1-4 決闘するってよ
次の襲撃とやらに備えるのが議題だったと思うのだが、ウィルムとやらとの決闘が決まりました。
決闘って何をするのだろう。
「ケントは武器は何を使うの?鉈は良かったけど流石にリーチが足りない気がするのよね」
話し合いのメンバーが帰ったと思ったら、そんな事をリースが言い出した。
「武器なんて扱ったこと無いから分からないよ、借りていた鉈は返しておくねありがとう。鉈がダメというなら、木剣とやらはどうなんだい?」
「ゴブリン相手に鉈であれだけの動きをしておいて、よくそんな冗談が言えたものね。鉈はあげるわよ、持っていなさい。あ、木剣なんて論外よあいつは槍を使うだろうし」
槍か、なるほどそれでリーチのことを気にしているのか。
「なるほど、じゃあこちらも槍を武器にするってのはどうかな?勿論槍を手に持ったことすら無いけどね」
「発想は面白いけれども、ちょっと難しいわね。あいつは代々伝わるあの槍を使うだろうから、そこいらのナマクラじゃダメなのよ」
「その槍が凄いのは分かったけど、彼自身はどうなんだい?」
「どうって?」
「いや体格がいいのは分かるけど、彼自身は強いのかってことなんだけれども」
「ああ、そういう事なら分からないわよ。とはいえ戦って負けている所なんて見た事無いのだけど」
「え?なんか言ってることが滅茶苦茶だよ。強いの弱いのどっち?」
「あいつは生まれた時から村長の子孫なのよ、最近じゃあ唯一の男になっちゃったしね。本人がどうあれ
他の者が勝負に勝っちゃったりすると、その後が皆怖いのよ。その点ケントは他所者だから問題無いわね」
なる程、手を抜いて相手をされている状態が続いているのか。村八分は誰だって嫌だよなあ、日本以外でもある風習だったっけ。
「決闘については、何となく考えがまとまったから良いけど」
「そう?じゃあ食事にしようかしら」
「いやその前に、村長になるってどういうことなの」
「この村に協力すると言ってくれたわよね」
「そ、そうだったね」
「このままだとあいつが、ウィルムが村長になってしまうわ。ゴブリンの襲撃よりも、悲惨なことになる気がするの」
「うん?」
「子供の頃はね大人しい子だったのよ。でも両親が亡くなり、お兄さんが街道の見回りから……帰ってこなかった頃から、言動が激しくなってね」
ずい分と不幸が重なっているようだ。娯楽など殆ど無いだろうに、どうやってストレスと向き合っているのか。
「別にずっとこの村に住んでくれって訳じゃないわ。当面の間仕切ってくれれば、あいつも諦めると思うし」
「事情は何となく分かったけど、村長の役割もこの村の事も知らないよ?」
「全部ケントに任せてしまうつもりとかじゃ無いわよ。知らない事は私が教えてあげるし、きっと村の皆も協力してくれるわ」
「リースの気持ちは分かった。でも、ちょっと考えさせて欲しいかな」
「そう、なら食事にしましょうか。大したものは出せないけれど」
そう言って、この家のかまどらしき物で料理を始めてしまった。
家の人には断っているのだろうか、特に気にした様子は無く食材も使ってしまっているようだ、よほど仲の良い間柄なのだろう。
食事は雑煮の様な物と、何の生き物か分からないが肉の燻製だった。食材が何か分からないが、味付けは日本食に近い気がして美味しかった。
「ありがとう、美味しかったよ。御馳走様でした」
「ごちそうさま?が何か分からないけど、口には合ったようねよかったわ、お世辞じゃ無ければいいけれど」
「故郷の言葉で感謝の気持ちを伝えたんだよ。お世辞とかは良く分からないけど、こんなに美味しい料理なら毎日食べたいな」
「あっそう……」
急に後ろを向いて無言になってしまった。何か言葉遣いがおかしかったのだろうか。
日本語が通じている様だけど、文化までは一緒じゃないようだし気を付けないと。
「ちょっとお婆の所へ様子を見に行ってみるわ」
