一歩踏み出す勇気
俺達の前に再び現れた少しだけ笑う男は、もう二度と会うはずのない旅路に向かったはずだった。
「すみませぬ、生き残ってしまいました。」
「ら、ラージさん!?」
「ラージです・・・・・アベル様、お恥ずかしいかぎりです。」
「いや、良かった、本当に無事で良かった!」
再会を喜び、早速ドルマにも知らせ感動の再会になった。
そしてラージから生き残った経緯を聞き、俺達は驚くことになった。
俺達の前から去った後のラージは、そのまま復興戦を画策する者達に合流し2ヶ月後に戦を仕掛けたが僅か2ヶ月持たずして敗北し何人かの中心メンバーと共に捕虜となったそうだ。
当然ながら厳しい追及を受け処刑を待つだけの日々を送っていたある日、突然にイスハラン帝国の女帝の前に引き出されたそうだ。
「我が友であるグラーノ・ヴェッキオの遺言と望みにより、お前を釈放する。但しイスハラン帝国・エルハラン帝国への生涯の入国は禁ずる、これはドルマなる姫にも同様の事を伝えるが良い。」
ラージがイスハラン帝国の女帝に詳しく聞くと快く答えてくれたらしい。
グラーノ・ヴェッキオは生前にイスハラン帝国とエルハラン帝国に親書を送っており、デイジー・ヴェッキオへの自分の死後の跡目相続と援軍の中止そして復興戦参加者にラージなる者がいて捕虜になっていた場合は自分の恩人なので助けてやってほしいとの嘆願をしていたらしい。
「我が友グラーノ・ヴェッキオに感謝せよ!」
その後、イスハラン帝国北の国境近くで馬と食料を与えられ釈放されたらしい。
そしてラージは今ここにいるのだと話した。
グラーノ・ヴェッキオが、そんな親書を送っていたなんて全く知らなかったが俺が話した情報からラージに恩に感じて助けてくれたのだろう。
俺は亡きグラーノ・ヴェッキオに感謝し改めて彼の偉大さに敬服した。
「しかし処刑された仲間達を想うと辛いのですが・・・・・」
そんな事を言うラージに俺は慰めるとか意味はなく当然だと思っている事を言った。
「彼らはこうなる事を予想して復興戦を仕掛けたのですから仕方ないですよ。でもラージさんは巻き込まれて参加したのだから気にする必要はないです、彼らに対して十分に義理は果たしましたよ。」
「そう言って貰えれば助かります。」
「それからドルマ様はカルム王国に保護して貰えました、詳しくはライトタウンで話す事になっていますからラージさんも同席して貰えれば。」
「おおカルム王国が保護を約束して頂けるのですか!?」
「ええ女王アルベルタ陛下が確約してくれました。」
「ありがとうございます、アベル様!」
「・・・・・いや礼なら話を着けに行ったラシムハに。」
「ありがとうございます、ラシムハ様!」
ラージから手を握られ感謝されるラシムハだったが俺をみて申し訳なさそうな顔をする。
話を着けに行ってリーゼと喧嘩になった事で複雑なのだろう・・・・・
ラシムハを持ち上げるつもりが逆に気を遣わせてしまった・・・・・
取りあえずラージにはドルマと話をしたい事もあるのだろうと考え別室に行って貰う事にした。
それから5日後、俺達はライトタウンに引き上げるローヴェ軍やカルム王国軍と一緒に出発する事にした。
俺は未だメリッサと戦った傷が癒えず、そしてレイシアとラウラも同様だったので馬車での移動となった、ゲイシーだけは脅威的な回復力で傷を治し単独の騎乗であった。
「僕は君達とは鍛え方が違うのだよ!」
自慢するかのように筋肉を誇示しお道化て見せカミラとレイシアから『煩い!』と言われて喧嘩に発展するパホーマンスを見せた。
この男が鍛えているところなど見た事もないが、恐らくはリーゼの事で落ち込む俺を笑わせる意味でやっているのだろうと思い感謝した。
そして30日後、ライトタウンに到着した。
