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キモオタの俺を殺そうとした黒髪美少女は異世界では俺の可愛い妹  作者: 伊津吼鵣
第6部 ルシアニア公国編
87/219

帰還 1

この『キモオタの俺を殺そうとした黒髪美少女は異世界では俺の可愛い妹』に登場するエルゾネとエリデネが紛らわしいとの御指摘があり、エルゾネから『テムルン』と修正変更しております。ご了承ください。

「で‥‥‥何かルシアニアで変わった事はあったか?」


ナーガとの激戦を終えリーゼ達と別れ2ヶ月、険しい山脈を越えウルバルト帝国に帰還したボルドと春麗は、お気に入りの親衛隊隊長のリューケと侍従の雪麗を侍らせたハタンのそんな質問に出迎えられた。


「その質問に答える前にハタン、何故我らをルシアニアなんかに行かせた?何か考えがあったのか?」


ルシアニアに行け!とハタンに春麗と共に突然命じられ、行ってみればハタンと瓜二つのリーゼに出会い、そして自分と瓜二つのアベル・ストークスという存在は勿論だが春麗と瓜二つのアベルの姉メリッサの存在まで知る事になった。


そんな偶然、それを察知していたかのようなハタンの命令、全てがボルドには謎のままだった。


ボルドの質問にハタンも前以て聞かれる事を予想していたかのように直ぐに発したが何時もの高圧的なハタンではなく寧ろ不安に怯えている、そんな表情を浮かべ答えた。


「嫌な奴が近づいて来た‥‥‥そうルシアニアの方向に感じただけだ。」


「嫌な奴?」


「そうだ、私を不快にさせる予感を感じさせる奴だ、そう感じたからお前らを行かせた。」


嫌な奴‥‥‥ボルドには、その嫌な奴がリーゼを指している事に直ぐに気付いたが、自分も春麗も瓜二つの人間の事をリーゼから聞き不快に感じたのだから勘の鋭いハタンの感じた不快感からなる答えに納得がいった。


やはり我らとリーゼ達には何かあるのか⁉︎


そうボルドが考えた時、今度は春麗も率直な質問をハタンにぶつけた。


「女帝ハタンよ、初めから何者なのか気付いていたのではないのか?」


「気づいていた!?どういう意味だ?」


「その嫌な奴が、女帝ハタンと瓜二つの者であるという事実にだ。」


だが春麗としてはハタンが予測していた範疇での返答をしたつもりだったが大きく違った、明らかに予想の範疇を越えていたのだろう。


「瓜二つ‥‥‥私とか!?」


「・・・・・・気付かずに我らに命じたというのか?お前らしくないな!」


暫く考えたのかハタンらしくない態度に春麗が挑発するかのように更に質問をぶつけた。


「女帝ハタンよ!もしかして今回の件は自身の怯えを確認する為に我らをルシアニアに行かせた、それだけだったとかではないだろうな?存外情け無い。」


はっきりと、そして明らかに女帝に対しての挑発行為にリューケを除く周りの重臣達が引き攣った顔をした時、予想された通りのハタンの激怒の声が飛んだ。


「春麗‥‥‥私が怯えている、その瓜二つの奴に怯えていると言いたいのか?」


「この場にいる者なら、おまえの答えに誰もが感じたさ。」


怒りからか顔を引き攣らせるハタンに春麗の仮面の奥にある見えない顔は無表情だと感じさせる平然とした態度を示した時、ボルドの叱責が飛んだ。


「控えろ、春麗!」


その叱責に春麗が軽く頭を下げただけで応える様子を見てかハタンが落ち着きを取り戻すと同時に今度はハタンからの挑発が春麗に飛んだ。


「そう春麗が感じたならそうかもしれないな。ところで、その背負っている剣はどうした?私への土産か?『百鬼夜行』を私の為に持ってきたように今度はその剣を持ってきたのか?」


