短い間の俺達の可愛い妹
この『キモオタの俺を殺そうとした黒髪美少女は異世界では俺の可愛い妹』に登場するエルゾネとエリデネが紛らわしいとの御指摘があり、エルゾネから『テムルン』と修正変更しております。ご了承ください。
絶望的な光景に4人と犬1匹そして村人達が唖然とする中で1人だけが疲れた中に微笑を浮かべ、そして呟いた。
「ラシムハの作戦は成功したね。」
実際、目の前では当の本人である立案者のラシムハは自分の作戦は失敗したと思った時のリーゼの一言である。
「どうして⁉︎何故あれで成功したなんて言えるのよ⁉︎」
「ナーガの一番厄介なのは硬い鱗じゃない。それを自分から脱皮しちゃったら鎧の無い生身と同じだよ。火を吐くにも恐らく引火するのを警戒して吐かなくなるからね!」
なるほど、ナーガを焼き殺す事しか考えていなかったが確かに先程までと比べれば、かなりの優位に立った事は間違いない。
今ならフォース使いが4人いるのだからフォースを込めた一撃を叩き込んでいけば倒せるかもしれない!
そう考えたラシムハだったが直ぐに考えを改めなければならなかった。
ナーガを相手に戦い続けた事で微笑を浮かべたはずのリーゼでさえ疲労困憊な顔を見せ、ヘイト役を務めたテムルンに至っては立っているのがやっとという状況だった。
他の手立てでナーガに強烈な一撃を加えるものはないか?
もう原油を入れた樽はない、他にないか⁉︎とラシムハが考えた時、同じ懸念を抱いたのかナーガの方が行動が早かった。
ナーガが木の樽を投げ入れていた村人達に襲いかかったのだ。
自分を炎に包み込んだ樽、それを投げ入れた村人達にナーガは警戒したのだろう。
テムルンから標的を変更したのだった。
突如逃げなければならなくなったはずの村人達の反応が遅れた時、それを察知していたようにナーガの巨体を跳ね飛ばした者がいた。
ラウラだった。
ラウラの今までの色々な魔獣達を狩った経験から導き出した予感だったかもしれない。
こういう魔獣は必ず自分の目的を達成する為に、まず自分にとって一番不利に作用するもの先に狙いを定める,
自分の都合の悪いヤツから排除するのだ。
そんな経験からだったのだろう。
誰よりも早く反応し1人の村人に襲いかかったナーガの前に飛び出すと顎の部分に全身の力を使い下から上への斬撃を放ったのだ。
急な脱皮の必死性に迫られナーガとて体力的には可なりの消耗をしていたところへのラウラの斬撃であったのだろう。
巨体がガクっと一瞬崩れ動きが止まった。
その隙に振り上げていたハブーブで上から下への更なる斬撃が今度は頭に炸裂し大量の出血を伴ってナーガが叫び声を怒りをラウラに向け始めた。
完全にラウラに狙いを定め標的と認識したのだ。
「ラシムハ、悔しいがコイツの動きを止められても殺すとまでは行かないようだ。だが時間は稼ぐ、早く次の手を考えろ!」
大量の出血を導き出しながらも硬いナーガの筋肉に阻まれ致命傷まで到達出来ないラウラにはラシムハの知恵に縋るしかなかった。
考えろ、考えろ、何か良い方法を考えるんだ‥‥‥‥。
必死に考えるラシムハの横ではボルドが呼吸を整え身体に残ったフォースを絞り出そうとしリーゼはラウラを援護する為に力ないフォースを込めた矢を放ち、テムルンに至っては呼吸を整えるのがやっとの状態だった。
最悪だ・・・・・疲れきってるじゃないか・・・・・・使えそうにない。
使えそうにない‥‥‥汚い言葉だが事実そういう状態の3人が目の前にいるのだ。
ラシムハには、そういう表現以外の感想しか持てなかった。
せめて、この内の1人でいい。
まともにフォースを込めた一撃を繰り出せたら‥‥‥
そんな自分でも無茶な思いだと考えた時、1つの疑問が湧いた。
フォースって、3人同時に1つの武器に込めるって出来ないのか?
