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キモオタの俺を殺そうとした黒髪美少女は異世界では俺の可愛い妹  作者: 伊津吼鵣
第6部 ルシアニア公国編
83/219

絶望に満ちた戦い

この『キモオタの俺を殺そうとした黒髪美少女は異世界では俺の可愛い妹』に登場するエルゾネとエリデネが紛らわしいとの御指摘があり、エルゾネから『テムルン』と修正変更しております。ご了承ください。

白銀の色だけしか存在しない景色の中を追われる集団と追う巨大な物体がいた。


正に食うか食われるか、そんな様相を呈している。


爛々と蒼き光を燈らせ黒椿を構えるテムルンが速く激しく揺れ動く犬ソリに襲いかかろうとするナーガを威嚇する。

練氣フォースの光と眼光で襲い掛かる寸前のナーガを威嚇しているのだ。


左に動けばテムルンが鋭い眼光を放ち右に動けば黒椿を向ける、そんな単純な繰り返しにナーガは攻勢を掴めないでいるようだが『諦める』という文字と『恨み』という文字は目から消えていないようだ。


「ラシムハ、後どのくらいだ⁉︎」


「後5KMくらいです!」


テムルンの叱咤に似た質問にラシムハも気合いの入ったように答えた。


リーゼも矢を放つ準備をし苦境の中にあっても希望の光は消えていないように見えた。


しかし、そうでない者達もいる。


犬達である。


度重なるナーガの攻勢に精神が削られ体力まで削られていたのだ。

ラシムハの思うような操作が難しくなりつつあるのだ。


後少し!頑張って!

そんな感情が空回りし出した時だった。


「ワン!」


マロンが自らも疲れた身体に鞭を入れるように吠えたのだ。


人間にも言える事だが組織が円滑に活動するかどうかはリーダーの資質と手腕により大きく変化するものである。

この場合のリーダーであるマロンが鼓舞の一吠えをすると犬達も、それに応え再び力強く走り始めたのだから十分に資質を発揮したと言えた。


だが、それは同時にナーガに『獲物は弱りを見せ始めた!』と印象付ける結果ともなった。

ナーガからすれば焦らずゆっくり追い詰めれば獲物は勝手に弱って行くのだから。


『これは目的地まで誘い込むのは無理だ。』


テムルンは、そう思うと同時にリーゼとラシムハに指示を出した。


「私が飛び降りてナーガを引き付ける!その間に2人とも全力で逃げろ!」


そう聞いたリーゼは自身もナーガから逃げ切れないと思っていたが反論した。


「テムルンさん1人では無理です。私も!」


「心配するな、ナーガ如き1人で十分だ!」


それからも、2人の譲り合いに似た言い合いが続く間にも犬達を弱らせようと押しては引いてといった行動を繰り返し攻勢のチャンスを伺っていたナーガが遂に本格的な攻勢に出てきたのだ。


一旦、走る犬ソリから適当な距離を確保すると全身を縮め跳ねるスプリングの様に回転しながら向かって来たのだ。

全長40Mの巨体が犬ソリを目掛け跳んできた。


「飛び降りろ!」


そう叫んだテムルンが同時に飛び降り2人も後に続き飛び降りた。


飛び降り地面を転がり3人が態勢を整えた時、最初に見た光景は犬ソリ諸共中列後列を引っ張っていた犬達が食われゆく場面とマロンを含む前列を引っ張っていた犬達が弾き飛ばされた瞬間であった。


バリボリと音を立て食われゆく犬達の悲痛な鳴き声が一瞬だけ響き、そして消えると同時に生命の消失が確認出来た。


「よ、よくも犬達を!」


真っ先に行動を起こしたのはラシムハだった。

この旅に出て犬達を購入してから世話をし懐かしてきたのはラシムハであり、他の動物達とは違い愛情豊かな犬達に友情を越えた感情を持ち合わせていたのだ。

そして恐らく初めて抜く母の形見そして父の形見の宝剣で巨大なナーガに怒りと悲しみで我を忘れ立ち向かっていったのだ。


だがナーガからすれば単に獲物が自分から近づいて来たに過ぎず、まるでテーブルの上に置いてある菓子を摘み食いするかの様に大した威嚇も見せずに口を開きラシムハを飲み込もうとした。


「ダメ、ラシムハ逃げて!」


そんなリーゼの絶叫が響いた時、ナーガに食われる寸前のラシムハを攫った白い影があった。


マロンであった。

弾き飛ばされ多少の負傷はしているが自分が認める主人のラシムハを守ったのだ。


他の数匹の犬達も唸り声をあげラシムハという主人を守る為にナーガを威嚇している。

ナーガも小虫ほどの犬達に襲いかかるが、的が小さく動き回る犬達には巨大な我が身を持て余していた。


「リーゼ、我らも犬達を見習い続くぞ!」


テムルンもリーゼも犬達を見習いナーガを撹乱するように攻勢に出た。


そんな戦いを繰り広げる中、突如ナーガが身体をうねらせ振り払おうとする行動を見せた。


ラウラが後方から前方へハブーブを突き刺しナーガの背を斬り裂きながら走っていたのだ。



※        ※        ※



硫黄泉。


その効能としては慢性皮膚病・慢性婦人病・切り傷・糖尿病・高血圧症・動脈硬化症そして発生する地域により異なるが冷え症などにも効能が期待されている。


怒気を全身から発しながらラウラがボルドを後ろに乗せて馬を駆る。

その怒気は騎乗するルシアニア馬にも伝わったのか恐ろしい勢いで滑走していた。


あの蛇を八つ裂きにしてやる!


