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キモオタの俺を殺そうとした黒髪美少女は異世界では俺の可愛い妹  作者: 伊津吼鵣
第5部 動乱のローヴェ編
65/219

3人

1人の女性が父親の前で椅子を蹴り倒し机を倒し本棚を倒し暴れ狂っていた。

彼女の名前はデイジー・ヴェッキオ。

自分が策した奇襲作戦がスノー・ローゼオに看破された挙句に死者8000人を出した大敗北を喫したのだ。


「スノーの野郎、どこまでも邪魔しやがって。」


「落ち着けデイジー!まだ兵は23000人いるんだ、籠城戦はこれからだ。」


「黙れ、お前は私に黙って従っていればいいんだ!」


そんな事を父であり操り人形としてきたグラーノ・ヴェッキオに言ったが確かにその通りだと気が付いた。

落ち着け、落ち着いて考えればスノー・ローゼオなど自分の敵ではないはずだ。

まだ兵は23000人もいるのだ、何の為に城塞都市を築いた?それはローゼオ姉妹との決戦の為だ。

兵23000人もいれば十分に戦える。

それにローゼオの兵を観れば多くて100000人くらいだ、そんな人数では、この城塞都市は落ちやしない。


「グラーノ悪かった。お前の言う通りだ。」


「落ち着いたならいい、もう一度エルハラン帝国とイスハラン帝国には援軍の催促を送っておこう。」


「ああ、その事はグラーノに任せる。」


そう言って、これからの籠城戦について話そうとデイジーが身を乗り出した時、部屋のドアがノックされた。

グラーノは荒れ果てた部屋を見られることは不味いと考えドアは開けずに返答した。


「どうした?」


「グラーノ様、大変です、民達が騒いでおります!」


「なんだと!?」


急いで自身の屋敷から少し離れた広場に行くと2000人ほどの民達が集まり主催者らしき男の号令の元、『グラーノを出せ!』と騒いでいた。


「どうしたのでか、皆さん?」


「グラーノ様、この戦勝てるのでしょうか?」


民を代表して、その主催者らしき男が聞いて来た。


「大丈夫ですよ、皆さん。この城塞都市は簡単には落ちませんよ!」


「グラーノさん、大丈夫ですと言われても俺達は貴方に馴染みがないから信用できないんですよ!それに俺は『勝てるのか?』と聞いたんですがね。」


この主催者らしき男の『馴染みがないから』との言葉にグラーノは絶句した。

確かに表上はグラーノは、この国の統治者である。

しかし自身は南ルートにあるヴェッキオ商船の取引主要国の歴訪に追われ自身の国に滞在する期間が殆んどなく内政関係はデイジーがやっていた。

だが彼女すら表には出ずにグラーノの名前を使っての政治だった。

善政を敷いたデイジーだったが、誰も彼女の名前は勿論、顔すら知らなかったのである。


いくら善政であっても民の誰もが顔も知らない統治者など信用するはずなどなかったのである。

これがミュンが予測していた事だった。

ミュンは常に自身が表に出る事で民と同じ目線に立ち信用を勝ち得た。

もしかしたらミュンよりもデイジーの政策の方が民達には暮らしやすかったかもしれない。

しかし人間は目で見て耳で聞いて、それから頭で考えて実感する生き物である。

このプロセスをデイジーやグラーノは理解せずに国を運営していたのだ。


「はっきり答えてくれませんか?グラーノ様!」


絶句していたグラーノに追い打ちえを掛けるように主催者らしき男の追及が始まった。

一瞬、こいつを殺すかと考えたグラーノだったが、直ぐに笑顔になって言った。


「確かに今は苦しい状況です、奇襲は失敗し大きく戦力は減ってしまいました、それは事実です。貴方達は、それを心配して聞きに来て下さったのですよね?」


「そうです、グラーノ様。」


「まず大丈夫です、戦というものは統治者が倒されて負けが決定します。しかし統治者である私は皆さんの目の前にいる。こうやって皆さんと話をしている。何故ですか?それは私にまだまだ余裕があるからです。

