1前編
短編ですぐ終わると思ったら文字数で前後編に。コメディ…コメディになってる……のか?
……母が死んで、父が死んだ。
跡目争いでその息子たちも死んだ。
降って湧いた王位には特に興味は無かったけど、母が死んだのは悲しかった。
側近だった奴は、沈んでいた私を人の住む街に連れ出してくれた。少しでも気が晴れればと。
初めて来た人の住む世界は、確かに新鮮で面白そうなものが沢山ある。
生物がこんな密集しているのも、自分が住んでいた所では無かったことだ。
楽しそうで、生物がこんな笑ってる所を見るのは初めてで、心が少し晴れたのが分かった。
でも側近が私の様子をみて、十分な気晴らしが出来たと悟ると、城に帰ろうと言った。
帰る。
もう父も母もいない城に、帰る。
街に来た元々の理由を思い出して、私の心はまた曇天だ。
側近が、私と別れない様にと手を繋いでいたが、帰りたくない一心で、私は手を振りほどいて地理も知らない道を走る。
慌てて側近が追いかけてくる。でも私は逃げた。
嫌だ、嫌だ、あそこには誰も、誰も居ないのに。母がいないのに。母様がいないのに!!
景色が流れていく。自分の進行方向から後方へと色んな景色が流れていく。
いつしか側近は後ろに見えなくなって、私は立ち止まる。
ここはどこ?
さっきより人がまばらで、ちょっとした門構えがある家が立ち並んでいる。
興味が湧いて一番近い、柵で遮られた家を外から覗き込む。
ここに人が住んでいるのだろうか。どんな人がいるんだろう。中はどうなってるのだろう。
――中に入ってみようか。
魔族にとって、柵は障害にもならない。少し柵に手を入れ力を込めて握れば、簡単に歪んだ。
ほら大丈夫。側近が目立つなとか言ってたけど、ちょっとだけならいいだろう。
見つかればきっと城に戻される。逃げてしまったから尚更だ。少しだけここに隠れよう。そう、そうすれば――。
「誰?」
自分より少し小さい、可愛らしいフリルがついたドレスを身に纏う幼女が現れる。
障害物をもう少しで破る、という所で、この家の人に見つかってしまった。
いやそんなことより。そんなことより君は、君は?
「私?私はフェーデ。フェーデ・オルゴー。この家に何か御用なんですか?」
鈴のような声色が、私の鼓膜を震わせる。
突然の来訪者に疑問を抱いているのは向こうなのに、私は今それどころじゃなかった。
胸に襲い来る感情の奔流に、私は困惑するばかりだ。
似たような心の反応は、母と初めて会った時も起きた。でも今はそれの比ではない。
フェーデ。フェーデ!!
私はその名前を、深く深く自身に刻む。
その声を、その髪を、その顔を、私は決して忘れない。忘れるものか。
「あのう……用事なら父様に入れるかお伺いできるとおもうのですけど……」
「フェーデというのか。わたしはディペンデルーナ。どうか名前を呼んでほしい」
「でぃ?…でぃぺんで、るーな?」
ああ可愛らしい愛らしい!!
フェーデが私の名前を呼んだ。こんなにも自分の名前を大切にと思う事は無かっただろう。
ああもっと呼んで。呼んでフェーデ。もっと甘く、切なく、私を求めて。
もっと―――。
そこで、私の視界からフェーデが消える。否、私がフェーデの前から消えたのだ。
私の足は地に付いていない。急に街並みが遠くなる視界、浮遊感も合わせて、自分が飛んでいるのが分かった。
誰かが私を担いでいる。……ああ、側近がきたのだ。
私は今すぐでも彼女の元に戻りたかった。彼女と一緒に居たかった。
その旨を側近に訴える。だが認められなかった。頭が真っ白になる。憤りが膨らむ。
私の不満を察知した側近が、冷静に理由を話した。
彼女は人間で、我らは魔族。
彼女が欲しいと思うのならば、彼女が貴方の元に行きたいと、思えるようにすればいい。
貴方は先代の父の様に、彼女を貴方の母上様のような、結末にしたいとお思いですか?
……何も言えない。
さっきの感情、欲望のままに行動していれば、確実にそうなっていた。
側近の言うとおり。そうだ。そうなのだ。今の自分に彼女を迎える準備など、何一つしていない。
側近に担ぎ上げられたまま、街を出て森を越え、城へと入る。
考える、考える。どうすれば彼女を、フェーデが私のもとにきてくれる?
どうすればいい?