そんな物騒な言葉を吐きながら騎乗するラウラに、さすがのボルドも引き気味に質問をする。


「おい‥‥‥何をそんなに怒っているんだ⁉︎」


出来るだけ言葉を選んで質問したボルドだったが更にラウラの怒りに油を注いだ結果となった。

しかし質問の答えは返ってきた。


「あの蛇‥‥‥無視しやがった‥‥‥」


「無視⁉︎」


ラウラが言うには自分を跳ね飛ばした後にナーガは自分を放って犬ソリを追い掛けていた、それを無視したと感じているのだ。


あのナーガの尻尾による攻撃で跳ね飛ばされ硫黄泉に沈んだ時、ラウラの中には絶望が満ちた。


アベルの為、リーゼを助ける為に来たはずの自分が逆に脚を引っ張り役に立てず、あっさりとナーガに殴られ食われる直前にまで陥っている状況に絶望したのだ。


私は、こんなに弱く脆い存在だったのか‥‥‥

弱肉強食の世界だ、弱い者は食われるのは当然か‥‥‥


旅に出てソビリニアを抜けルシアニアに入って当初の目的であるグランデルが住む湖に近づくほど自分の身体は鉛にでも背負っているように重く思い通りに動かなくなった。


寒くて身体が悴み力が入らない状況。


自分は南国で生まれ育ち、この極寒の地が不利に作用すると段々と理解出来たが言い訳に過ぎないのだ。

何故なら自分は戦士なのだから。


食われて当然の存在だ・・・・・。


そんな絶望と硫黄泉の中でラウラは不思議な感覚を身体に感じた。


自分の力と熱が戻ってくる感覚だった。


体幹・末梢・筋肉・内臓など全身に力が満ち大動脈や毛細血管にまで血液の流入と供に熱が大量に送られているのが解った。


先の絶対的強者であるグランデルと現在の絶対的強者であるナーガが争った、この極寒の地のオアシスである硫黄泉による効能だったのだろう。


硫黄泉による速攻の回復を見せたラウラに次に覆った感情は怒りだった。


この地に来てから不甲斐ない状況の連続である。

無様に寒さに震えボルドと戦えば負け、そしてナーガに遇らわれ殴られた、挙句の果てに『食料』と見なされない無視‥‥‥。


なんて不甲斐ないんだ!


この旅に出て当初の目的のグランデルは食われ、食った奴はナーガ。

そのナーガには獲物としての扱いされ受けず自分を無視して犬ソリを追い掛けていった。

自分達の目的を奪っただけでなく無視をした。


戦いの中での死は覚悟している。


だが弱肉強食の世界で獲物としての価値すらないと判断された事が許せなかったのだ。


あの蛇、戦士の誇りを傷付けやがった。


その一点だけがラウラを支配した。


だが聞いていたボルドは、この女アホか!?との感想を持った。


そういう作戦なのだ。

犬ソリにナーガを引き付けなければ何の意味も無いではないか!


第一、そのナーガが襲わなかったからラウラは生きている訳で庇う訳ではないが感謝されこそすれ恨まれる覚えはないのだ。


だが、こうも思った。

少なくとも、これでラウラの本調子が見れるのだ。

自分が部下にしたいと思った女の本来の強さを見たいと思ったのだ。


「しっかり掴まってろ!落ちても知らんぞ!」


そうラウラはボルドに叫びルシアニア馬に鞭を入れナーガを追って加速させた。

その反動でボルドの両腕に実に嫌な柔らかな感触が伝わりボルドを不快にさせた。


その不快感がボルドの全身を支配しつつあった時、ラウラが叫んだ。


「いた!クソ蛇が、ぶっ殺してやる!」


そう叫ぶラウラを他所にボルトが必死に攪乱しながら戦う3人と犬達を確認し安心すると否や再び叫び声が響いた。


「おい、手綱は任せたぞ!」


そう言うとラウラが鞍を踏み台にしてナーガ目掛けて跳び上がった。

慌てて手綱を握るボルドだったが同時に素早く馬を返し戦う3人のところに向かった。


「3人とも大丈夫か⁉︎」


そんな心配の言葉にテムルンが苛ついた返答をしボルドを凹ました。


「遅いぞ!何やってたんだ!」


「すまん‥‥‥」


だが、いつまでも落ち込んでいられる状況ではなく、作戦が失敗した今、直ぐにボルドも参戦しようとするとラシムハが慌てた顔をして言ってきたのだ、その言葉は彼の予想を超えていた。


