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キモオタの俺を殺そうとした黒髪美少女は異世界では俺の可愛い妹  作者: 伊津吼鵣
第5部 動乱のローヴェ編
72/219

処罰

この世界でも、そして恐らく『前の世界』でもそうだったと思うが、嫌な事や気が重い事があると必ず起こる現象がある。

それは朝に起床時に起こる。


「行きたくねえええ!」というような自分の中で駄々を捏ねることである。

それは嫌な事、都合の悪い事への拒否感という逃避行動だ。


だが、どんなに拒否をしても逃げられないものからは逃げられず、人間は我慢もしくは義務感というものから仕方なく行動を開始する。


そして結果的にストレスを生み食欲不振などや胃痛が発生し当人を更に悩ませることとなる。


慰労会の当日、その日の朝の俺はストレスMAX状態を感じ胃痛に悩まされ頭は覚醒しても身体が拒否を示し、謂わば気力と根性を振り絞り起床するといった困難から始まったのだ。


「アベル、そんなに嫌なら怪我もあるから欠席して私達が巧くやってくるよ。」


俺の右腕の包帯を巻くカミラが優しい一言を言ってくれるが俺には責任がある。

確かにリーゼの事は気が重いがテアラリ3部族の共通騎士として故グラーノ・ヴェッキオから証人を頼まれている以上は最後までやり遂げる義務がある。


「いや俺も行くよ、それが俺の役目でもあるからな。」


カミラが少し不安げな顔をした時、ラウラも俺に言ってくれた。


「そうだな、ここで逃げると余計に禍根を残す。」


確かにラウラの言う通りだ、俺から逃げればリーゼとの修復は不能になる。

俺からリーゼへの道を閉ざす訳にはいかないのだ。


「胸を張れ、アベルは悪い事はしていないのだから。」


そんなラウラの励ましが俺に勇気をくれたような気がした。


「ああ胸を張っていくよ。」


そしてローゼオ姉妹からの馬車が迎えに来た。

全員を招待されていたのが公式の場が嫌いなゲイシーは出席を拒否し1人でライトタウンの街を探索したいらしい。

よって俺、ラウラ、カミラ、レイシア、ラシムハ、クオン、ドルマ、ラージが出席者だったのだが問題が前日に起こり大変だった。

それは衣裳だった。


俺はいつもの服に儀礼用のマントを羽織りテアラリ3部族の3人はビキニアーマーに其々の部族を表す龍が刺繍されたマント、そしてドルマ、ラージはライトタウンで偶々売っていた出身小国の儀礼用民族衣装だったが問題はラシムハとクオンだった。


ただクオンの場合は普段の衣裳がマヤータ族の戦闘用であり儀礼用の衣裳だと言うので少し豪華なマントを羽織らせて相応にしたがラシムハはそういう訳にはいかなかった。


ラシムハはムフマンド国第3王子アイヤンガーの妹であり4大貴族ラクシャータの孫娘だ。

そんな身分の者を公の場において普段の衣裳で出席させる訳にも行かず、皆で手を尽くしてムフマンド国の衣裳を探してみたが、さすがのライトタウンにも無かったのだ。


そこで仕方なくミュン・ローゼオに相談すると極めて単純且つ大胆な答えが返って来た。


「無ければ作ればいいじゃない!」


ミュンから派遣された裁縫士5人と化粧師そして髪結い師2人がムフマンド国を旅した俺達から主としてラクシャータの衣裳・髪型・化粧はどうだったか?との情報を聞き出すと、すぐさま作業に取り掛かった。


