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[ʌntáitəld]  作者: N.river
9/34

虚盗の魚 9

凄まじさに吸い出されて辺りの空気は確かに揺れ、衝撃にカウンターで客も振り返る。前へ人影は、やにわに転がり込んでいた。

 トゥクトゥクだ。

 器用にドアの隙間をぬうと、追いかけドローンも滑り込んで来ている。そのガンメタペイントのボディには、条件反射が発動する白抜きの紋はプリントされていた。

「治安局っ」

「はぁっ。ナニやってんだあい、つっ」

 十七分も立ち上がる。

 引き連れトゥクトゥクは踊り狂う群衆の中へ身を躍らせていた。押しのけられた群衆が迷惑気と重くたわみ、追いかけドローンが頭上を飛ぶ。かと思えば広がる光を波と食らい、お口に合わない周波数にたちまち煙、吹き上げ、宙から剥がれてぽろりと落ちた。

 食らってきゃあ、と上がった最初の悲鳴こそ細い。

 そうして目にしたドローンの残骸に、誰もが事態を把握するまでしばしのタイムラグ。

 埋めて店内へ、そのとき物流倉庫のレイバーさながらフル装備の保安局員はなだれ込んで来る。もう修羅場だ。蜘蛛の子を散らす勢いでわっ、と客たちは逃げ出した。

「そのばから、うごかないでください。いほうやくぶつ、しようの、げんこうはんで、たいほします。うごかないでください」

 ゴム弾か催涙弾か。制して装填したショットガンを抱え上げ、保安局員らが強制認識音声で警告を発する。だが鳴り続ける重低音のビートに効果も半減だ。足を止めるものなど誰もいない。

「裏だ、クロッ」

「うごかないでください。うごかないでください」

 ショットガンが鐘に、四方のスピーカーを砕いて叩き落としていた。音にも衝撃にも悲鳴はまた店内を揺るがし、しかしながら繰り返された強制認識音声に、今度こそ次々床へと伏せてゆく。

 声も景色も背で振り切っていた。誰もの先頭を切るとカウンターの端から、十七分もろとも裏口へ飛び込む。渾身の靴音を、むき出しのコンクリートへ響かせ外へと向かい走った。

「よおっ、クロじゃんっ」

 などと声に振り返えればトゥクトゥクは、いつの間にか肩を並べ走っている。

「気安く呼びかけてんじゃねぇ。逃げるなら他、行けっ」

 言わずにおれない。

「メンゴ、メンゴ。保険屋の盗難タグに通報されちった」

「あとでブッコロス」

 十七分の中指も、ここぞでおっ立っていた。

 と、詫びたばかりのトゥクトゥクが大きく前へとつんのめる。

「だはぁっ」

 ゴム弾だ。

 食らうと倒れた。

「自業自得だ、バァロォ」

 吐いて振り返った視界へと、強制認識音声にゴム弾をまき散らし、追い上げてくる治安局員の姿は飛び込んでくる。

「まぁっ、じぃっ」

「なまってねぇだろうな、クロぉっ」

「ナポリタンが重いんだよッ」

 蹴り出す足をシフトアップさせていた。

 出口がウサギだ。

 見立てたドッグレースを十七分と鼻先で競い合う。

 降りて来たあのスロープの端だ。出口の向こうに見え始めたところで上空へふわふわと、ドローンは滑り込んでいた。先導されて治安局員らも、おっつけ先回りと駆けつけてくる。

 装備のゴツさに突破は無理と、靴底で床を叩くと立ち止まっていた。だとして振り返れば通路の奥からまた別の足音も迫り来る。

「あー、俺もナポリタン食っときゃよかったぁっ」

「こちとら吐きそうだ、っつーの」

 投げ合う鼓膜はそのとき、繰り返される小刻みな振動に震える。それはあっという間に音量を増すとデスモドロミック。多気筒エンジンの唸りと連なっていった。噴かせて赤いバイク、ドゥカティは治安局員らの向こう側、スロープを駆け下りて来る。

