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キモオタの俺を殺そうとした黒髪美少女は異世界では俺の可愛い妹  作者: 伊津吼鵣
第6部 ルシアニア公国編
88/219

帰還2

ルシアニア公国でナーガと戦いボルド達と別れ半年余り、リーゼ達はローヴェの首都ライトタウンンに着いた。

ほぼ1年と4ヵ月で戻って来たのだから約2年と言われた時間の短縮は上々と云えた。


しかし時間が短縮されれば反比例してリーゼの不安は増大されていくのである。


兎に角、兄ちゃんに『お帰りなさい』『ごめんなさい』は言わないと、そんなボルドの助言を頭の中で単純に反復すればするほど不安は増大されていくのであった。


そんなリーゼの不安をラウラには手に取るように分かるのか笑顔で安心の言葉をくれたが、その彼女でさえラシムハの要らぬ一言で不安になっていくのである。


「帰ったらアベルさん、カミラさんと良い仲になってるかも知れませんね!」


その時は私はどうすれば良いんだ・・・・・。


冗談で言った本人でさえ慌てる程、ラウラも不安になっていくのであった。


そんな3人が帰還報告にローゼオ姉妹の邸宅にいる陸奥水無月を訪ねようと歩いている時に慌ただしい街の雰囲気に気が付いた。

まるで戦を開始する、そんな雰囲気が醸し出され兵や物資が慌ただしく動き回っていた。


歩く人を適当に捕まえ慌ただしさの理由を聞き3人は驚く事になった。


カルム王国が僅か5ヶ月という電光石火の速さケンゲル王国を滅ぼし、今度はイグナイト帝国に占領されている旧領奪還の兵を挙げ、ローヴェ軍も30000の軍勢を以て援軍をする準備中だという事を教えてくれたのだ。


「兎に角、ローゼオ姉妹も邸宅にいるだろうから水無月にも会って詳しい話を聞こう!」


3人が急いで向かうと、やはり軍事行動中と云う為か警戒が厳しく中々警備兵達に取り合って貰えない。


「ミュン様もスノー様も今は職務中だ。」


「私はリーゼ・ヴェルサーチ、カルム王国女王アルベルタ陛下に御仕えする者です。」


「はあ・・・・!?リーゼ・ヴェルサーチ!?お前が!?あの『首狩りの女神』だと!?」


警備兵達は明らかに疑いの眼差し、いや完全に否定した目付きを見せていた。


当然なのだ、現在のリーゼの服装は平服に皮の肩当程度の旅の軽装、旅した為かなり傷んだ状態、しかも長い黒髪も埃などで汚れていた。

警備兵の立場からすれば怪しんで当然の身なりなのだ。

とても、あの戦場を駆け巡り一軍を指揮した『首狩りの女神』には程遠い格好だった。


「兎に角、ローゼオ姉妹に御取次が無理なら陸奥水無月に取り次いで下さい!」


「お前のような者が『首狩りの女神』のはずがないだろう!かの方はな我らローヴェ軍供に戦われた英雄であるぞ!」


取りあえず褒め称えられている事については恥ずかしい反面、面倒になったと思ったリーゼを他所に後ろで聞いていたラシムハは口を押さえながら笑いを抑え、ラウラは進まぬ展開に苛立ちを感じていた。