今は思いつかずとも、やろうと思った事を直ぐに出来る立場は必要ではないでしょうか。
側近に、ようやく降ろされた椅子は玉座だった。
私はそこに大人しく座り、魔王という立場を受け入れる事を決めた。
―――彼女との出会い。
これは一目惚れというものなんだそう。ふふっフェーデは覚えているのかな?
◆
ここは、とある国のヴェッキオード領。
国の中心から北東に広がっている、少し大きな領地。
その中の中心都市『ヴェッキオード』。
都市の街並みの中でも、壮大と佇む領主のお城が街の中どこからでも見え、その存在を強く象徴していた。
――そんな城の中の一室にて、茶色の髪を後ろで編み侍女服を纏っている彼女は、自分の主人に紅茶を入れている。
「どうぞ奥様」
「ありがとうフェーデ。このクッキーには紅茶はかかせないのよね」
午後のティータイム。
優雅にお茶を口に運ぶのは、私のお仕えするご主人様のモールビット様。
貴婦人らしく紅い髪を後ろで一纏めし、美しい身にあったドレスが床に綺麗に流れて、領主の妻に恥じぬお姿だ。
今日は一人だからと、小さなテーブルに色々な種類のクッキ―を取り揃え置かれている。
奥様は無類のお菓子好きである。
そのせいで少しふくよかであるのは致し方ないが、お菓子を楽しんでいる時のお顔はとても嬉しそうで、私もつい綻ぶ。
午後特有の、外から差し込む光は穏やかで、この時間を優しく包んでくれる。
時折鳥のさえずりが聞こえたりして、奥様と軽く雑談していた時に―――その音は鳴り響く。
カンカンカンカンカン!!!
街が有事の際に市民に警告する、警鐘が鳴る。
その音が遠くで城まで届き、緩んでいた空気が少し引き締まる。
部屋の外が、少し騒がしくなり騎士たちが動き出したのを悟る。
そんな中でも私たちは動揺せず、ティータイムを続ける。
これはもう、恒例に近い行事だ。非常に迷惑極まりないけれど。平然としつつ内心はため息ばかり。
これは彼女が来訪してきた事を示す、いわば訪問の先触れの様なものだろうか。
「ふふふ。もうすぐ来るわね、フェーデ」
「嬉しくないです……。それより街の人の心配をなさって下さい。毎回来る度に街が自由恋愛の無法地帯になります」
「それは確かに宜しくない事情だけれど、時間が経てば元に戻るし……人や物が傷つくわけではないですから。少し人間関係が揺らぐ位かしら?」
「十分宜しくないではないですか。恋人同士や夫婦の人達は猛烈な迷惑被っていますよ」
「クピードーの矢は、大人子供厭わないものねえ。なるべく早く事態が収拾するように皆対処はしてくれてますが……貴方ならお願いすれば、きいてくれるのではなくて?」
婦人の期待に満ちた目が向けられる。
椅子に座っているモールビット様は、給仕のために立つ私に必然的に上目遣いになる。
そんな眼差しを向けられても、そのお願いは既に実行済みであった。結果は現在の状況を見ての通りなのだが。
……来たら、再度頼んでみようか……。
私の脳内で、この後の行動についての思案をしてれば、やがて警鐘は止んだ。
心なしか音がなくなったことに安心し、婦人に紅茶のおかわりを勧める。
彼女は頷いて、私がポットからカップに注ごうとした時に、
入室許可も出ていないのに勝手に部屋の扉が開いた。
「愛しのフェーデはここか!!」
勢い良く開かれた扉の衝撃に、蝶番が耐えきれず嫌な音を立てて、扉が建物から分離した。
私は呆れた表情を隠さず、声の主を確認した。
いや、確認しなくても過去に何度か扉壊されたので、その大層な訪問だけで彼女と分かる。
平均的な女性の背丈よりは小柄で、まだ幼さが残る顔。
ふわふわに軽くウェーブのかかった金髪に、赤い瞳。
黒いゴシックドレスに身を包んで、知らない人から見れば何処か我儘な貴族のお嬢様の印象を受ける。
だが容姿の中で一つだけ異質なものが、彼女のこめかみから生えている。いわゆる角と呼ばれる、普通の人間にはない部位だ。
そして彼女全体から受ける妙な感覚。これは自分より高位な存在と相対した時に感じる何か畏怖のようなもの。
容姿に似合わない雰囲気を持つ少女。彼女はいわゆる――。