だが到着して宿屋に入り、何故か最近率先してカミラが俺の右腕の包帯を交換してくれていた時にローゼオ姉妹からの使者が来た。
「アベル様とクオン様にローゼオ姉妹が至急な要件があるとの事です。至急屋敷への御越しを願えますでしょうか?」
クオンも一緒だという事は転生者同士の話がしたいって事か、これは行かなければならないか。
そんな事を考えているとカミラが自分も行くと言いだした。
「いや俺とクオンだけで行くよ。それにカミラも疲れているだろうから休んでいてくれ。」
「でも怪我がまだ・・・・・」
「ああ大丈夫だ、カミラのおかげでずいぶん良くなったよ。」
その時にラウラが俺に気を掛けてくれるカミラに言ってくれた。
「アベルは行くと決めたら必ず行くさ、我々は待っていよう。」
「ありがとうラウラ、じゃあ行って来る!」
そして俺とクオンは使者の用意した馬車に乗りローゼオ姉妹の屋敷に向かった。
向かっている時に気づいたが重労働などをする奴隷がおらず、売春婦らしき女達がいても暗い顔はせず物でも売るように明るい顔で客引きをやったりしていて売春宿らしきところから出てきた客が持つ紙に何かをしているのが見えた。
使者に聞いてみるとローヴェには基本的に奴隷制度は認めていないらしい。
ローゼオ姉妹が国を奪取して以来、人には身分制度など必要はないとの精神で国を運営しているかららしい。
そして売春宿の客が持っていた紙はローゼオ姉妹の発案で何回店を利用したかを表すスタンプを押している紙であり10回利用すると1回が無料でサービスを受けられるお得なシステムとなっていると何故か使者は詳しく教えてくれた。
その説明にクオンが食い入るように聞いていたのは言うまでもない・・・・・。
「どうして彼女達は明るい顔をしているんですか?失礼ですけど売春してるのに!?」
それも使者は答えてくれたが売春婦にも組合が存在し売春宿の経営者と労使交渉をする権利を認められており、万が一にも売春婦たちの権利が守られない場合は営業許可の取り消しなどの処分もあるらしい。
但し、これには経営者側にも主張する権利がありミュン・ローゼオ自身が労使交渉の場に立合い両者の主張を聞き判断するらしい。
ある意味では確かに民主的であり誰もが保障されているようにも思うが、それが足枷になる部分も大きく国の運営としては回りくどいとも感じさせた。
確かにラージが言った事に頷ける部分が大きいと言わざる得なかったが、ローヴェが選んだやり方なのだ、欠点も俺などよりも自覚しているのだろう。
そうこうする内に馬車は屋敷に着いた。
しかしローゼオ姉妹の屋敷というには小さい。
金持ちだから、もっと大きな屋敷かと想像していたが必要最小限が適当といった感じだ、ある程度は豪華ではあるが、あくまでもある程度だ。
ミュン・ローゼオの執務室に通され待っているとローゼオ姉妹が入って来た。
「お疲れのところを申し訳ないがエミリオの詳細を聞きたい。」
恐らくエミリオの事を聞きたかったがライトタウンに帰還するまでが自分達の職務だと思い我慢していたのだろう。
スノーからの言葉に俺は出来るだけ自分が知っている詳細を話す事にした。
まずムフマンド国でコソベであるディン・ツイハに出会い、その彼からの依頼で同じコソベ仲間のエミリオ・ローゼオが俺達を国境突破する為に作戦を考案してくれ助けてくれたが、結果、その為に彼は犠牲になったと話した。
「ムフマンド国にいたのか・・・・・探しても見つからないはずだ。それにしてもコソベになっていただなんて・・・・・。」
スノーが涙を流しながら聞きミュンはエミリオがコソベになっていた事実に驚愕していた。
確かに北ルートを持ちソビリニア出身という事を考えればムフマンド国など想像もつかなかっただろう。