「いっそ押し通るか?」


そんな物騒な言葉を耳元で囁く始末である。


その時、小声だが空気の中を流れるような美しい声が3人の後ろから聞こえ警備兵達も一斉に敬礼を始めた。


「どうしたのですか?」


「それがナタシャー様、この者達がローゼオ姉妹に会わせろと言い、対処しているところでして!」


ナタシャー?誰だ?といった疑問の中、リーゼが後ろを振り返ると美しい歳の頃は40歳後半くらいの腰にレイピアをぶら下げた女性が無愛想な顔をして立っていた。


「ローゼオ姉妹に?」


「それが自分は『首狩りの女神』だと申しておりまして。」


「首狩りの女神とは?」


「はい、先のローヴェの内乱の折に活躍されたカルム王国軍萌黄の指揮官リーゼ・ヴェルサーチ様の事でございます。」


話を聞いた女性はリーゼを一瞥しラシムハを一瞬見つめると相変わらずの無愛想な顔だが警備兵達に自分がローゼオ姉妹の所に案内すると申し出てくれたのだ。


「そんな、この者が首狩りの女神であるはずが‥‥‥」


「そのリーゼ・ヴェルサーチなる者が私には如何様な人物かは判りませんが、この者に悪意と殺気は無いから暗殺などはしないから大丈夫です。」


そう女性に言われた警備兵達は、女性が信用された特別な存在なのか邸宅に入れてくれたのだ。

勿論、相変わらずだが疑いの眼差しは、そのままである。


兎も角、ローゼオ姉妹の邸宅には入れたので礼儀から頭を下げると何故か女性は無愛想な顔のままリーゼを上から下まで眺め出し、そして髪を撫でると一言。


「可愛い娘‥‥‥この後の予定は御決まり?」


その言葉に本能からなのかゾッとした感覚に襲われたリーゼを庇うようにラシムハが前に立ち話す事にした。


「リーゼは陸奥水無月に旅の報告をせねばなりません。ですから時間はありません!」


恩人ではあるが別の意味の危険性を感じたので断わりを入れたが、それが不味かった。

ラシムハに目を向けネトっとした目付きになり無愛想な表情が嬉しそうな顔になり言ってきたのだ。


「じゃあ貴女は時間があるという事ね!どこかで食事とか如何?」


庇ったつもりが罠に嵌ったのだ。


ラシムハが本能的に貞操の危機を感じ泣きそうな顔になった時、後ろから救いの声が聞こえた。


スノー・ローゼオだった。


「ナタシャー・・・・・未来ある若者を貴様の外道の道に引きずり込もうとするな!」


「あらスノー、辛辣な言い方ね!」


「全く、お前は‥‥‥それよりもリーゼ殿、無事に帰って来れたようだな!」


スノーが笑顔で労いの言葉をくれると同時に水無月がいるミュンの執務室まで同行してくれた、彼女自身も明日には援軍に出立するらしく、その打ち合わせで用件もあるらしい。


そして執務室に入ると和かなミュンと無愛想に茶を飲む水無月がいた。


「ルシアニアから只今帰還致しました。ただ目的のグランデルですが既にナーガに倒されていた為、仕方なくナーガを倒されて参りました。」


そう言ってリーゼは持ち帰った証拠のナーガとグランデルの骨を差し出しリーゼ達を除く4人を驚かせる事になった。


「ナーガって‥‥‥あのナーガか⁉︎ルシアニアにいたのか?」


理由を話し更に驚かせる事になったが今回の旅の目的を完了した事は認めて貰え手土産のナーガの骨に水無月も満足した表情を浮かべたが、次に厳めしい顔をしながら質問もしてきたのだ。


「ところでリーゼ、『黒椿』はどうした?」


やっぱり聞いてきたか‥‥‥。


テムルンに黒椿を渡した時から正直に水無月に話すと決めていたから話すと最初は怒った顔を見せたが『黒椿が喜んだ!』と言うと、何故か納得した顔になり、どんな人物に渡したのか?と聞いてきた。


「テムルンというウルバルト帝国の幕僚長の任に着くウルバルト帝国女帝の姉にあたる方で剣の遣い手です。」


「ウルバルト帝国の幕僚長だと⁉︎」


西方の国ローヴェにあっても、東方のウルバルト帝国が小国から大国へと変貌を遂げ、現在も東方の勢力図を大きく塗り潰す勢いである事は知ってはいるが、そのウルバルト帝国の幕僚長に黒椿を渡し、その弟にあたる摂政とも行動を共にしナーガを倒したとリーゼが話すと4人は大変な驚きを見せたのだ。


「どうして貴女達と知り合ったのですか?そんな大物達と⁉︎」


さすがに突飛な話に何時も和かなミュンでさえ驚きを隠せず、前のめりになり聞くとリーゼが順を追って説明した。

そして自分と自分の姉兄に、その3人が瓜二つである事を話すとミュンとスノーが顔を見合わせた。


アベルやメリッサから自分達と同じ転生者である事は聞いている。

その転生者に瓜二つの人物達、そしてその妹はリーゼと瓜二つ、もしかしたら彼らも転生者ではないのかという事を考えた。


単なる偶然か、それとも何か理由があって瓜二つなのか?