「魔王様、また扉を壊されています。フェーデ様に怒られますよ」
「ん?ああ……しまった、またやってしまった。……でもフェーデに怒られるのも悪くないな……」
「そのような性癖を本人の前で口にするのは、まだお早いと思われます」
「せいへき?何か悪いことを喋ったか?」
「彼女に聞いてみてはいかがですか?」
「そうだな。フェーデ!私は何か変なことを言っただろうか」
満面の笑みで私に問いかけてくる魔王。
顔をほんのり赤くして。好きな人の反応を楽しみに待ってる様な態度で。目尻が下がった瞳で見つめられて。
そんな質問されても、私にはどう答えていいか分からない。とりあえず、
「扉、直して」
主人の前なのに敬語も忘れて言い放った。
◆
このヴェッキオード領より、さらに北東に大きな森があり、その森さえ越えた所に魔王領と呼ばれる未開の地がある。
彼女は魔王。その未開の地に住んでいる『魔族』の一人で、その『魔族』の頂点に立つ支配者らしい。
魔王の後ろに控えていた、黒い燕尾服に包まれた黒髪の男性が、扉を直している。
そのあいだ、ちゃっかりと魔王は椅子に座り、主人のティーテーブルに置かれていたお菓子を摘む。「これ美味しいな」と言いつつ、お菓子がなくなっていく。
モールビット様は特に咎めず、むしろ食べている様子を見たくて薦めてさえいた。
食べていても時折私の顔を見て顔を綻ぶのは、容姿と掛け合わせて反則級の威力と言いたい。
主人が同席を認めてる以上は配膳しないわけにいかず、クッキ―を咀嚼していた魔王の前に紅茶を差し出す。
「よろしければ」
「ありがとうフェーデ!」
金髪の髪とあいまって、彼女の笑顔がとても眩しい。
魔王は早速口にするも、程よい温度で淹れたはずの紅茶が熱かったようでむせた。
「大丈夫ですか?もう少しぬるめの方が良かったですね、申し訳ありません」
「んんっ!大丈夫、フェーデが気にすることじゃないよ。せっかくフェーデが淹れてくれたものだ。その愛を早く飲みたくて私が焦ってしまった」
「………そうですか恐れ入ります」
さらりと厚意を好意にした魔王に、私は微妙な反応をするしかない。
これはお世辞だと大抵の人は言うと思う。私だってそう思いたい。けれど彼女の、私に対しての愛の囁きはすべて真実なのだ。
彼女は私に恋をしている。だって彼女が私と会った時に最初に言った言葉が、求婚の言葉だったのだから。
冗談だと自分でも思いたいけれど、過去での彼女のアプローチが、そう私を確信させた。
「魔王様、扉の修繕が終わりました。」
「ご苦労ルルファ。よしじゃあフェーデ!私と街にお出かけしようぞ!」
「街に?……ですが私にはまだ仕事が」
「宜しいですよフェーデ。行ってらっしゃいな」
仕事を理由に断ろうとしたが、主人の鶴の一声で封じられた。
魔王に対してはどんな事情であれ優先せよ、と領主からは命ぜられている。婦人もそれを理解し、準じて取り計らったのだろうが、私は正直気が進まない。
どんな顔を私がしていただろうか。仕方ないとモールビット様が申し訳なさそうに見つめていた。
「ありがとうフェーデの主人のひと。さあ行こう行こう!」
魔王は椅子から下りて私の腕を取り扉へと引っ張る。力の加減をしてくれてるのか、扉を壊した時のような剛力は今は出していないようだ。
私は段々と離れていく主人に慌てて一礼し、引きずられるまま部屋から出ることに。
「またお話、聞かせてね」
控えめに手を振りつつ、主人は自分の侍女を見送った。
◆
領主の城内。
部屋のすぐ外にいた護衛騎士に挨拶をして、魔王と共に廊下を歩き出す。
引っ張られてた腕は、魔王に手を取られ自身の手と繋がされてしまった。こうなると滅多なことでは離れない。
私達が並んで手を繋いで歩いていくので、すれ違う人には悪目立ちだ。魔族と知り警戒する人も。
魔王が誘導するように私の手を引き、その少し後ろで魔王の側近のルルファさんが付いていく。
私達が行動する際の基本形である。流石に城内だとさらにその周りに騎士が見張ってるんですけどね。
「フェーデは何か見たいものはあるか?」
「特には」
