3.公子の求婚
セルビス公国の第一公子が皇女エリザベートへの求婚の為、帝都アシュベントへ入ったのは春にしては寒い日のことだった。
公子はまだ雪の残る帝都に入った後数日をかけ、皇女への謁見の許可を得ると、謁見の当日、万全を期して皇城に上がった。
「皇女殿下に拝謁が叶い光栄の極みでございます。私はセルビス公国第一公子のレオンハルト・ゼルツ・セルビスと申します」
田舎の小国の公子でありながら、レオンハルトの所作は洗練されていた。
キラキラと輝く白金の髪は絹糸のようにサラサラで、宝石のような紫色の瞳は凛々しくも優雅さを感じさせる整った彼の顔立ちを引き立てている。
当初の予定では田舎者と馬鹿にしてやるつもりだったのに、セルビスの公子は非の打ち所のない貴公子然としていて調子が狂う。
しかも、今までの求婚者たちとは違ってエリザベートを優しく見つめてくる紫の双眸には嫌悪の色が見当たらない。
それどころか彼の瞳はエリザベートに好意を伝えてくる。
エリザベートへの好意を全身で伝えてくるレオンハルトは、少しでも長く会話をしたいというように、当たり障りのない会話を続けている。
だが、エリザベートは悠長に会話を続けるつもりはなかった。
「早く本題に入ったらいかが?わたくし、暇ではないのよ」
厭味ったらしく言うと、公子はすぐに謝罪してきた。
心底申し訳なさそうに謝罪をしてくるせいで、調子が狂う。
これから公子に無理難題を突き付け、激昂させて、求婚を白紙に戻さないといけないというのに。
「皇女殿下、どうか私と結婚して下さいませんか?貴女を必ず幸せにします。一生、貴女を愛し続けます」
真摯にレオンハルトが告げる。
真直ぐに向けられた紫色の双眸が綺麗で、一瞬見惚れる。
双眸だけでなく、整った顔立ちも洗練された雰囲気も優雅な仕草も、輝きを放つ白銀の髪も、レオンハルトの全てがエリザベートを魅了する。
咄嗟に、条件も何もなく頷いてしまいそうになる。
それほどにレオンハルトの眼差しは真剣で、彼の言葉は誠意に溢れていた。
『わたくしと結婚したいのなら、今ここでわたくしへの永遠の愛を誓いなさい。生涯わたくしだけを愛し、他の女に目をくれることなくわたくしだけを愛し続けることを誓いなさい』
いつも求婚者に告げてきた科白。
だが、レオンハルトはその科白を言うまでもなく、エリザベートの求める言葉を口にした。
彼なら、心からエリザベートを愛してくれるかもしれない。
僅かに期待しながら、彼の気持ちを試すためにお決まりの科白を吐く。
「わたくしがもしも貴方よりも早く死んだなら、貴方もすぐにわたくしの後を追って死んでくださる?」
常識的にあり得ない質問。
結婚するにあたって夫に殉死を求めるなんて、帝国皇女であってもやり過ぎだとはわかっている。
だからこそエリザベートはレオンハルトの返事を待たず、言葉を続ける。
「わたくしを崇め奉り、信仰のようにわたくしを愛してくださる?」
是と答えてくれたなら。
期待してしまう気持ちを抑えつつ、返答を待つ。
これまでの求婚者には期待など欠片もしなかった。
だけどレオンハルトなら。あれ程までに全身で好意を伝えてきた彼なら受け入れてくれるのではないかと思ってしまう。
「もちろんです、僕の女神」
レオンハルトなら。
そう期待したエリザベートが裏切られることはなかった。
彼は全ての条件を呑むという。
エリザベートを誰よりも愛していると言う。
「…その言葉が真実なら、結婚してあげてもよくってよ」
照れ隠しに傲慢な口調で言うと、レオンハルトは心底嬉しいといった様子で礼を言った。
そんな彼を見て、これなら結婚しても上手くやっていけるだろうと、このときのエリザベートは思っていた。