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キモオタの俺を殺そうとした黒髪美少女は異世界では俺の可愛い妹  作者: 伊津吼鵣
第5部 動乱のローヴェ編
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消えない記憶

その日、1人の少女がとある一軒家の玄関先に腰を掛けていた。


「この世界でも捨てられたか・・・・・」


少女は、この世界とは別の世界からの所謂『転生者』であった。


ついさっき、この世界の母親と思しき女に父渡せと言われ一通の手紙を持たされて、ここに捨てられたところだった。


「どうして私には、こんな人生しか巡って来ないのだろう・・・・・」


少女は前の世界でも孤児として育ち父母の顔すら知らず市長が適当に付けた高橋裕子という名前を名付けられ最低限な学歴を得ると色々な仕事をした末にキャバ嬢をして糧を得る生活をして難とか生き抜く日々を送っていた。


この『難とか生き抜く日々』というのにも理由があった。

彼女は御世辞にも『別嬪』という部類ではなく、かといって口が巧い訳でもないからキャバクラでも常に指名成績は最低ランクであった。


当然ながらキャバクラのマネージャーには怒鳴られ同僚のキャバ嬢達からは馬鹿にされ罵倒される日々。


どうして私だけが、こんな目に合うんだ・・・・・


そう思わざるえない日々が続いた。


しかし、そんな彼女にもリアル世界では辛いだけの人生だったが唯一と言える息抜き、そして誇れる場があった。


とあるオンラインゲームの世界である。


その世界では彼女は英雄であった。


どんなクエストも、 そこで知り合ったギルドの知人達と難なくクリアした。

知らない人からも誘われて多くのクエストにも参加し感謝され頼りにされた。


リアルの世界なんかどうでもいい、この世界の私が本当の私。

知人達と繰り広げるネットの中の冒険そして戦闘、モニターの中の彼女の化身であるキャラは活き活きとリアル世界の惨めな自分を嘲笑うかのように輝いた。

そして仕事以外の時間を寝る間も惜しんで傾倒していった。

その結果、実際は錯覚でしかないが頭の中では理解出来ても心はオンラインゲームに依存していく事となる。


だが、そんな擬似世界も突然終わりを告げた。


リアルの世界では全くと言って良い程、友人・知人と呼べる人間関係の無い彼女だったがネットの世界での所属ギルドのメンバーには心は開き何でも相談していた。


楽しかった。

そして頼りになった。


だが彼等は常にゲームの中で彼女が仕事から帰る深夜でもインさえすれば必ず挨拶を交わしてくれる自分の唯一の必要とする存在だったのに二つの派閥に分かれ喧嘩を始めたのだ。


一派はクエストを最重視しドロップや装備を追い求めるグループ。

もう一派は戦争で対人戦所謂プレイヤーズ・キラー(PK)を極めようとするグループに分かれたのだ。


攻略による栄光を求めるか?対人レートを極めるか?


そんな下らない事で言い争う彼等には着いていけず彼女は休止を選びリアルの世界からの逃避の場を失った。


そして追い討ちを掛けるように彼女の悲劇がリアル世界で起こり始めた。


ある日、1人の若い男が自分に声を掛けてきた。

親しげに話す口の巧い男は所謂イケメンという存在だった。


「俺の理想なんだよね、付き合って下さい!」


そんなイケメンの甘い囁きに彼女はあっさりと落ちた。


イケメンが金で困っていれば唯一の自分の救いとしていたパソコンでさえ売り払い工面しキャバクラの勤務時間外にも別のアルバイトをして支えた。


そんな生活をしていた時、イケメンがキャバクラに来る建設会社の社長の事を聞いてきた。

彼女の客ではなかったが、よくヘルプにも入ったりして顔は知っていたし挨拶も交わしたりもしていた。


「社長は、君の店の他にもお気に入りの店があるのかな、聞いた事がある?」


彼女は知っていた。

確か、お気に入りのキャバ嬢と同伴する前に立ち寄る寿司屋があったはずだ。


そうイケメンに教えると再び質問をしてきた。


「社長の趣味とかは聞いた?」


確か将棋だったはずだ、以前にアマチュアプロだと自慢していたはずだ。


その後も、お気に入りのキャバ嬢のタイプやスタイルなどを聞かれ全て答えて次の日にイケメンから別れを切り出された。


泣きながら嫌だと答えるとボコボコに顔を殴られイケメンは去っていった。


そして当然だが腫れ上がった顔ではキャバクラに出勤出来るはずもなく、その後マネージャーから解雇を言い渡される結果となってしまったのだ、序でにアルバイトも無断欠勤で解雇になった。