「ねぇ、3人でリーゼの矢にフォースを込めるって出来ない?」
無茶とも言えるラシムハの質問に息絶え絶えのテムルンが答えたが、やはり無茶な質問だったとラシムハに印象付けた。
「練氣は自分の氣を練って武器に依存させるものだ。人によって氣の流れが全く違うから無理だ。」
そうなのか‥‥‥やはりダメか‥‥‥
ラシムハに諦めの表情が浮かんだと同時に異を唱えた者がいた、ボルドだった。
「それはテムルン姉さまのように生まれた時から発動させ使えた者の論理だろ⁉︎修練で発動させた俺が調整役を務めれば出来るかもしれない。やる価値はあるぞ!」
フォースとは微妙な精神のさじ加減が難しいものであり自然発動した者は感覚など関係無しに無意識で使いこなす事が出来るが、アベルやボルドのように切っ掛けがあってからの修練により体得した者なら出来るというのだ。
「だが、それはボルド自身の練氣の話だろう⁉︎他人の練氣まで調整出来る訳がないだろう!」
「しかし今は出来る出来ないではない。やるしかないだろ!」
リーゼが弓を構え照準を合わせる手に添え3人同時にフォースを込めてみたが、やはり普通のやり方では3人のフォースが反発し矢が耐え切れず木っ端微塵になった。
そんな教訓を得て今度はリーゼ、ボルド、テムルンの順にフォースを矢に込めてみる。
鏃に3人のフォースが集中する時にボルドが自身の練氣でリーゼとテムルンのフォースを調整し始めた。
その時、突如ボルドが急に吐血した。
自身の練氣だけではなく2人のフォースの調整をしたが為に精神と身体に急激な負荷が掛かったのだ。
「俺に構わず2人は今出来る最大の練氣を込めろ!」
そう必死に叫ぶボルドに応え2人が自身の練氣を込めていった。
込めれば込める程、ボルドの口の鼻や耳などから出血を起こしていく。
そんなボルドの努力のおかげか矢の鏃の部分に蒼く煌びやかフォースの光が出来上がった。
「今だ、放てリーゼ!」
血を吐くボルドの叫びに心配しつつも応えリーゼもナーガに合わせ照準を捉えた矢を放った。
矢は蒼く煌びやか光の渦を巻きながらナーガの硬い筋肉に覆われた頭頂部に突き刺さり巨体を貫通していったが、それでも脅威的な生命力を持っていたのであろうナーガは未だにラウラを相手に暴れ狂っている。
なんて生命力だ‥‥‥その場にいた誰もが思った時、叫び声が響いた。
「まだだ!」
リーゼであった。
体力の限界をとうに越えた身体を無理矢理に動かし走り込みラウラに気を引かれ頭を上げたナーガの下顎に潜り込むと最後のフォースを絞り出し下から上と弓を射た。
どんな動物であれ下顎の部分は柔らかく脆い。
リーゼにすれば意識して狙った訳ではなかったのだが、上手くナーガの脳の破壊に成功したのだった。
ナーガは一瞬だけ天を見上げた格好になると崩れ落ちリーゼには勝利を確信したと思えたが、自分以外にも更に叫ぶ者が現れた。
「まだだ、気を抜くな!」
ラウラの叫ぶ声であり、事実リーゼが確信した勝利は甘いものであったとナーガに見せ付けられたのだ。
崩れ落ちたナーガが再び鎌首を上げたのだ。
確かに誰が見ても弱りを見せてはいるが、未だ一撃くらいは出来そうな雰囲気であった。
よほど執念深かったのだろう。
自分に致命傷を与えたリーゼに最後の力と本能を振り絞ってナーガが口を開け襲いかかったのだ。
ダメだ‥‥‥死んだ。
体力と精神が尽きたリーゼが一瞬そう思うと同時に自分の身体が真横に突き飛ばされたのも感知した。
ボルドであった。
彼自身も限界をとうに越えた身体を引きずりリーゼを助けたのだ。
突き飛ばされながらもリーゼにはボルドの顔が見えた。
ニタぁーと不気味に笑うボルドの顔が目に映り込んだ。
あの時のアベル兄ちゃんの顔だ‥‥‥
あの時メリッサ姉ちゃんと殺し合いをしたアベル兄ちゃんの顔だ‥‥‥
そうリーゼがボルドの顔を確認し思うと同時にボルドが自らナーガの口の中に飛び込んだのも見えた。
そしてナーガの横首の部分に蒼き一線の光が見えたかと思うと、その部分から抉り出すように血に塗れたボルドが飛び出してきたのだ。