「では欲しいものは?」
「今はありません」
「むむっ!何か、本当に何かないか?」
街に行くまでに私が欲しいものを調べるつもりなのか、顔を覗き込んでくる。
ちなみに魔王の方がやや小さいので、軽い上目遣いだ。
欲しいものと言われても、私は欲しいものがあっても、他人から貰おうとは考えていない。出来るだけ自分で手に入れるのが、私なりの指針だ。
借りを作り、頼ることは悪いことじゃないけれど、それは人間の場合だ。
魔族に借りを作るとなったら怖くて何も言い出せない。言いたくない気持ちもある。
私から言葉を引き出せないと分かると魔王は「分からないとは予想外だ……」と小さく呟いて考え込む。
そんな魔王に側近が何かを耳打ちして、それに魔王が頷いている。
……なんだろう、何か企んでいるんだろうか。今更街など、過去にも一緒に行っただろうに。
その時も、逢瀬と称して何度か街に繰り出し、魔王と店を見て回った。
でも男女でなければそんな甘い雰囲気などならない。まして私は異性愛者。
魔王がどんなに愛を囁いても、友達になれても恋人にはなれない。
それに私は……。
魔王を少し見て、更に後ろを覗き見る。ルルファさんが何か助言してる様子が見えた。
今日も、黒髪サラサラしてる。魔王と同じ赤い目が凛々しくて素敵だなあ。燕尾服がこうも似合うのって何かズルい。声も実は良くて、聞き惚れるって初めて会った時知った。ルルファさんが街を歩いてると大体女性は振り向くし……。
魔王と居れば必然的にルルファさんも一緒に居ることになる。
魔王に求婚されてから度重なる逢瀬で、美丈夫な魔族二人が男と女だったら、どうしたって男の人を気になるのは仕方ない。仕方ないのだ。
私単純だな……。
私を口説く魔王様より、その魔王様についた側近を好きになるのは、私の中でとても複雑な想いになった。
しばらく歩いていけば、城の外に出た。
表には馬車が用意してあって、それに乗る。動き出せば、街の中心街には数十分で着くだろう。
出かける際には侍女服はそれ用に着替えるのだが、そのまま連れてこられたので今日は仕方ないと諦めた。
魔王が横に座った私を見つめ、微笑みながら少し強く手を握る。
「楽しみだな、フェーデ」
何度も聞いた、甘い甘い声。
本当に私が好きで好きでたまらない気持ちが伝わってくる。同性でも少し胸がときめく。
少し顔が熱くなった感じがして、魔王から目線を逸らすとルルファさんがこちらを見て薄ら笑っていた。……微笑ましいと思ったのだろうか。
そう思うと顔のほてりは直ぐに引いた。
彼にとっては私と魔王が結ばれて欲しいと願ってるに違いない。
私が好きになってしまったからこそ、その純粋な主人想いが悲しくて仕方なかった。そして悲しく思う自分に罪悪感が沸く……。
こんな想いを抱えるのは、重く苦しい。
◆
舗装された道でも、割と揺れる馬車内。
クッションがお尻への痛みを多少和らげてくれる。それと馬車の外に意識を向けると、人の賑わう音が聞こえてくる。
クピードーの騒動は、もう収まってるのかな? ……そうだ、魔王にクピードーを連れてくるの止めさせようと、モールビット様にお願いされてたっけ。
「魔王様。」
「ん?なあにフェーデ」
「毎回この街に訪れる際、クピードー達を連れて来るの止めてくれませんか」
「えーどうして」
「クピードーの矢に当たった人は『最初に目に入った人に恋する』んですよ。人の感情を何だと思ってるんですか」
「もとに戻るから大丈夫だ。疑似的でも恋人同士になれるって素敵だろう?」
「そういう問題では」
クピードーとは魔王がこの街に来る時に、一緒に連れてくる『魔物』である。
弓に羽根が生えていて、浮遊する弓矢みたいな姿なのだが、人を見つけると矢を放ち、当たってしまった者は疑似恋愛を発現する。
『魔物』は魔族の眷属で、連れてくるもこないも従えさせてる魔族次第という事になる。この場合は魔王ですが。
何とか説得できないか話していると、魔王が繋いでいた手を離し、私の両手を自分の両手の中に包み込んだ。
急な行動に私の体は少し魔王に前のめりになる。何をするんだこの魔王は!
