最悪
赤髪の女が反比例したような青白い顔をし吐き気を模様をし苦しんでいる。
その赤髪の女の部下である片目の女が滑稽にも桶を携えてオロオロとし濡れタオルで女の顔を拭いたりして忙しく立ち回っている。
そんな女達を見ながら俺と筋肉馬鹿は寝っ転がって、これからの報告に備えて協議している最中である。
「マンティス、汚物達にどう話すんだよ?」
「どうってって・・・・・この現状とカルム王国からの要望とメリットを話すしかないだろ。」
「まあ、そうなるよね。」
「でもゲイシーは嬉しいだろ!?アン・テアナ様に会えるんだから!」
「まあそうだけど女王ママに会えないのも、ちょっと寂しいよね。」
ゲイシーの言う『女王ママ』とはアルベルタの事であるが、あれからゲイシーはケンゲル王国に滞在中はアルベルタを毎日訪ね御喋りを楽しんだりしていたのだ。
そんなゲイシーに心を許したのかアルベルタもゲイシーには重臣達には言えない自身の不安や相談などをしたりしていたらしい。
実に不思議な事だが何の魅力か信用があるのか分からないが、それとも当の本人に貴族や王族という概念に対して遠慮など存在しないのが良いのかアルベルタにしてもアン・テアナにしても、この筋肉馬鹿には心を許し何でも喋ってしまうらしい。
そんな話を2人でしていると赤髪の女が俺達の会話に口を挟んで来た、その表情は正に死顔と言って良さそうだ。
「女王アルベルタ陛下に対して『ママ』とはなんて言い草!?・・・・・気持ちが悪い、また吐きそうだ・・・・ぐええええ!」
「メリッサ姉ちゃん、大人しくして寝てろよ。しかし姉ちゃんが船酔いなんて想像してなかったよ・・・・。」
この赤髪の女、一応俺の実姉のメリッサ・ヴェルサーチなのだが現在船酔いにて『血塗れの女神』としての威厳も恐怖も存在しないくらい惨めに苦しんでいる最中である。
「メリッサ殿、一度思いっ切り吐いた方がスッキリしますよ、さあ甲板に!」
こう言いながらメリッサの背中を擦り桶を抱える片目の女も過去には『テアラリ島3部族最強の戦士』と呼ばれたソニア・コルメガなのだが今の彼女は酸っぱい臭いに身を包み、とても『最強』などという文字からは程遠い存在にある。
そんな俺達は只今テアラリ島に向け航海中である。
本来なら前にアルベルタが言ったテアラリ島3部族との同盟交渉は、もう少し後の予定であったのだがケンゲル王国侵攻戦の帰途途中に急遽事情が変わったのだ。
それは1人の旧ケンゲル王国の地方領主がカミラとレイシアが装備するビキニアーマーを見た事から始まった。
「最近、私の領地で暴れまわる恐ろしく強い2人組の女達がいまして御2人と良く似た装備をしているのですが知り合いですか?知り合いなら何とかして下さい!」
その地方領主が言うにはやたらと露出の多い装備で、どちらもフオースを使い顔は美しくスタイルも抜群であるらしい。
一度捕まえようと30人の兵士で彼女達の根城である海岸線の洞窟を取り囲んだがボコボコにされたそうだ。
そこで、ちょうどその地方領主の領地がカルム王国軍の帰路途中であった事もあり、俺が確認しに行く事にした。
その特徴からすると間違いなくテアラリ島3部族の戦士であると思われたからだ。
根城にしている洞窟に着き早速呼び出してみる事にした。
「おーい最近暴れまわっている不届きな馬鹿者達はいるか?いるなら直ぐに出て来い、ボコボコにしてやるから!」
こういう言い方をすればテアラリ島3部族の者なら必ず正面切って出て来ると考えたのだが予想をよりも早く2人は怒り心頭な顔をして出て来た。
「誰が馬鹿だ⁉︎ボコボコにしてやるだと⁉︎・・・・・ああ貴方はアベル様⁉︎」
やはりテアラリ島3部族の戦士2人で、しかもテラン族の戦士2人であった。
テアラリ島にいた時に何回かテラン族族長宅にもホリーを訪ね漁で獲れた魚とかを持って来た事もあったから覚えていた。
「お前達、どうしてここにいるんだ?」
2人が言うには漁をしていたら嵐に巻き込まれ船は大破し遭難し2ヵ月を経てここに辿り着いたらしい。
そして暴れまわっていた訳ではなく船を借りようと住民らしき人間に話し掛けたところ捕まえようとしてきたので戦ったというのだ。
彼女達の肌が露出した装備と美しさが原因だったのだろう。
「船を奪ってテアラリ島に帰ろうかとも思いましたが盗みなどテラン族の誇りにかけて出来ず、どうしたものかと悩んでおりました。」
「そうか大変だったな、でも無事で良かった。しかし、ここはケンゲル王国だぞ。とりあえず俺達と行動を共にしてエルハランかイグナイトのどちらか廻りで帰れば良いさ。」
