悪役令嬢に転生したから、最推しの幼馴染みをヒロインとくっつけようと思ったのだけど…
ある日突然、錦小路恵美は思い出した。
「わたくし、悪役令嬢だわ。しかも、大翔があの、水無瀬 大翔様だなんてっ!
前世の記憶はわたくしが生まれた時からあったけれども、まさかここが乙女ゲームの世界だったとは思わなかったわ。」
そう、恵美は前世で大好きだったある乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのだ。もともと前世の記憶は持っていた恵美は新たに思い出した記憶に少し混乱していた。なんと、最推しであった大翔のルートの悪役令嬢であったのだから。大翔のルートではどのエンドになろうが恵美は断罪され錦小路家は没落していた。
だから、次にとる行動として普通ならば、没落に対して対策をとろうとするのかもしれない。だが、恵美は普通ではなかった。
「あぁ。どうしましょう。このままではわたくしと大翔は婚約してしまうわ。一時とはいえわたくしのような者が大翔様の隣に立つだなんて……おこがましいですわ!」
自分は大翔の隣に相応しくない。そう思っている恵美はどうにかして、婚約の話を無くす手立てを考える。没落の対策としても婚約の話を無くそうと思う事はあるかもしれないが、恵美からすれば錦小路家の没落よりも大翔の隣に立つ、立たないであった。
そして恵美は、婚約の話を無くす方法が1つ、思いついた。
「そうだわ!お父様にお願すればいいのよ!!」
恵美の父はとてつもなく恵美に甘い。なんせ、ゲームでの恵美はヒロインの事を人を雇ってまで殺そうとしていたのだが、その時の協力者は父だったのだ。道徳に反することまで父は恵美の味方になってしまう程甘いのだ。
まぁ、恵美は父の最愛の妻―恵美の母が命と引き換えに生んだ一人娘なので甘くなってしまうのも仕方ないのかもしれない。
そして、善は急げと恵美はさっそく父に頼むことにした。
「お父様、お父様、お父様っ。」
「恵美?どうしたんだい?」
「ごきげんよう、お父様。突然ごめんなさい。
大翔との婚約の話が出ているわよね。それ、無くせないかしら?」
「恵美?急にどうしたんだい?昨日までは幼馴染みの大翔君が一番良いと言ってたじゃないか。」
「えぇ。そうなのだけどね、お父様。大翔じゃダメなのよ。」
「ならば、大翔君を恵美が説得できたらいいよ。」
「わ、分かったわ。」
そう、父に言われたため恵美はさっそく大翔にアポを取り会うことにした。それにしても、恵美に甘い父が簡単に頷かないなんて珍しい事もあるものだ。だけど、そんな事はすぐに頭から離れていった。
(どうしましょう、いよいよ大翔との対面の時だわ……どうして、わたくしは昨日まで大翔様の魅力に気付かなかったのかしら?)
恵美が前世でやっていた乙女ゲーム。それは、【キミとつくる恋物語】略して”キミつく”という少しダサいタイトルではあるが、内容が素敵!!と乙女ゲーマーの間で話題になっていたものだ。
自他共に認める乙女ゲーマーだった前世の恵美も勿論、キミつくをした。そして、大翔にハマってしまった。攻略対象は確か5人いたはずなのだが、恵美は大翔の事しか覚えていない。名前と簡単なプロフィールなら分かるのだがそれ以外は全く持って覚えていなかった。
1人目はメイン攻略対象でもあった飛鳥井 蒼汰。
確か舞台である月島学園で…生徒会長をしていた、はず。性格は……多分、俺様。
2人目は花山院 誠。
確かこちらは…生徒会の副会長だったはず、だ。性格は……何だったろうか?眼鏡をかけていたのは覚えている。現実でもかけているから。
3人目は錦小路 巧巳。
恵美の義弟(実際は父方の遠い親戚)で、ゲームでは恵美との関わりなど全く無く、現実でも関わりはなかった。確かゲームでは生徒会の…会計だったはず。…多分だけど。性格は……覚えていない。
4人目は伊集院 亮真。
確か生徒会の……書記だったはずだ。うん、残りの役職と言えば書記だ。だから、書記の、はす。性格は……こちらも覚えていなかった。