リースは食器を片付けると出て行ってしまった。
ようやく訪れた一人だけの空間に、気が緩みそうになる。いやここは落ち着いて状況を整理しよう。
地球にいた俺は30歳で事故で死亡したと。
そして神様みたいな奴に、自分が作ったという星に転生させられたと。
転生先はゴブリンに襲撃されているテミズ村であり、村娘のリースとゴブリンを倒したが、村長候補のウィルムと決闘し村長になるようお願いされたと。
村長は無理だな、断ろう。
けど単に断ってしまっては、逃げているだけな気がしてくる。リースへの恩義は果たしたい、出来る限り協力はしてあげたい。
さて、どうしてやるか検討しますかね。
例えば、大きな壁にぶち当たってしまい、どうすればいいのか分からずにいたとしても、選択肢は必ず3つあるのだ。
進むか止まるか戻ってみるかだ。
選択肢を決めた後は、着地点を見誤らない事だ。
目指すべき自分、本来あるべき姿、許せる内容の妥協点を探る。
自身の問題であるが、一番ネックなのはこちらの世界の知識が乏しいことだ。今ある情報だけでは不確定要素が多すぎる。
ここには筆記用具も紙もないので、目を瞑り自問自答を繰り返しす。
少し時間はかかったがこれしか無さそうだ。
外はすっかり暗くなっているが、リースは帰ってこない。
ここで寝ていいのだろうか、家の人が帰ってきて怒られやしないだろうか。不安ではあるが眠気には勝てない、やつは最強だ。そのまま床で横になり眠ってしまった。
「ねえ起きて、決闘の準備をしないと間に合わないわよ。ねえってば」
肩を揺すられ目を開けると、こちらを見ている可愛い女の子がいる。にこっと笑うと八重歯が見えるんだ可愛いなあ。どうやらまだ夢を見ているようである。
「おはよう。表に井戸があるから顔を洗ってらっしゃい、ヨダレがすごいわよ」
あれ、ここはどこだったか?まだ寝ぼけているが言われるまま井戸を探し顔を洗う。
子供の頃は田舎に住んだこともあり、滑車と釣瓶をすんなり使った。しかし冷たい水を顔にかけたところで、頭が覚醒する。
ここは異世界、テミズ村だ。
部屋に戻るとリースが食事の準備をしている。
「お、おはよう」
昨日は、動物の革で作った防具を付けいたはずだが、服は覚えてない。
今日は淡い水色柄がある浴衣のような服を着ている。小さめの前掛けエプロンを付けているのが生活感を出しているが、よく似合っている。
「昨日はごめんなさいね。戻ったらもう床で寝ちゃってるんだもの、寝具を準備しておくべきだったわ」
「ぐっすり眠れたし大丈夫だよ。それより、この家の人には挨拶とかしておかなくていいのかな?」
「家の人に挨拶?気にしなくていいのよ、ここは私の家なんだから」
「ああ、なるほどそうだったんだ」
何がなるほどだ。ここはリースの家だって?
家族は見当たらないがどちらにいらっしゃるんだろう。いや冷静になれ、この家は囲炉裏のあるこのひと部屋だけじゃないか。
あれ、それだと彼女はどこで寝たんだ?
そもそも個室が無いのに、どこであの服に着替えたというのだ。
ここは念の為に聞いて冷静になろうじゃないか。
「リースさん、ちなみにご家族はどちらに?何人で住んでいるんでしょうか?」
彼女の顔を見て、自分の間抜け具合に失望した。
「家族はいないわ。ちょっと前までは、妹が一緒だったんだけどね……」
この世界は日本のような平和は無いのだと、昨日身を持って知ったばかりではなかったろうか。
「ごめん変なことを聞いてしまって。本当に…」
「大丈夫よ気にしなくていいわ。自分だけが不幸だなんて思っていないし、この村の皆がいてくれれば私はまだ……。さあ、ご飯が出来たわよ。今日は決闘なんだからしっかり食べなさい」
「えええ、決闘って今日だったの?」
「あれ言ってなかったかしら。お昼に始めるから、食べ終わったらすぐに準備するわよ」
食事は少しだけ急いで食べたが、結局おかわりまでいただいた。