わざとナーガの中に進入し内部を斬り裂いたのだった。
ボルドの白髪はナーガの血で赤く染まり、まるで自分の兄そのまま姿であり、そして叫んだ。
「今だラウラ!」
そう叫ばれたラウラも自分が惚れた男そのままの姿のボルドに思いも寄らぬ言葉で返しながらもナーガに今自分に残されたフォースを振り絞って一撃を放った。
「任せろ、アベル!」
ラウラ自身もボルドの姿に勘違いを起こしたのだ、だが結果は良かった。
自分の惚れた男が目の前で自分を信頼し後を任せたのだ、気合いが入って当然だった。
ラウラの気合いの入った一撃がボルドが抉り出した傷を更に深くしながらナーガの首を完全に離断させた。
それでも首の部分だけとなっても暫くは動き続けたナーガに勝利を確信したのは全く動かなくなってからだったのだが。
村人達の歓声が聞こえる中で戦ったラシムハとマロンを除く4人がほぼ同時に気絶し全員の気力が尽きた事を証明し、それから4人が目覚めたのは3日後になり、改めて勝利の美酒を味わう事になった。
目覚めてからのリーゼにはナーガを倒した事よりもボルドに聞きたい事があった。
どうして自分を助けた後に笑っていたのかだ。
「どうして、あの時ボルドさんは笑っていたの?」
そんな単刀直入な質問だったが、ボルド本人は笑った事には覚えていなかったのだ。
ただ、質問の答えになっているかどうか⁉︎と前置きをしてから答えた。
「生き残りたい!そう思っただけだ。生き残ってウルバルト帝国に帰る、それだけだった。」
そのボルドの返答はリーゼが求めていた答えなどではなかったが、それでも納得した気分になれた。
自分の兄は別に殺しを楽しんでいた訳ではなく、生きて帰りたい!その現れの表情だったのだろうか⁉︎
考えてみれば、そんな単純な答えの為の旅だったのかもしれない。
これが求めた答えかもしれないし求めた答えとは違うかもしれない。
そんな事を考えていたリーゼにボルドが察知したかのように口を出した。
「なぁリーゼ、俺の妹ハタンはな、それは酷い奴で人間の命なんて虫ケラ以下の存在だとしか考えていない。
だが俺は、そんな妹を守る為に手を汚しながら生きてきた。
常に苛つかせる妹だが今の俺を作ったのも、その妹だ。
必死に守った妹の為に、これからも俺は手を汚し続けていくだろうが後悔はない。」
そう語るボルドにリーゼは最後の質問をした、それが今一番欲しい答えなのかもしれなかった。
「私は死ぬような苦しい思いをしながら生きて帰ってきた兄ちゃんに最低で酷い事を言いました。どう兄ちゃんに謝ったら良いでしょうか?」
そんなリーゼの質問に対しボルドが、コイツ何言ってんだ?というような顔をして暫くしてから答えた。
「ごめんなさい‥‥‥兄妹なんだ、それ以上何を言う必要があるんだ⁉︎」
「でも私‥‥‥兄ちゃんに自分の理想を押し付けて‥‥‥」
「それで良いじゃないか⁉︎こうして欲しい成って欲しいは誰もが持つ心情じゃないか。
ただ人間誰でも理想通りにいく訳じゃない。
君がアベル・ストークスに抱いた理想を彼に言ってやればいいさ。そこから折り合いを付ければ良いさ。」
折り合いか‥‥‥自分は、そんな単純で当たり前な事も知らなかったのか‥‥‥。
リーゼが自己嫌悪に陥ろうとした時、ボルドが再び口を開いた。
「まぁ、折り合いを付ける前に君にはアベル・ストークスに対して忘れている事を先にする義務があるけどな。」
「‥‥‥先にする義務って?」
「君の話しを聞いていて思ったんだが、リーゼはまだ言っていないだろう。アベル・ストークスに対して『おかえりなさい』の一言を。折り合いを付けるにも、先ずはそこからだ。」
確かにそうだ、自分は必死に生き残り帰ってきた兄に言っていなかった。
「きっと、その一言を待っていると思うぞ!恐らく生き残って帰って来たアベル・ストークスが一番欲しい言葉なのだろうから。」
リーゼの目から涙が溢れた。
そうだ、先ずはそこから始めよう。
帰って直ぐに兄に『おかえりなさい』の一言を言ってあげよう!