そして、5人目が水無瀬 大翔。他の4人のルートをプレイしないと出てこない、所謂隠しキャラであった。とはいえ、ゲームのパッケージに映っているので隠れていない隠しキャラと言われていたが。
大翔は生徒会や委員会といったものに所属していない。だが、上の4人には尊敬されており、既に大人と同じように扱われているほどハイスペックスであった。テストはいつも全教科満点で勿論、学年首位。しかも、普段は学校に通わずに水無瀬家の仕事を手伝っており、学校に行くのはテストがある日のみであった。まぁ、それが出来るのは水無瀬家の力ではあるのだが。
とにかく大翔は大人顔負けな高校生だったのだ。
だが、恵美がひかれたのはそこではなかった。いや、そこにもひかれたのだがそれ以外にも大翔の好きなところはたくさんある。
まずは、あの甘いルックス。もうパッケージに映っている時点から恵美は大翔の虜になった。初めに大翔のルートをやろうとしたら隠しキャラだったため落胆したのを覚えている。
そして声も良かった。透き通ったハリトンボイスにはスチルがなくとも色気を感じた。しかもなんと、大翔の声を担当した声優が恵美も好きな超人気声優だったのだ。
その次に、甘党である事。しかも、甘党であるという事を恥ずかしいからと周りには秘密にしているのだ。その秘密をヒロインに恥ずかしそうに教えているところで前世の恵美はとってもキュンキュンした。
他にも、器用そうに見えて実は不器用だとか、照れると照れ隠しに少しぶっきらぼうになるだとか、好きなところはたくさんあるのだが、大翔の事を語りすぎてよく友人たちにあきれられていたのでこれ以上は自重しよう。それに、そろそろ大翔の家に着く。
「やあ、恵美。恵美が私の家に来るって珍しいね。」
「ごきげんよう、大翔。そうね、普段は大体、大翔がうちに来ているからわたくしが水無瀬家を訪れるのは珍しいかもしれないわ。」
(はわぁ。……あぁ、声が良い。良いわ。そして、キミつくでいつも浮かべていたようなアルカイックスマイルでない大翔の笑みも良すぎる。あれって好感度が70%を超えてないとヒロインは見れないのよね!
あぁ、転生先が大翔の幼馴染みでよかったわ。おかげでこんなに素敵な笑みがいつも見れるしそれに、ヒロインとの恋も幼馴染みの特権で見守れるもの!そうなるために、ちゃんと大翔との婚約の話をなかった事にしないとだわ。頑張りましょう。)
などと内心、興奮しつつも長年の経験からなんとかいつも通りを装って挨拶をし、本題に入った。
「急いで大翔に伝えたいことが出来たのよ。急で悪いのだけど、わたくしとの婚約の話ってなかった事に出来ないかしら?」
「恵美?それはどういう事かな?」
ゲームでよく見せたアルカイックスマイルを珍しく大翔が見せてきた。しかもどこか黒い。そして圧がある。しかし、それに負ける恵美ではなかった。
「ねぇ、前にわたくしに前世の記憶があるって言ったでしょう。その事でさらに思い出したことがあったの。」
そう、大翔には前世の記憶があると伝えたことがあったのだ。しかも、大翔は表向きだけかもしれないが信じてくれた。
「あぁ、そういえばあったね。それで?」
「ここはね、乙女ゲームの世界なのよ。」
「は?乙女ゲームってあの、女性が主人公の恋愛シミュレーションゲームの事、だよね?」
大翔が混乱している。珍しい事もあるものだ。ゲームでは大翔が混乱どころか、困惑や動揺しているところだなんて見たことがなかった。現実では何回か見たことがあるが。どれも恵美からすれば、どうして混乱しているのか良く分からないものばかりだった。
「えぇ。そうよ。タイトルはちょっとダサくて【君とつくる恋物語】というのだけどね、大翔は攻略対象だったのよ。しかも、隠しキャラで前世のわたくしの最推しのキャラなのよ‼
まぁ、当然よね。ゲームの記憶を思い出すまでもわたくし、大翔の事がカッコ良いと思ってたもの。それに、ゲームよりも大翔の事をよく知っているし、わたくし、大翔の事が大切で大好きな幼馴染みだと思っているわ。
