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12.憂鬱な夜会〜レオンハルトside〜

その後の夜会でも両国の力関係は露骨に表れている。

それを思い知らされ、レオンハルトは悔しくて仕方がなかった。

だが、そんな内心の思いを表情に出すことさえ許されない。

エリザベートに夜会の会場の隣にある控えの間で笑えと命じられた以上、微笑みを浮かべる以外の表情は許されない。



「何か話しなさい」



華やかな笑顔を振りまきながらエリザベートが命じる。

だが、一体何を話せと言うのか。



「僕と貴女の間で何を話せと?」



話せと命じるなら、何を話すかまで命じてほしい。

自主的にエリザベートに話すことなどレオンハルトにはなかった。



「話すことなどいくらでもあるでしょう?綺麗だとか愛してるとか、花嫁にかける言葉なんていくらでも」



レオンハルトの言葉に苛立ったようにエリザベートが言った。

彼女が求めているのは上っ面の言葉。

耳触りの良いだけの、価値のない言葉を求めている。



「貴女が上辺の言葉を求めるなら、僕の立場では従う他ないのでしょう」



属国の公子に逆らう術などありはしないのだ。

一年前、醜悪としか言いようのない外見のエリザベートに愛を囁いたように。


溜息を一つ吐いて、レオンハルトは言った。



「愛しています、エリザベート様」



とんだ嘘だ。

目の前にいるこの女に、僅かも愛情など感じない。

一年ぶりに会い、外見は別人のように変貌していたが、本質はまるで変わっていない。

婚礼の儀の際、まず体型の変化に驚き、次いでヴェールを外して露わになった顔立ちの変化に別人だと思った。

だが、すぐに目の前にいる外見だけは美しい女がエリザベートだと確信した。

婚礼で跪いて愛を誓わせる高慢さ。

その内面の醜さが、外見をいくら変えようとエリザベートであることを確信させるのに十分だったのだ。


エリザベートは、確かに外見は美しくなった。

外見だけで言うならば、この世の誰よりも美しいだろう。

だが、その心は以前よりも醜くなっているようだ。


美しくなり、周りから賞賛を浴びるようになったのだろう。

美貌を褒められることが当たり前といった様子で、レオンハルトにもそれを要求してきた。

それに応えたら、一体次は何を求めてくるのだろうか。

彼女の要求には際限がない気がしてうんざりしていると、エリザベートは嫣然と微笑んで見せた。



「わたくしは貴方など大嫌いよ」



仮にも愛していると言った相手に返す言葉ではなかった。

ついさっき婚礼を挙げた相手に言う言葉でもない。

だが、それはお互い様なのかもしれない。


レオンハルトとてエリザベートをよく思っていないのだから、相手も同じように思っていても不思議ではない。婚礼の誓いの口付けを跪いて手の甲にさせたくらいだから、エリザベートはレオンハルトを相当嫌っているのだろう。


彼女に求婚した一年前は、エリザベートからは間違いなく好意を向けられていた。しかしセルビス公国に戻る際に別れの挨拶をしようとエリザベートを訪ねても、取り付く島もなく追い返されて面会は叶わず。せめて手紙を侍女に託すも返信は来なかった。その後、結婚までの一年の間に何度も手紙を出し、エリザベートの好みそうな品を送ってみたが、そのどれ一つとして返事はこなかった。


流石にそこまでされればエリザベートに嫌われているのは分かったが、何かした訳でもないのでどうせ皇女の我儘や傲慢によるものだと放っておくことにした。

エリザベートとの結婚はほぼ確定事項であり、今さら破談になる心配も少なかったから、動く必要がないと判断したのだ。帝国皇女と結婚しセルビス公国が帝国の後ろ盾を得るという目的が叶うのだから、これ以上レオンハルトがエリザベートのご機嫌取りをする必要もない。


そんなふうに思っていたレオンハルトは、婚礼の儀でエリザベートとの再会を果たしても以前のように彼女に媚を売る気にはならず、外見の変化にも心を大きく動かされることはなかった。