それに俺はミュンの返答に2人はコソベ達が転生者である事実を知らないのではと疑問に思い質問する事にした。
「もしかしてコソベ達全員が俺達と同じ転生者だって事を知りませんでしたか?」
「コソベが・・・・・そうなんですか?」
やはり知らなかったのか2人は驚き、そして俺に聞いて来た。
「どうして転生者がコソベに、なら何故私達や貴方達はコソベにならないのですか?」
そこで俺は2人に例の質問をしてみる事にした、勝ち組か負け組かを調べる、あれだ。
やはり彼女達の場合は殆んど全くと言って良い程覚えておらず、完全にコソベ達の言う勝ち組になっていたのだ。
「コソベ達は『前の世界』の名前・死亡年齢・そして家族構成など記憶しています。ただデイジー・ヴェッキオの場合は本来ならコソベになっていても不思議ではありませんが、彼女の場合はグラーノ・ヴェッキオという表の存在を作り影で操る事によりコソベ落ちだけはしていなかっただけでしょう。」
「どうして記憶が関係あるのですか?」
「記憶が消去されるにはスノーさんがデイジーに言った『負けない』『自分の手でつかみ取る』などの、この世界での充実感が関係します。デイジーの場合も自分自身の力で民衆を宥めた事で一気に『前の世界』の記憶が消去されましたから。それに考えてみて下さい。新たな人生を送るのに、いつまでも前の世界の記憶なんてあったら邪魔ですよ、現にデイジーは苦しめられていたわけですから。」
「どうして私達とエミリオにそんな差が・・・・・同じ姉弟なのに?」
「彼も言っていました。『自分には勇気が無くてな』と。御二人がソビリニアから旅立った時にエミリオも誘ったらしいですね?でも彼は勇気が無くて行かなかった、そしてコソベに落ちた。でも御二人は記憶が消えて成功者です。これは俺が思う事なのですが、まず記憶が消えるには『一歩踏み出す勇気』が第一条件なんだと思います。」
「なるほど・・・・・では転生者であるコソベ達に、それが第一条件だと教えてあげれば記憶が消去されるのでは?」
「それはコソベ達が一番よく理解しています、ですが踏み出せないんですよね、これが・・・・・」
「そうですね、一番難しい事なのかも知れませんね。」
それから、あと少しだけエミリオの事と転生者の事を話し御暇する事にしたが、帰り際にミュンからローゼオ姉妹主催の今回の戦でのカルム王国に対しての慰労会を3日後に開催するので参加を要請された。
しかし、これには敵側であったヴェッキオ側に参戦していた事を理由に断ってみたが『戦勝会ではなく慰労会だ!』との理由とデイジー・ヴェッキオが新たな同志として加わった事実を知らしめる為に彼女に代わり敵側であった俺達に参加して欲しいとの理由からだった。
私戦が終わり、ローヴェには禍根は残っていないとアピールしたいのだろう。
仕方なく了承したが気は重かった。
カルム王国に対して慰労会をするという事は必ずリーゼも出席する。
どのような顔をして会えば良いのだと考えると更に気は重くなった。
いっそ俺は欠席してテアラリ3部族の3人に任せてみようかと思ったが彼女達は接待には慣れていても客達に気を遣いながら会話するなんて芸当も無理だろうから俺も行くしかなかった。
せめてナザニンがいてくれたらと思うと余計に気が重くなるだけだった・・・・・。
だが、そんな気が重くなる一方の俺の隣りでクオンは至ってご機嫌だった。
「アベルの兄貴、あの人達良い人だ。これくれたよ!」
見てみると売春宿の『お客様特別優待券』だった・・・・・ミュンが笑顔でくれたらしい。
「お前はいいな・・・・・悩みなんてなくて・・・・・。」
「アベルの兄貴よ、今更悩んでも仕方ねえって!ほら言うじゃない『出たとこ勝負!』ってさ。」
だが慰労会で『出たとこ勝負!』は最悪な負けが決定してしまうのだった。