でも、ゲームの時の大翔様も凄かったし良かったのよ。その時にはもう高校生になっていたのだけどね、甘いルックスに透き通ったハリントンボイス。それに、テストでは常に全教科満点で勿論学年首位よ。しかも、テストの日以外は学校に行かずに水無瀬の仕事をしているというハイスペックなのよ。
他にも甘党なところを恥ずかしいからと隠しているところだとか、器用そうに見えて実は不器用なところも素敵よね。後は、照れるとぶっきらぼうになるところとか、感情を抑えるときはいつも笑みを浮かべているのだけど一度だけヒロインのために怒りすぎて無表情になったところとかとってもときめいたわ。それ以外にもね……」
「え、恵美。ゲームの私の話よりも話を先に進めてくれないか?」
「そ、そうよね。ごめんなさい。つい、興奮してしまったのよ。」
最推し本人に大翔様の良さを語れるとなれば興奮してしまうのは仕方ないと思いたい。だけど、そのせいで大翔を狼狽えさせてしまったみたいだ。これでは本末転倒だから、興奮を何とかして抑える。
「ゲームのわたくしはとっても傲慢で意地悪だったのよ。そして、とってもカッコよくて声も良くて頭も賢くて家柄もあって性格も良い大翔様の婚約者になるのよ。でもね、大翔様はそれが嫌だったの。だけど、その事に気付かずに纏わりついていたのよ。そして、大翔様の婚約者という地位を奪い取りそうなヒロインを苛め抜いて最終的には殺してしまおうとするのよ。でも、そのせいでわたくしは断罪されて、錦小路家は没落するのだけどね。
だから、わたくしは大翔の婚約者にならないほうが良いと思うのよ。それに、わたくしのような者が大翔の隣に並ぶだなんておこがましいわ。大翔の隣に相応しいのは乙女ゲームのヒロイン、久世 楓香ちゃんよ‼」
久世 楓香とはヒロインのデフォルトネームだ。天真爛漫でちょっとおっちょこちょい、そして人の気持ちに敏感な事を生かして攻略対象たちの傷を癒す存在だ。勿論、大翔の傷も癒していた。
「ふーん。久世、ね。久世といえば最近、業績悪化していなかったっけ?」
「あら、大翔。よく知ってるわね。
そうなのよ。久世は確かに今は業績が悪化しているわ。でもね、わたくし達が中学3年生の時だからわたくし達が中学1年生な今からだと…あと2年後くらいに久世の当主が現当主の末弟に変わるわ。そうしたら持ち直すのよ。ちなみに楓香ちゃんはその末弟の一人娘よ。」
「…そうか。なら、今の時点で手を打てばヒロインが登場することはないかな。」
「何を言っているの、大翔。楓香ちゃんは攻略対象達の心を癒す大切な存在よ。だから、必要に決まっているわ。」
「でも、僕は心に傷がない。」
「そうね、大翔はそうかもしれないわ。だって、ゲームでの大翔様の心の傷はわたくしに付けられたものだもの。でも、わたくしは大翔に傷をつけるようなことはしていないでしょう。だから、大翔は大丈夫よ。だけど、攻略対象は大翔だけではないのよ。後4人、いるはずよ。」
そう、恵美は名前程度しか覚えていないがあと4人、攻略対象がいるのだ。しかも全員、後々日本のトップになる存在だ。そんな人たちが心に傷を抱えているなんて恵美は困る。恵美だけではなくほとんどの人が困る。
「その4人って誰?」
「えっと、1人目が飛鳥井蒼汰。2人目が花山院誠。3人目がわたくしの義弟の錦小路巧巳。4人目が伊集院亮真よ。4人とも後々、日本のトップになる存在でしょう。そんな人たちが心に傷を抱えているだなんて困るのよ。だから、ヒロインは必要だわ。」
「確かにそうだね。そういえば聞いていなかったけど、その乙女ゲームの舞台って月島?」
「えぇ、そうよ。わたくし達がいま通っているところね。何もなければ全員、高等科に上がるのだから同然ね。」
「そうだね。でも、何かあれば?」
…確かに、何かあれば進学する人はいなくなるかもしれない。が、その何かが起こりうる可能性は低いためやはり、ゲームの主要人物たちは月島学園に行くと恵美は思っているのだが。
「何かって何よ?」
「例えば、水無瀬や錦小路が新しく学校を作るとか、私達が海外の学校に進学するとかね。
