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21.紹介

レオンハルトに連れられて会場を進む。

どうやら彼の友人は会場の中央にはいないらしく、声をかけてこようとする人々を適当に交わしつつ会場の端の方へと移動する。

会場の隅の方には若年者が多いようで、何人かのグループがそれぞれ談笑を楽しんでいた。



「ゼノ」



レオンハルトは同年齢の青年らのグループに近づくと、気さくに声を掛ける。



「殿下、お久しぶりです」



声を掛けられた青年は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに真面目な顔で挨拶をし、レオンハルトの前に移動する。



「エリザベート様、彼が紹介したかった相手です」



青年がこちらに来るのを待ってレオンハルトが言う。

ゼノと呼ばれた青年は落ち着いた雰囲気の黒髪の貴公子で、彼がレオンハルトをお忍びに誘っていたなんて信じがたい。



「ごきげんよう」



帝国皇女であるエリザベートの方が青年よりも明らかに身分が高い為、先に声をかけて青年が話しかけることを許した。



「ゼノ・アーシュレイと申します。皇女殿下にお目通りが叶い光栄です」



「エリザベート・ヴィ・カッサンドラよ」



挨拶をしてしまえば、レオンハルトの友人であるゼノとどう会話をすればいいか悩む。

帝国皇女として小国の貴族と接するのであれば、いつも通りにすればいい。

けれど、レオンハルトが個人的に紹介してきた友人に、帝国皇女として尊大に接するのは抵抗がある。

そう思って逡巡したが、そんな心配はレオンハルトがすぐに二人を取り持つように口を開いたことで解消される。



「エリザベート様、ゼノは僕の学友なんです。一つ年上なので、頼れる兄、といった感じで」



「そうなの?では幼いときからの付き合いなのね」



公子の学友として選ばれたということはしっかりした家柄の人間であるのは確かだろう。

そのあたりの説明はないが、レオンハルトの個人的な友人を紹介されているのだから、敢えて聞く必要はないだろう。

それよりも二人の思い出話が聞きたい。



「えぇ。殿下は私に友のように、恐れ多いことながら兄弟のように親しく接してくださいました」



ゼノの言葉に嘘はないのだろう。

本当にレオンハルトとは親しい関係のようだった。



「わたくしにはそんな相手はいなかったから、羨ましいわ」



仲のよさそうな彼らを見ていると、自分にはそんな風に親しい相手はいないことを思い知らされる。

エリザベートに近寄ってくるのは、その身分と財産を利用しようとする者ばかり。

内心では醜いエリザベートを罵倒しながら表面上は褒めそやし、エリザベートに気に入られていい思いをしようとする人間ばかりが集まっていた。



「ところで、皇女殿下はセルビスにいらっしゃるのは初めてですよね?」



重い雰囲気になりかけたところを、ゼノが唐突な話題転換で救う。

そうしてくれたことに内心で感謝しつつ、質問に是と答える。



「セルビスは自然豊かな国です。美しい湖や実り豊かな森、花々の咲き乱れる丘。皇女殿下には、この国の自然の美しさを堪能していただければと思います」



レオンハルトと同じことを言うゼノ。

さすがは幼少の頃から友のように一緒に過ごしてきただけのことはある。



「素敵ね。帝国にいたときに話を聞いて、わたくしもずっとこの国に来たいと思っていたの。明日から時間の許す限り、色々な場所に出向くつもりよ」



レオンハルトと既にそんな話はしていたから、同意を促すように彼に視線を遣る。


すると、あろうことかレオンハルトはこちらに視線を向けていなかった。

まっすぐどこかを見ているその視線を追っていくと、その先にはこちらにゆっくりと歩いてくる一人の少女。



「シャーロット…」



少女が近くまで来ると、レオンハルトが名を呟く。

レオンハルトの口から無意識に溢れたその名に思わず体が反応する。


シャーロット。

レオンハルトの恋人の名前。

嫌というほど脳裏に刻まれた女の名前だった。



「お久しぶりでございます、殿下」



ふんわりと花が綻ぶような美しい笑みを浮かべて、少女が声を掛ける。


エリザベートが手に入れた絶世の美貌とは違う、可愛らしいという表現の似合う貴族の令嬢。

栗色の髪も水色の瞳もこの大陸では珍しくもないのに、どういうわけか彼女は人の目を引く。

思わず守ってやりたくなるような、そんな庇護欲をそそる可憐な少女だった。



「あぁ、久しいな。元気にしていたか?」



愛しい者を見る、慈しむ目をしてレオンハルトがシャーロットと会話を交わす。


目の前の少女が愛しくてしょうがないと、レオンハルトの全身が言っていた。

その目も上気した頬も弧を描く唇も、その表情全てが彼の気持ちを物語っていて、思わずといった様子で少女の方に足を踏み出したことや手を差し出しそうになって必死でそれを抑えたことも全て、レオンハルトの抑えきれない少女への想いの表れだった。



「はい。殿下もお変わりないご様子で、よろしゅうございました」



久しぶりに再会した恋人同士の会話にしか聞こえない。

二人とも表面上は普通に会話していたが、互いを見るその目が彼らの気持ちを表している。

お互いに今も愛しているのだと、言葉以上にその瞳が伝えているのだ。



「…レオンハルト」



これ以上、かつての恋人と二人の世界に入り込むレオンハルト達を見ていられなくて名前を呼ぶ。

声が震えてしまわないことに必死で、抑揚のないきつい呼び方になってしまった。

これではまるで、二人に嫉妬して間に割って入ったようではないかと思ったけれど、事実その通りなのだとすぐに思い至る。



「エリザベート様…」



しまった、という表情でレオンハルトがこちらを向く。


その表情に、失敗したと思った。

ではどうすればよかったのかはわからないけれど、とにかく失敗したのは確かだ。

けれど、もうどうしようもない。

帝国皇女としても、このまま引くことなどできなかった。



「どなたかしら?」



帝国皇女たるわたくしに挨拶もなしなんて無礼でしょう、と視線で告げる。


だけど、それだけ。

先程、ゼノにしたようにこちらから声を掛けてなんてやらない。



「失礼致しました。彼女はゴルディアス侯爵家のシャーロット嬢です。ゴルディアス侯爵は宰相を務めていて、彼女とは幼いときからの付き合いなんです」



エリザベートが直接声を掛けていないので、シャーロットは口を開くことができない。

だから、レオンハルトが彼女を紹介するのは当然の流れだ。


そう頭では分かっている。

だけど聞いてもいない二人の関係まで聞かされて、シャーロットは幼なじみで大切で特別なんだとレオンハルトに牽制されたように感じた。


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