普通に考えてください、負けるなら皆さんの前に出る前にエルハラン帝国あたりに脱出していますよ!」


主催者の男は納得したようなしなかったような顔をしたがグラーノが続けた言葉により無理やり納得させられたようになり、その場は一応解散となった。


「これでは戦の前に崩壊する・・・・・」


グラーノは、そう思わざる得なかった。

そしてグラーノは自分の部屋に戻ると直ぐにエルハラン帝国・イスハラン帝国の女帝達に親書を書き2人の信頼出来る者を選び使者とし、くれぐれも粗相の無いようにと念を押し送り出した。

その親書の中身は援軍の催促ではないのだが、その事はデイジーには言わなかった。


その後も別のデモのような事が起こり、グラーノが持ち前の人当たりの良さと口の巧さで誤魔化したが日を追ってデモの回数も人数も増えていき3ヶ月が過ぎた。


そして同時に別の問題がグラーノを悩ませることになった。

但し、これはローゼオ姉妹側でも発生し悩ませることになっていた。


人間は贅沢な生き物であり一度手にしたものを手放したくない生き物なのだ。


3年前は無かったが2年前に登場し、それを使い続けると当たり前になってしまうのだ。

それが生活にかかわる事なら尚更である。


ローヴェの場合、北の商品が南の国の人々に使われ出し生活の必需品になり南の商品が北の国の人々に使われ生活の必需品となり手放せなくなっていたのだ。

例えば味覚調味料である北の国から採取される岩塩なんかがそうであり、また南の国の胡椒などもそうであった。

ここでもローヴェという国の弱点が露わになった。

支配者のいる国なら『我慢しろ!』との一言で命令をし『欲しがりません勝つまでは!』などといったスローガンを民に強制する事も出来たが、ミュンもスノーそしてデイジーもグラーノもそれが出来ずに我慢して下さいとお願いするしかなかったのだ。


もし命令もしくは強制をすれば自分達が倒した貴族たちと何ら変わりのない存在になるのだから、お願いするしかなかったのだ。

しかしミュンが、どれだけ民を懐かせていても生活必需品に事欠けば信用は下がる一方になっていく。

相争う陣営が一刻も早く今まで通りの安定した南北ルートを再構築をする必要に迫られたのだ。



※                                   ※


俺は聞いていてラージが言った事は、こういう事だったのかと思った。

確かに南北ルートが確立されていなかったら、こういう悩みも発生せずにいただろう。

もしミュンにしてもグラーノにしても絶対的支配者の立場になっていたら命令し強制しているだろうし民も支配者からの命令だからと納得していたかもしれない。


ラージの言葉が今更ながら理解出来た。


いわゆる民主主義の弱点そして人類平等の美徳さの違和感を曝け出した問題がローヴェを包んでいるのだと感じずにはいられなかった。


俺の目の前では兵士達が食べ物についての不満をブチ喚いていた。


「なんだよ、この肉!岩塩の方が絶対に美味いのに!」


些細な事であるが、それが当たり前になっていたから不満になって口に出る。


ラージが言ったとおり、いずれは両陣営も和平せずにはいられないのかもしれない。


そんな事を考えていた時、主要門の方で守備する兵士達の大声が聞こえた。

そして、その大声は俺を硬直させる結果となった。


「血塗れの女神だ!血塗れの女神が来襲したぞ!」


その名を聞いて俺は緊張を隠せなかった。



*                    *                      *



「もう在庫はないのか?あるなら無料で構わないから民に放出しろ!」


「それが、とうの昔に在庫などありません・・・・・民も我慢していましたが、このままでは・・・・・」


ライトタウンからの使者がミュンとスノーそしてカルム王国女王アルベルタとメリッサ、リーゼの前で『どうしたら良いのか教えてください?』というような顔をしながら答えた。


しかし無いものには袖は振れないローゼオ姉妹だった。


「他にある商品で代替品になるような物はないのか?今まで使用していなかったんだ、前の物を使えば良いじゃないか!?」


「それは私共も話し説得を試みましたが、上手くいかず・・・・・」


安定した生活、安全なルート、その他にもローヴェの民を想い一生懸命にした事がまさかの形で裏目に出るとは。

そう思わずにはいられないスノーだったが、いつもの癖で『こういう時はミュンの直感!』に賭ける事にした。


「どうするミュン?」


だがスノーの期待は大きく裏切られた、ミュン自身も考えあぐねていたのだ。


「どうしようもないわ、説得は出来たとしても不満は大きく残ってしまうわ・・・・・」


どうする、いっそ全軍をあげて総攻撃に出るか?いや、あの城塞都市を今の兵力で落とせるか?落とせたとしても兵力は大きく損なわれる、それを感知して他国が攻めてくる可能性も・・・・・

ここは和平交渉に出るか?グラーノは応じるだろうか?応じたとしても再び裏切る可能性が大きい・・・・・どうする?


