3-10 後悔
取り返しのつかない後悔は誰にでもあるのだろうか。
あの時あんな事さえしなければと、今の自分なら2度と同じ過ちなど犯さないと、意味の無い言い訳を繰り返したりするのだろうか。
『あなたはお調子者なんだから、ちゃんと先の事を考えてから行動するのよ。』
母に何度となく言われた言葉だ。
小川に遊びに行ってお気に入りの服を汚してしまった時もそう、慣れない獣道を進んで野犬に囲まれた時もそうだった。
考えていないわけじゃない、考えてみるんだけど母が言うような悪い事は思い浮かばないのだから。
後悔の始まりはこんなかんじだ。
ボクなら祠の掃除をするぐらい一人で出来ると勝手をしてしまい、掃除を終えてご機嫌だった帰りに、さらに調子にのりヒトの街道を見ようと寄り道をしたのだ。
運悪く遭遇したヒトの盗賊たちに捕まってしまい、ドレイとか言うのにすると運ばれたのだ。お気に入りの弓を持っていればあんなやつら……。
今は暗い小屋の中、周りにも何人か同じように枷をはめられた者がいる。皆ヒトの臭いがするし何かが腐ったような悪臭がひどくて気分が悪い、というか吐きたいのにお腹は空っぽで何も出そうには無い。
皆静かに横になっているけど、少し外が騒がしいかな。ボクらを閉じ込めているやつらの寝床の方だろうか。少し燃えているような臭いがするけど、悪臭がひどくて判別が難しい。
壁の隙間から何か見えないかと足掻いてみるも、壁の向こうにさらに壁があるのだろう真っ暗な闇でしかない。
諦めて横になる、天井の隙間から僅かに光が漏れているだけだ。
「キン!キンッ!!」
聞きなれない嫌な音がする。
でも知ってるぞ、ヒトが使う武器で争うとあんな音がするって。
きっと今がチャンスだ、こんなところ早く逃げてしまおう。昼はタイミングが悪いからすぐ捕まったんだ、今度は大丈夫だって。
目指すはあの天井の隙間だね、出口は昼のように見張りがいるんだろう。ボクだってちょっとは学習するんだから。
しかし天井はかなりの高さだし、登れるようになんてもちろんなっていない。何度も助走をつけて壁にジャンプしてみるも、ちょっとこれは無理かもしれないかな。
「あなた、そんなことしてまた捕まるだけじゃないの。」
ふいに声をかけられびくっとしてしまった。
皆ずっと無言だったけど、そりゃあこれだけ動きまわっていれば気になるよね。
「……そりゃあ捕まるかもしれないけど、ずっとこんなところになんていられないよ。それにきっと今はチャンスだと思うんだよ。」
ヒトとお話しするのは初めてだから、ちょっと声が裏返ってしまった。
「チャンスかどうかは良くわからないけど、もしかしてあの天井に登ろうとしてるの?」
「そうだよ。手のこれさえなければ、もうちょいな感じなんだけどねえ。」
「分かったわ協力してあげる。私に乗って登ってみなさいよ」
「それは嬉しいけど、乗ってもそんなに変わらないと思うよ。勢いがつけれないし」
「そうじゃなくって、さっきみたいに助走つけて私を踏み台にするのよ」
「なるほど、そうねそれが良さそう。あれ、でもそれであなたはどうやって登ってくるつもりなの?」
「それはいいから。まあ外の門番をのしてくれたら、鍵が奪えるかもだけどね」
「すごい、あなた本当に頭がいいのね。門番をとっちめて一緒に脱出するわよ。」
この時のボクも本当に救いようがない。
「じゃあ次こそ行くんだから」
2度ほど試したが彼女が私を支えきれなかった。そりゃあヒトならそんなにつよくない、ゴハンだって食べてないのだから。
外は静かになってしまった、もう時間は無いかもしれない。
「行くよ!」
強めに声をかけると、びくっと彼女が固まったのですかさず駆け登る。
よし、やったね。天井近くに棒が打ち付けられてあり、なんとか手をかけることができた。あとは壁の隙間に手を――。
壁の先は外ではなかったけど、扉を出た先の小窓から外に出ることが出来た。
確か昼に出ようとして捕まったのはこっちの方だったはず、ゆっくり回り込んでみたけど門番など立っていない。
それなら楽に開けられるかもと近づいてみるも、外から閂のように大きな横棒が打ち付けてある。
これじゃあ外からは開けることが出来無い。ボクが昼に逃げようとしたからだ、彼女が逃げる事が出来ないじゃない。
じゃまな手枷で叩いたり、何度か体当たりしてみたが扉も横棒もビクともしない。
誰か助けを呼びに……と考えたがここは里では無いのだ、味方してくれる者などいない。近くには私達を捕まえた悪いやつらしかいないのでは。
助けてくれたのは彼女だけ、置いて逃げるなど絶対にダメ。
先ほどよりも助走距離を長くし、扉だけじゃなく壁にも体当たりをする。
肩や肘がさっきまでひどく痛かったのに、感覚が無くなってきた。頭がくらくらしているような気もする、足がふらつき倒れてしまう。
しゃがんでちゃダメだ。彼女を――。
立ち上がろうと仰け反ったところで声が聞こえた。
「あの~。もしかしたらお困りでしょうか?」