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1-8 街で食事のようです

 他にどこか寄るのかとも思ったが、リースは宿屋に向かっているようだ。


 しかし突然立ち止まって首をひねったり、ずっとぶつぶつ言っているのが気になって仕方ない。


「よし決めた!」


 また立ち止まったと思ったら、こちらを向きニヤニヤしている。


「今夜はステーキを食べます!」


 何を食べるかをずっと悩んでいたようである。



 宿屋に着くと恰幅のいいおばさんに声を掛けつつ、奥へ入って行った。


 あのでかい荷物を、ようやく置いてくるのであろう。俺は荷物を預けるつもりも無い。

 ここで食事するのか、外の店へと向かうのすら聞いていないため店の表で空を眺めていた。

 

 まだ明るいため星は見えないが、街道を移動していた時に見た夜空を思い出していた。

 星座はいくつか名前を知っている程度だが、夜空の中から見つける事は出来なかった。大きな月が見えたのだが、うさぎやカニはいないし模様すら見当たらなかった。


 やはりここは地球ではないのであろう。


「ケントは部屋を見なくてよかったのかしら」


 リースの声に振り返ったが、固まってしまった。


 白さが眩しいワンピースを着た可愛い女の子がいた。

 

 肩のあたりから健康的な肌色をした手が、ポーズをつけたようにしなやかに出ている。

 膝上までの短いワンピースの下からは膝小僧がのぞいている。

 花飾りのついたサンダルを履いた足先が見える。


 よく見ると、耳の上あたりにも花飾りのついた髪留めが目に止まる。


「何よ、何か言うことは無いのかしら」


「あ、うん。一瞬リースだと気付かず、びっくりしたよ」


「あっそう……」


「ステーキを食べるんだろ。どこに行くんだい?」


「別に、ここでいいでしょ」


 鈍感な俺であっても、よそ行きの綺麗な格好をした彼女のテンションが、下がっているのは分かる。しかし、どうすればいいのかなんて分からない。


『機微は感じて欲しいけど、顔色は伺って欲しくないのよ』


 ローズさんの言葉を思い出すが、どうしよう。リースは宿屋の食堂へ入ってしまった。


「せっかくだし、外の食堂にでも行ってみないか?街へ来るのは久しぶりなんだろう。通りを歩けば、新しい店があるかもしれないし」


 気の利いたセリフなどではないが、俺に出来る精一杯はこの程度だった。


「まあ、ケントがそこまで言うなら」


 ギリギリ及第点と言ったところのようだ。ほっと胸を撫で下ろす。



 日が落ちかけた街の通りを、リースから少し離れ気味にぶらぶらと歩く。


 あれ?よく考えると、女の子と出歩いて食事なんて経験は初めてだ。

 これって所謂デートというやつでは。急に胃の辺りが痛くなった気がする。


 するとこのずっと無言で歩いているのは、まずいんじゃないだろうか。何か気の利いた小話でもしないと。


「こんなお店、あったかしら」


 こちらに対して言っていないであろう声を出しつつ、リースが立ち止まった。


 そこは小奇麗な洋食屋さんのような佇まいのお店だった。

 

 入口の脇には黒板ではなく、板にメニューが書かれたものが置かれている。

 文字だけでなく、食材やうさぎのような絵がカラフルに描き添えられている。ほのかに香ってくる程度の暖かい匂いに誘われ、中に入った。


 店内はすこし狭い印象を受けたが、先客は老夫婦がひと組いるだけで、すんなり座れた。

 

 席を案内してくれた方の所作や家具類の立派さに関心していたが、ここは異世界であることを思い出した。

 とても高いお店に入ってしまったのではないか。

 申し訳ないが俺は無一文だ、現金は無いしカード払いも出来やしないだろう。青くなっているとリースから助け舟が出た。


「お婆からいくらか貰ってきてるから大丈夫よ。依頼の為の資金も手付かずだから、安心していいわよ」


 情けないが小声で礼を言いつつ何度もお辞儀をする。

 

 あ、苦笑いかもしれないけどちょっと笑ったぞ。



 リースはお品書きとにらめっこしているが、こっちは文字が読めない。

 

 しかし、初めて行ったお店ではよく使う伝家の宝刀がある。

 

 そう、皆も使うよね『おすすめで!』だ。

 

