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[ʌntáitəld]  作者: N.river
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白紙に虫 4

「ほかに話したい方はいらっしゃいますか?」

 芝を撫でて風がわたる。

 野津川たちは年齢も性別もばらばらだった。

「お隣の方と手を」

 見回してワークショップリーダーは静かに促し、自らも左右へ手を差し出す。両隣の参加者たちとしっかり握り合えば芝の上には大きな輪がひとつ、出来上がっていた。

「今日ここに集った皆さんへ、勇気をもってお話し下さった皆さんへ、感謝いたします」

 囁くようではあるけれど、そんなリーダーの声は芯があってよく通る。

「また思いを分かち合い、受け入れて下さった皆さんの勇気と優しさに感謝いたしましょう」

 聞き入る誰もはひどく神妙な面持ちをしていた。

 だが野津川はといえば、みなが神妙になればなるほど覚えた違和感を紛らし、別の事を考えようとつとめる。例えば何も知らない人がこの団体を見たら何だと思うだろうかや、実はほかにも自分のような不届きものが混じっていたりするのではなかろうか、という具合にだ。おかげで出遅れかけて我に返る。

「それでは最後に『今、ここ』へ」

 セリフはこのワークショップの締めくくりであり、集中の合図だった。合わせて触れあう手はなお強く握りしめられ、万歳するように高く頭上へ振り上げられる。輪は芝生の上で宝石を掲げた王冠を模し、遅れて心ここにあらずがばれてしまえば気まずいことこのうえない。野津川も急ぎまぶたを閉じると皆にならって腕を振り上げた。

 瞬間、満ちる沈黙が重みで王冠の真ん中に穴を通す。いやそうに違いない、と錯覚するほど参加者たちは懸命に、いっとき何事かを強く念じているのが感じ取れた。それを祈り、というなら今しがた交わした会話を安らかと葬るために違いないなく、だがそう観察することはできても野津川にはやはり同じような心持ちにこそなれないでいた。むしろ落ち着きをなくして一人、なおさらそわそわしてみる。

「ありがとうございました」

 合図と共に途切れた集中は、コンサートが終了する時とよく似ている。詰めていた息の吐かれる音が方々から聞こえ、やっと終わった、思うまま野津川もこのときばかりは遅れることなく顔を上げていた。

「本日はこれで終了です。来週もこちらで行う予定です。参加される方は事務局で椅子を受け取ってからお越しください。雨が予想される場合は屋内に変更しますので、お越しの際はホームページのチェックをお忘れなく」

 手をほどく参加者たちの表情は心なしかワークショップが始まった時より柔らかくなっている。おっつけ腰かけていたパイプ椅子の折りたたまれる音もはあちこちから聞こえてくると、さかいに、互いの話に熱心と耳を傾けていた先ほどのことが嘘のように誰もが会話どころか目も合わさず帰り支度を始めた。そっけなさには野津川も最初、戸惑ったことをよく覚えている。しかしながら今となっては真似ることなど、わけはもなかった。

 なにしろこれは原因不明の奇病、致死性発光罹患者のワークショップだ。残念ながらここにいる全員は、その近しい誰かは、近いうちこの世を去る。知って友好関係を深めようなど、よもや励まし合おうなど、ワークショップで語られた話を耳にしたところなら気安く出来るものではなかった。そのうえこの場を引きずらないよう穿つ穴へ思いを捨てたところでもある。無に帰す行為は重大なマナー違反といえた。

「本日、ご家族の方はおられますか。ご相談は場所を変えて行いますので申し出てください。ご本人の場合は事前の予約が必要となっております。どうしても今日という方はご家族様の後になりますので、少々お時間をいただきます」

 一人、また一人とパイプ椅子を手に参加者が芝を後にしてゆく。強固と繋がれていたはずの輪は次第に欠けて、どれだけ上の空だろうと患者の一人なら野津川も、たたみ終えた椅子を手に芝を降りていった。

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