そして出来上がった衣裳、髪型とメイクも決めたラシムハが出て来ると皆が驚きの声を出した。


全体的に赤色を濃い薄いで振り分けた鮮やかな衣装に普段は乱れた長髪が後ろに纏められ髪飾りまで着け、女の子らしい可愛らし気なメイクをしていた。


「おお凄いなラシムハ!」


「可愛いぞラシムハ!」


「ムフマンド国の姫様だ!」


「いやラシムハは本当の姫なんだから当たり前よ!」


皆の勝手な発言に照れたラシムハが一言呟いた。


「恥ずかしい・・・・・」


そんなラシムハと俺達を乗せ馬車は慰労会開催会場に着いた。


そこは豪華なドーム状の建物であり収容人数2000人を誇る会場だった。

普段はローヴェの取引国の接待場所や重要な会議などを開催する時に使用されているらしい。


「テアラリ3部族も、こんなのを作れるようにならないとね!」


レイシアが感嘆と願望の声を出した。


そうなのだ、こういうのを作り活用する国にする為に俺は共通騎士に任命されているのだという使命感に包まれた。


会場にはローヴェ・カルム王国の主要人物と俺達合わせて300人ほどだったが楽団や大道芸人達などが所々で舞台を組み楽しめされる為に待機しているという心使いと屋台まで多数あり世界各国の料理も食べられる立食パーティー形式になっていた。

勿論、参加していない兵士達にも、ローゼオ姉妹からお小遣いとクオンが貰った『お客様特別優待券』が配られているという配慮もされている念の押しようだった。


早速、ローゼオ姉妹の挨拶から慰労会が始まった。

最初は敵側であった俺達に対し厳しい視線が飛んでいたが1人の男が前に来て状況は一瞬で逆転した。


「マークハントオーベルクライスラー・ローグゼレントゲグナインテッドですが、テアラリ国共通騎士殿、今少し宜しいか?」


「はい、何でございましょうか?マークハント・・・・・・・様」


「マーク・ローグで結構ゆえ。ところでこれをお返ししたく。」


それは俺のショートソードであった。

しかも手入れしてくれたのか綺麗に刃から光沢を放っていた。


「ミュン様からお聞きしました。これは貴方の剣だとか。知らぬこととはゆえ愛剣に手を掛ける所業をお許し下され。」


「いえ、それは確かに元は私の剣ですが今やマーク様の武勲の印ゆえ佩刀して頂ければ幸いに思います。」


「しかしながら貴方様は同盟国カルム王国の重臣メリッサ・ヴェルサーチ殿の実弟ともお聞きいたしました。そのような方から・・・・・」


「私の姉メリッサ・ヴェルサーチとは関係なくマーク様の軍勢指揮に感服致しましたゆえ遠慮なさらずに。ただその剣はイザーク・ケンブリッジ作であるとともに、友人であるイグナイト帝国騎士スチュワード・ハミルトンが吟味してくれ私が忠誠を誓うテアラリ3部族の族長の1人であるホリー・テランに購入して頂いた想い出深い剣なので大切にして頂ければこれまた幸いです。」


「そのような大切な剣を・・・・・この剣を我が家宝とし戦場を駆け巡る際は必ずや恥じない戦いをお誓い申し上げます。」


それからマークは俺達が殿として戦い抜いた事を声高だかに先陣を務めた敵将として高評価してくれた。

そのおかげなのか色々な人が俺達に親し気に声を掛けてきたりして来るようになった。


そんな声に誘われてかローゼオ姉妹とカルム王国女王アルベルタがメリッサとリーゼを伴って俺達の所までやって来た、そして何故かローゼオ姉妹の後ろにいる酒を煽ってばかりの酔っぱらった女性がいた。