なのに、夜会で愛を囁けと命じた相手に大嫌いだと言って微笑んで見せた彼女が何とも形容できない程に綺麗に感じられて、その表情に引き込まれる。

不思議なことに、レオンハルトに大嫌いだと告げる彼女が今までで一番美しく思えた。


そのせいなのか、一瞬ズキンと胸が痛む。

高慢で尊大、帝国そのものであるエリザベートのことなど愛していない。

それなのに大嫌いだと言われて胸が痛んだ。

とんだ矛盾だ。



「皇女殿下、ご成婚おめでとうございます」



二人の間に漂う気まずい雰囲気を破ったのは、帝国貴族らしい青年だった。



「ギル、ありがとう」



エリザベートと彼は親しいらしく、気さくな会話が交わされている。

その会話にレオンハルトの入る余地はなかったし、彼らもそのつもりはないのだろう。

ギルと呼ばれた男は初対面であるレオンハルトに名乗ることはなかったし、エリザベートも紹介しようとはしない。


彼らにとって、自分はその程度の存在なのだろう。

皇女と結婚しても、小国の公子は帝国貴族に相手にされないのだ。


そうしている間にも、二人はレオンハルトの存在を忘れたかのように会話に花を咲かせている。



「今日の君はいつにも増して美しい」



ギルと呼ばれた男はエリザベートの望む言葉を上手に告げる。

エリザベートもまんざらでもない様子で、笑顔で言葉を紡いでいる。


そんな二人を見て、彼ら二人の方がよほど新婚夫婦に見えると自嘲気味に思う。

身分的にも、事実上の属国にあたる国の公子である自分よりも釣り合うだろう。

何よりも、命令がなければ会話さえない自分たちなど、仮面夫婦もいいところだ。


そんな風に思っている間にも、二人の会話は続いている。

そのほとんどがエリザベートの容姿を褒め称える美辞麗句だ。



「ギルは口が上手いわね」



「そんなことはないさ。既に公子からさんざん言われた後なんだろう?」



からかうように言われたその言葉に、レオンハルトは一瞬固まった。

さっきまでレオンハルトなどいないかのように会話をしていたくせに、何故こんなところで名前を出すのか。

それに、エリザベートとの結婚にあたりレオンハルトはセルビス公国の公家から籍を抜いており、今はカッサンドラ帝国の皇家の一員となっている。この場にいてそれを知らないはずがないというのに、ギルと呼ばれている男がレオンハルトを公子と呼んだ意図が気になる。



「お父様を除けば、男性から褒められたのは貴方が初めてよ。この人は何も言ってはくれないわ」



レオンハルトが固まっている横で、エリザベートが吐き捨てる。

彼女は夫となったレオンハルトが公子と呼ばれているのに気付きもしないのか、気付いていて問題ないと判断したのか。何事もないように会話を進める。


エリザベートの言葉は、美しいなどと容姿を褒める言葉を決して口にしないレオンハルトへの当てつけなのだろう。


彼女がその言葉を望んでいることはわかっていたが、口にする気にはならなかった。

実際、レオンハルトがエリザベートの美貌に心動かされたのは、つい先ほど大嫌いだと告げられたときが最初で最後。

美しいとは認めるが、心までは動かされなかったのだ。

先程のあの瞬間までは。



「…何だって?」



エリザベートから聞かされた事実が許せないようで、ギルと呼ばれている青年は怒りを纏わせ、レオンハルトを睨みつけてくる。

激しい怒りは今にも爆発しそうで、それを治める術をレオンハルトは持っていなかった。


だが、それを諌めたのは意外にもエリザベートだった。



「いいのよ、気にしてないわ。こんな人放っておいてあっちに行きましょう」



名ばかりの夫のことを心配しての言葉だったのか、厄介ごとは御免と思っての言葉だったのか、もしくはギルという男を心配しての言葉だったのか。

エリザベートの言葉の真意はわからない。

だが、そう言って彼女はレオンハルトに背を向け、友人らしき人物たちの元へ足を運んだ。


夜会の主役が別行動では示しがつかないという考えがチラリと浮かぶが、呼び止めようとは思わなかった。

引き留める資格も権利も持っていないと思う。

名ばかりの夫であるレオンハルトは、妻が他の男と去って行くのをただ黙って見送るしかなかった。


釈然としない思いが燻り、未練がましくエリザベートを目で追ってしまう。



「皆さん、今日は来てくださってありがとう」



エリザベートがそう言いながら、友人らの輪の中に入っていく。

その様子を見て、友人というよりも取り巻きと表現するのが相応しいと感じたのは、そこにいるのが見るからに良家の子息で、全員がエリザベートに熱い眼差しを注いでいたからだ。


