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18.セルビス公国

「ようこそお越しくださいました、皇女殿下」



威厳の漂う丁寧な声音で話しかけられて、エリザベートは城に向けていた注意を周囲の人々に向けた。


城に背を向ける形でエリザベートたちを迎えているセルビスの人々の数は、帝国の見送りの人数よりも遥かに少ない。けれど国の規模の違いを考えれば、セルビスにできる精一杯の出迎えであろうことは明らかだ。


エリザベートに声をかけたのは真ん中にいる壮年の男性だろう。レオンハルトと同じ澄んだ紫色の瞳が威厳を湛えていて、すぐに大公だと分かった。



「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。カッサンドラ帝国第一皇女エリザベート・ヴィ・カッサンドラでございます」



帝国皇女であるエリザベートが頭を下げる必要はなかったけれど、レオンハルトの父に対する礼儀として目上の人間に対する礼をした。


その行為にその場にいたセルビスの人間だけでなく、エリザベートに付き従ってきた帝国の人間までも大いに驚いていた。

セルビスの人間は帝国皇女、それも傲慢と噂のエリザベートが頭を下げたことに驚き、帝国の人間はこれまでエリザベートが他国の人間にどう接していたかを知るだけに驚かずにはいられなかったのだ。



「皇女殿下、このような雛の地まで遠路はるばるようこそおいで下さいました。セルビス公国大公オルドレット・ゼルツ・セルビスと申します」



そう言って大公が深々と頭を下げる。

いつもなら帝国皇女たる自分に属国の人間が頭を下げるのは当然と考え鷹揚に挨拶を受けるだけだが、レオンハルトの父に同じようにはできなかった。



「お出迎え、感謝いたします」



丁寧な口調で出迎えに感謝を述べ、大公に対して精一杯の敬意を示す。


たわいもない挨拶の間に嫌というほどセルビスの人々の視線を感じたが、恐らくはエリザベートの容貌が以前と違うことが視線を集める原因だろう。

実際にはエリザベートは帝国から出たことはなく、帝都の民の前にすら姿を見せたことはほぼないので、セルビスでエリザベートの姿を目にしたことがあるのは少数だろう。それでも噂などは浸透していたようで、噂と実物のあまりの違いに驚いているようだが、それらの視線をいちいち気にしていても仕方ないので気付かないふりをする。



「長旅でお疲れでしょう。部屋に案内させますので、しばしおくつろぎ下さい」



一通りの挨拶を終えると大公が言った。

それに頷くと国賓用の客室へと案内された。



「どうぞこちらでお寛ぎ下さい」



女官長を名乗った女性の案内で、エリザベートはレオンハルトと共に貴賓用の部屋へと通された。


新婚夫婦ということで当然のようにレオンハルトと共に案内され、二人で同じ部屋で過ごさなければならないのかと不安になる。

同室といっても主寝室以外に何室も部屋があるに決まっており、狭い部屋に二人きりなどということにはならないが、旅の途中の宿もずっと別室をとってきたからいきなり同じ部屋で過ごすというのは抵抗がある。


ここはレオンハルトの祖国なのだから、上手くやってくれないかと思ってちらりと彼に視線を向ける。

レオンハルトだってエリザベートと同室は嫌がる筈で、上手に話をつけてくれるだろう。

そう思って交渉はレオンハルトに任せるべく、エリザベートは大人しく口をつぐむ。



「僕の好きな景色を覚えていてくれたんだね」



「もちろんでございます。殿下は出立の朝もこちらから景色を眺めておいでてしたから」



レオンハルトと女官長が親しげに言葉を交わす。

会話に耳を傾けていると、どうやら里帰りしたレオンハルトが好きな景色が見れるようにと配慮してこの部屋が選ばれたようだ。

旅の途中、レオンハルトはセルビスの美しい景色の数々について語っていたので、ここから見える景色がどんなものなのか気にかかる。


どうやらレオンハルトは部屋を変えるように言う気はないようで、女官長に変わりがないかなどとセルビスのことを尋ねていく。

恐らく使用人であろう人々の名前が次々に出てきて、レオンハルトが使用人にも心を配っていることが窺えた。


その様子は、帝国でのレオンハルトとは全く違っていて、祖国への愛情が伝わってくる。

レオンハルトの祖国への想いは知っていたけれど、こうして目の当たりにすると、帝国でもこんな風だったらいいのにと思ってしまう。



「ありがとう、マーサ」



レオンハルトがそう礼を言えば、女官長は嬉しそうに微笑み、ご用の際はお呼び下さいと頭を下げて辞去していった。


一連の二人のやりとりを見て、祖国でのレオンハルトについて少しわかった気がした。

きっと彼は目下の者にも優しいし、感謝の気持ちを忘れずに接するのだろう。

だから国民に愛されている。

エリザベートとは、真逆だった。



「貴方は本当にこの国の人が好きなのね」



女官長が去り二人きりになった室内で、エリザベートは正直な感想を述べた。


レオンハルトはセルビスの領土に入ってからとても嬉しそうで、この国の人に温かい視線を向けている。

悔しいけれど、セルビスでの彼は帝国にいるときのレオンハルトとはまるで別人だ。


帝国でのレオンハルトは、いつも辛そうだった。

彼の表情は無表情ばかりで、表情が浮かんでも不快そうなものばかり。

そして、彼にそんな表情をさせているのはエリザベート自身だと、知っていた。



「きっと貴女も好きになりますよ」



レオンハルトはそう信じきっているようだった。


だけど根拠もないその言葉を、エリザベートまで信じてしまえる気がするのは何故だろう。


この国が穏やかだから?

この国の人が温かい感じがするから?

それとも、レオンハルトがそう言うから…?



「そうだといいわ」



こんな僅かの時間で、もう好感を持ちはじめているけれど。

その気持ちが彼と同じくらいまで育てばいいと思った。

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