そんな疑問が2人に生じた。


「リーゼも転生者なの?」


突然にミュンが日本語でリーゼに聞いてみたが反応は、こいつ何言ってんだ?というような顔である。


自分達やアベルとメリッサ、そしてクオンとデイジーの事から記憶は消去されても日本語は忘れる事はなさそうだったから、リーゼは転生者ではないのかも知れない。

そう思ったミュンとスノーだった。


「兎に角リーゼ、一応は罪は償った訳だが、どうだった旅は?」


そう水無月が聞いてきたが、どうだったと聞かれても答えは出ていないのだ。


質問の答えにはならないのかも知れないが、自分の感想を述べるしかない。


「正直分かりませんでした。ただ大変で疲れました。1人じゃ何も出来なくてラウラさんとラシムハが居なければ私はルシアニアにすら辿り着けなかったでしょう。」


そう言うと水無月が微笑みを浮かべリーゼに自分の過去を話してくれた。


神聖ヤマト皇国から兄の神威と旅に出て色々な人々と出会い別れを繰り返しローヴェに辿り着いた。

それは楽しさであり悲しさであり、そして苦労の連続と自身の成長であったと語り思い出すような顔をしながら一言言うのだった。


「今は分からなくても何時か分かる時がくる。そしてルシアニアへの旅でリーゼは必ず成長したはずなのだから。」


成長か、自分は本当に成長したのだろうか⁉︎

成長したと信じたいが。


そんな事を考えているとミュンが相変わらずの笑顔で言ってきた。


「ではリーゼ・ヴェルサーチ、カルム王国女王アルベルタ・カルム陛下に一任された私が女王に代わり貴女に命じます。」


突然出た女王アルベルタの名前にリーゼが緊張した顔付きを見せるとミュンも和かな顔を一変させ引き締まった顔になりデスクの中に仕舞っていたカルム王国の紋が刻まれた命令書を読み上げだ。


リーゼ・ヴェルサーチ、カルム王国が一軍、萌黄軍司令官に任ずる。


「貴女が無事に帰ってきた折に女王アルベルタ陛下から頼まれていました。

それから、これも渡すようにと。」


ミュンが鈴を鳴らし部下を呼び寄せ大きな箱を持って来させ開けると、中には真新しいエメラルド色の鎧であった。

それは色が赤なら姉のメリッサ・ヴェルサーチと同じ物であった。


「鎧に恥じぬよう一層の忠誠を御約束致します!」


そう言ってアルベルタに更なる忠誠を誓うリーゼにラウラとラシムハが早速装備しろと即してきて問題が現われた。


剣や弓が使いやすいように身体の線がはっきりとする鎧なのだが、肝心の剣はテムルンに黒椿を渡した為に持ってはおらず、あるのは一般の兵が持つ弓だけであった。


「なんか締まらないねぇ‥‥‥」


そんなラシムハの残念そうな呟きが聞こえた時、ナタシャーが笑い出した。


「確かに締まらないし可愛い娘さんには気の毒ね。可哀想だから出来たばかりの弓をあげるわ!剣は水無月、貴女が用意しなさい!それから代金はミュンとスノーに払って貰いましょう!」


「何故、私達が払わなくちゃいけないんだ⁉︎」


「この娘さん『首狩りの女神』なのでしょう⁉︎だったら貴女達姉妹は先の内乱において御世話になったはず、弓と剣の一本や二本は褒美にしても損はしないはず!」


「お前、商人相手にボッタくるつもりだろ⁉︎」


「当たり前じゃない!貴女達姉妹はお金持ちなのだから!」


そんな商売上手なナタシャーの態度にミュンとスノーが呆れた時、水無月が申し訳なさそう言ってきた。


「すまない、今手持ちの剣が無い。時間をくれればナーガの骨で作るが今回の援軍を考えると時間が無さ過ぎる。」


「役に立たないわね、水無月。」


「仕方無いではないか‥‥‥まさか黒椿を他人にやるとは思わなかったんだから‥‥‥そうだ、ナタシャー、その腰の使いもしないレイピアをやれ!」


「これは父ワッツ・リードに言われて無理矢理的に神聖ヤマト皇国の鍛冶師備前紅風の元で修行をした時に作った、二度と剣は打たないという戒めなのだからダメだ!思い出しただけでも気持ちが悪い、汗臭いゴツい男達と修行した、吐きそうだった!」


