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9.結婚

エリザベートとレオンハルトの婚約から一年。

当初に定めた通り、二人は結婚する。


レオンハルトがカッサンドラ帝国の皇家に婿入りする形になるため、華燭の典は帝国で挙げることとなっていた。

その後、セルビス公国に渡り、お披露目をする運びである。



「ようやく、この日を迎えたわ」



既にレオンハルトは帝国に入り、今日、二人は華燭の典を挙げる。


一年前のあの屈辱の日から、レオンハルトとは一度も会っていない。

レオンハルトの記憶にあるエリザベートは以前の醜い姿のままだ。

だが、今のエリザベートはもうかつての自分ではない。


レオンハルトの驚いた顔が目に浮かぶ。

一年前、エリザベートを裏切ったことに対する復讐は、婚礼の際に変わった自分の姿を見せつけること。

美しくなったエリザベートを婚礼で見て、驚けばいい。そして、一年前のことを後悔すればいいのだ。



「皇女殿下、そろそろお時間です」



女官が恭しく頭を垂れながら促す。

その声にエリザベートは立ち上がり、レオンハルトの待つ神殿へと向かった。


神殿に近付くにつれ、どういうわけか緊張する。

ドクドクと心臓は煩いくらいに鳴り、手はじっとりと汗ばんだ。



「わたくしはもう以前のわたくしではないのよ」



言い聞かせるように言って、気持ちを落ち着けた。

緊張している場合ではない。レオンハルトを見返してやるのだ。そう決意を新たにし、神殿の入口に立つ。


入口に控えていた神官が恭しく扉を開け、エリザベートの到着を告げる。


神殿には既にエリザベートを除く全員が揃っており、登場した花嫁に一斉に視線が向く。

帝国の世継の皇女の婚礼だけあって参列者は錚々たる顔ぶれで、エリザベートの両親にあたる帝国皇帝及び皇后、帝国の名だたる貴族が揃っている。更に、この婚礼の立会人は教皇猊下が務めることからも力の入り方が窺える。


新郎であるレオンハルトも教皇の前に立ち、エリザベートの到着を待っていた。

レオンハルトの姿を目にしたことで、ドクドクと先程よりも煩く心臓が鳴る。


1年越しの復讐のときだ。美しくなったエリザベートを見て驚き、かつての言葉を後悔するといい。

エリザベートは気持ちを落ち着ける為にゆっくりと時間をかけてレオンハルトの傍らに辿り着き、ベール越しに彼を見た。


光を浴びてキラキラと輝く白銀の髪も、宝玉のように美しい紫色の双眸も、整った顔立ちも、全ては以前のまま。

だが、今のエリザベートはその顔立ちに見惚れるよりも、その顔が驚き、後悔に歪む様が見たかった。


美しくなったエリザベートを見てかつてのことを後悔したって許してなんかやらない。

レオンハルトはあくまで属国の公子であり、帝国皇女たるエリザベートの臣下の一人として扱うつもりだ。

レオンハルトは1年前の従者との会話をエリザベートが聞いていたことを知らないから、あまりの態度の違いに戸惑うだろうけれど理由だって教えてやらない。


教皇猊下の御前で永遠の愛を誓った直後、新郎が新婦の顔を覆っていたベールを外し、驚く様子が見たい。

もちろん今の段階で体型が全く違うことには気付いているはずなので、ある程度エリザベートの容姿が変わっていることは予想しているはずだ。

だが、体型はダイエットでどうにかなっても、顔立ちは劇的には変わらない。


今のエリザベートの姿はレオンハルトには予想外なはずで、顔を見た瞬間、酷く驚くはずだ。

その顔を見ることが、エリザベートの復讐だった。


エリザベートの前では本心から彼女を好きなふりをして、崇拝に近い想いを寄せているように見せていたくせに、本心ではエリザベートを醜いと嫌悪していたレオンハルト。

それに騙された自分が愚かであったことは否定しない。だけど、真実を知る前のエリザベートはレオンハルトを生涯の伴侶として大切にしようと思っていたし、彼の故国であるセルビス公国にも便宜を図るつもりだった。レオンハルトが向けてくれる愛情に、出来る限りの愛情で応えるつもりでいたのだ。


