人生はドラマ 〜MSWの僕とその人の物語1〜
その人は、86歳の男性で、調子が悪いといって内科を受診したところレントゲンで異常があり入院した。
それが、出会い。
入院二日目
病棟の看護師から情報が発信された。
「お金がなくて入院費を払えないなどの相談があるらしい。対応してほしい」
きっかけは、よくある入院費支払いの相談だった。でも、ドラマはここから始まった。
まずは、状況の把握だ。
「僕」はMSW、メディカルソーシャルワーカー。
僕の仕事は、病院という場所において、その人の援助をすること。まぁ、まずはそれだけ説明しておこう。
電子カルテを開くと、その人の名前は5階病棟にあった。
病名 肺がん疑い
今後、精査の方針
看護師の記録には依頼どおりの言葉が。付き添いできた人は家族ではなく民生委員という、地域ボランティアの人のようだ。家族の連絡先はあるのに、いったいなぜ?
そして、確認すべきことは何故入院費が払えないのか?
「室長、5階の新規の方、対応してきます」
僕は手短に上司に断りを入れると、バインダーファイルという僕の武器を持って席を立った。
いつも思う。この時が一番楽しくて一番緊張する。頭の中でどんな言葉で話を進めようか、どんな人なのか。まとまるはずのない予想をしながら、階段を一段一段のぼっていった。
「おはようございます。相談室のチガヤです。依頼出してもらった人のところいってきます」
看護室に声をかけると、担当らしい看護師からちょいちょいと僕を呼び込んだ。
「さっそくありがとうね〜。えっとね」
メモを探して、彼女はパソコンの前をゴソゴソ広げる。
「あ、そうそう。昨日一緒に来た民生委員さんがこっそりナースステーションにきて、話していったみたい、払えないって。通帳に全然お金がないんだって。本人に聞いたら隣の県に妹さんがいるっていうんだけと、なんだか長らく連絡取ってないみたい。弟さんも脳梗塞やってて足が悪いし、こられないかも、ですって」
情報をメモすると、僕は看護師にお礼を言ってその人の部屋に向かった。
大部屋の一つに入ると、患者の少ないその部屋の窓際に上半身を電動ベッドにあずけて窓の外を眺めるその人がいた。
その顔は、僕には悲観的でも悲壮的でもなく見えた。ただ、呆然としているようで、力強さを秘めた瞳が、夕日を移していた。
ただ、その光景は昔読んだ有名な枯れ葉を見つめる病人の小説に描かれた光景に重なって見えた。そんな脳内の不安をかき消して、僕は少しだけその人のベッドに近づくと、遠巻きに声をかけた。驚かせないように。
「こんにちは、今、お話いいですか?」
その人はゆっくりと、自分のこととわかったようで僕を振り返った。
その朗らかな、愛想のいい表情は、僕でなくとも人好きするだろう。
言葉はなかったが、許可とみて近づく。そばにある丸椅子に腰を掛けると、僕は担当することを告げた。
「それはそれは・・こちらこそ、よろしくお願いします。―ー――と申します」
丁寧なやりとりは好感度が高い。感性的なアセスメントだがその態度からは、ちゃんと社会のなかで人との交流をもって生きてきた人に見える。
それが、なぜ入院費を払えない、という課題に直面してしまったのか。
「率直に伺いますが、入院費について不安があるとのことを聞き及んでおります。もし、差し支えなければ、ご相談しても?」
僕は、MSW、相談員。
そう、仕事はここから・・・。