 リースは何品か注文しているようだったが、小声で聞き取れなかった。品名を聞いても、何の料理かは分からないんだけど。

 注文は終わったのに、リースはお品書きを何度も見直している。


 ふと店内を見渡していて、壁にかけられた絵画が目に止まる。

 

 そこには鮮やかな色彩で、見たことのない風景を映し出してる。濃い赤色の草原に、深い緑色の牛のような生物たち。薄い黄色の川の横に立っているのは誰なんだろう。ああいう風景が実在するのであれば、ぜひ見てみたいものだ。


 リースには思わず旅をしていると言ったが、そんな生活もいいかもしれない。たどり着いた街で小銭を稼ぎ、あちこち転々とするのだ。

 報酬は地球ではお目にかかれない絶景である。土地ごとの郷土料理を食べて回るのもいいな、資金を稼ぐことができれば意外といけそうである。

 しかし、この世界は安全な旅は無理だよな。格安バスツアーなんて無いし、基本一人旅になるのかな。



 妄想を膨らませているうちに、料理が運ばれてきた。

 

 リースの方には、野菜サラダに薄い緑色のスープ、後はサイコロステーキだ。何の肉かは知らないが。

 こちらの席には、黄色のスープとハンバーグが運ばれてきた。

 

 小さな鉄板の上に置かれており、じゅーじゅーと肉の焼ける音といい匂いがしている。


「なにそれ、美味しそうね」


「何の肉かは知らないけど、普通のハンバーグに見えるよ」


「はんばあぐって言うのね初めて見るわ。どうやって作るのかなんて、お店は教えてくれないわよね」


「気になるなら、食べてごらんよ。切り分けるからちょっと待ってね」


 形を崩さないよう気をつけて切り分ける。リースの皿に乗せようと向かいを見ると、口を開けてポカンとしている。あれ、また失敗したのかな。


「随分と器用に使えるのね」


 よく分からないが、リースの皿にハンバーグを乗せると、サイコロステーキをいくつか皿に乗せてくる。お返しのつもりらしい。


「冷める前に食べちゃいましょう」


「そうだね、この鉄板の上なら料理も冷めにくいんだけど。どうしてリースのサイコロステーキは木のお皿なんだろう」


 リースの手が一瞬止まった気がするが、すぐに動き始めた。



「ハンバーグはどうかな、結構美味しいだろ」


「結構なんてものじゃないわよ、すごく美味しいわ。食材の種類だけでも知りたいけど無理よねえ」


「食材って、挽肉に野菜と繋ぎのパン粉とかじゃなかったっけ。野菜やパン粉は代替えも色々効いたはずだし、すぐに作れるんじゃないかなあ」


「まるで作ったことがあるように、スラスラと言うわね」


「ああ、それは学生の頃家庭科の授業で失敗した事があってね」


「学生?かていか?ケントって学校に通ったこともあるのね。ナイフとふぉおくも器用に使ってたし、実はいいところの貴族様だったりしないわよね?」


 地球の話しを混ぜるとダメだな、どう修正しようか。


「学生と言ったけど。集落の数人で集まって、ちょっと教えてもらっただけだよ。それに貴族様だったら、文字が読めずにオススメを注文したりしないさ」


「お品書きを見ないと思ったら、文字が読めないのね。もっと早く言いなさいよ。戻ったら勉強よ」


 文字は読めるようになりたいけど、1から言語を習得するとか大変だぞ。誤魔化そうとして失敗したな。


「露骨に嫌そうな顔したって駄目よ。ケントは村長候補なんだからね」


 呆れられたが、普段の調子に戻ったようだ。まあ良かったかな。


「ところでその髪留め良く似合ってるね、可愛いよ」


「あ、うん……」


 今度は俯いてしまった、また失敗したか。ええい、料理を食べて気を紛らわそう。



「すごく美味しかったです、また来ますね」


 笑顔で定員さんにお礼を言っている、余程気に入ったようで連れ出して良かった。


 宿屋へ帰ろうと歩き出すと、リースが横に並び手を繋いできた。あれ、いつもだと手首の辺りを強く掴んでいたのに、やさしく指を絡めてきている。


 これって恋人繋ぎってやつじゃなかったっけ。リースの柔らかい手から体温が伝わって来る。

 ちょっと手汗をかいてやしないだろうか。

 

 無言で歩いている分、繋いだ手に意識が集中してしまう。

 

 ちらっとリースへ視線を向ける。

 横を向かれたけど、赤くなった頬は隠せていない。多分俺も顔は赤いとは思うからおあいこだな。

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