因縁
この『キモオタの俺を殺そうとした黒髪美少女は異世界では俺の可愛い妹』に登場するエルゾネとエリデネが紛らわしいとの御指摘があり、エルゾネから『テムルン』と修正変更しております。ご了承ください。
とある世界のとある日本のとある武道館にて、もう何十年も前。
全国の猛者が集まる剣道の大会が開催され、そして決勝戦が行われていた。
向かい合う2人は同じ歳の女性。
1人は山下花子、1人は田中希枝。
年少の頃から『天才』と呼ばれ何度も戦った2人である。
互いに一本を決め、互いに一本取れば勝利が決まる、そんな白熱した展開をようしていた。
そんな試合に観客の誰もが固唾を飲んだ。
剛の山下花子、柔の田中希枝。
または攻めの山下花子、受けの田中希枝。
他にも色々と呼び名はあったが、この別名が彼女達を語るに一番有名な別名であった。
巻き込み技の山下花子、切り返し技の田中希枝。
誰もが彼女達をライバルと認め、そして誰もが彼女達の強さに憧れ尊敬した。
だが当の本人達は、誰よりも相手の事が嫌いであった。
普通、彼女達のように小中高そして大学、更には警◯庁と自◯隊に就職して一つの武道を長く修練し大きな試合に出てていると顔見知りになり親友とまではいかないまでも、ある程度の挨拶などを交わしたりするはずなのだが、彼女達には全くしなかった。
それぞれが全国大会で顔を合わせるが一言も喋らない。
試合までは目も合わせない。
それだけ相手の事が嫌いであった。
要は人間誰しも存在する、一目見た瞬間に嫌いになる奴、正にそんな関係だったのだ。
理由があった。
まず山下花子は山◯県の生まれであり、田中希枝は福◯県の生まれであった。
互いに小さい頃から親だけでなく周りの人、学校の先生からも言われていた事があった。
所謂、地域の歴史的感情という奴だ。
会津の奴等、賊軍の癖に!
我等は新時代を切り開いた末裔だ!
長州の奴等、将軍家に多大な恩を賜わりながら恩を痣で返した裏切り者だ。
我等は最後まで将軍家を護り戦った忠臣の末裔だ!
そんな事を聞かされ育っていたのだ。
そして何より相手の戦い方も嫌いであった。
あんな小賢しい戦い方をしやがって!
それが互いの唯一の共通する認識であった、折り合う事など不可能であった。
だが世間の評価は彼女達のそんな関係を見間違えてしまっていた。
友情そしてライバルなどの言葉が流行りだした時代だけに仕方がなかったのかも知れない。
全く違う競技なのに野球選手長◯茂雄と相撲取り大◯の炎の友情とか、巨◯軍長◯茂雄と王◯治の炎のライバル関係など、訳の分からないライバルだの友情だのが持て囃された熱き時代だったのだ。
剣に賭けるライバル同士、武士道を貫き心の刃を研いているから目も合わせない。
本来は互いの技を認め互いの強さを認めているのだ。
アイツの事は大嫌いだ!と思う2人の気持ちなど全く知られる事は無く専門雑誌などで特集なんか組まれたりしたから嫌で堪らなかった2人だった。
無理矢理の笑顔を強制され握手を強制され写真を撮られ対談なんかも強制されたからだ。
何も喋る事などない2人、出来るだけ会いたくない2人なのに。
勿論、専門雑誌の表紙を飾る写真の2人の顔は引きつっていたわけだが。
そんな彼女達も一線を退き指導者となった。
それぞれが弟子を育て技を教えていく立場になったが、ここでも彼女達の関係は更に悪化の一途を辿る事になった。
2人とも指導者としても才能があったのだ。
だから常に全国大会などでは顔を合わせるのだが勿論喋らない。
ただ選手達には一言だけは言う。
アイツのところには絶対に負けるな!
そして彼女達も、やがて指導者としての責任も離れ、それぞれが師範などと持て囃される立場になった。
ある時、連盟の会長選挙があった。
それぞれが会長に推されたが2人とも辞退したのだ。
2人の言い分は奇しくも同じであった。
一剣士として生涯を全うしたい。
それを聞いた誰もが2人を尊敬した。
だが本当は違った。
もし会長になっても落選した方は副会長となる。
常に会長・副会長の立場として互いに顔を合わせる事になるのだ。
本当は、それが一番嫌だったのだ。
ちなみに連盟の会長には彼女達に負け続けた女性がなったのだが清廉潔白な連盟運営によって後に、とある栄誉を与えられることとなり彼女達は我慢して会長になっておけば良かったと後悔する事となる。
そして、それぞれが同時期に離婚を経験した。
それぞれの定年退職を迎えた配偶者から、お前といると安らげない!と言われ離婚届を渡され、即離婚してくれと頼まれたのだ。
女々しい男などには用は無い!
