中身はオッサン
その日は晴天で暑いが穏やかな風が吹いていた。
離宮にはアイヤンガーとラクシャータを始めテアラリ3部族の3人とゲイシーが指導した兵士達そしてマヤータ族の人々が見送りに来てくれた。
既に10頭のワイバーンが整列して並び、その内の2頭には俺達の荷物が積み込まれ、いつ出発しても良い準備が整えられていた。
「では達者でな!我が妹ラムシハ!」
アイヤンガーが微笑みを浮かべてラムシハに別れの挨拶をする。
「はい、兄様も!」
ラムシハも初めて兄様と呼んだのだろう、緊張しながら挨拶をした。
「アイヤンガー殿下、あの…その…」
ナザニンも緊張しながらアイヤンガーに挨拶をしようとする。
「ナザニン会えて良かった!我は其方との約束を守れた気がする。元気でな!」
アイヤンガーが笑って言うとナザニンも笑顔で返した。
「はい、殿下も御元気で!」
ラムシハもナザニンも、どこかスッキリした顔した時、アイヤンガーが俺にも言ってきた。
「師匠、また必ずムフマンド国に御出で下さい!その時は稽古を!」
「はいアイヤンガー殿下!その時は王になられている事を!」
そして俺達はアニラが指揮するワイバーン隊に乗りムフマンド国を後にした。
俺とラムシハは既にワイバーンに乗っていた事もあり、興奮はしないのだが他は違った。
テアラリ3部族の3人とナザニンは大はしゃぎだが、ゲイシーが青い顔して黙ったままである。
それどころかゲイシーが乗るワイバーンを操るマヤータ族の女性の腰にしがみついた状態だ。
「出来るだけスピードは抑えて下さい!お姉さん……」
お姉さん⁉︎ゲイシーが女性に汚物とは言わずに、お姉さんと呼んだ⁉︎
「もしかしてゲイシー、怖いんじゃないの⁉︎」
カミラが悪戯ぽく言うとゲイシーがガタガタ震えながら言った。
「僕は高い所が駄目なんだ!マンティス、今からでも遅くない!時間が掛かっても地面に足を着けて歩いて行こう!」
「駄目だよ、もう飛んでいるんだから!その内に慣れてくるさ!」
そんな馬鹿な会話をしていた時に気がついた。
レイシアの乗るワイバーンを操る目がクリッとした可愛らしげな顔の少年についてだ。
レイシアが俺達の話に笑っている時やはしゃいでいる時に紛れて自分の背中をレイシアの爆乳に押し付けたりしていた。
見た感じ俺より歳下の14、5歳位か!
レイシアの爆乳を楽しむだけではなく前を飛ぶワイバーンに乗るラウラの尻を眺めたり横を飛ぶワイバーンに乗るカミラの生脚を眺めたりして鼻の下を伸ばしていた。
この位の年齢でテアラリ3部族の姿を見るとそうなるよなぁ!と思いながら見逃す事にした、俺が彼の立場なら同じ事をすると思ったからだ!
だが最初のオアシスでの事だった。
野営準備をしていた時だ。
この少年がテキパキと動いて働き、ラムシハの手伝いをする。
「アイヤンガー様の妹であられるラムシハ様のような方が、そのような事をされてはなりません!私めが!」
テアラリ3部族の3人が夕食の材料を狩って帰ってくると!
「さすがはマヤータ族の戦士達を倒された方々です!やはり手際が良い!」
ナザニンが野営の寝床を作っていると!
「アイヤンガー様の御婚約者であられるナザニン様が、そのような事はなりません!私めが!」
こんな感じで女達の為にテキパキと動くから彼女達の受けが良かった。
そして極め付けが!テアラリ3部族の3人に!
