2.皇女の事情
エリザベートは皇帝の唯一の嫡子であり、女帝が認められているカッサンドラ帝国においては世継の皇女である。
生まれた瞬間から女帝となることが決まっていたエリザベートは、広大な帝国を統治する為に幼いころから様々な分野の第一人者を師として学び知識を身につけてきた。
そんなエリザベートにとって、他者とは自分より劣る、支配されるべき存在であった。
彼女が敬意を払うのは、父である皇帝と母である皇后のみ。次代の女帝となるエリザベートにとって他の人間など自分に傅くだけの存在でしかない。
他者を見下し、自分と同じ人間とすら思わないエリザベートによって、些細なミスで職を解かれたり鞭打ちなどの厳しい罰を受けた使用人は数知れず。不興を買って家系を取り潰されたり、領地を召し上げられた貴族も多い。無理難題を吹っかけられた挙句、攻め滅ぼされた国さえある。
そんなことができてしまうのが、帝国の世継の皇女である。
大陸に覇を唱えた大帝国の皇女には、それだけの力があるのだ。
そんなエリザベートにとって、目下の悩みは自身の伴侶についてである。
帝国の世継の皇女であるエリザベートの伴侶は、将来の女帝の伴侶となる。もちろん皇位継承権はあくまでエリザベートにあり、伴侶は皇女の夫という立場でしかないが、どんな人物を伴侶とするかで今後のエリザベートの統治に影響が出てくる。
エリザベートは夫に国政にも軍事にも関わらせる気はないし、権力を与える気もない。
だが、エリザベートの夫は将来産まれるであろう子供の父親にもなるのだ。エリザベートの子は即ち皇位継承権保持者であり、その父親にはある程度の条件が求められる。
しかし、その条件を満たし、エリザベートの眼鏡にかなう人物がいないのである。
大帝国の皇女であるエリザベートにとって、夫は臣下に過ぎない。もちろん臣下の中では特別な存在であるけれど、自身に並び立つ存在ではなく、自らを支え敬う臣下の一人。
それを弁えている者にしか帝室に婿入りする資格はない。
けれど、エリザベートとの見合いに来るのは立場を弁えぬ愚か者ばかり。
いずれも帝国の属国もしくは従属国の王族であり、みずからの能力にある程度の自信があるが故に野心を覗かせる。
ある者はエリザベートを傀儡に自らが帝国の実権を握ろうと画策し、またある者は帝国の財であらゆる贅沢を夢見る。
そんな人間を伴侶とすれば、エリザベートは子が生まれた途端に暗殺者を仕向けられることだろう。無論、身辺警護は万全であるが、そんな相手と結婚などしたくない。
何より、求婚に来ておきながらエリザベートの外見を蔑むような輩には一欠片の慈悲さえ与えてやるものか。
そう思えばこそ、エリザベートはこれまでの求婚全てを断り続けてきたのだ。
エリザベートの外見は、お世辞にも良いとは言えない。
欲しいものを欲しいだけ与えられる環境で育ったエリザベートは我慢を知らず、幼少期より甘い菓子ばかり食べて育った。その結果は言うに及ばず、小太りなんて言葉では済まず樽のようとの形容が相応しいはちきれんばかりの体型へと成長していた。身長は帝国貴族の令嬢と比べて同程度であるというのに、体重は一般的な令嬢の倍以上。身体中に付いた脂肪が歩くたびに揺れており、足音も優雅な令嬢のそれとは程遠く、地響きがする程。
贅肉に埋まった瞳は点のようであったし、首だって埋もれてしまっている。更には肥満のせいか酷く汗っかきで脂症であったので、顔は吹き出物だらけ。せっかくの金髪もすぐにベタついてしまう。
それらの外見的特徴についてエリザベートが自覚したのは、奇しくも求婚者からの暴言であった。
属国の王子の分際で帝国の共同統治者になれると思い込んでいる痴れ者に立場の違いを教えてやると、逆上して罵声を浴びせてきたのである。
産まれた瞬間から皇位継承権第一位の世継であるエリザベートに物申せる人間はそうおらず、両親はただ一人の実子に甘かったので、エリザベートはそのとき初めて自身の外見が劣っていることを知った。
もちろんそのような暴言を吐いた者を捨て置くはずがなく、国ごと滅ぼしてやったが。
その後もエリザベートへの求婚者は絶えなかったが、次から次へと現れる求婚者の内心はどれも同じ。
これまで全ての求婚を断り続けた結果、エリザベートの結婚相手になりうるのはあと一人。特筆すべきもののない貧乏な小国の公子が残るのみとなった。
最後の求婚者であるセルビス公国の公子が帝国入りしたのは、エリザベート15歳の春のことである。