最初は偶然の産物で奇跡的に辿り着いただけと思い、そんな感じで言ったのだが2人の返答で俺は驚く事になった、いや歴史的瞬間に立ち会ったのだ。
「いえ帰り方は大体解っているので船さえあれば自分達で帰れます!」
「何だって⁉︎」
現在、テアラリ島に行く航路は2つである。
1つは300年前にイグナイト帝国の漁船団が発見した航路。
もう1つはグラーノ・ヴェッキオが発見したエルハラン帝国からの航路である。
その2つ以外は発見されておらず行く事は不可能なのだ。
テアラリ島が300年前にイグナイト帝国の漁船団に発見されるまで独自の生態を取り続けた理由は、その位置が実に複雑である事が挙げられる。
テアラリ島に行くまでに潮の流れが急に変わる現象が起こる海域があったり長距離に渡る暗礁地帯、そして海洋系の魔獣の住処が多くあったりと針の穴を通すような入り組んだ位置にある事が原因である。
だから皆は発見されている航路しか使いようはなく、その航路にしても可なりベテランの航海師が居ないと難破する危険性すらはらんでいるのだ。
だが2人は苦も無さそうに、船さえあれば帰れます!なんて言う。
「帰れますって、帰り方、航路が解るって言うのか?」
「はい、星の位置と潮の流れが解ったので帰れますよ。」
「おい・・・・・それって歴史的大発見だぞ!」
2人によってケンゲル王国からテアラリ島への新たな航路が発見されたのだ。
早速、2人を連れアルベルタに報告したのだが最初は一旦オービスト大砦に帰還してからと思ったがアルベルタの行動は早かった。
「アベル殿、直ぐに同盟外交の使者と同行して貰えますか?」
そして俺達は人使いの荒いアルベルタの指示を受けテラン族の2人が指揮する船でテアラリ島に向け出発したのだった。
同盟外交の使者の役目を受けたメリッサと志願したソニア・コルメガ、そして久しぶりにアン・テアナに会いたいというゲイシーと一緒に。
ちなみにカミラとレイシアにも一緒に帰るかと聞いたのだが2人はラウラに遠慮して残ると言い俺達が留守の間は2人でソニアの子供達の面倒を見ているらしい。
その2人に子供達の面倒を見て貰う事となったソニアに俺は不安を敢えて口に出す事にした。
「ソニアさん、確かに俺はいつかテアラリ島に帰ってみて下さい!とは言ったけど何もこんな早期に‥‥‥俺の想像じゃあ10年後あたりかと‥‥」
「アベル殿、ずっと前から考えていた事なんだ。皆の魂をテアラリ島の地に返してやりたいのだ。」
そう言って胸元から小袋を取り出し見せてくれ、中にはソニアと供にテアラリ島から出た20人のテリク族の戦士の髪が入っているらしい。
「私の責任で巻き込んでしまった戦士達だ、今この時が天が機会を与えてくれかもしれない。」
その『天の機会』の結果を考えると不安になってきた。
現在の族長達なら俺が話せば何とかなるかもしれないが、前族長達のエリゾネやアンを考えると今はまだ時期が早すぎると思われた。
そしてソニアとテリク族の戦士達20人の逃亡はエリゾネとアンが現役時代の話であり現在の族長達には権限行使が出来ないのだ。
事情を知るノーマ・テラン亡き今、下手をすればテアラリ島に到着次第に処刑なんてのも有り得るのだ。
現に今船の指揮するテラン族の2人もソニアを見た途端に飛び掛かってきたくらいだ。
彼女達の場合はテラン族だったから何とか説得し矛を収めてくれたがテリク族だったら無理だっただろう。
そんな俺の不安を感じ取ったのかソニアが笑顔で言ってきた。
「仮に私が処刑になっても最早悔いはありません。もう子供達には心配は無いのですから。」
今回の同盟外交に出発する前にソニアはアルベルタに全てを話し子供達を頼んでいた。
話を聞いたアルベルタは初めは同盟外交において問題を抱えたソニアの同行には難色を示したがメリッサの進言により折れて許し子供達のシェリーの屋敷での保護の約束と万が一に備え親書の他に封筒を俺に授けてくれた。
「どうしようもないと思った時は、これを族長達に見せて下さい。それまでは決して開封しないように。」
何が書いてあるのかは分からないが、万が一の時には、この封筒に頼らなければならないかもしれない。
そんな事を考えていた時、メリッサがソニアに向かい話始めた。
「心配するなソニア・・・・・ソニアを処刑などという手段に出た場合は私がテアラリ3国の奴等を叩き斬ってやる!」
青い顔をしながら弱々しく説得力の欠片も無いメリッサの言葉にソニアが涙目になりながら頷いた。
「姉ちゃん・・・・・一応これ同盟交渉なんだよ、そして姉ちゃんは同盟外交の使者なんだよ。だから出来るだけ穏便に。それから俺がテアラリ島3部族共通騎士って立場なの忘れないでね。」