まぁ、前者は難しいかな。でも、後者は良いかもしれないね。ゲームでの私は高校生の時には水無瀬の仕事をしていたのでしょう?実際、私もそうなりそうだ。なら、海外の学校に通ってそのまま飛び級して大学まで卒業すれば良い。
とにかく恵美。私は恵美と婚約したいと思っているから、婚約の話はそのまま進めさせてもらうよ。」
それは、困る。とても困る。いや、最推しを一番近くで見れるからある意味良いのかもしれないが自分のような者が大翔の隣に立つのは自分が許せない。
「それじゃあ、ダメよ!さっきも言ったけれども大翔の隣に相応しいのは楓香ちゃんだわ。」
「見てもいないのに恵美にその楓香ちゃんとやらの何が分かるの?恵美や私みたいにゲームとの差異があるかもしれないじゃないか。
それに恵美はさっき、私の良さを語ってくれたし私の事が大切で大好きだと言ってくれたじゃないか。なら、私と婚約しても良いじゃない。恵美が断罪されることも錦小路家が没落することも私はさせない。
そして何より、私は、恵美が良いんだ。」
……初めて無表情の大翔に怒られてしまった。しかも原因は、良く分からないが自分だ。帰りの車の中で恵美は沈んだ顔で原因を考える。
(あぁ、大翔に嫌われてしまったかしら?でも、どうして?
もしかして、大翔の事をゲームの中の人だとわたくしが思っていると大翔に思われちゃったのかしら?確かに、ゲームの大翔様の良さを語りすぎてしまったかもしれないけれども、現実の大翔もとっても素敵だわ。やっぱり、わたくしの自慢の幼馴染みね。だからこそ、余計な虫をつけずに楓香ちゃんとくっつけたいのだけど。)
そして、恵美は謝ることを決めたのだが、この日以来、恵美は大翔に会うことが出来なかった。大翔が恵美の家を訪れることは恵美が知っている限りでは無かったし、恵美が大翔の家を訪れる事も父に言われて出来なかったからだ。その上、大翔が学校に来ない。こうなれば、完全に大翔に会う事は叶わなかった。
それから1ヶ月程して、恵美は水無瀬家が主催のパーティーに出席することとなった。出席する前に大翔の控え室に呼ばれたため、そこに向かった。久しぶりに大翔に会う事となる。
「恵美、久しぶりだね。うん、私が見立てた通りだ。よく似合っているよ。恵美の良さが引き立てられてる。」
「あ、ありがとう。大翔もいつも以上にカッコ良くて素敵だわ。
…それよりも、大翔。わたくしの目と耳がおかしくなってないのであれば、ドレスが大翔とのペアルックみたいに見えるし、さっき、このドレスが大翔が見立てたという風に聞こえたのだけど。」
「うん、そうだよ。だって今日は私と恵美の婚約発表のためのパーティーだからね。」
恵美は衝撃で固まってしまった。誰と、誰の、婚約発表だって?
「わたくし、聞いてないわっ!ねぇ、大翔。事前にわたくしに話がないだなんておかしいと思うのだけど。」
「だって、伝えれば恵美は仮病を使うだろう。そして、恵美に甘いおじさんも欠席を許してしまう。ならば、恵美に伝えておかなければいいんだよ。」
極論過ぎやしないだろうか?恵美はそう思うが、キミつくでも見る事の出来なかった大翔の極上の笑みを見せられたため、反論はしなかった。それよりも、その笑みを頭に焼き付ける方が重要だからだ。だから、どうして大翔が1か月もの間、自分を避けるようにしていたのだろうか?だとか、どうして今、極上の笑みを浮かべているのだろうか?といった疑問は頭から出ていった。
パーティーの最中も大翔はずっとアルカイックスマイルではない、さっきと同じような笑みを浮かべていたため、恵美はそれらを頭に焼き付けることで必死だった。その上、大量のネコもかぶらなければいけないため大変だった。そんな感じだったため、恵美が大翔と婚約してしまったと思ったのは家に帰ってから夜、寝る前であった。
(あら?わたくし、大翔と婚約を、したのよね。
……どうしましょう。これでは、楓香ちゃんと大翔を堂々とくっつけることが出来ないわ。)
うんうんと頭を悩ませる羽目となった恵美が中学1年生の時のことだった。