「ラウラ姉さん、カミラ姉さん、レイシア姉さん!と呼んでもいいですか?」
これにはテアラリ3部族の3人もノックアウトされた。
彼女達は、妹であって姉さんと呼ばれる事は無かったのだから。
テアラリ3部族の3人が少年を可愛がっている中で鼻の下を伸ばしていく光景に笑いが出そうになった時、アニラが俺に話掛けてきた。
「アベル様、実は折り入って願いがあるのですが!」
アニラの話は今回、ワイバーンを操る者達の内8人はマヤータ族でも優秀な弓使いなので1人を選び俺達の旅に同行させて貰えないか?との事だった。
「アベル様達の構成を見るに近距離攻撃の人材はあっても遠距離攻撃の人材に乏しいと思います。
良ければですが同行させて貰えれば必ず役に立つかと!」
確かに俺達の構成を考えれば、そこが弱点になる。
ありがたい申し出だった。
ちょうど、少年を見て笑いそうになったので少年の事を聞いてみた。
「あの少年は、どんな感じの?」
少年の事を聞くとアニラが露骨に困った顔をした。
「あの者は、その8人には数えていません!」
「そうですか、じゃあ弓使いではないのですね!」
「いや弓の腕は8人と比べても申し分はないのですが、性格に問題が……」
「性格?」
「すぐにサボるんですよ!仕事でも戦いでも!興味のある事は集中するのですが直ぐに興味を失う。そんな事の繰り返しです!」
「でも今回はテキパキと働いているじゃないですか!」
「いや彼が志願してきたので連れてきた次第です!」
「そうなんですか!」
「唯一の家族を失って自分を変えたいとでも考えて志願したのと思ったのですが……」
「家族を失った?」
「彼はアグの孫です!両親は早くに亡くなられて!」
「アグさんの!……じゃあ一応名前を聞いておこうかな!」
「名前はクオンです!」
そうか、アグの孫か。
しかし性格が直ぐサボたりするようでは連れて行く事は危険だと考えた。
彼だけでなく俺達にも被害が及ぶ!
この申し出はイスハラン帝国に着くまでに答えを出せば良いか!
そんな事を考えながらクオンの行動や言動を気にかける事にした。
クオンの言動には、どうも俺達と同行までしたいとは思えない発言ばかりだった。
「世界は広いですね!でも聞いていると怖いですね!」
あまり外の世界を見たいとか旅に出たいとか考えていないようだ。
それから他の8人もそれと無しに観察してみたが、真面目な感じがして俺達とはウマが合わないような感じがした。
そして2週間が経ちイスハラン帝国まで後少しという距離まで来た場所で野営をした時だ。
「ねぇオアシスで水浴びでもしようか!」
誰かが言ってナザニン・ドルマは残りラウラ・レイシア・カミラ・ラシムハの4人でオアシスに水浴びに行った時だ。
ふと見るとクオンがコソコソと彼女達の後に続いた。
覗きをするつもりか!
まぁ歳頃だから見逃そうかと思ったが、さすがに全裸を見せるのはなぁ〜と考えて現行犯で捕まえて説教をしてやる事にした。
クオンの後を追って気配を消してオアシスに行くと既に4人は水浴びの最中だった。
クオン自身も全く気配を感じさせなかったのか4人は気づかずに水浴びを楽しんでいた。
そっと近付き後ろにつくとクオンの小声が聞こえた。
「やっぱり、良い体してやがる!」
「おお!全員パ◯パンかよ!堪んねえ!」
こいつ可愛らしげな顔しているのにオッサンみたいな事を言っているな!と呆れ、現行犯で捕まえるか!と思った時だった。
「やっぱりビキニアーマーを装着してるだけあって良い乳と尻だ!思ったとおりだ!役得!役得!」
こいつ……今、ビキニアーマーって……
「まぁ、ラシムハのツルペタも良いかなぁ!」
ツルペタ……だと。
俺は直ぐにクオンの襟首を掴んでオアシスまで連れ出した。
「アベル様、誤解です!誤解です!私は彼女達の警護をですね⁉︎」
「黙れ……」
「見張りをしていただけで覗きなんて!」
「黙れ……」
「許して下さい!」
「黙れ……」
俺は野営場から離れた場所まで焦っているクオンを連れ出した、そして聞いた、日本語で。
「クオン……お前……転生者か?」
「え⁉︎」