エリザベートも彼らの前では普通に微笑みを浮かべるようで、その一部始終を目にしたレオンハルトは自分の妻になった女が自分以外の男には笑顔を見せることを知った。



取り巻きのような男達とエリザベートが談笑する光景を何とはなしに眺めていると、いつの間にかレオンハルトの周囲にも貴族の令嬢らが集まってきて、とりとめのない会話が始まる。


令嬢らに作った微笑みを向け、当たり障りがないように相手をしながら、レオンハルトは去って行ったエリザベートを気にしている自分に気付いた。


令嬢らと会話をしながら、ふとした瞬間、エリザベートに視線を遣る自分がいた。

気付いてすぐに視線を戻すが、その途中、何の偶然かエリザベートと目が合った。


気になって見てしまったところを、逆に見られた。

その事実があまりに恥ずかしく、もうエリザベートの方に視線を向けることはできなかった。


そうしている間にも令嬢らは次々と質問や世間話をふってきて、答えるのが一苦労だ。


頭の中は、エリザベートに見ているところを見られたということで一杯になっていた。

何と言って取り繕うか、そればかりが頭を巡る。

だが、どれだけ考えても解決策は思いつかない。

エリザベートの方に視線を遣ることもできない。


そうしているうちに時間は経っていき、夜会も中盤に差し掛かった。



「殿下、そろそろお時間です」



カッサンドラ帝国の儀礼官がそっとレオンハルトに耳打ちし、エリザベートと共に会場を去るように促す。

夜会はまだ続くが、皆よりも一足早く主役は会場を後にするのだ。


レオンハルトは内心で大きく溜息を吐くと、エリザベートを迎えに行くべく彼女とその友人たちの談笑する輪の中へ入っていく。



「エリザベート様」



楽しげに談笑する彼女に呼びかける。

彼女を囲む男たちは、現れたレオンハルトに嫌悪とも嫉妬ともとれる、ねっとりとした視線を向けた。


当のエリザベートは微笑から一転して不快そうな表情を浮かべてレオンハルトに視線を寄越した。


楽しく談笑していたところを邪魔されて不快に思っているのだろうが、レオンハルトとて自ら好んで彼女らの輪に割り込んだわけではない。

儀礼官にあのように言われた以上、レオンハルトはエリザベートを伴って会場を後にしなければならないのだ。



「そろそろ参りましょう」



レオンハルトの登場でエリザベートたちの会話は途切れていたので、その声はよく響いた。

普通に言ったはずの言葉だが、抑揚がなく、無機質で冷たい印象に聞こえた気がした。


それが癇に障ったのか、エリザベートの眉が不快気に上がる。


だが、すぐに彼女は元のように美しく微笑むと、周りの友人らに挨拶を述べ始めた。



「わたくし、今日はこれで失礼するわ」



そう言って最後に一際美しく微笑んで見せると、エリザベートはレオンハルトの左隣に歩み寄った。

そうしてレオンハルトの腕に手を絡める。


その行動が意外で思わず彼女を凝視すると、レオンハルトの過剰な反応に驚いた顔をしたエリザベートと目が合った。



「…何なの?」



「いえ、何も」



夫婦の会話は味気ない。



「行きましょう」



そう促されて、二人で歩き出す。そのまま皇帝夫妻に退出の挨拶をして夜会の会場を後にし、エリザベートを彼女の部屋の前まで送る。



「…それでは、後で」



それだけ言って別れる。

エリザベートは何も言わず、無言で部屋へと入って行った。



バタンと音を立て、無機質に扉が閉じる。

扉が閉まりきった瞬間、レオンハルトは思わず溜息を吐いていた。


これからお互い支度を整え、初夜を迎えるのだと思うと気が重くて仕方がない。

おそらくエリザベートは嫌悪を感じているのだろう。

そう思うと、ますますレオンハルトは憂鬱になった。

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