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キモオタの俺を殺そうとした黒髪美少女は異世界では俺の可愛い妹  作者: 伊津吼鵣
第6部 ルシアニア公国編
75/219

手付

小鳥たちが囀る森の中を弓を片手に身を潜め息を殺し狙うべき獲物を探す。

もう3日間、水しか飲んでいない身体は限界を感じ顔は狂気すら帯びていた。

飢えである。


ライトタウンを出て3ヶ月を経過し他国であるソビリニアに入国してからは姉から貰った金貨100枚は無くなってしまった。

無くなったではなく騙されたが正解であった。


まず宿屋に泊まれば、明らかなボッタクリである2倍の金額で宿泊し、宿屋の軒先に馬を繋げばあっさりと盗まれた。

そして宿屋の主人から紹介を受けた馬屋で馬を買うのにもボッタクリの金額で老いた馬を買ってしまったりもした。

勿論、宿屋の主人から『カモだ!』と伝えられていたなど知らずに。

世間知らずとしか言いようがない。


もし、これが自分の国や同盟国であるなら彼女は、こんな目に合う事もないだろう。

そんな事をすれば彼女の主や姉が黙っていないだろうし彼女自身の名前も知られていたから盗んだりボッタクたりすれば命の保障はないのだ。


だが、ここは彼女の所属国でもない他国、誰も彼女の名前である『リーゼ・ヴェルサーチ』を知らないのだから当然の扱いであった。


騙される方が悪いのだから、それが世界共通の唯一のルールなのだから。

それに、まだ彼女は運が良いのだ。

拉致されて奴隷として売り飛ばされないだけマシである。

但し、そんな事をすれば、やった方は確実に死ぬことになるのだが。


そして今、彼女は狙いを定めた猪に矢を放つ瞬間である。


だが見当違いの方向に外れた。


猪は逃げて行き彼女の今日の飯抜きが決定したのだ。


彼女には猪を殺傷するだけの武器もあれば腕もあったのに外したのだ。


何故なら、その猪が連れた子供3頭を見てしまったからだ。


可哀想だ・・・・・


狩りをする、生きる糧を得るために絶対に思ってはならない事、それは情けと憐れみである。

彼女は、それを思ってしまったのであった。

ごちゃごちゃ考える必要はないのだ。

木に成る果樹を『美味そうだ!』と思った瞬間に採取するように命を奪うのが丁度良いのだ。


諦めて森を出た時、自分の荷物を載せた馬が息も絶え絶えになっていた。

少し荷物を乗せただけで、この有様である。

最早、自分を乗せるのは不可能であり使い物にはならない。


いっそ処分して食べようか・・・・・

そんな事を思ったが、やはり『可哀想だ・・・・・』と思い自分が荷物の半分を担いで歩き出すのであった。


彼女が敏感に感知する事の出来る殺気を放たない2人が見ているとは気づかずに歩き出した。



※      ※     ※



「あの子、いつまで馬鹿やっているんですかね?」


隠れて見ていたラシムハは苛つきながら独り言のように呟いた。


「そうだな、しかしクオンの話では弓で人間には射ていたと聞いていたが・・・・・」


「確かに言ってましたよね、なら人間は殺せるけど動物は殺せないって不思議ですね・・・・・」


ラシムハの意見を聞きながらラウラは自分が人を殺せなかった過去から、ある程度は理解も出来たが、やはり不思議に思った。


人間と動物、同じ生き物、同じ生命を持つ者、ただ同じように命を奪うだけなのに前者は出来るが後者は出来ない、かっての自分とは逆だが、それでも不思議に思った。

生きる為に殺すという意味合いの違いだった。

襲って来るから不利益をもたらすからなどの必要性に迫られての殺さねばならない人間と食欲からくる欲求に迫られての殺しとの違いである。

欲求から来るものは止めようもなく、やらなければ生命の維持に関わる問題に直結し必ずしなければならない必要最低限の事なのだが、それが出来ないのである。


「どうする?そろそろ限界だろ、近づいて食い物をやるか?」


ラウラが可哀想だとの意識から言ったのだが、ラシムハは跳ねのけた。


「甘いですよ、自分で何とかするって事を覚えないと!」


「しかし3日は口にしていないはずだぞ。」


「あと2日は耐えられますよ、私の経験上では5日で意識が無くなりましたよ。」


かってエルハラン帝国で苦労して過ごしてきたラシムハにはリーゼの行動は単なる馬鹿としか言いようが無かった。

単なる嬢ちゃんか!?そんなふうにも考えてみたが自分に殴りかかってきた態度から想像できない。

やはり単なるお人好しか!?

