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すれ違い

一見すると背の低い少女がオービスト大砦にある街オービの広場で途方にくれていた。

彼女の名前はナザニン・ロム、職業は鍛冶屋である、イグナイト帝国を出て5ヶ月を掛けて到着したのだ!

イグナイト帝国で知り合ったアベル・ストークスから頼まれた要件について悩んでいたのだが、その要件の最重要課題となる

彼の姉妹がオービで3日探しても手が掛かり1つ見つからないのだ。

勿論、見つからない場合はオービスト大砦に埋めてくれとも頼まれていたが実際にそうなると本当に埋めても良いのかと悩んでしまう。

大体、母の形見の品だと聞いてもいたから埋めるにしても景色が良い所を探して埋めなければならないがナザニンは全くと言って良い程オービスト大砦について詳しくは無かったからどこが良いのかも検討が付かなかった。


「大変な事を気軽に引き受けちゃったな・・・・・・」


アベルから形見の品だと聞いていたので途中で買った色鮮やかな刺繍を施した小袋に入れて姉妹に渡そうと思っていただけに残念だが見つからない以上は仕方がなかった。


「仕方ないなあビンに頼むとしようか!確かオービで鍛冶屋をしているって言ったたよね!」


ナザニンはオービにいる唯一の知り合いであり祖父の弟子の1人だったビン・アリーを頼る事にした。

ビンとは祖父が亡くなった時に一度だけ会っただけであったが、アベルの母の形見を埋めるのに適した場所くらいなら知っているかもしれない!そう思いビンを頼る事にしたのだ。


適当に歩く人にビンの鍛冶屋の場所を聞くと直ぐに教えてくれ訪ねる事が出来た、しかもそう遠くはない場所だった。


直ぐに見つけ店内に入ると、しっかりと作られた様々な武器が並べられ清掃も行き届いた清潔感溢れる店内に目を奪われた。


「いつか、こんな感じの店を出してみたいな!」


そう思いながら店内を見回すと奥にあるカウンターで見覚えのあるビンと黒い髪の少女が熱心に話し込んでいるのが目に入った。


ビンが少女から一振りの剣を手渡され鞘から抜いたの目にした瞬間、ナザニンはその剣に目を奪われた。


「なんて業物なの!雰囲気は全く違うが、お爺ちゃんの作った名前ある業物たちと同等のクラスだ!」


その剣は片刃の剣で光り輝く優雅さがあり力強さを感じさせる鍛冶師が相当な一念を注ぎ作り出したものだと直感した!


「素晴らしい剣、この手で触れてみたい!」


そんな誘惑と衝動に捉われたが、ここはビンの店なのだ!勝手には出来ないと戒め必死に耐えた。


「ヴェルサーチ様、お預かりは致しますが、これほどの業物を私が扱えるかどうか時間を下さいませんか?」


「はい、それでお願い致します。もし出来ましたら姉上が帰還する予定の1月後まででお願いします!その時にまたお伺いしますので!」


「はい承知致しました!」


そう話し終わると少女は踵を返しすれ違うナザニンにも頭を軽く下げて店内を出て行った。


「はい、いらっしゃいませ・・・・・あれ、ナザニン様ではございませんか!」


直ぐにビンはナザニンに気づいてくれて再会を喜ぶ事が出来た。


「お久しぶりです、ビン!」


「いや、立派になられて!見違えましたよ!ところでオービに何か御用が?」


それからナザニンはアベルから頼まれた要件をビンに話し、どこか良い場所は無いかと尋ねたがビンにも思い付くような場所が無いらしい。


「もし良ければ2月後に西方のパースの街に行く予定なのでコープ村に埋めてきましょうか?その少年の故郷なら亡き母親も喜ぶでしょう!」


ナザニンもコープ村には来る途中で立ち寄ってはいたがアベルの姉妹が生き延びてオービスト大砦たどり着いた事に期待をして、ここまで持ってきていたが現状ではその方が良いと思った。


「すみませんが、お願い出来ますか!」


「お安い御用ですよ、ナザニン様!」


暫らくの間、2人で亡き祖父の話をしてから、どうしても気になって仕方がない黒髪の少女が持ってきた剣について我慢できずに聞いてみた!


「ビン、さっきの娘さんが持って来られた剣は?」


「やっぱり気がつかれましたか!かなりの業物ですよ!」


そう言うとビンは剣を手に取り鞘から抜きナザニンに手渡してくれた!