「もう一度聞く、転生者か?」
「………」
「俺の言葉が理解出来るか?」
「俺の他にも転生者っていたのか……」
「やっぱりそうか、転生者か!質問をするから答えろ!前の名前を覚えているか?それと死んだ時の年齢だ!」
質問するとクオンが暫く黙ったままだったが一言だけ答え、今度は俺に質問してきた。
「覚えてない……教えてくれよ!ずっと悩んでたんだ!転生してから何がなんだか分からなくて、ずっと悩んでたんだ!」
マヤータ族という狭い民族の中で暮らしていたから、他の事を全く知らないままだったようだ。
それから俺は自分の知る限りの事をクオンに教えた。
クオンは初めて聞く転生者達の事に興奮は隠せないようだったが、コソべの話になって顔を青ざめた。
「あのコソべ達も転生者なのか!あの乞食みたいな奴等が!」
「ああ、そうだ!彼等は自分の前の名前や年齢などをしっかりと記憶している。それに、この世界の生活に充実感を得ると前の事が消去されていくらしい。だから彼等は自分達を負け組と言い、前の記憶が消えている者達を勝ち組と呼ぶ。どうやら俺達は勝ち組の部類らしいけどな!」
「じゃあ俺も、その負け組になってコソべになっていても不思議じゃなかった!って事か?」
「そうだな!しかし悪いんだがアニラに聞いたクオンの話では、やる気が無いって事だったが、それならコソべになっていても不思議じゃないんだ!何かやっていたのか?」
「ああ、その事か!弓や仕事は頑張ってやってたんだけど、どうしても転生の事を考えてしまって悩んでたんだ!その度に婆ちゃんに励まされていたから、そのおかげなのかもな!」
「そうか!なら聞くがクオンは、この先どうする?」
「どうするって?」
「アニラに弓使いを1人同行させて欲しいと頼まれている。同行してくれれば俺達も助かるが、俺達には自分の身は自分で守るという暗黙のルールがある。いつ死ぬか分からない。クオンも分かるだろう!この世界は能力主義だって事を!勿論、平和に新しいマヤータ族の集落作りに精を出すという選択もありだけどな!」
「なるほど……」
「だから無理にとは言わないが、同行させて欲しいなら俺からアニラに話してもいいが、どうする?」
「ちょっとだけ時間をくれないか?」
「ああ、勿論だ!ただしイスハラン帝国に着くまでにしてくれ!それと転生者の件は内密にだ!」
それからクオンと野営場に戻り寝る事にした。
次の日からクオンは一切喋らなくなった。
テアラリ3部族の3人は心配して声を掛けるが上の空のようだ。
そしてイスハラン帝国のほんの手間付近でワイバーン達が情緒不安になってきてアニラ達との別れの時が来たようだ。
「どうやら、この辺が限界のようです。」
「アニラさん助かりました、御礼を申し上げます!」
「いやいや、それより先の件はどうなされますか?」
ちらっとクオンの方を見ると下を向いたままだった。
やっぱり怖いか……
「ありがとうございます、ですが今はまだ!」
「そうですか!では旅の無事を!」
「ありがとうござい……」
返答をしようとした時だった。
クオンが叫ぶように言ってきた。
「俺で良かったら連れて行って貰えませんか!自分の身は自分で守ります!」
俺は敢えて日本語で答えた。
「死ぬかもしれないよ……」
俺の突然の日本語に周りの者達は奇妙な顔をしたがクオンも日本語で返答してきた。
「考えてみたら冒険に憧れて転生して来たのに、やらなかったら損じゃないか!」
「確かにそうかもな!」
それからは、こっちでの言葉でアニラにクオンを連れて行く同意を貰い了承を得た。
イスハラン帝国に入国する門の前でクオンが俺に話してきた、日本語でだ。
「冒険もだけど、こんな姉ちゃん達と昼夜問わず一緒だぜ!堪んねえ〜」
ふと、こいつは転生する前は俺より齢上のオッサンだったかもしれないと思った。
「その内に慣れて何の刺激もないようになってしまうから今の内に楽しんでおけ!それと、この門を越えたら日本語禁止な!」
マジで⁉︎という顔をしたクオンを見ながら俺はイスハラン帝国に入国した。
第4部 ムフマンド国編 完