「ごめんフェーデ。これは君の為でもあるのだ」
「……何処が私のためになってるんですか」
「君が私を好きになってくれるための」
「なっ」
説得していたのは私なのに、何故か説得される側にされている。
徐々に顔が近くなっていく。私の手を包んでいる魔王の手によって自分に引き寄せてるみたいだ。女の子の手でも、私が抵抗しようとしてもびくともしない手は、彼女が人でない事を自覚させる。
待って欲しい。ちょ、ちょっと!美少女の顔が!まつげ長いとか思ってる場合じゃない!近い!こら!そんな艷やかな顔で近づくな!私にそんな趣味ないんだってば!ちょ、だれか!まずい、このままじゃ口に―――。
「魔王様、着きましたよ」
私の顔にもう少しだった魔王の行動が止まる。
いつの間にか馬車は止まっていて、目的の中心街に着いたようだった。
凄く残念そうな顔を隠さず、ルルファさんに一度睨みつけた後、魔王は私の手を解放した。私は即座に距離をおく。
……私は側近のルルファさんに救われた形になったのか。ああ危なかった……。
危機が去ったと思って安心してると、馬車を降りようとした魔王が、すれ違い様に私の頬に接吻した。
驚いて思わず仰け反るが、勢い余って馬車の壁に頭をぶつけた。文句を言おうとした時には魔王は既に馬車を下りていた。
一部始終をルルファさんに見られ顔が赤くなる。うう恥ずかしい。あと後頭部が痛い。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……大丈夫です。さっきはその、助けて頂きありがとうございます」
「さっきですか?」
「えっと、魔王様に迫られてた時の」
「ああ、お邪魔してしまいましたね」
「いえ!あの!そうではなく……それに私は……」
私の言いかけた言葉は、馬車の外の魔王の声に中断される。
ルルファさんは魔王の催促を優先し、私に馬車を降りるよう誘導した。それに素直に従って降りようとすると、魔王が手を差し伸べていたが、あえて手を借りず外に出た。
さっきの接吻の意趣返しだったが「つれないとこも可愛い」とか言われ、少しも効いてないようだ。その事に小さくため息をつく。
ルルファさんも馬車から下りて、御者に何か伝えると馬車は城の方向へと走っていった。
「では店を見て回るぞ!」
「何を見るんですか?」
「フェーデの服だ」
「え!?私、服なんていらないですよ!」
「いつもの侍女服も可愛いが、私は着飾ったフェーデも見たい」
既に着飾ったような容姿をもつ魔王様と、着飾った私が隣に……?それは周囲から比較されて惨めな気持ちにならないだろうか。
侍女服であるからこそ、圧倒的存在感を放つ魔族の二人と一緒に居ても目立つ事はそんな多くならないのに。
「いいえ本当に結構です。魔王様の側にいる時はこの格好の方がいいです」
「服が贈り物だと、困るのか?」
「……そうですね」
「むう、これではないか……」
城に居た時から何かと私の欲しいものを探ろうとしている魔王は、街に並ぶ店を眺め考え込みつつ歩きはじめる。
その姿を後ろから付いていく私とルルファさん。歩いていれば、周囲の人は美貌に思わず振り返る。
街に一緒に出かける度、この反応なので流石に慣れた。魔族であることなんて、この顔の前では些細なことなんだろうか。
「フェーデ様」
「な、何でしょうルルファさん。」
どさくさにルルファさんの隣を歩いていた私に「欲しいものは本当にありませんか?」と訪ねてくる。
主人の望みを達成するための気配りがなんて細やかだろうか。同じ使用人として尊敬するなあ。
思わず「貴方です」とか心中で言ってしまったが、今はそういう場合じゃない。
「本当に今は欲しいものなんて……あっ」
「ありますか?」
「えっと……大したものではないですし、後日自分で買いに行きますし」
「どうか魔王様に機会をお与え下さい。『好きな人に贈り物をする』という人間の行いを知った主人が、貴方様に何か贈りたいと今日参ったのです」
ルルファさんが優しそうな顔で、私に話す。
そんな事情知った上で、健気なこの魔王に欲しいものを教えずに黙っていられるのか。本当に思いつかなかったら「無い」と言い続けてたかもしれないけれど。
私が思いついたのは本当偶然だ。
周囲の様子を見ていた時に、頭を撫でている女性が見えた。私の勘ぐりすぎで恋人同士?なんて思ったりしたけど、普通に友達みたいだった。普通はそうよね。
それを見ていて壊れたアレ思い出し、彼らに欲しいものを伝えた。
「……クシ?クシとは何だ?」
「女性が髪の毛を整える際に使う道具ですよ、魔王様」
「今朝、身支度してる時に使っていたんですが、ついに櫛の歯が折れてしまって」
私が毎日使う、片手に収まる位の梳かし櫛。
髪を編む時にも積極的に使うので、一定の頻度で壊れ、買い直す様なサイクルが出来ている。
今日の空き時間か次の休みにでも買おうかと思っていたけど、魔王が来てしまったので頭からすっかり抜け落ちていた。
「ではクシとやらを買いに行こう!」
「あっ魔王様、ちょっ」
考え込んでいた表情から一変、元気な笑顔になった魔王は私の手を取り、また繋いだ。
捕まってしまった私は、もう仕方ないのでそのまま隣を歩き、櫛を置いている店を目指すことになった。
後半はお店から。