直に手に持って触ってみると素晴らしさも分るが、おかしい事にも気がついた。

更にはかなりの人を斬った独特の雰囲気まで漂っている。


「やはり気がつかれましたか!さすがにナザニン様だ!」


「この剣、かなりの血を吸っていますね!」


「そうです、あの血塗れ女神の愛剣ですからね!」


「あのヴェルデールの3女神の1人の!」


ナザニンも旧カルム王国領を旅をしていた時にヴェルデールの3女神の噂は耳にしていたから余計に自分の今手にある剣が、その1人の愛剣である事に驚き、そして納得した!

改めて見ると見た事のある名前と銘は刻んである、陸奥神威・鳳翼。


「陸奥神威の剣だったのか!道理で!」


ナザニンも陸奥神威の事は知っていた、幼き日に祖父を訪ねて来た一風変わった男だった。

祖父を訪ねてきたのに修行をする訳でもなく祖父と酒を飲むか自分を含む近所の子供達と遊んだりして何をしに来たのか分らない男だった。

だが祖父曰く、あの男は鍛冶の神に愛されている!と評されていたのを覚えていたのだ!


「しかし、この剣・・・・・かなり状態が悪いですね!」


「随分と人を斬ったのでしょう、ですから妹君様が持って来られたのです。しかし、これほどの業物を私程度の腕では・・・・・そうだナザニン様、この剣の整備をお願いできませんか?」


「え!私がですか?」


「ナザニン様なら、この剣を蘇えらせるだけの腕もお持ちだ!是非とも!」


正直、ナザニンは困った。

ナザニンの理想としては整備するにしても、製作者が込めた想いを感じ取って作業をする事を心掛けていたからだ。

込めた想いを感じなければ、その剣は全く別の剣になってしまう!剣を殺しかねない。


だが、これほどの剣に自分が火を入れたいとも思ったのも事実であった!

素晴らしい剣を蘇らせる、自分が魂を剣に注ぎ込むのだ!


「ビン、3日程時間を下さい!この鳳翼と話をさせて下さい!」


それからのナザニンはビンの工房に閉じこもり、鳳翼をただ眺めたり、1日中触っていたり、そして物言わぬ鳳翼に話しかけたりして3日を過ごした。


ダメだ・・・・・自分には無理だ!この鳳翼は陸奥神威が特別な一念を持って打ち込んだ剣だ!


そう4日目に感じてビンに断った、正直に自分には無理だと伝えて。


「すみません、ビン・・・・・私には無理です。お役に立てず」


同時に明日ローヴェに向かうとビンに伝えた。


だが、その晩、ナザニンは不思議な夢を見た。

燃えるような赤髪の真紅の鎧を纏った美しい女性が話し掛けて来るのだ!


「其方か?私の鳳翼を蘇らしてくれたのは?礼を言う。これで私は戦場に立てる!」


「いえ、私は鳳翼に魂を吹き込む事は出来ませんでした!申し訳ないのですが・・・・」


「それはおかしい!こんなに鳳翼は喜んでいるのに!自分もこれで戦えると!お前の魂をくれてありがとうと言っているぞ!」


そこで夢が終わった。

直ぐにナザニンはビンを叩き起こして鳳翼の整備に取り掛かると伝えた!


迷うな!鳳翼の気持ちを感じ獲れ!鳳翼は主と共に戦いたいのだ!自分はその手助けをするのだ!

神威がどんな気持ちで鳳翼を打ったのか全身で感じ獲れ!想いを感じ獲れ!


五日間、工房に閉じこもり整備した!そして出来た!


初めて鳳翼を見た時よりも光り輝く優雅さがあり力強さを感じさせた!


この鳳翼に陸奥神威が込めた想い、それは主と共に戦い主を守る為の剣である事!ナザニンは鳳翼に感じ取ったのだ!


一応、ビンにも見せると驚嘆と感激を示してくれた!


