1-5 小芝居してみます
準備といっても、リースの革の防具を付けてもらい、鉈を腰に下げただけで完了した。
決闘のルールを確認したかったのに『本気でやり合うだけよ、引いたら負けよ』と活を入れられた。
決闘場所の範囲とか降伏の条件とか、審判はどうやって判定するのか等を聞いておきたかったのに。
「夜の内に逃げるだろうと思っていたが、ノコノコと死にに来たか」
今日も元気なウィルムは声を荒らげている。まあその元気も今日までだ、明日からはその鳴き声も可愛く感じるだろう。
「まさかとは思うが、その腰の物でやるつもりか?そんなんじゃ、この俺様の槍の餌食にしかならないぜ」
煽っているつもりだろうが、無視して周りを確認する。
リースは屋根の上に登り、手を振りながら応援してくれている。小さな子供には見せない決まりなのか、姿が見えない。
どうやら決闘に金を賭けている様子はない、おおっぴらにはしないだけかな、賭け事自体を禁止しているのだろうか。
「準備がいいなら始めようじゃねえか」
あれ、審判は無いにしても、立会人とかいないのかな?
「どうした早くその腰の楊枝を抜けよ!」
かかって来ないと思ったら、武器を構えるのが開始の合図なのかな。鉈に手をかけたが、そのまま近くのタルの上に置く
「これは使わない、大事な物なんでな」
「ふん、いいぜ何を武器にしたってな」
「武器はいらない、いつでも始めていいよ」
腕をぶらりと下げて体の力を抜く、自然体というやつだったか。
ウィルムは槍を構えたまま、口を開けポカンとしている。
歩くように近づくと、慌てて構え直した。全く届かない位置で槍を突き出してきた。避ける必要など無いが、距離を保ち横に回る。
「きええええいい!」
こちらを捉えようと槍を突いているが、ウィルムとの距離を保ちつつ横に周り続ける。このまま踏み込んで倒してしまってもいいのだが、あっさり勝ってしまっては目標は遠のいてしまう。
「こっちは武器を持っていないんだ、もっと踏み込んできてもいいんじゃないか?」
声を掛けてみると興奮させてしまったのか、距離を詰めて来た。
「そうそう、出来るじゃないか。じゃあ次は突くだけじゃなくて、払ったりしてみようか」
ウィルムの持つ槍は三叉になっていたり、ハルバート系だったりしない。標準的な突くタイプの槍のようだ。
日本だと薙刀も槍に分類されるんだったけ、あれ長刀だったかな?
槍は知らないが、なぎなたの試合は見た事がある。色んな構えがあり、離れた位置から多彩な技を使うのである。
彼女ら相手に武器無しは嫌だなあ。
払ったりと言ったところで、ウィルムには良く分からなかったようだ。
狙ってくるところが頭ばかりになり、完全に血が上ってしまったようである。バテさせて動けなくなった所を狙うつもりでもないし、そろそろ動いてみるかな。
立ち止まり息を吸い込んでいると槍が迫ってくる。
槍の剣先をよく見つつ上体を逸らし近づく。ちょっと下がった方がいいんだろうけど、引くことは頭に無い。首筋に手を軽く触れて離れる。
何をされたのか良く分かっていない様子。
今度は前屈みに突っ込んできた。
体重と勢いの乗った突きが来たので、横には避けずに上体だけ逸らす。
脇の下を風が突き抜けた、いい突きじゃないか。
踏み込みも深かった槍の剣先は後方にあり、柄部分を脇で挟んだ。槍を引き抜こうと必死な姿が見えたが、振りあげた手を降ろし、柄を叩き折った。
「あ、う……」
柄だけとなった物を見つめながら、口をパクパクさせている。もういいだろうか。
「お互い武器も無くなったし、決闘は引き分けにしないかい?」
最後の足掻きはしないようで、柄を握ったまま膝から崩れ落ちた。
決闘は終了である。
「おおー、すげえぞあの兄ちゃん」
歓声が聞こえたと思ったら、こっそりと子供達が入り込んでいたようである。思わす声を出した口に手を当てているがもう遅い、大人達に囲まれていた。
「見込んだとおりね、ウィルムなんかじゃ相手にならなかったわ」