益々、理解不能だ。


そうこうする内にリーゼが馬を引きながら街道に入ったのが見えた。


近すぎ遠からずの距離で監視をしていると5人の馬に乗ったゴロツキが前を歩いてくるとリーゼに絡みだした。

明らかに因縁をつけ顔からは怒鳴り声を発していると想像できた。


盗賊か!?と思っていると、リーゼが5人を無視して歩くと1人が剣を抜き彼女の肩に手を掛けた瞬間に、そいつの首が宙を舞った。

やはり盗賊か!ラウラもラシムハも急いでリーゼに加勢しようとした時、一瞬のうちに残った4人の盗賊の首が離れ、この世の者ではなくなったのだった。

狙った獲物が悪すぎたのだ。


動物は殺せないのに人間ならあっさりと殺すのか・・・・・


テアラリ3部族という戦闘民族の者であるラウラでさえ唖然とする中でラシムハが明るい声を出した。


「これで間抜けな盗賊達から丈夫な馬も手に入ったし、お金や食料くらいは持っているだろうから当面は大丈夫になりますよ!」


そんなラシムハだったが自分の感覚では予想が出来なかった光景を見る事になった。


リーゼは死んだ盗賊の服で剣の血を拭うと物色する訳でもなく馬を乗り変える訳でもなく放置して歩き出したのだ。


「せっかくの獲物なのに、何考えての・・・・・!?」


自分達から相手の実力も分らずに喧嘩を売り殺されたのだ。

もしリーゼが、か弱い女の子なら、それも正解だっただろう。


だが相手は、この国に名は知られていなくとも、そして見た目は可憐なうら若き女の子に見えても『首狩りの女神』と呼ばれる彼女に恫喝をかけた結果死んだのだ。

リーゼに非がある訳でもなく自衛は当然の行動であり誰からも非難されず勝利者の特権として相手の持ち物を奪っても、それは当然の権利なのだ。


本当に世間知らずだ・・・・・。

そして同じ兄妹でも、かなり違う。


ラシムハは過去に盗賊団の一員としてアベル達に襲いかかり殺されても当然の立場だったがアベルが機嫌が良かったから捕まり生き残った。

そしてアベルは仲間であった死んだ盗賊達のラクダを権利として回収し、あまつさえ戦利品のように装備品を奪い、そしてラクダの世話係として生かされた彼女に『手付だ!』と言い我が物のように扱ったのだ。


そういう点ではアベルは情け容赦の無い徹底したリアリストであった。


だが、そのおかげでラシムハは母の形見である剣と笛を取り戻せ、家族が待つと信じたムフマンド国にも帰れ、母方の祖母は死んでいたが兄と父方の祖母には会う事が出来た。


本来なら殺されても仕方のなかった状況でアベルの機嫌一つから始まった事がカッパライやスリしかなかった自分の人生が明るく開けたと言って良かった。


そんな人生を開いてくれたアベルに恩を返したいと彼が懸念した事をサポートする為にリーゼを追い掛けてきたが、ここまで酷いとは想像していなかったのだ。


いくら剣や弓の腕があっても、これでは生き残れない・・・・・。

ルシアニア公国に行くなんて絶対に無理だ。

そう思った。


「おい、妹が行ってしまうぞ!」


ラウラの声に我を取り戻したラシムハは直ぐに行動に移した。


「私は死体から馬と金目の物を回収してきますからラウラさんは追い掛けて下さい。直ぐに追いつきます。」


そう言ってラウラを尾行させ自分は急いで死体となった盗賊から装備は勿論、馬や金を回収した。

しかし一つの死体から奇妙な手紙のような物が出てきた。

ちょっと興味が出てきたので読んでみると、明後日の深夜に程近い村を襲う為の集合場所と時間が書いてあった。


「こいつらの他にも仲間がいたのか!」


別に自分達には関係も無かったから無視しても良かったが一つ名案が思い浮かんだ。


どのようにしてリーゼと接触する機会を得るかと考え悩んでいたが、これを巧く使えば接触も出来て金にもなる。

あとは、どのようにしてリーゼを巻き込むかだ。


そんな事を考えながら馬を走らせると、然程遠くない距離にラウラがいた。


「あれ、そんなに進んでいませんよね?」


そう言うとラウラが、あれを見ろと言わんばかりに指を指した。


見るとリーゼが街道沿いの大きな木の下で寝転んでいる。


「あの子、寝てるんですか?」


「いや、先程の盗賊達と殺り合ったおかげでラシムハの予想は2日程早まったようだ。」


お腹が空いて動けないのか、この状況も使うか!