それから泣き暮らす日々が始まった。


4ケ月が過ぎる前に居住していた安アパートを追い出され食事にも困る日々が続いた。

仕事を探しても碌な学歴・職歴のない彼女は仕事など見つかるはずはなく泣きついた職業安定所でも雇って貰えそうな仕事の紹介は無かった。

役所にも駆け込み生活保護の申請をしてみたが職員の対応は冷たいものだった。


「君ねぇ、若いんだからしっかり働きなさいよ!」


働きたくても雇って貰えないのだ・・・・・


その事を訴えても職員は面倒くさいという顔をしながら言った。


「お父さんとお母さんに相談しなさいよ!」


その両親が彼女には存在しないのだ・・・・・


絶望を味わったまま役所を後にするしかなかった。


絶望的な生活を送りながらも難とか仕事を見つけたが明らかに在住する県が定めた最低時給を下回ったアルバイトだった。

足元を見られ残業代も出ない、おまけにセクハラまがいの事までされても彼女は耐えるほかなかった。


もう自分には、ここしかないのだから・・・・・


そして更に1年が過ぎた頃、彼女が住む街で市議会選挙があった。


選挙権はあったが選挙などに行っている時間は無かった。

それに興味もなかった。


だが彼女が偶々通りかかったスーパーマーケットの前で一台の選挙カーの上で演説をする候補者に目を奪われた。

その候補者は、あのイケメンだった。

しかもイケメンの隣りには、あの建設会社の社長までいて応援演説をしていた。

他にも高価なスーツを着た偉そうな人達がイケメンを応援しているではないか!


それを見た時、彼女は思い出した。


建設会社の社長が、とある有力政党の支援者の1人であったことを。


そして自分がイケメンに建設会社の社長に近づく為の情報収集用の当て馬にされた事に気づいたのだ。


もっともらしい事を語りながら演説をするイケメンを見て彼女は今までの人生に対する溜め込んだ怒りが爆発した。


スーパーマーケットに入って僅かに入った財布の中身で躊躇いもなく出刃包丁を買った。


イケメンが集まった演説拝見者達に笑顔で握手をしに廻って来た。


「清廉潔白な市政を目指し立候補しました、よろしくお願いします!」


そんな戯言を吐きながら彼女の前に最高の笑顔のイケメンが立った。


「清き一票を宜しくお願いします!」


そう言い終える前にイケメンの腹には出刃包丁が刺さり血が噴き出した。


「よくも私を騙しておいて、そんな笑顔が出来るな!」


そう叫びながら彼女が刺したのだ!


イケメンは最高の笑顔のまま仰向けに倒れ死んだ。


その場は大パニックになりイケメンの血を浴びた彼女は我に戻ると必死に走って逃げた。


幾つもの叫び声が彼女を追ってきた。


「どうして、こんな事になるの・・・・・どうして私だけが・・・・・」


パニックになりながらも自分の人生を呪った。


そして大通りに逃げた彼女が最後に見た光景は自分に向かって来る大型トラックと必死な形相の運転手の顔だった。



彼女が目覚めると暗闇の中だった。

トラックに轢かれて失明でもしたか・・・・・もうどうでもいいや・・・・・


そんな考えの彼女だったが、どうもおかしい。


幸いにして耳は聞こえていたから澄ましてみたが外国の言葉のような発音が幾つか聞こえる。


外国人の医者にでも診療されているのか?


最初は、そう思ったが1年もすると目も見え言葉が理解出来て全ての様相が解って来た。


ここは自分がいた世界ではない。


しかも自分は赤ん坊になっていた。


これは一体どういう事なんだ?