メリッサは紅色のドレスに身を包み、リーゼはエメラルド色のドレスに身を包んでおり2人は実に綺麗だった。

しかしメリッサは笑顔を向けてくれたが、リーゼの方はプィっと顔を背けた・・・・・。


「其方がテアラリ3国の共通騎士であられるアベル・ストークス殿ですね。私はカルム王国アルベルタ・カルムです。お見知りおきを。」


「これは女王アルベルタ陛下、御挨拶が参上せず失礼のかぎりを。」


「良いのです、ところで早速ですが御依頼のドルマ殿を御紹介して頂けませんか?」


俺は早速ドルマとラージを紹介し話し合いを持つことにした。

暫らく話して笑顔で対応してくれるアルベルタが誠実に話すラージに興味を持ったのか聞いて来た。


「ラージ殿は国において、どのような事を主として御勤めに?」


「私は主としては農業技術を専門として先王に御使いしておりました。」


「そうですか、その知識を今度は私とカルム王国に使っては頂けませんか?」


行き成りのスカウトであった。

慌てるラージにアルベルタは言葉を続け更に驚かせた。


「ラージ殿は御家族は?」


「妻は10年前に先立たれ、子供はおりませんでした。」


「そうですか、ならドルマ殿を養女となされ我がカルム王国にて家庭を築かれるが良い。」


「そ、それは・・・・・」


だが、その話を聞いていたドルマが目を輝かせながらラージに言ってきた。


「ラージ、私で良ければ貴方の娘にして頂けませんか?貴方はこれまで私の為に苦労を掛ける事数知れず、そんな貴方を今度は私が労わってあげたい。」


あっという間の速攻技且つ強引にラージの新たな仕官とドルマの養女が決定した。

無茶するなと思いながら、このアルタベルタの手法には感心せざるへなかった。


「ではラージ、ドルマ。明日から私のいる宿営地に来るように、3日後にオービスト大砦に向け帰還します。それとアベル殿、他の方々の御紹介もして頂けると嬉しいのですが。」


俺は急いで他の者達を紹介した。

だが、ラシムハの時になって事件が起こった。


「ラシムハ、この間は使者の役目ご苦労様でした。」


「とんでもないことでございます。あのような無粋な醜態を晒しました。」


女王アルベルタからねぎらいの言葉を掛けられ慌てるラシムハに助け船気分で言葉を足してやった。


「このラシムハは普段は、あのようなだらしのない格好ですが本来はムフマンド国の第3王子アイヤンガー様の実妹そしてムフマンド国4大貴族であられるラクシャータ様の孫娘なのです。」