心の何処かで、この旅の間に答えを見つけられれば良い。
そんな思いの旅。
結果的には答えなんてなかった、出なかった。
だが、それで良い。
こんな答えなんて誰も解らないのだから。
「それには、まずグランデルの骨の回収からだ!」
ボルドが笑いながら言った。
3日経ち、全員の体力が回復したのを確認しグランデルの骨の回収に出掛けたが驚く事になった。
回収する際にグランデルの骨に触れると脆く崩れ出したのだ。
「これは鋼属性骨格ではないぞ!」
そんなテムルンの言葉に全員が唖然とする結果となったのだ。
水無月は間違っているのか⁉︎
そうリーゼが考えていた横からラシムハが言ってきた。
「あの女、最初から知ってたけどリーゼを反省させる為と旅に出させる為に敢えてグランデルの名前を出しただけだったのかもしれないね。」
それでも一応証明の為に袋にグランデルの骨を詰め持ち帰えることにしたが、詰めている最中にボルドがナーガの骨を持ち帰れと助言してきたのだ。
「ナーガは鋼属性骨格の魔獣だ、その女が鍛治師なら手土産にはなるさ。」
ボルドの助言に従いナーガの骨も回収する事にした。
次の日、5人と1匹は二股の別れ道の前にいた。
右に行くとソビリニアであり、左に行くと東方の国々との壁とも呼ばれる険しい山脈へと続く。
「リーゼ、本当に良いのか?」
黒椿を背負うテムルンがリーゼに尋ねた。
「あんなに喜んだ黒椿を見せられたら私よりもテムルンさんが帯刀する方が絶対に良いですよ!」
「そうか‥‥‥では言葉に甘えよう、感謝する。」
そんな2人を眺めつつボルドもリーゼに言ってきた。
「恐らく、二度と会う事は無いだろうが達者でな。」
「色々とありがとうございました。」
「それには、こっちのセリフだ。」
そんな3人の会話が終わりを迎えようとした時、リーゼがボルドとテムルンに別れの挨拶を始めた。
「御元気で‥‥‥ルシアニアでの私の兄ちゃんと姉ちゃん」
「ああ元気でな、ルシアニアでの俺達の妹。」
そんな別れ挨拶をして3人は別れを惜しむような素振りを見せずに、それぞれの向かう道を進んで行った。
彼等には待っている人がいるのだから。
片方は姉兄、片方は妹である。
「リーゼ、こんなクソ寒い国は早く出て行くぞ!」
寒さに震えるラウラがリーゼに懇願するような顔をして言った。
「そうね、早く帰らないとカミラさんにアベルさんを捕られますからね。」
出来るだけ早く帰って兄ちゃんと姉ちゃんに、この旅の話をしたいと思ったリーゼだった。
* * *
「ボルド、もし我らの妹がリーゼだったら我らの運命も変わっていたのだろうか?」
リーゼ達と別れた後、姉弟の会話が始まった。
テムルンの質問にボルドは笑いながら答えた。
「どうだろうな、少なくともリーゼならハタンよりも我らを楽させてくれそうだが。」
「だがボルドは満足しまい。お前はハタンを誰よりも可愛がるからな。」
「そういうテムルン姉さまも、その気になれば帝位を争奪する事も出来ただろう?何故しなかった?」
「しなかった?ではない。もう少しハタンを楽しませてから地獄に突き落としてやろうと思っているだけだ。」
「ふん、やっぱり我らの妹はハタンが最適らしい。さぁ急いで帰るぞ、春麗。」
「ああ帰るか、ボルド。」
そう春麗と呼ばれたテムルンは返答すると懐から赤と黒で塗装された仮面を身に付けた。
そんな春麗を見ながらボルドは思う。
再び妹ハタンを守る戦いが始まるのだと。
そして後ろを振り返り心の中で呟いた。
さよなら、短い間の俺達の可愛い妹。
姉弟は歩き出した。