スノーの頭の中で一番の有効な策を探してみるが思いつかなかった。


そんな時である。メリッサ・ヴェルサーチが手を上げた。


「どのような形であっても、取り敢えずは硬直した戦況を打破しておきませんか?敵の士気は下げておくべきです。」


「メリッサ氏、何か策があるのか?」


この戦場でメリッサはスノーから信頼を勝ち得たらしく『氏』をつけて呼ばれるようになっていた。


「恐らくは、この戦況なら和平交渉または総攻撃のどちらかになるでしょう。それなら相手の士気を下げ、どちらに転んでも有利になるようにしておくべきです。僭越ながらローゼオ姉妹側にはカルム王国が援軍に着陣しておりヴェッキオ側にはエルハラン・イスハラン帝国が未だに援軍に来ない状況にあります。それを利用するのです。」


「どのようにするのだ、メリッサ氏?」


「喧伝しましょう。彼らの主要門の前で私が叫んできましょう。どちらに正義があるか?何故カルム王国がローゼオ姉妹に加勢するのかを説いて来ましょう!」


メリッサは、マークが言った事をやろうとしているのかとスノーは理解したが同時にメリッサが1人でやろうとしている事に不安になった。能力ではない、身の安全が心配なのだ。


「しかしメリッサ氏、それは危険すぎるぞ。」


「心配はありません。いざとなれば逃げて帰ってきますよ。私一人で心配であればリーゼを連れて行きましょう。」


確かに戦況は固まりつつある。

状況は良くなくライトタウンの民の為にも早く戦は終わらせる必要がある。

和平又は総攻撃になっても有利にはしておきたい。


「では、迷惑を掛けるがメリッサ氏頼めるか、それから必要な物があるなら何でも言ってくれ!」


そう言われたメリッサは出来るだけ射程の長い弓2本と矢を100本とだけ頼むとリーゼと共に城塞都市近くまでやって来たのだ。


主要門から170M付近でメリッサはリーゼに聞いた。


「ここから敵弓兵に当てる事は出来るか?」


普通の弓の射程距離は90M前後であるが、その倍の距離近くで当てられるかと聞くメリッサにリーゼは遠慮しながら答えた。


「姉上が当てられるなら私にも出来ます!」


「言うようになったなリーゼ。では安心して門の前に立って入られるな!」


この時、リーゼにはメリッサのやろうとしている事が分っていた。


主要門の前で敵を挑発し敵が出て来るようなら倒し、弓を撃ちかけて来る者がいるならリーゼに狙撃させるつもりなのだと。


そしてリーゼを残しメリッサは主要門から40M付近、ちょうど堀に掛かる橋から10M付近までやって来たのだ。


「私はカルム王国のメリッサ・ヴェルサーチだ。もしかしたら血塗れの女神の通名の方が知っておられる方々もいるかもしれない。現在カルム王国はローゼオ姉妹に協力しグラーノ・ヴェッキオと戦っている。それは何故か?それは我がカルム王国の女王並び臣下そしてカルム王国の民達がローゼオ姉妹の正義を信じているからだ。我々が困った時にローゼオ姉妹は素早く援助をしてくれ情を示してくれた。だから我々は恩を返すためにやって来た。だがヴェッキオはどうだ?彼に我々のような援軍は来たのか?来る予定はあるのか?はっきり言おう、来るはずは無い。何故ならグラーノ・ヴェッキオには正義が無いからだ!だから誰も来ないのだ!こんな無駄な戦いを起こしたのは誰だ?諸君らを苦しめているのは誰だ?それはグラーノ・ヴェッキオだ!」