奇しくも2人は同じ意見で速攻で離婚届を提出した。
2人とも離婚をしてから子供達も独立したので世間から離れる事を決め出身地に帰った。
ある日、スーパーマーケットで買い物をしていると貼り紙があった。
見てみると、ママさん剣士募集!の貼り紙だった。
美容と健康の為に楽しく剣道をしてみませんか!
それぞれが偶然だが、それぞれの出身地のスーパーマーケットで同時期に同じような貼り紙を見たのだ。
この時、帰郷したから、ほぼ10年の月日が経過していた。
その間、嫌いなヤツとは会う事もなく1人で剣道の修練に励んでいた彼女達にとって、その貼り紙は衝撃的だった。
自分が信じ鍛えた道を、美容?健康?楽しくだと!?2人は腸が煮えくり返るほどの衝撃と怒りに襲われた。
文句を付けてやろうと開催されている小学校の体育館に行くと自分よりも遥かに若いママさん達が健康的に汗を流し、そして笑っていた。
楽しそうに剣道に励むママさん達の姿に衝撃を受け、すごすごと誰も待つべき人、待っている人のいない寂しい自宅に帰った。
剣道にも、あんな一面があったのか・・・・・・
更に衝撃が襲ったのだった。
翌日、何食わぬ顔をして初心者を騙りながら入門した。
若いママさん達と話ながら剣道に励む。
レベル的には話にもならないが、それでも楽しいと思った。
今まで剣道をする時は、どう戦うか?としか考えた事は無く、そして実戦では自分の剣道は通じるのか?そんな事しか考えた事が無かったからだ。
だが、そんな楽しさも直ぐに終わりを迎えた。
彼女達の腕前では初心者を演じられるはずもなく、そしてママさん剣道とはいえ段持ちの者も多数出入りしていたから直ぐに彼女達の情報が露わになったのだ。
そして頼まれてママさん達に剣道を教える事になった。
直ぐに新たな入門者が多数殺到した。
彼女達は全日本大会でも優勝経験者だったから噂は直ぐに広まり殺到したのだ。
謂わばボクシングの元世界チャンピオンがボクシングジムを開けば入門者が殺到するのと同意義であった。
更には彼女達が教えたママさんには露出魔を退治したり痴漢を退治したりと猛者も現れたから、より盛況になっていった。
そんな事を経験しながら彼女達が84歳になった時だった。
全国ママさん剣道大会があり出場する事になった。
自分の教えたママさん達が活躍し決勝まで勝ち上がり相手のママさんチームと顔を合わせる事となった。
その時に気が付いた。
気が付いた時は既に遅しだった。
全国ママさん剣道大会、決勝は山〇県代表〇〇〇〇対福〇県代表〇〇〇〇です!
アナウンスが木霊し相手の指導者らしき婆さんは自分が最も嫌いなヤツだった、ほぼ20年ぶりに顔を合わせてしまったのだ。
普通なら84歳にもなると、いくら嫌いな奴でも顔を合わせば会釈くらいはするものだが彼女達はしなかった。
アイツがしてきたならしてやっても良い!
そんな感じだったからするはずもなかったのだ。
そして彼女達は、ある事実に気が付いた。
大会貴賓席に座りニコニコと眺める自分達と同年齢の婆さんの存在に気が付いたのだ。
その婆さんは彼女達には全く歯が立たず負け続けたが連盟の会長になり栄誉を賜った婆さんだった。
「花子、希枝、久しぶりー!元気だった!?」
彼女達も会長になった婆さんには悪い印象を持っていなかったから、それぞれ別個には喋ったりしていたが3人でというのは初めての事だった。
その会長になった婆さんも、まさか2人が仲が悪いとは知らずにベラベラと親し気に喋っていった。
それから2人に悪魔のような一言を言ったのだ。
「どう?全日本の優勝経験者の2人が顔を揃え、しかも2人の教え子たちが決勝まで勝ち上がってきたのだから記念に2人で演武をやって見せてあげれば!?」
これには2人は即座に顔を引き攣らせた。
嫌いな奴と演武なんて出来るか!出来る訳がないだろう!