これにはボルドそして先女帝の頃から仕える重臣達が顔を引き攣らせた。


何故ならハタンの愛剣『百鬼夜行』を持ってきた人物とはハタンとボルドの実姉であり先の第1帝位継承者を暗殺したとされる先の第3継承者であったテムルンなのだから。


「土産?そうかハタンから見れば『黒椿』は土産と見えるのか。だが『百鬼夜行』はやったが残念ながら『黒椿』はやれないな。これは私の身体の一部なのだからな。

そして私の正体を皆の前で明かした以上はハタン!どうやら、お前死ぬ覚悟は出来ているらしいな!」


「死ぬ覚悟?私ではなく春麗、いやテムルンそして我が姉さま、お前の方だろ!」


そうハタンが叫びに似た声を上げると百鬼夜行を引き抜いた。

テムルンも黒椿を引き抜き応戦の構えを見せ、春麗と名乗り始め他者の前では外さなかった仮面をとり素顔を晒した。


その傷だらけの顔を晒しハタンを食い入るように睨んだ。


重臣達が春麗の顔を凝視し過ってテムルンであった者と確認すると同時に衛兵達も呼応するように彼女を囲み始めた。

当然であった。


テムルンはウルバルト帝国では『犯罪者』なのだから。


「ハタンもテムルン姉さまも止めろ!」


咄嗟のボルドの言葉だったが、それが逆に春麗がテムルンだという事実を確定させてしまった時、テムルンが笑い始めた。


「ハタン、お前には殺意を感じる一方で感謝もしている。何故なら今回の命令でルシアニアに行ったおかげで私自身の目的を理由は解らないが取り戻せた気がするからだ!」


「目的だと‥‥」


「そうだ、目的だ!私は目的を果たす為に西方の国に行く。一応は礼儀を守りウルバルトには帰ってきた、それだけだ。

それから礼儀とはハタン、お前を殺して後顧の憂いを取り除く事だ。」


まるで自分を取り囲んだ衛兵達など無視するようにテムルンが叫ぶとハタンも大笑いしながら応え、周りの人間達を恐怖に陥れた。


「では、その目的を果たす前に死ね!皆の者、手は出すな!ボルドもだ、これは姉妹喧嘩だからな!」


手は出すな!だと剣でテムルンに勝負するつもりか⁉︎

ハタンは剣の修練などした事は無いはず‥‥‥


ボルドの疑問が頭を過ぎった時、2人の視線がぶつかったと同時にテムルンの俊速のような動きと剣がハタンの首を狙い放たれた。

しかし、首に到達する寸前で剣が動きを止めテムルンから苦悶の表情が表れた。


そしてテムルンが胸を抑え苦しみ出したのだった。


「さすがは我が姉というべきか瞬殺してやろうとしたのに出来なかったか‥‥‥まぁ良い、首でも撥ねて殺すか‥‥‥」


重臣達には何が起こっているのか解らず慌てふためく中でボルドには理解出来た。


母オヨンと姉達を殺した何かをハタンは今使っている。


微笑みを浮かべながらテムルンに近づき首に向け剣を振り下ろそうとした時、テムルンも逆境の中にありながら力無くも横一線に剣を放ちハタンの進入を阻止し命を繋げたが、未だ胸を抑え苦しみ表情を浮かべている。


「ハタン‥‥‥お前、何をした?」


そんな誰もが感じた質問をテムルンが発したが、ハタンも笑って答えた。

それは想像だにしない事だった。


「何をした?私は何もしていない、ただテムルン姉さまが発した殺気をテムルン姉さまの心臓に返しただけだ!私に向けられる殺気が強いほど強烈に返っていく、それだけだ。」


殺気を返した⁉︎他人の殺気を操れると言いたいのか⁉︎

恐らく殺気を何かに変換してテムルンの心臓にダメージを与えている⁉︎


そんな答えを出したボルドだが、このままいけばテムルンが幾ら達人であっても剣を自由に扱う事すら出来ずに嬲り殺されるだけであった。


「もう止めろ!ハタン!」


そんなボルドの制止の声は意味を為さずハタンが滅茶苦茶な剣捌きでテムルンに斬り掛かり、普段なら僅かな動きで躱すであろうテムルンが苦戦し、やっとの事で躱す作業を繰り返した。


この時、ボルドを始め戦っているハタンやテムルンにも気付かずリューケにしか気付いていない事があった。


それはボルドと真剣勝負で戦った経験があるリューケにしか気付かない事であった。


ハタンは滅茶苦茶な動きの中で確実に急所を捉え剣を振るっている、あの時戦ったボルドと同じ動きだ!