「ラウラさん、もう少し監視をしておいて下さい。私は近くの村まで行ってきます。」


そう言い残しラウラに引き連れた中の一番元気な馬を預け盗賊に襲われる予定の村に行った。

どこにでもある普通の村で然程裕福そうな感じだが、こういう村程襲われやすいのだろう。


早速だが、村中央付近で大声を出して盗賊達の馬や装備を売り出した。


「一頭金貨50枚で馬買いませんか、よく走り力強いですよ!あと護身用に剣もいかがですか?一本金3枚、でも馬を買ってくれたら差し上げますよ!」


そんな感じで叫んでいると直ぐに珍しさからか村人が集まって来た。


だが集まってくるが誰も買おうとはせずに見物のみの野次馬だった。

しかし、そんな事は端から承知の事だった、まずは人を集めないと話にならないからだ。


「じゃあ、もういいや。欲しいけど金額的に無理って言う人、この中にいますか?」


すると1人の村人が手を上げた。


「欲しいけど、どう頑張っても金貨30枚が精一杯だよ・・・・・」


「よし正直な貴方に金貨30枚で売った、剣もあげます!但し家にある野菜を少しばかり分けて貰えるならですけど。」


「そんな事で良いなら畑にあるから欲しいだけ持って行ってくれ!」


早速、村人の家に向かい金を貰い野菜を分けて貰い馬を売りさばきたいから、この村の村長の家は何処かと聞くと素直に教えてくれ案内までしてくれた。


村長を訪ね馬を見せると気に入ったのか直ぐに残りの馬も2頭を金貨80枚で買ってくれ、勿論、剣はオマケで付けてやった。

それからが本題だった。


「実は村長さん、ここに来る途中で、これを盗賊らしき人が落としたんですけど。」


盗賊達の手紙らしき物を見せると村長は真青な顔になり慌てだした。

聞くと半年前にも村が襲われたらしいが、その時は偶々だがソビリニアの地方領主の軍勢がいて追い払ってくれたらしい。

そして今は、その軍勢はいない。

助けを呼びに行こうにも、行っている間に村は餌食にされる。


「どうしたらいいんだ!?」


「盗賊達って大体何人くらいですか?」


「前に来た時は80人くらいだったと思う。」


「村長さん、私の仲間で腕利きが2人いるんですけど村の護衛に雇って貰えませんか?」


「しかし2人じゃ・・・・・」


「大丈夫!2人で十分です。必ず村を守りますよ、その代わり成功したら金貨300枚でいかがですか?」


「成功したらって、後払いで良いのか?」


「勿論です、必ず村への憂いを取り去ってあげますよ!但し契約が正しく履行されない場合は私達が盗賊になりますけどね!」


「それは信用してくれ必ず払う、約束は守る!」


「じゃあ私達を信用して大船に乗った気でゆっくりと寝ていてください。明々後日の朝になったら盗賊供の死体の山を領収書代わりとして御見せ致しますから!」


そんな可愛い顔から余裕綽々な表情を見せ村長を驚かせた。

そして、この村長にも手付としてパンをくれと強請り大量に手に入れた。


舞台は出来た、あとは主役のリーゼをどう乗せるかだ。


直ぐにラウラの元に戻ると、まだリーゼが寝たままだった。


「ラウラさん、何でも良いので何か獲物を狩って来て貰えませんか!」


ラウラに頼み自分は風の向きを計算し火を起こし料理の用意を始めた。

程なくしてラウラが戻り獲物を解体し鍋に入れ味付けをし完成した。


「さあ食べましょう!」


「しかし、あの子は放っておいて良いのか?」


「その内に自分から来ますよ。」


そう言われたラウラも気が付いた。

料理の匂いで誘うのか、空腹の状態なら飢えから匂いには敏感になっているはずだ。

なるほどと思いながら食べていると匂いに釣られたリーゼが見ている事に気が付いた。

そのリーゼも自分達を見て何者か気が付いたようだ。


「貴女達・・・・・兄ちゃんの!?」


早速ラウラが誘おうとするとラシムハが一歩早く喋り出した、それはラウラの言葉とは真逆のものだった。


「見ないでよ。私達が自分の力で手に入れた食材で作った食事なんだから!」


そう言われたリーゼも意地なのか納得したのか、その場を離れようとすると再びラシムハが口を開いた。

交渉だった。


「でも、これから私達がする仕事を手伝うなら手付として食べさせてあげる、どう?」


「仕事?何をしろって言うの?」


「人助けよ、やる?」


暫らく悩んだリーゼだったが、やがて聞いて来た。


「その前に聞くけど、兄ちゃんに言われて私を追って来たの?」


「いや私達の意思で貴女を追ってきた。」


「どうして?」


「私はアベルさんに恩を返す為、ラウラさんはアベルさんが好きだから。」


『アベルさんが好きだから』と言われたラウラは頬を染めたが黙って2人の会話を聞くことにした。


納得した顔を浮かべないリーゼに更に追い打ちを掛けるようにラシムハに聞いた。


「貴女の質問には答えたけど、こっちが依頼する仕事はするの?受けるの?」


悩んだ顔をしたリーゼだったが、飢えに負けたのか小さな声で了承した。


「じゃあ体力仕事だからたくさん食べて!それから仕事の報酬は出すけど出来高払いだからね!」


これで役者が揃った、後は物語の最高の場面を飾る盗賊供の死体の山を築くだけだとラシムハは思った。
















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