だが、そんな2人の気持ちなど周りの人間には届かず騒ぎ出しアナウンスで大いに宣伝されてしまった。
往年の名剣士、巻き込み技の山下花子、切り返し技の田中希枝、2人の演武が始まるのだ。
滅多とない歴史に残る2人の剣士の演武が見られるのだ。
周りが騒ぎ出し自分達の教え子であるママさん剣士達もワーキャアーと騒ぎ出し、2人は演武をすることになってしまった。
嫌々ながら2人防具は付けず袴姿で木刀を持って向かい合った。
往年のライバル同士の演武が始まった。
だが期待した全日本優勝経験者同士の美しい演武とは程遠いものだった。
剣道の演武とは演じる2人の呼吸が合わないと成立しないのだ。
仲が悪い2人が呼吸を合わせる事なんて出来るはずもなく、まして相手に合わそうなんて気遣いも存在しなかったのだ。
その内に、とんでもない事が観客達の目の前で始まった。
84歳の婆さん2人が木刀で殴り合いを始めたのだ!
「おのれが呼吸を合わせないから無様になったんだ!馬鹿野郎!」
「お前が下手だから、こんな事になったんだろうが!ボケナスが!」
教え子のママさん剣士達の前で無様な演武をしてしまった事によって長年の腹の中に溜め込んだ、嫌いだ!という感情が剝き出しになり爆発したのだ!
周りが急いで止めようとするが2人は84歳になっても剣道の修練を欠かさなかった婆さんである。
謂わば現役選手のような動きの婆さん2人を生半可な腕では止められるはずもなく近づけば殺される、そんな状況が展開されたのだ。
木刀で殺意を持って打ち合う2人、互いの血が飛び散る一撃必殺の剣が繰り広げられた時、突然に田中希枝の動きが止まった。
胸を押さえ悶え苦しみ始めたのだ、突然に心筋梗塞を発症したのだ。
薄れゆく意識の中、希枝の耳に生涯で最後の言葉が聞こえた。
「これで生涯最後の勝負は私の勝ちだ!」
山下花子の言葉であった。
剣は互角であったが、寿命では私が勝った!と言いたげな言葉だった。
そして運ばれた病院で田中希枝の死亡が確認された。
その後だった。
希枝は暗闇の中にいた。
外国語のような言葉が聞こえた。
1年経つと目も見え言葉も理解出来た。
自分が生まれ変わったという事実を知った、仏さまの導きか!?という感情が起こり自分が『テムルン』と呼ばれ3番目の娘であり帝位継承候補者として育てられている事実に気が付いた。
そして『現在』の田中希枝いや前の記憶など最早存在しないテムルンは犬ソリに乗り、そしてグランデルという魔獣を倒すという目的地に着いた。
心の中では、自分と瓜二つだが会った事もないメリッサとかいう奴を出し抜ける楽しさに胸を躍らせていた。
しかし、何故会った事も無い奴なのに出し抜けると考えてしまうのだろうと不思議に思いながら。
田中希枝が転生したテムルンは勿論知らない、転生する前の自分の嫌いな奴である山下花子が自分の死後3年後に脳梗塞を患い死亡しメリッサ・ヴェルサーチとして、この世界に転生している事を。
「テムルン姉さま、どうしたんだ?」
既に犬ソリを降り準備をするボルドがボーっとするテムルンに聞いて来た。
「いや何でもない。」
「そうか、俺はリーゼの姉さんを出し抜ける事を想像しながらボーっとしてたんだと思ったが。」
「あれは冗談だ。」
「テムルン姉さまでも冗談を言うのか!?初めて知ったぞ!」
「ボルド・・・・・お前、この国に来てから口数が増えたな。」
「それはテムルン姉さまの方だろう!?」
そんな姉弟のやり取りでさえ、メリッサという存在に惑わされているようで腹立たしくなるテムルンだった。
ふと横を見るとリーゼがソリから荷物を降ろしていた。
このリーゼに会ってから私は変だ。
この娘といいハタンといい、一体何者なのだ?
そんな感情が湧き上がって来た。
解る事は自分の人生を左右する時、いつも実妹ハタンがいた。
そして今はリーゼがいる。
きっと、また人生が大きく変わる、そんな気がする。
まあ良いさ、今はメリッサとかいう奴を出し抜く事を考えよう、その方が有意義で面白そうだ。
そう考える事にして、先に歩き出したボルドの後を歩く事にしたテムルンだった。
互いに同じ転生者という事実を隠したままの姉弟だった。