「お、れんじっ」

 またがる姿に声も上がるというもの。

「止まってる場合じゃないでしょぉっ」

「えっ。ええっ。ええ、えええええっ」

 返され、十七分の絶叫も響き渡る。

 前でおれんじは後輪、滑らせ下ろした足で、たすき掛けにしていた塩ビ管が恐ろしく危なげなハンドメイドランチャーを体の前へ手繰り寄せた。肩へ担ぎ上げたなら、迷うことなく保安局員へと狙いを定める。

「走れぇぇっ、クロぉぉっ」

 続くランチャーの射出音は栓抜きか。しゅぽ、と気抜けて頼りなかった。見合う緩慢さで白い尾を引き弾頭が塩ビの筒から飛び出す。

 驚く治安局員らが身を反転させていた。

 間に合わず、ごぶ、と胸へ突き立てる。

 衝撃でマグネシウムが魔法の粉かと撒き散らされていた。その一粒一粒が消費する酸素に場は収れんし、ひとたび押し広げると閃光、散らせておおいに爆ぜる。

「十七分ッ」

「うそだろぉっ」

 もう治安局員たちはパニックだ。だからこそ今だ、と腰の引けた十七分を怒鳴りつける。駆け出して右、左。治安局員へ体当たりを食らわせていた。突っ切ればおれんじはもう、ランチャーを投げ捨てドゥカティのアクセルを吹かせている。

「乗ってっ」

「かっ……、かわええっ」

 姿に目玉へ十七分はハートを浮かべ、こちとらその後ろへまたがった。

「どうしてここにっ」

 問うが返事は後回しだ。フロアから押し寄せる保安局員らが追いつく。たちまちかまえられたショットガンの吐くゴム弾が、辺りを容赦なく叩きつけた。

「俺もっ、俺もぉっ」

 避けて十七分は踊りに踊り、爆風で四散していたドローンも再び上空へ集まり始める。

「早く乗りなさいっ」

「ひー、クロぉ」

 乗る、というよりしがみつくだ。十七分がまたがったところでドゥカティは、おれんじがムチを入れるままロケットダッシュと走り出した。

 めがけて発射されたゴム弾が、駆けのぼるスロープで跳ね返る。

 かいくぐるおれんじの手が切り替えるクラッチは小気味よく、伴いエンジンはさらに回転数を上げていった。響かせ宅配車の列へ紛れ込む。隙間を縫って次から次へ抜き去れば、曲芸さながらのハンドルさばきに背で十七分は悲鳴を上げ、ひきずりドゥカティはひときわ深く車体を倒し、吸い込まれるように通りを脇道へと逸れていった。

「ついてきてるぞっ」

 だが上空のドローンはしつこい。さきほどから、つかず離れずの距離を取ると惑わされることなくついてきている。あからさまと追い上げてこない治安局員は、明らかに監視カメラとドローンにこうして追跡を任せている様子だった。

「わかってる」

「お前が光ってるせいじゃね」

 言う十七分を振り落としかける。

 乗せてドゥカティは建て込むマンションとマンションの間へ潜り込んでいった。無人の公園を二つ、まさにオフロードと駆け抜け、つい先ほど店へ向かい歩いた表通りへ踊り出る。

 まとわりついていたドローンはそこで見る間に速度を落としてゆくと、ついには力を失い地上へ落ちた。その華奢なボディーを宅配車が次々に、木っ端微塵と踏み潰してゆく。

「イエェッス」

 光景に、ミラー越しに確認したおれんじが高く拳を振り上げていた。さかいにドゥカティもまた速度を落としてゆく。

 行く先には廃墟と化したショッピングセンターがあった。辺りもまた進む移住に人気はない。だからしてショッピングセンターにたどり着いた車両も、ドゥカティだけとなっていた。

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