死地
味方の主力隊が悲鳴を上げ助けを求める中をテアラリ3部族の3人が恐れも抱かずに俺の目の前で敵部隊に突入して行く。
「我らグラーノ・ヴェッキオ殿に今こそ恩を返さん。テリク族レイシア・テレクいざ参らん!」
態々、レイシアが名乗りを挙げながら敵部隊の中央に突っ込み、続いて2人も名乗りを挙げながら突っ込んでいった。
この無謀とも言える彼女達の行動を観て俺は以前聞いた約200年にテアラリ3部族とイグナイト帝国の間に起こった戦の話を思い出した。
確か原因は仇討ちと死んだ戦士の誇りを守る為から始まった、謂わば相手に対しての義理人情から始まった戦だったはずだ。
そんな義理人情から自分の命を投げ出す事が当たり前の部族なのだ、俺は旅に出てから、その事を忘れていたのかもしれない。
そう考えたなら、もしかしたら彼女達の行動はテアラリ3部族が持つ祖先から受け継いだ本能がもたらした結果なのかもしれない。
もう彼女達を止めても仕方ないのだ。
本能からくるものなら仕方のない生理現象と同じなのだから。
彼女達の本能のままにやりたいようにやれば良い、俺は諦める事にした。
ただ俺はテアラリ3部族共通騎士として彼女達を守るのみ!
そう考えるとスッキリした気分になる事が出来た。
実際、彼女達は既にフォースを全開にして武器に宿らせ突撃すると敵部隊は嵐に巻き込まれたように混乱し、まるでケーキを切るナイフの如く道が真っ二つに開けていった。
恐らくは味方主力隊の後方に取り付き勝ち戦を確信した7000人程の敵部隊が、たった3人に慌てふためき混乱したのだ。
気の狂った奴らに巻き込まれては敵わないとのように敵部隊の誰もが我先に道を作った。
態々、死地に飛び込みに来て死にに来た馬鹿者達がいるのだ。
大いに馬鹿げた展開に大慌てになったのだろう。
そんな経緯を経て今潰滅しそうになりながらも必死で踏ん張る主力隊の先頭、今は殿に辿り着くと、今度はカミラが我先に名乗りという名乗りという名の絶叫を始めた。
「我はテアナ族がカミラ・テアナ!只今推参、必ず皆を生かして帰ってやるから踏ん張れ!」
そのカミラの絶叫に主力部隊の誰もが勇気づけられたのか歓喜の声が起こった。
「女神だ、女神が俺達を助ける為に降臨されたぞ!」
絶叫に似た歓喜が沸き起こる中をラウラが鬼の形相で追い縋る敵先陣部隊に飛び込み名乗りを挙げ始めた。
「我はテラン族のラウラ・テラン!敵将はどこだ?このハブーブの一撃を喰らわせん!」
そう叫ぶラウラに主力隊とは逆に一時は躊躇状態になった敵兵達だったが、恐らくは敵将なのだろうか男の偉丈夫な大声が響き渡ると直ぐに落ち着きを見せラウラを囲み始めた。
「落ち着け、フォースは使っているが、相手は6人だ。しっかりと囲みじっくりと焦らずに殺せばいい。」
そんな叱咤に敵兵達が反応し俺達を囲み始めた。
幾らフォースを使い勢いがあったとしても所詮は6人、更に言えばフォースは長時間使えるものではなく使い続ければ体力気力を削られていくから四方八方囲まれた状態で攻勢を耐え抜くには、あまりにも不利であり無謀過ぎた。
だが、そんなものは彼女達には関係の無い事であった。
自分達を囲んだ敵兵達を自分のテリトリーに進入した獲物と認識したかのように狩り出したのだ。
囲んだ事で彼女達の間合いに進入してしまい殺されていく、敵兵達が慌てふためき逃げようとしても遅いのだ。
1人1人確実に殺すではなく始末していく姿に俺は約200年前のイグナイト帝国とテアラリ3部族の戦の光景を容易に想像する事が出来た。
ある者は鎧ごと身体を真っ二つにされ、ある者達は3人まとめて貫かれ、ある者は自分の首が胴から離れた事すら気づかずに死んだだろう。
戦場が単なる屠殺場、そんな言葉が似合う場所に変わったのだ。
圧倒的な強さ、触れてはならない強者、確実に死に導く悪魔、そんな空気を纏った彼女達に引っ張られるように俺も敵兵達とフォースを全開にし斬り合いを演じ、そしてゲイシーもクオンも俺と同じように戦っていた。
時間の経過が全く分からなくなった。
目の前の敵兵を片っ端から斬る作業。
もう6人で何百人?は殺したのか。
両の手の剣が大量の人間の血と油で斬れ味が鈍くなった。