備前紅風⁉︎聞き覚えのある名前だった。

確か兄アベルが包丁作りの修行をした鍛冶屋の親方の名前だった。

年少の頃に母のヘレンに連れられ畑の野菜を届けた覚えもあった。


その事をナタシャーに話すと急に顔付きが変わった。


「ではリーゼの兄アベルは私の弟弟子になるのか。」


「そうですね。」


「それで御師匠はどうされている?」


「それは分かりません。」


「そうか年齢が年齢だ、死んだのかもしれないな。」


その時、水無月がナタシャーに口添えをした、同じ備前紅風の弟子で水無月の兄の陸奥神威が作成した剣『鳳翼』の持ち主がリーゼの姉メリッサ・ヴェルサーチである事を。


「赤い鎧を纏った女騎士の話、実在したのか⁉︎」


「ああ、それがリーゼの姉メリッサ・ヴェルサーチだ。」


「そうか‥‥‥なら神威の姉弟子の私が渡さない訳にはいかないか‥‥‥」


そう言ってナタシャーが腰からレイピアを外しリーゼに渡してきた。


「名はミチエーリ、ソビリニアでは吹雪を意味する私が作成した最初で最後の剣。」


手に取ると弓を使うリーゼには軽量で扱いやすい剣である事が判ったが、そんな想い出深い剣を貰っても良いのか?という気持ちになった時、ナタシャーが弓も渡してきた。

銀装飾が施されながらも、しっかりとした重層な拵えの弓であった。


だが、その弓を見てスノーが口を出してきたのだ。


「なんだ!?ラヴィーナではないのか?リーゼでは不満なのか?」


「ラヴィーナ・・・・・あれはダメだ、売り物じゃない。それにこの娘では扱えない。」


「ラヴィーナって?」


扱えないと言われ、ムッとなったが気になり聞いてみるとナタシャーが話し出した。


ラヴィーナ、ソビリニアで雪崩を意味しマーヤ大陸中央部の大森林地帯より切り出した樹齢3000年の巨木と鋼属性骨格を持つ魔獣の骨からなる本体に蔓を東方の国々で麒麟と呼ばれる魔獣の髭を使用したナタシャーの渾身の逸品であるらしい。


ムッとなった表情から感じたのか、一応は試してみる事になった。


邸宅の中庭で手に取りラヴィーナが不可思議な様式をとった弓であることは一目瞭然となった。


弓本体の両端に鋼属性骨格を使用した鋭い刃を装着させ、その本体は鋼属性骨格を使用する事により盾代わりにもなり、蔓に使用する麒麟の髭は一歩間違えば使い手の指を切断しかねない鋭利さを兼ねていたのだ。

謂わば弓でありながら近接武器にもなりうる機能も果たすのだ。


弓に対する自負から弾こうとするが全くラヴィーナの蔓は微動だにせずリーゼには扱えない事が明らかになるとナタシャーが再び説明を始めた。


「ラヴィーナは女には扱えない。繊細な弾くタイミングは勿論だが力も必要だ。力と技が合わさって初めて真面に弾く事が出来る。だから私は探し続ける、いつかラヴィーナを扱える弓使いが現れる事を!」


しかし、このラヴィーナ、5ヶ月後に1人の少年があっさりと使いこなす事になる。

それは後の話。


次の日、カルム王国の旧領奪還の援軍の為にローヴェ軍がオービスト大砦に向け出立した。

そのローヴェ軍に同行しリーゼ達3人とラヴィーナの使い手を探すナタシャーも援軍の主将を務めるスノー・ローゼオと副将を務めるマーク・ローグと供に馬を進めた。


道には援軍に手を振る民衆が溢れかえり声援を送っていた。


その民衆たちの中に、あの自分達を疑った邸宅の警備兵達も一生懸命に声を出し手を振っていた。


リーゼが戦列を離れ、警備兵達の元に近づき声を掛けた。


「カルム王国萌黄軍司令官リーゼ・ヴェルサーチ、ローヴェ軍の恩情に感謝し戦場では先の戦の首30の3倍以上の100は取ってまいります、ご覧あれ!」


警備兵達が一瞬ギョとした顔し、それぞれに敬礼をした。


何故なら今のリーゼの姿はエメラルド色の鎧に背に銀装飾の弓、腰にレイピアと云った『首狩りの女神』の姿なのだから。






















ルシアニア公国編 完

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