そして思い出した。


確かオンラインゲームの知人達が『異世界転生』と呼びトラックに轢かれて死ねば行ける世界があるとかないとか。

その時は、馬鹿な話だとしかと聞いていて思っていたが、自分はその異世界に転生していたのだ。


「やり直せるチャンスが来たんだ!」


彼女は喜びに震えたが、そう甘くはない現実に直ぐに気が付かさせられた。


転生した自分を生んだ母親は彼女が3歳になると、あっさりと捨てたのだ。


「後は、お父さんに面倒を見て貰いなさい。」


そんな言葉と手紙を残し母親は新に知り合った男に手を引かれながら消えた、捨てられたのだ。


「この世界でも捨てられたか・・・・・」


そんな絶望が、この世界の彼女にも押し寄せた。


「やっぱり自分には転生しても、こんな惨めな人生しかないのか・・・・・」


そう諦めにも似た感情が起こり始めた時だった。


自分が腰掛けている家の前のゴミ捨て場にボロを纏った男達が数人でゴミを漁っているのに気が付いた。

そして彼等も自分に気が付いたようだ。


「おい、こんな朝早くから女の子が1人で何やってるんだ?」


「さっき見てたら捨てられたみたいだぞ、母親らしき女がいなくなるのを俺見たぞ。」


「この世界でも捨て子になる子供っているんだな、可哀想に・・・・・」


その男達が話す言葉は紛れもなく自分が前の世界で話していた日本語だった。


「私の他にもいたんだ!」


そんな驚きに呆気にとられた時、男達の会話が続いた。


「まあ、この世界は能力と実力次第で成り上がることも可能だから捨て子でも何とかなるかもな、俺らみたいなヘタレと違って・・・・・」


「だよなあ、冒険とかに憧れて転生できたのに、実際はこれだもんなあ・・・・・俺未だに前の世界の事覚えてるよ。」


「俺なんか前の名前は勿論、家族構成や死んだ年齢もはっきり言えるもんなあ・・・・・おまけにやってたネトゲの名前も言えるぞ!」


「それはコソベなんかになる負け組は皆がそうだよ・・・・・」


「だよなあ、勝ち組になると前の世界の事もしっかり忘れて新たな自分にリセットだものなあ、羨ましいよ。」


「必要なのが人生の充実感だってよ、ここでゴミなんか漁ってる俺らには到底無理だよ・・・・・」


「でもさ充実感って何だろうな?」


「そりゃ豊かな暮らし、金儲けじゃねえの!?」


そんな話をしている彼等の会話を一言一句聞き耳を立てて聞いていた時、酔っぱらった男が自分がいる方向に向かってきた。

男に気づいた彼らは逃げて行き自分と男の二人だけになった。


どうやら、この世界での父親はコイツのようだ。


母親から渡された手紙を渡すと読んだ男がパニックになった。

突然、娘を名乗る者が現れたんだ、そうなるよなあと思い、直ぐにまた捨てられるなあと思っていると意外にも男は面倒をみてくれた。


「おい、名前は何て言うんだ?」


男から聞かれたが知らないと答えた。


本当は母親にリベッカと名付けられていたが自分を捨てた女が付けた名前など名乗りたくもなかったからだ。


「んじゃあ・・・・・デイジーでいいか・・・・昨夜遊んだ一夜限りの女の名前だけどな。」


この男最低だなと思いながらも彼女はデイジー・ヴェッキオと新たに名付けられた。


それから色々あったが彼女は父親となった男グラーノ・ヴェッキオを前の世界で自分を陥れたイケメンのやり方参考にし弱点を補正しながら影で操り『充実した人生、勝ち組』になったはずであった。


そんなデイジーには朝起きると決まってやることがある。

彼女にとって一番辛い自問自答するのだ。


「前の世界での名前は高橋裕子、家族はいないし孤児だった・・・・・やっていたオンラインゲームは・・・・・職業はキャバ嬢をしていたことも・・・・・トラックに轢かれて24歳で死んだ・・・・・」


デイジーは全くと言って良い程、前の世界の記憶が消えていなかったのだ。

この自問自答を毎朝繰り返し、そして現実と未だに消えない記憶に苦しむことになる。


どれだけ金を稼げば充実感がある?どれだけ努力すれば前の世界での惨めな自分から脱出する事が出来る?

あと何をすればいい?どうすればいいんだ?何が足りないんだ?どうすれば救われるんだ?新たな自分として生きられるんだ?いつになったらデイジー・ヴェッキオとして人生を歩めるんだ?

 

吐きそうな苦しみに耐えながら自問自答を繰り返すのだ。


「どうして私だけが、こんな目に合うんだ・・・・・」


毎朝、同じ繰り返しであった。


だが、その日は少しだけ違った。


朝、自問自答をして苦しむ前にグラーノ・ヴェッキオが自分の寝室に訪ねてきたのだ。


「グラーノ、朝は来ないでくれと約束していただろう!」


少しの怒りと、あの苦しみから僅かでも逃れられた感謝とが入り混じった言葉を言うと真剣な顔をしたグラーノ・ヴェッキオが思いもよらない事を言った。


「ローゼオ姉妹と和平交渉をする!」


デイジーの中に怒りと恐怖が発生した。


「ふざけるなグラーノ!まだ戦えるんだ!勝つ事だって・・・・・」


「私が、この国の統治者でヴェッキオ商船の代表だ、決定権は私にある!」


デイジーはグラーノの言葉に恐怖した、自分が前の世界の記憶を消すためにした努力が全て水の泡に帰する結果が待っていると思ったからだ。


「おいグラーノ・・・・・どうなるか判っているのか?そんな事をすれば私はお前を・・・・・」


「1つだけ答える、私が父親で、お前は娘だ、それだけだ!」


「今更、何を言ってるんだ、ふざけるな!」


そんな暴言を聞き流したのか真摯に受け取ったのかグラーノは少しの笑みを浮かべてデイジーの前から姿を消した。


「いやだ・・・・・いやだ・・・・・前の世界が襲って来る・・・・・いやだ。」


デイジーは全身を『前の世界』という恐怖に包まれ、怯え泣き出した。







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