「アベルさん、だらしないって酷いですよ!」


「本当の事じゃないか、寝相なんて上下逆になってた事もあったからな!俺なんか顔蹴られたからな。」


「酷い、そんなに酷くないですよ!」


「今日は可愛い衣装だけど、普段は髪の毛も跳んでるからな!」


「もうアベルさん!」


そう言ってラシムハが俺に頬を膨らませながら小突いてきてじゃれ合いになった。

リーゼの目が一瞬変った事も気づかずに・・・・・


だが、そんなラシムハの隠れた身分に女王アルベルタもローゼオ姉妹も驚きは隠せなかった。


「アベルさんの旅をされている供の方々は高貴な身分の方々ばかりなのですか?」


驚いたスノーが聞いて来たが、考えてみたらテアラリ3部族の3人も族長達の妹達だから普通の王国でいう女王の妹であり王族なのだ。

普通に見たら凄い面子だ。

これでアイヤンガーの『婚約者』であるナザニンがいれば、もっと凄い面子だ。

だが男を見ると俺を除けばケンゲル王国で大量殺人指名手配犯の奴隷剣闘士上がりの筋肉馬鹿とスケベなガキが一匹なのだが・・・・


「という事は彼も・・・・・」


全員一斉に料理を意地汚く頬張るクオンの方に目が向いた。


「あれは、ただのオマケみたいな奴です・・・・・旅の途中で拾いました。」


「アベルの兄貴ひでえよ・・・・・。」


場が笑いに包まれた時、それは起こった。


「楽しく旅してたんだ・・・・・」


皆が言葉の方向に振り返った時、更に言葉は続いていった。


「メリッサ姉ちゃんが苦労して探していた時も女の子達と楽しく旅してたんだ・・・・・」


「姉ちゃんや私がどんなに兄ちゃんを心配していたかも考えずに楽しく旅してたんだ・・・・・」


「父ちゃんや母ちゃんが殺されても兄ちゃんは平気で楽しく旅してたんだ・・・・・」


「挙句の果てに姉ちゃんを殺そうとして・・・・・」


焦ったメリッサが止めようとしたがリーゼの行動の方が速かった。


「この子が証拠じゃない!」


我を忘れたのか掴み合いの喧嘩した相手だったからなのかリーゼがラシムハを突き飛ばそうとしてきた。


俺はラシムハを庇う為に咄嗟に前に立って守ろうとした。

それが不味かった。

俺のガードした右腕にリーゼの突き出した手が当たり塞がりかけていた傷が再び開き出血したのだ。


不味い・・・・・傷が開いた。


左手で右腕の傷を必死で塞ごうとしたが出血は止められず血が床に滴り落ちた。

その出血を見てリーゼが我を取り戻したのか慌てふためく顔になった時、その前に立ち頬に平手打ちをした者がいた。


女王アルベルタだった。


「リーゼ・ヴェルサーチ!貴女は今3つの罪を犯しました。

1つは公式の場に私情を持ち込んだ事。

1つは流血騒ぎを起こした事。

1つは慰労会を主催して下さった自由都市連合ローヴェの恩情に対して泥を塗った事です。

これらの罪は万死に値する!」


不味い・・・・・これは事実上の処刑宣告だ。


何とかしないと思った瞬間、俺よりも先に行動に移した者がいた、メリッサだった。


「女王アルベルタ陛下、何卒お怒りを御沈めに。妹の罪は万死に当たる罪、それは私メリッサ・ヴェルサーチが身を持ってお受けいたします。」


メリッサは土下座をして床に頭を擦り付けている、俺もメリッサに続いた。


「女王アルベルタ陛下、私アベル・ストークスが妹リーゼ・ヴェルサーチに代わり死を賜ります。どうか妹を御許しを!」


シーンと静まり返る会場の中で俺達姉弟の土下座は続いた。


暫らくしてアルベルタが口を開いた。


「1つの罪である私情を持ち込んだ事は実姉であるメリッサ・ヴェルサーチの罪としますが、これまでのメリッサの武勲から差し引いても十分に帳消しにする事が出来るので許しましょう。

1つの罪である流血騒ぎも被害者であり実兄であるアベル本人が妹に代わり許しを乞うておるので無かった事にしましょう。

もう1つの罪であるローヴェに対し泥を塗った事に関しては私ではなくローゼオ姉妹に判断して頂きましょう。」


そうアルベルタから振られたローゼオ姉妹もさすがに困惑の顔を見せた時、あの後ろで酒を煽っていた女性が笑い出した。


「ミュンもスノーも決められないのかい!?だったら私が決めてやろうか!?」


「水無月・・・・・普段は全く喋らないくせにこんな時だけ・・・・・。」


スノーが苦々しい顔を向け言った。

この時、あの陸奥神威が言っていた妹の陸奥水無月だと俺は気が付いた。

水無月が更に続けた。


「その娘には私の『黒椿』もあげたからね、満更当事者でもないだろう!?だったら私が決めてやるよ!ルシアニア公国のモルゾフって街から南に行った永久凍土に1つだけ凍らない湖がある。そこに住むグランデルっていう巨人がいるから倒して骨を持っておいで。鋼属性骨格を持っているからね、ちょうど欲しかったんだよ!」


「ルシアニア公国だと!?行って帰って来るだけで2年近く掛かるぞ、それにグランデルは1人じゃ無理だ!」


そうスノーは庇ってくれたが水無月の言葉は続いた。


「その娘は自分の兄の旅を『楽しい旅』って括りつけたんだ。だったら自分も楽しいか試してみるのが罰じゃないのかい?『女の子と遊んでた』?どれだけ仲間を得る事が大変なのか身を持って知るが良い!」


その正論に誰も返答できなかった時、俺と同時にメリッサも立ち上がった。


「ならば私が行く、リーゼの代わり私がそのグランデルとかいうのを倒してくる。」


「いや俺が行く、メリッサ姉ちゃんはリーゼと待っててくれ。」


「お前ら姉弟は本当に馬鹿か?お前らが行ったら処罰にならんだろうが!」


それでも俺もメリッサも行くと主張した時、リーゼが叫んだ。


「私が行く、グランデルを倒してくる!」


「おお、それでこそ私の『黒椿』の主だ!」


水無月の大笑いする声が響き渡りリーゼの処罰が決まってしまった。





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