それでも剣を握り締め気が狂ったように斬る。
斬る、斬る、斬る、斬る・・・・・自分でも何をやっているか分らなくなってきた。
どうして俺は、ここにいるんだ?何故俺は人を斬っているんだ?そんな疑問が俺の中に湧き上がってくる。
ああ、ここが戦場。
殺す事が当たり前に行なわれる場所。
そうしなければ生き残れない・・・・・死にたくないから視界に入る奴は斬る、ただそれだけ。
そういった意識が全身を支配した、これは俺だけではなく他の5人も同じなのだろうか。
そんな俺達に再び恐れを抱いたのか敵兵達がジワジワと後退を始めた。
きっと戦場という異常な空間の中で生への執着に目覚めたのだろう、誰だって生き残りたいのだ。
殺されると判って挑んで来る奴なんて馬鹿なんていない。
その時、俺達の後ろで大声が響き渡った。
「今だ、この機運に乗じて撤退するぞ!」
彼らも絶望状態から生への執着に目覚めたのだ。
主力隊が一丸になり紡錘陣をとるかの如く自分達の後方の部隊に突撃を開始した。
だが、そんな生への執着を嘲笑うように敵将であろう男の声が戦場に無慈悲に響き渡った。
「1人も逃すな、弓隊撃て!」
主力隊そして俺達に弓が放たれ多数が撃たれていく、そして俺が矢を躱し最初に見た光景はラウラに矢が2本突き刺さった瞬間だった。
※ ※ ※
3人の女性が小高い丘の上に設置された本陣から戦況を眺めていた。
1人はスノー・ローゼオ、彼女は逐一入ってくる戦況報告にテキパキと指示を出しながらである。
1人はミュン・ローゼオ、彼女はスノーとは対照的な黄金の鎧に纏いニコニコと微笑み見つめていた。
1人はアルベルタ・カルム、実際に初めて観る野戦での攻防に興奮は隠せないでいた。
3人がメリッサ率いるカルム王国軍が敵別動部隊を圧倒的な強さで撃破し自軍が敵主力部隊に対して包囲陣を完成させ彼女達が勝利を確信した時、その包囲陣に変化が起こった。
敵後方に着いた味方部隊が真っ二つに割れたのだ。
どうしたんだ、一体?
3人が疑問に感じた時、様相が分って来た。
どこかの馬鹿6人が味方部隊に突撃を掛けていたのだ。
しかも、その6人が味方部隊を斬り裂き敵主力部隊に辿り着くと、今度は殿までやって味方を逃がそうと奮戦しているのだ。
更には、その6人のおかげでマーク・ローグの先陣部隊が一時混乱を呈していると報告がもたらされた。
マーク氏が手間取っている!?何者だ?その6人とは?
スノーは自分に出来る限りに目を凝らして見てみると、薄らだが難とか確認する事が出来た。
青い光・・・・・フォース使いか。
それに、あの6人・・・・・もしかして、あの時の・・・・・。
だとしたら、あの赤髪も・・・・・。
いた!あの赤髪の男が二刀にフォースを込めて戦っていた。
近くにアルベルタがいたのでスノーはミュンに小声、しかも日本語で話す事にした。
「ミュン、見える?あの6人が?」
突然のスノーから日本語で話し掛けられ焦ったミュンだったが落ち着いて日本語で返答した。
「見えるけど、強いはね、あの6人。」
「それもあるけど、あいつらよ、この間話した奴ら。あの二剣で戦ってる赤髪。エミリオの事を教えてくれたのは。」
「あの人が・・・・・じゃあ転生者っていうのも彼ね。」
「どうする?生けどって詳細を聞く?」
「エミリオの件もあるから聞きたいけど無理ね。そんな事をしたら生き残るチャンスがある味方兵士達に被害が出るわ。これは私達の事で彼らには関係の無い事なのよ。」
「・・・・・そうね。」
確かに、そうだ。
ミュンが言う事は正しいと思いながらも赤髪の男には借りは返したいと思った。
自分は、あの時殺されてもおかしくない状況で救われたのだから。
そんな事を考えているとメリッサ・ヴェルサーチとリーゼ・ヴェルサーチが帰陣してきた。
「メリッサ・ヴェルサーチ、只今帰陣致しました。」
スノーが声を掛けようとする前にミュンがメリッサの手を取り勝利を祝った。
「メリッサさん見事な戦いでした。カルム王国の強さを実感致し同盟国として心強いばかりです!」
「は、有難き幸せ!」
「リーゼさんも見事でした、どうでしたか水無月の剣の使い心地は?」
「はい、切れ味は剃刀のようでした!」