要は滅茶苦茶な剣捌きだが理にかなっているのだ。


学んだ剣ではない、生まれ持った自分だけの剣術。


リューケには、そう見て取れたのだ。


更には、もしかしたらボルドよりも理にかなっているかもしれない‥‥‥

殺すという作業に無駄無く剣を放っていると感じたのだ。



そんな戦いが姉妹の間で繰り広げられ暫く経った頃に漸く変化が訪れた。


「ハタン、お前の謎は大体だが解けた。

要は殺気を放たねば良いという事か・・・・ならば無心のまま戦うのみ!」


そんな事を言うと対峙するハタンを前にテムルンが目を閉じ黒椿を右腕だけでダラッと力なくぶら下げるといった感じにすると左腕で手招きするように、いやハタンに向け小馬鹿にするよう左手の人差し指を幾度も曲げ伸ばしした。


「かかってこい!」


そんな挑発を受けたハタンが斬り掛かろうとしたが動きを止めた、動いたと同時に閉じられていたテムルンの目が開いたからだ。


その目は穏やかな、そしてどこか寂し気な雰囲気を醸し出し、ただハタンの全身を眺めているといった感じだった。


「テムルン‥‥‥お前、何をした?」


テムルンの雰囲気が一層された事に気づき、いや決定的な何かが変わった事に気づいたハタンが今度は質問する側に回ると一言だけ言った。


「我が剣の真髄、それは無心・・・・・一撃を放つのみ」


その言葉を挑発と受け取ったハタンが無防備のままの構えで遮二無二に突っ込んでいく、しかしその顔は無表情しかし目は明らかに警戒を持っての攻撃である。


確かに殺気は消えてた。

だが、殺気無くして自分をどうやって殺すつもりだ。


そんな疑問からの警戒を持っての攻撃だったが、それは直ぐに解消される事になった。


ハタンが剣を撃ちかかった瞬間にテムルンが柳でも揺れるような動きをしつつ躱したと思うと、その流れのままに横一線の剣撃を放ったのだ。

ハタンも一瞬の動き、勘だけでテムルンの剣を受け止め躱すと更に前に出た後にテムルンの側方に飛び退きニヤッと笑った。

常人には見えない、テムルンの見えない剣撃があったのだ。

勘の鋭いハタンが躱し白銀の髪が宙を舞っているのが証拠として残っていたのだ。


「我が剣、未だ極められずか・・・・・」


「さすがは我が姉・・・・・忌々しいが。」


「ふん、ハタン・・・・・ほんの僅かな私の殺気を感知し、それを逃げの手段に使うとはな。」


ボルトとリューケにしか分らない展開であった。


横一線の剣撃を受け止めた後、再び手首の柔らかさで剣を回し攻勢に出た時に起こったテムルンの僅かな殺気、人を斬る時に出る瞬間的に発生した小さな殺気をハタンは見逃さず利用し一瞬だけ我が身に向かって来る剣速を遅らせ躱す作業に利用したのだった。


こうして2人の戦いが膠着状態を生み出した。


殺気を放たないようにするが、斬る瞬間だけどうしても出てしまいハタンに感知されるテムルン。


殺気を利用し攻勢に出たいが放ってこず、斬る瞬間だけ放って来るが僅かなため躱す作業にしか使えないハタン。


30分程膠着状態が続き、その場にいる誰も固唾を飲んだ時、1人の男の面倒くさそうな大きな声が場に響いた。


「もう良いんじゃないですか?姉妹喧嘩は?そういうのは犬も食わないですよ。」


それは最近、腕が立つという事で衛兵として雇入れたムフマンド国出身のラム・ダオと呼ばれる異様な湾曲の付いた大型剣を背負った大柄な男であった。


「女帝と幕僚長が斬り合いをする、これではウルバルト帝国も先が知れてますなあ!」


ボルドやリューケでさえ、そして当事者のハタンもテムルンも唖然なる中を男は平然と言葉を辛辣に続けていった。


「何の為にムフマンドのボンボン王子を見捨てて親衛隊長の地位まで捨ててウルバルトに来たのか・・・・・ウルバルト帝国は将来性に溢れていると聞いたのに、これでは無駄足だったなあ・・・・・すみませんけど俺今日で辞めます。」


馬鹿らしいといった顔をし本営のゲルから出て行こうと男がした時、ハタンもテムルンもやる気を無くしたのか反省でもしたのか少し顔を俯いた感じになり剣を下げた。

展開はどうであれ誰も止められなかった姉妹喧嘩を男は止めたのだった。


だが同時に他の重臣達と衛兵たちが犯罪者であるテムルンを捕えようとした時、我を取り戻したハタンが叫び制止した。


「止めよ!我が姉に手を出すな!」


「しかし、それでは・・・・・・」


1人の重臣が勇気を出して言葉を発するとハタンが笑い出した。


「良く聞け、あの時、我らの長姉が死んで漁夫の利を得たのは誰だった?」


「誰と申されると?」


「結果的、漁夫の利を得たのは亡き伯母ボルテだったではないか!長姉が死に他の姉達も母オヨンも死に伯母が摂政になり権勢を好きに振るったのは皆も知ってのとおりではないか!では一番損をしたのは誰だ?帝位継承者から外され獄中された我が姉テムルンではないか?違うか?」