そんなメリッサ・ヴェルサーチの声が彼女を恐れ見つめる者達の心に疑問と恐怖を刻み込んだ。



*                    *                       *



まだ傷が癒えない3人と看病をするナザニンを残し俺とカミラそしてクオンで急いで防壁に駆け上がり叫ぶメリッサ・ヴェルサーチを見た。

間違いなくメリッサ・ヴェルサーチは俺の実姉のメリッサ・ストークスだった。

あのオービスト大砦に向かう途中で離ればなれになり生き別れたメリッサだった。

あれから7年以上の歳月が流れたがメリッサは美しく成長し立派な騎士になっていた。

嬉しさと懐かしさが全身を包んだが、それは許されない事だった。


防壁に陣取る弓隊が一斉にメリッサに矢を放ったのだ。


だがメリッサが揺ら揺らとした動きで躱しつつ鳳翼を抜き何本かの矢を捌き叩き落とした。

その光景に弓を放った者達が呆気にとられた時、どこからか矢が飛んできて弓隊の3人の首に刺さった。

それだけでなく次々と矢を放ち確実に弓隊を始末していった。


どこから撃って来やがった?そんな叫び声が各所から上がると、とても弓の射程範囲とは思えない距離から矢を放っている黒髪の女性がいた。


俺には、その女性が直ぐに妹のリーゼだと判った。


大きくなったな、リーゼ・・・・・・


だが、その感動をする時間も許されないように主要門が開いた。

巧妙狙いなのか傭兵の男が3人出てきたと思うとメリッサ目掛けて走り出した。


「血塗れの女神、いざ勝負!」


いざ勝負というわりに3人がかりでメリッサに襲いかかったが、メリッサとすれ違った瞬間に3人の首が飛んだ。


首と胴が離れた傭兵3人を見て再びメリッサの口上が始まった。


「彼らを見ろ。恐らくは傭兵だろう。ヴェッキオには正義が無いから金で雇われた傭兵しかいないのが証拠だ。この死体が証拠だ!」


そして傭兵の男が持っていた槍をメリッサは拾い防壁に投げて突き刺した。


「どんなに固い防壁に守られていても正義が無ければ何の意味はないのだ!」


その場にいたヴェッキオの兵士達が沈黙した。

まるでメリッサの口上を正しいと洗脳されるように・・・・・。


その時だ、俺達の前にグラーノ・ヴェッキオが青い顔をして現れた。

ただカミラを見て哀願するような目をしている。


メリッサ・ヴェルサーチの前に立ち、ヴェッキオ側にもテアラリ3部族が援軍に来ている事実を兵士達に示して欲しいのだ。

そしてメリッサ・ヴェルサーチと戦って殺してこいと言っているのだ、メリッサが言った口上を否定する為にそうしてくれと目が訴えていた。


そんな目でグラーノ・ヴェッキオから見られたカミラは俺を一目見ると決意したように言ってきた。


「あの人と戦って来る!」


駄目だ・・・・・カミラはメリッサ・ヴェルサーチが俺の実姉であることを知っている。

グラーノ・ヴェッキオを正当化する口上はしても戦うふりをして無抵抗でメリッサに殺されるつもりだ。

駄目だ、そんな事は絶対に駄目だ。


「カミラ・・・・・サーベルを貸してくれ。俺が行く!テアラリ3部族共通騎士アベル・ストークスがメリッサ・ヴェルサーチを殺してくる!」


「駄目だよ・・・・・だって、あの人は・・・・・・」


「カミラ、俺はテアラリ3部族の共通騎士だ。当然だが任命した1人にはテアナ族長リラ・テアナもいる。俺はリラ様から頼まれているんだ、カミラを守ってくれとな・・・・・だから俺がメリッサ・ヴェルサーチを殺してくる!」


カミラはテアナ族長のリラの名が出ると諦めた様にサーベルを渡してきた。

サーベルを受け取り自分の剣ベルトに装備し叫んだ。


「門を開けろ。テアラリ3部族共通騎士アベル・ストークスが出る!」



門が開き出ると、俺の目の前には最も会いたかった2人がいた。

剣を抜き俺に構えるメリッサ・ストークスと、その後方で俺に弓を合わせるリーゼ・ストークスがいた。


ようやく3人で会えた。










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