「ボルドさん馬を貸して下さい、予備の作戦に移行する連絡を村の人達にして来ますから!」


ボルドが焦りの顔をしてラシムハに問い掛けた。


「予備の作戦って失敗の可能性も考えていたのか⁉︎」


「勿論です、作戦ってのは一手・二手の先を予測しておくものです!ただ用意が整うまで皆さんには時間を稼いで場所もあと1KM先までナーガを誘い出して貰わないとですが!」


「それは任せろ、ラシムハ行って来い!」


直ぐに馬を譲り、頼もしく急いで走り去るラシムハを観ながらボルドはラウラに持ったのと似た感情を彼女にも持った。


『アイツも部下に欲しい!』


瓜二つのアベル・ストークスとかいう奴は俺が欲しいと思うものは何でも持っていやがる。


いくら奴隷市場で有能な者を高額な金額で部下にしようと満足出来ない、そんな苛立ちがボルドの心に充満しようとした時、又もやテムルンの叱咤と怒りが飛んだ。


「何をボサっとしている!死にたいのか!」


姉の声に我を取り戻しボルドも二刀を抜くと練氣フォースを込めナーガに向かって駆け出した。


「あと1KM先までナーガを誘い出すぞ、気を抜くな!」


4人と犬達の懸命な戦いが展開された。


ラウラはナーガの背の上でハブーブを突き刺し抉ぐる様にしテムルンは囮の役目を常にナーガの視線上に身を晒し引き付け役目を果たし、リーゼは素早く移動しながらテムルンの動きをサポートするようにナーガの決定打を出させずボルドも二刀をフルに活用しジワジワと傷を負わせていった。


だが、その場にいる誰もが犬達でさえ気が付いている事があった。


ナーガに対しての決定打がないのだ。


硬い鱗に覆われたナーガ相手には傷を負わせても致命傷ではなく、単に流血を誘っているだけであった。

ナーガ自身も、その事は理解しているのか防御は捨て恨みの対象であるテムルンに猛攻を仕掛け、食欲だけが目的なのではないと印象付けた。


更には犬達である。


マロンの叱咤に応え戦う犬達だったが、ナーガという本来の本能的逃亡対象に立ち向かう事で疲労は最早限界を越え1匹1匹と動けなくなり、そして命を散らせていった。


そんな絶望に満ちた戦いが続き、1KMという距離が途方もなく長く感じ時間としては4時間が経過した頃だろうか。


ボルドの足底に違和感を感じた。


この辺りは上り坂になっているのか⁉︎


そう思った時だった。


無数の小石が挑発する様にナーガに向かって飛んできた。


見ると小高い丘の上に立つ村人達がナーガに向かって投げているではないか。


「皆、こっちへ!」


村人達といるラシムハの絶叫に似た叫び声が響き、改めて新たな罠が仕掛けられたと理解出来た。


「よし、ラシムハの方に逃げるぞ!」


そうボルドが叫び、そして1人を除き皆がラシムハの方に駆け出した。

その1人とは『生贄』のテムルンであった。


ナーガの猛攻を受けるテムルンには逃亡する機会が与えられなかったのだ。


必死にナーガの猛攻を躱しながら且つ皆が逃げる時間を稼ぐテムルンだった。


「私は良い、お前らは逃げろ!」


そう叫びながらナーガを引き付けるテムルン。


その時だった。


無数の木の樽がナーガを目掛けて転がり、そして黒いゲル状の液体を撒き散らした。

同時に、それは異臭を放ち人間が嗅ぐだけで卒倒しそうであった。

それは村人達が総出で、100KM先より運んだ石油いわゆる原油であった。

ラシムハが育ったエルハラン帝国やイスハラン帝国の砂漠地帯には時々、この様な原油が湧き出、地域住民達に『異臭を放ち役に立たない黒い水』として嫌われ、然も発火する為により嫌われているものだった。

この雪と氷の国であるルシアニア公国にも存在し当然のように住民から嫌われていたのだ。


この異臭に、さすがにナーガも猛攻を止めそしてテムルンも足を止めた。


「今です!早くテムルンさん!」


再び呼ぶラシムハの絶叫が響きテムルンは機会を捉えナーガから離れた。

その間にも木の樽は転がりナーガに当たっては壊れ黒いゲル状の液体を撒き散らした。


燃えるとは知らず、逃げるテムルンを見たナーガがキャーと奇声を発し始めた。


だが体内に火炎を溜め込んだ瞬間だった。


黒いゲル状の液体に反応しナーガの全身を火炎が先に包み出したのだ。


正に全身を火塗れにしながらナーガが悶え苦しむ様子から、その場にいた誰もが勝利を確信した。


しかし、それは途方もなく甘い考えであったと驚愕の目で見る事になった。


火炎に包み込まれたナーガが突如脱皮を始めたのだ。


要は外皮を捨て火炎から脱出を図ったのだった。


そんな‥‥‥ラシムハを始めとしてボルドもテムルンもラウラそして村人達も犬のマロンでさえも、その光景に驚愕し最早ナーガ相手には勝てない無謀な戦いを仕掛けたのか?そんな絶望を味わいかけた時、1人だけが諦めず冷静に眺め笑顔を見せた者がいた。


「ラシムハの作戦は成功したね!」


そう1人リーゼだけが勝利を確信した顔をした。
















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