満面の笑みのリースが賞賛と共に近寄ってくるが、その手には色を塗られた木札が握られていた。
うん、多分気のせいだ、アハハハ。
「ウィルム、これで分かったでしょう、今日からケントが村長よ」
「いやリース、それは違うよ。決闘は引き分けさ」
「え、いやだって」
リースは戸惑っているようだが。
「ご覧のとおり決闘は引き分けだ。俺は勝つことが出来なかった。ここは亡き村長の子孫であるウィルムが、村長になるべきではないだろうか!」
ちょっと恥ずかしいが、ここが大事なところだ。
胸をはり精一杯の声を出す。村人の反応は芳しくないが、ここは予想通りだ。
別に拍手喝采を期待していた訳では無い。
「ケントさん、お話したい事があります」
ちょっと引きつった笑顔でリースが睨んでいる。
あの、手に持った木札が、割れてしまいそうに軋んでますよ。
決闘は終わったはずだが、戦いは終わらない。
最終決戦が始まるようだ。いや、これは戦いですらないのではないか。
リースの家に移動し床に座る。
座るといっても正座である。防具は着けたままだし、板間なので足はすでに痛い。
「ケント、私はウィルムを、あいつを村長にしたくないから決闘を決めたって話しをしたわよね」
「……返事が聞こえないようだけど」
あれ、部屋の温度が上がった気がするなあ。
「はい、決闘を受けた理由は聞いております」
「決闘は、ケントが槍を壊したところで決したようだけど、いつの間に引き分けになったのかしら」
「そこは、お互い武器が無くなったのだから、引き分けにしようと提案した訳でして」
うーん、この防具を着てると暑いなー、早く脱ぎたいなー。
「途中ウィルムの首筋に手を当てていたけれど、あの時攻撃を入れて、終わらせることも出来たんじゃあなくって」
「あれはウィルムが気がついて、降参してくれないかなーと思ったりしてですね」
「つまり全て理解した上での犯行と認める訳ね」
「あ」
「いいわ、従順な感じを見せておいて、油断した私がバカだったって事ね」
この流れはいけない、どうすればいいのか。
「そういう事では無くてですね」
「言い訳は聞かないわ。そうね、これからは行動を常に監視させてもらいます」
「監視していただけるんですか!」
「何、急に大声を……」
監視発言に思わず興奮してしまい、立ち上がろうとしたのがいけなかった。
正座していた足は完全に痺れており、うまく立てずに前に倒れ込んでしまったのである。
目の前には、昨日は防具に押さえつけられていた胸部が猛威を奮っていた。
体はリースに覆いかぶさる感じになっており、薄手の浴衣越しに柔らかさが伝わってくる。
いい匂いがする。
足か痺れているせいで上半身だけもぞもぞしてしまい、胸部を揺らしてしまう。
「はは。村長は譲ったが、嫁の件は譲る気は無かったのか」
入口から第三者の声が聞こえ飛び起きると、お婆さ…ご婦人がしわくちゃの笑顔でこちらを見ていた。
「お婆、どうしたのかしら」
乱れた浴衣を慌てて正しながら、リースが座り直す。
「邪魔して悪かったねえ。ウィルムが村長になると決まったと聞いて確認に来てみただけさ」
おや、決闘は見てなかったのだろうか。
「決闘は……。そうね、もう終わってしまったのだし仕方ないわ、ウィルムが村長よ」
「おや、昨日はもしウィルムが勝ったら、自分が決闘を申し込むと意気込んでいたのに。止めに来る必要は無かったみたいだね」
「決闘の話しはもうこれで終わり。村長が決まったのだから、直ぐに役決めをしないといけないわね」
「役決めって?」
「役決めは役決めよ。
下部役は村長が変われば選び直しだからね。出来る人が限られてる役は基本継続だけれど、出納長と警備長だけは譲れないわよ」
変なところが日本式になっている気がするな。
「二つも役をするつもりとは、働き者だねえ」
「何言ってるのよ、警備長はケントがするに決まっているでしょう!」
「そんな話しは初耳…」
「何でも!してくれるんだったわよね」
「はい」
先が思いやられるやりとりであるが、お婆が二人を優しい瞳で見つめていた。