だが、レオンハルトの言葉も行動も全て嘘。セルビス公国の為にエリザベートを騙したのだ。

そのことを後悔すればいい。



さあ、驚いて、わたくしの美貌に跪きなさい。


教皇猊下の言葉を右から左に聞き流し、挑むようにレオンハルトを見た。


教皇猊下のありがたいお言葉の間、レオンハルトは隣に並ぶエリザベートに一度も目を向けることはなかった。

その姿は敬虔な信徒らしく教皇猊下のお言葉に真剣に耳を傾けているように見える。

だが、それは違うとエリザベートには分かった。レオンハルトは意図的に隣に目を向けないのだ。


醜いエリザベートを見たくないから、もしくはそんな女と結婚しなければならない悲劇から少しでも目を逸らしたくて、教皇猊下のお言葉に真剣に耳を傾けているふりをしているのだ。



「では誓いの口付けを」



いつの間にか教皇猊下の話は終わっており、残るは新郎新婦の口付けのみ。

教皇猊下の言葉に促され、レオンハルトはエリザベートの顔を隠すベールをそっと外した。


顔を見た瞬間、驚くだろうと思っていたのに、レオンハルトは表情を変えなかった。


無表情。

それ以外に相応しい言葉が見つからない。


悔しかった。

こんなに綺麗になったのに、何の反応も示さないレオンハルトが憎らしかった。


ここまでくれば結婚が破談になることはないし、教会の教えでは離婚は許されていないから、レオンハルトの皇族入りは確定だ。仮にも皇族の一員となったレオンハルトの故国を粗略に扱うことは難しくなったといえる。

結婚という目的を達した今、レオンハルトはかつてのように演技をする気はないのだろう。結婚するまではエリザベートの気分ひとつで結婚を破談にできたから、レオンハルトは絶えず機嫌を取らなければならなかったけれど、結婚してしまえばレオンハルトの最低限の立場は保証される。教会に離婚は認められていないし、教皇猊下を立会人として結婚をしたことから猊下の顔を立てる意味でも婚姻無効などの手続きも取りにくく、事実上離婚は不可能といえる。


帝国皇女と結婚しセルビス公国に便宜を図るというレオンハルトの目的は叶ったといえる状況であり、そうなれば醜い女に媚を売る必要もないのだろう。

だからレオンハルトは終始無表情を貫くのだ。1年前は当たり前に浮かべていた笑顔さえ、浮かべたくないと言わんばかりに。


教皇猊下に促され、誓いの口付けのためにレオンハルトが無表情のまま顔を近付けてきたけれど、その目には何の感情も宿っていない。


ただ事務的に作業を行っていると言わんばかりの態度がエリザベートの癪に触る。

劇的に変わったエリザベートの外見に何の反応も示さないレオンハルトに腹が立って仕方ない。



「…無礼者」



嫌だと強く思って、唇が触れる直前、彼を拒絶した。

周りがざわめくが、そんなことはどうでもよかった。この場にいるのは神に仕える聖職者の他にはカッサンドラ帝国の人間のみ。


たとえセルビス公国の公王がこの場にいても、カッサンドラ帝国の皇女であるエリザベートを咎めることなどできない。

セルビスは所詮小国。大陸に覇を唱えたカッサンドラ帝国とは比較にもならない弱小国だ。

そんな国の公子が帝国皇女と対等のように振る舞うなど許せなかった。



「貴方はわたくしに、跪いて愛を誓うのよ」



騎士が姫君に忠誠を誓うように。

臣下が主に忠誠を誓うように。



「仰せのままに」



レオンハルトは無表情を貫いたまま跪き、エリザベートが差し出した右手を恭しく持ち上げ、手の甲にそっと口付けを落とした。


その行為を教皇猊下が黙認した為、それがそのまま誓いの口付けとなり、婚礼の儀は幕を閉じた。


しかし、長い時間をかけた儀式の最中、レオンハルトが表情らしい表情を見せることはただの一度としてなかった――

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