「確かに・・・・・」


「皆には言わなかったが、私は年少の頃からテムルンの無実を信じておりボルドに獄中から脱出させ傍近くに仕えさせていたのだ。」


まあ口から出まかせを・・・・・と思いながらもボルドも後に続く事にした。


「そういう事だ。皆には詫びよう。だが国の憂いからの事であり、その事は理解してほしい。」


そう言いながらもボルドには別の懸案も頭の中に浮かんできていた。

重臣の中からテムルンが正統帝位継承者ではないのか?と考える者の出現であった。


「私は帝位など興味は無かったからな。」


ボルドの懸案はテムルンのボソッとした一言で無くなったのだが。


「これで姉妹喧嘩は終わりだ、それで宜しいなハタンもテムルン姉さまも!?」


「ああ、だがテムルン、西方の国に行く事は許さない、行きたければ私を殺してから行け!私がお前を殺すがな!」


「それが礼儀だからな、女帝ハタンよ。」


「よし、これより姉妹の仲直りと俺達姉弟の帰還の祝いの宴会だ!兵達にも酒を存分に配れ!今宵は無礼講だ!」


兎に角も、これで姉妹喧嘩は収まり尚且つ楊春麗ではなくテムルンとして姉は生きて行けるのだ。

結果は良かったとボルドが思った時、リューケが声を掛けてきた。


「ボルド様、先程の男・・・・・このままで宜しいので?惜しい男かと思いますが。」


あ!と気が付きボルドがゲルを出て追い掛けると男は身に付けていた衛兵の鎧を脱ぎ捨てようとしているところであった。


「おい待って!その方、名は?」


「・・・・・スーラジと申します。」


「スーラジ、先程の一族の無体はすまなかった。詫びを入れよう。」


「いけませんよ、摂政様ともあろう方が気安く頭を下げるなど。」


「ああ、それも詫びよう。どうだスーラジ、このままウルバルト帝国に仕えて貰えないだろうか?其方のような者をウルバルト帝国は必要としているのだ。」


「しかし私は辞めますと言った身、簡単に引き下がれませんが。」


「そうか・・・・・では新たに試験をする事にしよう!」


「試験!?」


そうスーラジが疑問の言葉を吐いた瞬間、ボルドは駿足の速さで間合いに侵入し一刀の元叩き斬ろうと剣を繰り出した。

どうせ相手は出て行こうとする身で弱ければ引き留める価値もないと考えたのだ。


だがスーラジは背から素早く大きなラム・ダオを引き抜き一撃を受け止め、更にボルドに向け攻勢に転じてきたのだ。


「摂政様、随分荒っぽい試験でございますな。こういうのは嫌いではありませんが!」


豪快な一撃が脇を掠め、それだけで威力の重さが骨身に染み渡った時、ボルドは笑顔を向けスーラジに言った。


「よし合格だ!今日これよりスーラジ、俺の副官を務めよ!待遇については宴会の後で決めよう!」


そうボルドが言うとスーラジも笑顔を向け言った、ただボルドの想像した事とは大きく違った。


「は!今日これより摂政様の副官の任承ってございます、終生を女帝ハタン様、ボルド様に御誓い申し上げます。ただ・・・・・待遇についてですが・・・・・」


「遠慮は要らぬ、申してみよ。」


「さすれば、待遇は適当で結構でございますが、私に夢を見させて下さい。」


「夢?」


「ウルバルト帝国が世界を征服する夢です!」


大きく出る男だ!と感じると同時にボルドはスーラジに期待出来た。

スーラジは『世界』を期待して自分に仕えてくれたのだ、期待に応えないわけにはいかないのだ。


「そうか、ではスーラジに夢を見せてやる、最高の夢をだ!いつの日か世界の全てをウルバルトの旗の元にひれ伏さしてやる!だが、その前に宴会だ、俺達の祝いとスーラジの俺の副官就任の祝いだ!」


2人は今これから急遽宴会の開催が決定し慌ただしくなったゲルの中に笑いながら戻った。


俺にも人は集まるじゃないか、あのアベル・ストークスとかいう奴にも負けていないじゃないか!


そう思ったボルドであった。


ちなみに、このスーラジ。

ムフマンド国外の砂漠で王子同士の私戦において仕えていた王子が赤髪の男により人質にされ、その命令で炎天下の砂漠を3KM近く歩いて引き返すと云った屈辱を味わったのちに、解放された王子の小便を垂れ流し泣き叫ぶ姿を見て愛想を尽かし、その場で王子を見捨てた過去を持っている。



















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