そんな門答をしていた中、メリッサが不意にスノーに言ってきた。
「どうでしょうか?観るにマーク殿の陣が押されているように御見受けしますが我らも加勢致しましょうか?」
「いやマーク氏は歴戦の武人ゆえ状況に応じて手立てを変えるでしょうから御気遣いは無用です。」
しかし、このメリッサが『押されている』と感じているなら、マーク氏も意外に苦労しているのかもしれないと思いミュンに進言しスノー自身が前線に出る旨を伝えると思いもしなかった返事が返って来た。
「スノーはゆっくりとしていなさい。私が行ってきます。」
自分が前戦に出るというのだ。
今までミュン自身が前戦に出陣する事が無かったが、今回は出ると言う。
思い留まるようにように言ってみたが首を横に振り笑って答えが返って来た。
「たまには出てみようと思いましてね。ですが本陣を空けるのは不味いからスノーはここにいなさい。」
そう言うとミュンは手勢の騎兵3000人を率いてマーク・ローグのいる先陣に駆け出して行った。
「しかし、あの6人は敵ながら中々やりますね、スノー殿。」
「私も同感です」
そんな事を語り合うメリッサとスノーの横でリーゼはふと思った。
なんだろう・・・・・この胸騒ぎは・・・・・。
※ ※ ※
「ラウラ!?」
俺は敵兵達をぶった斬りながらラウラの元に急いだ。
ラウラの元には敵兵士3人の槍が迫ってきていたが最後の気力を振り絞ったのか真横に一直線にハブーブを放ち倒した。
しかし、まだ1人の敵兵の槍が迫ってきていた。
俺はカムシンを口に咥え腰からスティレットを抜き投げた、上手く敵兵に命中し倒す事が出来てラウラの元に辿り着く事が出来た。
「ラウラ、大丈夫か?しっかりしろ!」
ラウラは脇腹と右腕に矢を受け、もう戦う事が絶望的な状況だった。
「まだ戦える・・・・・まだ・・・」
「馬鹿、動くな!」
そしてラウラが気絶した、怪我の痛みとフォースを使い果たし気力体力が尽きてしまったようだ。
再び、敵兵が殺到してくる中を右肩にラウラを担ぎスティレットを回収する。
「後ろに引くぞ!」
だが、まだ終わらなかった。
レイシアの悲鳴が聞こえた。
一瞬の隙を狙われて槍で左足を貫かれていたのだ。
更にはカミラの叫び声も聞こえてきた。
「ゲイシー、しっかりしてゲイシー!」
ゲイシーが背中に6本の矢を受けて倒れていた。
カミラを庇って負傷したのだ。
「よし今だ、騎馬隊突撃、ヴェッキオのクソ野郎の兵達を押し出せ!」
ダメだ・・・・・敵の騎馬兵まで突撃して来るのか・・・・・・
その時だったクオンが怒り狂ったように叫んだ!
「クソが調子に乗りやがって、今こそマヤータ族の戦の仕方を見せてやる!」
クオンは矢筒から矢を4本取り出すと同時にフォースを込めた、その4本の矢を放った。
先頭の4人の騎馬兵は勿論後続の多数達を一気に貫き一瞬だが騎馬兵達の足を止める事に成功すると今度は鏃の代わりに球状の布が装着された矢を次々と四方八方に放った。
その矢が兵に当たると殺せはしなかったが代わりに濃い白い煙が発生した、煙幕だった。
その煙幕のおかげで騎馬隊が混乱し、四方の兵達も混乱に陥った。
「兄貴・・・・・今だ・・・・・逃げよう。」
どうやらクオン自身も4本の矢にフォースを込め放ったのが最後に振り絞った力だったようだ。
このクオンの力の限り作ったチャンスに俺は煙に紛れて難とか騎馬兵3人から馬を3頭奪った。
「クオン、もう少し頑張ってラウラを乗せて逃げろ。レイシアもゲイシーを乗せて逃げろ。カミラは2人の前を走って力の限り道を切り開け!そして城塞都市に向かって逃げろ!」
カミラが俺に必死な顔で聞いて来た。
「アベルは?アベルはどうするのよ?」
「俺は後から適当に逃げる。早く行け!もうカミラしか戦える者がいないんだ、頼んだぞ!」
実際、まだ負傷していないカミラが先頭で走る場合でも2人騎乗では逃げきれないと思った。
先頭を走る者は馬を自由に軽く操れるくらいでないと危ない、1人騎乗でないとダメだ。
そして負傷が3人体力気力が尽きた者が1人では誰かが先頭を走り敵を突破し、それに誰かが押し迫る騎馬兵達を引きつける者が必要だとも思った。