「さすがはナザニン様、これで血塗れ女神の愛剣は蘇りましたな!お見事です!」


「ところでビン!この剣の持ち主の血塗れ女神とはどのような方ですか?」


「ああ、このオービスト大砦を守護されるシェリー・ヴェルデール様の妹様でメリッサ・ヴェルサーチ様でございます。今は先のオービスト大砦攻防戦の勝利で回復された西方の小城の修繕視察に行っておられるとか!」


ナザニンは血塗れ女神の名前がメリッサと聞き、もしやアベルから聞いた姉のメリッサ・ストークスかと思いビンに聞いてみた。


「その方は元はメリッサ・ストークスと言われるのではないのですか?それに、あの黒髪の少女もリーゼ・ストークスと?」


「いや、それは無いですね!確かにリーゼという名前ですが名門ヴェルデール家の流れを組む貴族です。

何よりリーゼ様は女王アルベルタ陛下の侍従を務め御学友としても信任の厚い方ですから、この街の噂でも、いずれはヴェルデールの4女神になる!と評判の方ですよ!それに一度メリッサ様も店に来られた事があるんですよ!ジュリア様が手に入れたリザイヤ・メイスンの槍の調整に同行されて親し気にジュリア姉さまなんて呼んでおられましたから!」


「そうですか、でも名前が同じだったので気になったのですが・・・・・・」


「このカルム王国にはメリッサとかリーゼとか多い名前ですからね!第一、ナザニン様に頼まれた少年は農家の子供だったのでしょう?その家の娘がいきなり貴族になって戦場に立って敵の血を全身に浴びるほどの大活躍をして敵から血塗れ女神と恐れられるっていうのも!」


「そうですね、あり得ないですよね!偶然か・・・・・でもメリッサ様とはどのような容姿なのですか?」


「それはお美しい女神と呼ばれるのに相応しい方です!紅蓮のような赤髪にヴェルサーチ家の色である真紅の鎧を纏った方でございます!」


そうかやっぱり、自分の夢に出てきた女性はメリッサ・ヴェルサーチだったのか!では自分のした事は間違いない!そうナザニンは思った!


「ではビン!色々と御世話になりましたが、明日にでもローヴェに向かうとします!スノー・ローゼオさんと約束もありますから!」


「では、知り合いにローヴェ商人がいるので馬車に乗せて貰えるように頼んでおきましょう!」


「助かります!」


そしてナザニンは自分が買った小袋に入れたアベルの母の形見をビンに託しローヴェに向かった。



※      ※      ※



ナザニンがローヴェに向かって21日後、約束とおりリーゼが帰還したばかりのメリッサを連れてビンの店にやって来た。


「どうですか?お頼みした整備は出来上がりましたでしょうか?」


リーゼが笑顔で問いかけるとビンも笑顔で自分の自慢のように鳳翼の整備を偶々訪れたアッパス・ロムの孫娘がおこなってくれたと話しメリッサに鳳翼を手渡した!


メリッサが鞘から抜くと最初の頃と全く同じ鳳翼が自分の手にあった。


「素晴らしい・・・・・これほどの整備をして頂けるとは!是非お会いして御礼を言いたいのですが!」


「それが、もうローヴェに向かって旅立たれました。メリッサ様とリーゼ様に宜しくお伝えくださいと残されて!」


「そうですか!残念です、是非ともお会いしたかったのですが!」


「姉上様、これで鳳翼を手にして戦えますね!」


「こんなに素晴らしく蘇えった鳳翼とは思いませんでした!まるで陸奥神威から貰った時の輝きがそのままだ!」


このメリッサの『貰った』という言葉に鍛冶屋のビンは直ぐに反応した!

自分が、この剣に値段を付けるなら城1つ分の価値はあると考えた鳳翼をメリッサが『貰った』と言ったからだ!


「失礼ですがメリッサ様、今この剣を貰ったと言われませんでしたか?どのような理由で貰われたのでしょうか?私も鍛冶屋でございますれば後学の為に良ければお聞かせ願えないでしょうか?」


そう聞かれたメリッサは快くビンに話した。

元は自分の弟が修行していた鍛冶屋の親方の弟子であった陸奥神威が現れて年少だった自分を一目見て剣の主だと騒ぎ立て、ほぼ無理やり渡された事を笑いながら話した。


聞いていてビンは真青になってきた。

この人は今、自分の弟が鍛冶屋で修業をしていたと言った!

この人は元から貴族ではなかったのか?

貴族なら鍛冶屋に家系の者を修行なんてさせる事はしない・・・・

それに弟なんていたのか!

まさか、その弟は・・・・・・


「メリッサ様、非礼をお聞きしますが・・・・・・元は貴族ではなかったのですか?」


「ええ、私は勿論、このリーