袴の点を入れた8人の選手は、はっきりいってノーマークだ。牡丹高校は10人で豪と陽司を守っている状態だった。


「どうするんだ?美咲、これじゃ何もできないぞ?」

「やるしかないでしょ、行くよ!」


美咲はボールを保持していた透に指示を出した。



『さあ、藤袴はどうする?おおっと!ここで完全ノーマークの夏川透がパスを出した……』

「「「行っけ――!」」」


美咲とクリスと五郎の声が会場に響いていた。


『入ったーーーーーー!コートの端から放たれた小野ロミオのスーパーロングシュート!』


スタンドはキャ―――ッ!!と黄色い歓声が轟いていた。


『こんな事があってよいのでしょうか。呆然としている牡丹高校のボールからスタートです。ああ?これは』

「ようやくここで戦意喪失か。それもそうだろうな。もはやパスを回して時間を稼ぐ気だ。これ以上点を入れさせわけにはいかないからな!どうする美咲?」


牡丹高校はパスを回し藤袴に一切プレーさせないスタイルに変えてきた。


「……どうしようクリス。こんなにあからさまにキーパーがボールを長時間持っているのに審判の笛が鳴らないなんて……」

「千石審判だからな……くそ!」


会場からもブーイングが起こっていたが千石は素知らぬ顔でプレーを続行させていた。


「うああ〜!もう仕方ない!奥の手よ!行け!晴彦、優作!」


スタンドからの大ブーイングに動じない千石審判に対して時間が無い藤袴は動き出した。そしてダッシュで向かった優作はキーパーの抱えているボールをえい!とタッチした。


『おおっと!これはハンドです!ハンド!』


ピィ――――――――ッ!



ハンドのペナルティをもらった牡丹高校は、ボールキックからスタートした。これを必死で追った藤袴はようやくボールを取り返した。



しかし豪と陽司の周りに5人ずつ守りが張り付いていた。


「……牡丹高校は豪のユニフォームをつかんでいるのに、千石審判は見て見ぬ振りか」

「なんでクリスはそんなに冷静なんだよ?俺、腹立って仕方ねえぞ!」

「ここは倉之助!君に托すよ!」


透からパスを受けた倉之助は、まっすぐ敵の固まりに突っ込んだ。倒れそうになって、あ、倒された?


ピィ――――――――ッ!



「やったぞ!ここでペナルティキックだ。ここは誰に蹴らせる、美咲?」


「待ってその前に。倉之助が怪我をしたみたい?……邦衛!富雄と交代させて!」


翼は先ほどからの千石に興奮しているので美咲はベンチの邦衛に合図した。


『ここで藤袴は最後の選手を投入です。そしてペナルティキックになります』



「豪、お願い……」


……やった事は無いはずだけど。豪ならできるはず。


牡丹高校の作る人間壁。豪の立つ位置。打つ方向。その後の動きを美咲は指示した。


ピィ――――――――ッ!


『さあ、蹴るのは水上豪。力強く走り込んでキック!あ?ボールは高い壁を超えず、ジャンプした足元を転がって、コロコロと転がり……ゴールの隅に届いた?逆サイドに飛んだキ―パー届かずゴ―ーーーール!これで……10点目!残すは今加入した白川富雄と前田陽司のシュートのみだ!』


「早くボールを回して!もう時間が無いの」

「透!早く」

「ボケッとすんな!」


牡丹高校はのろのろとスタートした。会場からはブーイングの嵐。しかし牡丹高校の主将のキックで素早く始まった。


仲間に手を挙げている彼も最後に一点取ろうという意気込みだ。その時、相手ボールを透が奪った。するとロミオがボールを呼んだので透はパスした。




『何と!ボールをキャッチした小野ロミオ。自分で相手ゴールにボールを投げ入れた?まさかのオウンゴール!』



ピィ――――――――ッ!


『ここで小野ロミオ!一発レッドカード!』


ピィ――――――――ッ!


『さらに抗議をした内田尚人もレッドカードで退場!』


ピィ――――――――ッ!


『さらにさらに?ベンチから飛び出してきた真田監督にもレッドカード!!』




「何やってんだ……」

「大丈夫。クリス。まだワンチャンスあるよ」


ざわつく会場。でも時計は止まっていない。チャンスは1回。


……ロミオのおかげでスタートは藤袴だよ。本当は尚人に蹴ってもらう練習をしていたけれど。みんな大丈夫だよね……キックは純一。そして透さんへパス。透さんは逆サイドの晴彦へ。晴彦のカバーは優作。この二人では陽司さんへラストパスをお願いね……。


「美咲。優作は足がつったみたいだぞ!」

「分かった五郎さん!じゃあ。富雄で!」


……晴彦のカバーは富雄だよ!他のメンバーは全員、陽司さんの周囲のディフェンスを押さえて!


しかし、肝心の陽司はボケとした顔をしていた。


「陽司さん。ちょっと?大丈夫?」


美咲を見つけた彼はすっと鼻をつまんだ。


……4!4!



……は?首振ってるし。もう諦めるって事?何を言っているの。うわどうしよう。涙が出て来た。私は陽司さんに1点入れてもらいたいのに?……


「どうした美咲?」

「見て、五郎さん!陽司さんの様子がおかしいの……ほら、変でしょう?」


……4!4!!


「脱水症状か?確かにいつも以上に様子がおかしいな。でも落ち着け美咲!そうだ?お前の気持ちをあのバカに伝えろ!」


「気持ちって?」


思わず涙声になった美咲の肩に、クリスはそっと手を置いた。


「好きだって気持ちだ。さあ、早く送れ!時間が無いぞ」


彼女は咄嗟に両手でハートを作った。顔の横。頭の上。


……今までこんなサインをしたこと無いけれど、分かるかな?……。



「陽司さんお願い……1点入れて早く私の所に戻って来て……」

「五郎……俺本気で高校からやり直したくなった」

「……ああ。願書もらって帰ろうぜ」


美咲のサインを見たかどうかは分からないけれど、最後の笛が鳴った。



ピィ――――――――ッ!




『さあアビショナルタイム。キックは長谷川純一。前川陽司には10人のディフンスが付いていて、前川が見えないほどです。そして長谷川、鋭いパスをキャプテン夏川に。夏川は逆サイドの野沢和希だ。そしてボールはノーマークの松田晴彦に渡った!……どうする松田。2点目を狙うか?ああっとここで……』



晴彦にパスを出させないように、ディフェンスが寄って来た。そのディフェンスを富雄がスクリーンをかけて晴彦はノーマークのまま、足を蹴りあげて陽司に高くセンタ……。



「……リングかと思い全員がつられて高くジャ――ンプ?しかし、キックはまさかの空振り?おっと後ろから中川富雄が出て来て、そこへ集団の足元から飛び出してきた前川陽司の顔面に、中川が蹴って当てた――――?」





ピィ――――――――ッ!






『試合終了!前川陽司!!最後に1点入れて藤袴学院。12対3で優勝―!じゃなかった?見事な3位です。大興奮が冷めませんがこの後行われる試合が、本日の決勝となります』



「お疲れ様!……和希の最後のディフェンスのおかげで陽司さんが飛び出す事ができたよ」


「こっちこそ。美咲!今までありがとうな。こんなサッカーできて俺一生忘れないよ」


試合後のロッカールームで美咲は和希と硬く握手した。


「やったね、文也!今日は君が一番走ってたよ」

「分かってくれた?だって尚人が本調子じゃなかったし。僕も記念すべき試合に出られて良かった。また今後もヨロシクな!」


おうと美咲は文也とハイタッチした。


「足つったのは大丈夫、優作?もっとドリンク飲んで」

「さすがに疲れたぜ。でもさ。感激した。こんなゲームができるなんて。ありがとう美咲。っていうかまたよろしくな」


そういって美咲とペットボトルで乾杯をした。


「豪!最後の二人になってドキドキしたでしょう?あのシュートはもっと強く蹴っても良かったな」

「そんな事言ったってさ。芝生のせいでボールが止まりそうになったんだ。でもこれであのコロコロシュートは俺の武器にするよ」


美咲は彼の頭のタオルを一緒にゴシゴシと拭き、にっこり頬笑みあった。


「ナイス空振り!晴彦。私、本当に蹴るのかと思った」

「アハハ。これやったこと無かったけど面白いね?僕ハマっちゃったよ」


美咲は彼の背をポンと叩いた。




「ねえ。倉之助?怪我、大丈夫?でも最後のペナルティエリアのあの動きは、倉之助じゃないと有り得なかったよ」

「足はちょっとひねっただけだよ。それよりもこの試合に出してもらって光栄さ。それに無理やりドリブルでファールをもらうのが俺の得意技だしさ。こんな俺でもチームに役に立って嬉しいよ」


美咲は笑顔の彼とそっと抱き合った。


「邦衛!」

「美咲!今日は呼んでくれて本当にありがとうな!」

「そんなこと無いよ。いてくれて凄く助かった……兄貴は興奮して全然サイン見ないんだもの」

「……俺さ。怪我でもうサッカーは出来ないと思っていたけど。試合に出るだけがサッカーじゃないって今日思ったんだ」



するとマネージャーの一宮が邦衛の肩を叩いた。


「美咲さん。私から邦衛君にマネージャーになってもらえないか相談しているの」

「そうですか!そうだと嬉しいな」

「これから一宮先輩の話しを良く聞いて決めるよ。今日はありがとうな!」



邦衛はそう微笑んだ。


「ジョニーは?ジョニーはどこ」

「……ここだよ。俺がシュートを決めたからで親父が興奮して大変だったんだ。これからはもっとサッカーの練習ができるように時間とるからな。それよりも富雄?やったなお前!」


「おう、美咲!」


背後から来た富雄が美咲の肩を抱いた。



「ごめん!富雄だけ時間がなくてシュートチャンスあげられなかった……」

「そんなこと無いよ!僕は出る予定じゃ無かったろ」

「でもあれってさ。結果として陽司さんの顔面シュートになったけどさ。蹴ったのは富雄なんだから。お前あれで良しとしろよ」

「アハハハ。さすがジョニーだな。美咲。これからも頼むわ」


美咲はジョニーと富雄と拳をトンと合わせた。


「今度は純一さん?どうしたの、怪我?」

「いや……めちゃくちゃ疲れた」


床にへたりこみ靴下も脱いでいた彼の横に美咲はそっと座った。


「俺さ、高校でサッカーを辞めようと思っていたけど、やっぱり続ける事にしたよ」

「サッカーが好きなくせに。止められる訳ないでしょう?それに『人生の試合はもう始まっている』でしょう?」

「言ったな?……美咲。今までありがとう」


そういって彼は美咲にギュウと抱きついた。


「ね。マジで俺と付き合って」


耳元でそっと囁く声に彼女は優しく目を瞑った。


「ダメです」

「あーあ。そう言うと思った?アハハハ」


美咲は彼の背をよしよしと叩いた。すると目の間に傷だらけの足が見えた。


「美咲。悪いがあいつらをどうにかしてくれ」


首にタオルを巻いた透に言われて立ち上がった美咲は、部屋の隅の男達の元に進んだ。



「うえ、ううううっ」


「美咲……尚人が泣き止まないんだよ。……もう気にすんなって」


タオルを被りうずくまっている尚人の頭を、ロミオはそっと撫でた。


「だって……俺のせいでしょ。俺が先に点を入れたから。リズムが狂ってロミオが退場したんだ。最後の試合なのに?俺のせいで……翼まで。うううう」

「……俺に言わせれば翼のは余計だったけどな」

「いや!あそこで飛び出すのが翼の良さでしょ!」


陽司とロミオの冗談も尚人は動じずしくしく体育座りで泣いていたが透が優しく頭を撫でた。


「尚人はよく頑張った。なあ、みんな?」


しかし透の優しい声にも顔を上げない尚人に、美咲は先に透に話をした。


「それにしても、透さん。サイン無しの場面でもみんなと呼吸が合っていましたね。最後のあのパス、絶妙でした」

「美咲?お前にそう言ってもらえる日が来るなんて……おおおおお!」



あの冷静な透が、拳を作って叫んだのでみんなビックりして彼を見つめた。


「最後だから言うけどな!俺は高校から入ったからいつもみんなと気持ちが合ってない気がしていたんだ。でも今日の試合でようやく皆と心が一つになれたと思う」

「バカ!何言ってるの透!僕はいつも君と繋がっていたよ?そんな事言うなんて?……ひどいよ」


透のユニフォームを掴んだロミオは泣いていた。


「おおロミオ……バカだな。お前が泣くなんて、う、俺も」


大の男三人が泣き出したので美咲はさすがにおろおろしてしまった。これを見た陽司は美咲をじろと見た。


「……おい?美咲、何とかしろ」


美咲は膝を抱えて座っている尚人を中に入れ、ロミオと透の背をそっと抱き、円陣を組んだ。


「確かに計画通りじゃなかったけど。みんなが自分達で考えたから理想的な試合で感動しました。もう私は要らないくらい」

「バカ!要るの!お前じゃ無いと無理だから!?」


泣き顔の尚人が叫んだ。結構元気だった。


「ねえ。ロミオ。今日MVPは2点を入れたあなたね。透さんは私にとって最高のキャプテンです。透さんがいなければ私はここにいませんでした。そして最後のスーパープレイ。私の一生の宝物です……」


そういって円陣を解いた美咲は透と硬い握手を交わした。


「そうか、あれが美咲の宝物になったのか。俺も一生忘れないぞ、なあ。ロミオ?」

「美咲。君は僕にサッカーを教えてくれた……」


そういって彼は美咲を胸に抱きしめた。


「愛している!君は僕の女神だよ……」

「ありがとうロミオ。私もロミオが大好き!だからずっと……お友達でいたいの」

「お友達?」


彼は驚いた顔で美咲を胸から外した。


「だって。女の子はみーんなあなたの彼女になりたくなるでしょう?だから私はロミオの永遠のガールフレンドになりたいの。その方が、いつまでも仲良くいられるよ……きっと」

「ぷっ」

「……誰?今笑った人」


みると泣いているはずの尚人の肩が震えていた。


「『ずっとお友達でいましょうね』だってさ。振られてるし……ハハハハ」

「……尚人は?美咲は尚人の事はどう思っているの?」

「……幼馴染みだよ。手の掛かる弟みたいな感じだよ」


これを聞いたロミオはふうと息を吐いた。


「そうか……。美咲は僕の永遠ガールフレンドになりたいのか……。それなら僕はそれでいいや。幼馴染みよりも、その方がレベルは上そうだし」

「おいロミオ?その比べ方絶対おかしいぞ!」

「尚人は元気になったようだな。さ。決勝戦の後半が始まったから。俺達は表彰式にでるから用意しろ。おい!試合用のユニフォームをも一回着ろ」



透の指示に皆一斉に着替え始めた。美咲は退散しようとドアに向かったがとうとう彼に肩をむんずと掴まれた。


「……おい。俺に何か言わないのか司令塔さんよ」


恥ずかしいので黙っていようとしたのに捕まってしまった。陽司は服を着替えていた。


「なんで最後。諦めようとしたのよ」

「ああ?腹が減って。気力が失せただけだ」


……腹が減った?


「でもよ。お前がおにぎりのサインを出したから、まあ、やる気が出たわけだ」


……おにぎりのサイン?違うよ?



「え?あの美咲のサインの意味は……」

「バカ!?言わないで」


美咲は和希の口を塞いだ。



「おにぎりじゃないのか?じぁ、お稲荷さんか?」

「おにぎりだよ。そう……だよ!みんな聞いて!最後のサインはおにぎりの意味だからね!」


「バカだな美咲?陽司以外は全員わかっているから心配しないで、ね、皆」


純一の言葉にうんと頷く一同に美咲は真っ赤になっていたので尚人はイヒヒと笑った。


「いや。もしかして透さんもおにぎりって思っているかもよ。まあ、これは伝えておくから」


しかし一生懸命誤魔化した美咲は、笑顔で彼らを表彰式に送り出した。





全てが終わった彼ら藤袴のマイクロバスに美咲は乗り込んだ。翼はバイクで先に帰るというのでバスに乗った。


先に乗っていた彼女は車が動き出す前に、温かい車内に気持ちが良くて眠ってしまった。そして気付くと学校に戻っていた。


その夕方は、全員で焼き肉食べ放題の店で打ち上げをした。そこには退場になった翼とクリスと五郎も来てくれた。


こうして三位決定戦でありえない試合をした彼らの試合は『恐怖のイレブン』として伝説となった。


そしてあっと言う間に卒業式となった。もうお別れだ。







「美咲!はい、これ」


桜が舞う中、純一の手のひらには学生服のボタンが合った。


「これは僕達の第二ボタン。これが僕。こっちがロミオ。そして透に陽司。和希は彼女にだって」

「ありがとうございます。えと、マジックで書いておかないと分かんないですね」


名を示す数字を書いた美咲に純一は微笑んだ。


「僕は卒業したら県外だからなかなか会えないけど。こっちで試合が有る時は観に来てね」

「もちろんです!」

「ロミオはファンの女の子につかまっているし。どうする?」

「兄貴と同じ大学だからいつでも会えるので、今日はいいです」



陽司はもう帰ったと言うので、美咲は透と和希に挨拶をしひっそりと家路に付いた。




「ただいまーって。あれ」


……大きな靴。でも兄貴のじゃない。これは……。


「陽司さん?来てたんだ。お兄ちゃんは?」


テレビの前で一人ゲームをしている大男はちらと振り向いた。



「なんか彼女達に呼び出されて出掛けた」

「そうか。なんかご飯食べる?っていうか、こんな所にいていいの。クラスの人とは」

「……腹は減ってないし。今はこっちの方が大事だし」


兄のゲームのキャラクターのレベル上げの方が大事と言う彼に美咲は仕方なく、彼の横にそっとお茶を出した。



「俺さ。やっぱ京都に行く事に決めたぞ」



あの『恐怖のイレブン』の三年生全員はU―20に選ばれ、その内の透と陽司とロミオはJリーグのチームにスカウトされていた。陽司は大学かJリーグか迷っていたのだ。


「そう……プロに行くんだ」

「ああ」

「松木監督はアグレッシブなプレイが好きな監督さんだから陽司さんと相性が良さそうだし。良いと思うよ」


床に座ってテレビ画面を見ている彼の後ろのソファに座った彼女は、その大きな背にそんな声を掛けた。



「来週、行くから」

「そう」


学生服の広い背中を見ていた美咲は涙が出てきていた。


……この姿も見られなくなるんだな……でも!親友の妹として陽司さんを気持ち良く送り出さないと……。




「あの!私、着替えてくる」


泣き顔を見られたくない美咲は自室に入った。しかしベッドでじわわと泣けていた。



「うううう」


トントントンとノック音がした。


「美咲……ここ開けろ」

「待って。着替えてから行く」

「着替えなくていいから。ここ、開けろ。大事な話しがあるんだ」


真面目な声の様子にタオルで顔を拭いた美咲は、下を向いたまま戸を開けた。


「何?」


彼女はタオルで目を押さえた。

おし黙って部屋に入った陽司は彼女の両肩をそっと掴み、ベッドに座らせた。彼は美咲の両手をそっと握り、正面に両ひざをついて座った。



「あのな?美咲……俺、誤解してたんだ」

「誤解って」


陽司は首をかしげてうーんと唸った。


「お前が好きなのはロミオか透か。尚人かクリスだと思ってたんだ」



「どうしてそんな?」


目を瞬きする彼女を陽司はじっと見つめた。


「ロミオは俺が言うのもなんだか見た目は最高にカッコいい男だ。透は頭が良いし、立派な紳士だろう。それに尚人はお前と一番気持ちが繋がっているみたいだったし。クリスは非の打ちどころの無い男だからな。俺の事なんかその辺の石コロにしか思われてないと思っていたんだ」


そういって彼は目をつぶり美咲の頭に自分の額をコンと当てた。


「だから最後の試合のサインをだな……」

「?それはもう」


すると彼は美咲をぐっと抱きしめた。


「すまん。……あれはハートマークだったんだな。俺全然分からなくてよ。あの後クリスにグーで殴られて、五郎にタイキックくらってよ。参ったわ、本当」


……そんな事があったとは?……。


美咲はそっと彼の身体から離れた。



「ごめんね。私のせいで。あの、無理しなくていいから」


「……無理ってなんだ」


陽司はゆっくり瞬きをして彼女を見つめた。



「陽司さん。無理して私の事を好きならなくていいから。私は友達の妹のままでいいの。ね。この話しはもう終わりにしよう……?」

「あのな」

「うわ?」


彼は美咲の両腕を掴んでベッドにふわと押し倒した。



「……俺はお前の事をそんな風に想った事は一度も無い。はっきり言うと俺はいつもお前に逢いに来ていたんだ」

「そうなの?」

「当たり前だろう。翼に逢って何になるんだ?だから……」


真顔の彼は大きな手で美咲の前髪をそっと撫でた。


「俺もお前が好きだから……もう、心配するな」


彼はそう囁くと、彼女の額に優しいキスをした。



「……あの。でも。急な展開は……」


すると彼は彼女の背に手を回し、よっと抱き起した。



「……わかっている。お前はまだ17歳だからな……。だからこれを、もらってくれ」


そういうと彼はポケットに手を入れた。



「美咲にはさんざん世話になったし、これからも世話になりたければ契約金で何かプレゼントを買えとお袋に言われたんだ……。今、付けるからな」


キラと首に光ったのは、小さなサッカーボールの飾りのついたゴールドのネックレスだった。


「嬉しい……ありがとう陽司さん!」


思わず彼の首にしがみついた美咲が頬をくっつけると彼からミントの香りがした。彼女はこのまま彼の耳にささやいた。


「あのね。寂しい時、逢いに行ってもいい?」

「……ちゃんと翼に許可を取ればな」

「夜、寝る前に電話していい?声が聞きたいから」

「ああ」


美咲は抱きついたまま目をつぶり彼の鼻に自分の鼻をくっつけた。


「あのね。陽司さんの藤袴ユニフォーム欲しいの……。毎晩それ着て寝たいから」

「美咲……お前、俺を殺す気か?」


美咲は微笑むと困り顔の彼にそっとキスをした。


「いいでしょう甘えても?私が我儘を言えるのは陽司さんだけなんだもの……」




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