「ダメよアベル・・・・・死んじゃうよ、私の後ろに乗って!」
「早く行け、俺が騎馬兵達に飛び込んで時間を稼ぐ、カミラは何としても突破しろ!」
「・・・・・判った、アベル・・・・」
そしてカミラを先頭に3頭の馬が走り出した、カミラが残ったフォースを振り絞るようにして道を切り開くのが見えて俺の視界から消えた。
煙幕が四方八方に広がっている今なら逃げる事は出来るだろう、後は煙幕が晴れれば追いすがろうとするはずの騎馬兵ども出来るだけ始末するのと、敵を引きつけるだけだ。
「我はテアラリ3部族共通騎士なり!この首欲しくば捕りにこい!」
何故そんな事を叫んだのか自分でも判らなかったが、この名乗りは意外に効き目があったようだ。
恐らくは武功と巧妙に釣られたのだろうか、敵兵達が俺に殺到して来た。
殺到して来る兵達を殺しながら敵騎馬隊の馬の脚を片っ端から狙って斬る。
落馬した兵士を殺し、襲ってきた敵兵も片っ端から殺した。
それは久しぶりの、そして忘れていた感覚だった。
何としても生き残り、生き別れた姉や妹に会う、それだけが心の支えだった奴隷剣闘士だった頃の当たり前の感覚。
家族に会うまでは死ねないと言った者も殺した。
命乞いをする奴も殺した。
全ては自己中心的な感覚、生き残りたいというだけの感覚。
そして楽しくなった・・・・・
奴隷剣闘士が勝利を重ねて自分に自信が付くと取り込まれる感覚。
人を殺す事が楽しくなってくる。
俺には、あまり出現しなかった感覚なのに・・・・・今更出てきたのか。
俺の周りには逃げ遅れたのか、それとも俺に釣られて戦っているのか主力隊の数百人程が残って戦っていた。
そんな状況すら楽しくなってきた。
すべて殺してやる、皆殺しだ!
そう思った時、俺の意識がなくなった、覚えていない。
それから、どの位の時間が過ぎたのだろうか!?
俺は敵兵なのか味方なの判らないが多数の死体に押し潰される様に俯せに倒れていた。
途中で気絶してしまっていたようだ。
顔を上げると何故か黄金の鎧を纏った女が俺のショートソードを持ってニコニコとしながら俺を見下ろしていた。
スノー・ローゼオか?いや雰囲気が違う・・・・・
「私の名前はミュン・ローゼオ。先日はスノーが御世話になったらしいですね。」
日本語だ・・・・・返事を返したかったが声が出ない。
「声が出せないですか。まあ、あれだけフォースを使って大暴れすれば限界ですよ、今なら私でも殺せますね。」
俺を殺すつもりか、それに俺のショートソードを握ってやがる。
「でも、スノーは貴方に借りがあるみたいね、それにエミリオの事もあるから助けてあげる。死にたくなかったら、このまま死んだふりをしていなさい。」
どういう意味だと思った時、1人の男がミュンに話し掛けてきた。
「ミュン様、敵生き残りも掃討完了致しました。そろそろ帰陣致しましょう。」
「御苦労様でしたマークさん。それから、この剣をどうぞ。良い剣を拾ったの。」
「おお最近注目されているイザーク・ケンブリッジの作品ではないですか!」
「ええ、この死体が持っていたの。あまりに良い剣だからマークさんに差し上げようと思いましてね。」
「ありがとうございますミュン様。この剣に掛けミュン様とスノー様に永遠の忠義を!」
そのマークと呼ばれた男が喜びながら離れて行った。
そして、またミュンが日本語で俺に話してきた。
「私達は商人ですから対価に見合うものを求めます。貴方がスノーを見逃してくれたのとエミリオの事を教えてくれたのを換算しても、この状況で私が貴方を見逃す方が大きいと思います。だから剣は貰いました。」
さすがは商人の集まりのローヴェの親玉だ・・・・・損はしないって事か。
「夜になったら這い出て逃げなさい、じゃあね赤髪の剣士さん、もし今度会ったら名前を教えてね。」
それだけ言うとミュンも俺から離れていった。
どうやら俺は生き残ったようだ。
夜になり僅かに残った気力を振り絞り死体の中から這い出て身体を確認したが切傷と打撲はあっても大きな怪我はなく五体満足だった。
折れた槍を杖替わりにして3時間歩いて俺は城塞都市に着き傷ついた皆と再会し無事を喜び合った。
俺達は生き残った。