出来るだけオブラートに話したつもりだったがメリッサの闘志に火をつけてしまったようだ。
「そんなもの関係あるか!私の副官そして戦友が処刑されるのを黙って見てられるほど私は人間が出来ているか!そのような手段に出た場合はアベルさっさとそのような国の騎士など辞めてしまえ!」
「姉ちゃん・・・・・無茶言うなよ・・・・・。」
そして2ヶ月後、テアラリ島領海内に入った深夜だった。
船が止められた。
見慣れぬ国旗を掲げた船が自分達の領海に入ってきたのだ、当然なのだがテアラリ島3部族にしては慎重にし過ぎている。
止める前に乗り移るなどの行為に出ない事が不思議に思った。
「ここはテアラリ島3部族の領海である。勝手な侵入は開戦行為と見傚し其方らの所属国殲滅を開始口実とする。」
そんな物騒な文言を言ってきた。
「私はテアラリ島3部族共通騎士アベル・ストークスだ。役目ご苦労、只今諸事情によりカルム王国の使者と同行している。ハロルドの港まで案内されたし。」
そう言うと暗闇だから俺の顔が確認出来ないのか乗船させろと言ってきた。
「乗船は当然の行為、だが其方の氏名を確認したい。」
一応、こちらも暗闇で相手の顔が分からない為、警戒と確認をする事にしたが結果は最悪だった。
「アベル様失礼しました。私はテリク族族長ケイト・テリク様の副官ナンシー・マカロンです。」
最悪だ・・・・・ナンシーの事はテアラリ島の他国情報収集の件にあたり俺が面接し副官に推薦した1人だから良く知っていた。
真面目で努力家の戦士で人当たりも良い。
しかしテリク族というのが問題だ。
ナンシーに乗船なんかされたらソニアを捕らえようとするはずだ。
どうしようか?と考えている時、船底から出て来たソニアが俺が止めるのを聞かず叫んだ。
「ナンシー・マカロン、久しぶりだな。私はソニア・テリクだ!罪を償いに帰って来た。さぁ捕縛してくれ!」
ソニアの名前を聞いたナンシーの暗闇の中でも想像が付くぐらいに大きく口を開いて驚いたであろう声が静かな海に響いた。
「ソニア・テリク⁉︎・・・・・様、いやソニア・テリクだと〜!」
「ナンシー、話を聞いてくれ、事情があるんだ!」
それからナンシーに乗船して貰い事情を話したが予想通り、全く聞き入れず捕縛だと言って叫び話にならない。
「ナンシー、私は捕縛される為に帰って来た。処刑でも何でも好きなようにしてくれ!だが、アベル殿の共通騎士の立場は勿論だが、メリッサ殿はテアラリ島3部族とカルム王国の外交の為にお越しになられたのだ、姉エリゾネと姪ケイトに話して決して粗略に扱わず今後のテアラリ島の為に話を聞いて欲しいと頼んでは貰えないだろうか?」
「ソニア、お前はテリク族に渾を残した身、そんな事を頼める立場か⁉︎男に狂いテリク族を裏切った恥晒しが!」
そのナンシーの激怒の言葉にソニアは俯いて黙っていたが黙っていない者が1人いた。
青い顔をし2ヶ月経過しても船酔いが全く治らず弱り切ったメリッサであった。
「貴様・・・・・我が戦友に対し恥晒しとはなんだ・・・・・・斬り殺すぞ。」
船酔いで弱り切り、それが影響してか最高に機嫌が悪いメリッサの言葉を宣戦布告の言葉と受け取ったのかナンシーも負けずに吠えだした。
「斬り殺すだと!?喧嘩を売っているのなら戦士として受けて立つぞ!」
そう言ってナンシーが腰にぶら下げたサーベルに手を掛け抜いた瞬間だった。
メリッサの手元がキラッと3回光ったかと思うとナンシーのサーベルが手元から弾け飛んだ。
「これ以上我が戦友を侮辱するなら今度は殺す!」
そう言ってメリッサは、いつ抜いたのか分からなかった鳳翼を鞘に収めた。
その瞬間、ナンシーのビキニアーマーの両肩紐が切れ形の良い乳房が露わになった。
「兎に角ナンシー、一度エリゾネ様の前にケイト様に事情を話して貰えないだろうか?頼むよ、出来るだけ事を大きくしたくないんだ。」
メリッサの威圧的な剣技を目の当たりにし呆然とするナンシーに俺は頼んだ。
我を取り戻し冷静になったのかナンシーは了承してくれたが今度はメリッサを非難して来た。
「このナンシー・マカロンが族長の副官職を拝命されているのもアベル様のおかげ。今回はアベル様の顔を立てて取次だけは致しましょう。しかしアベル様、このような礼儀知らずの使者を我らが族長に引き合わせても宜しいのでしょうか?」
「ごめんナンシー・・・・・この礼儀知らずの使者は俺の実姉なんだ。」
こうしてカルム王国とテアラリ島3部族の同盟外交は最悪なスタートから始まった。




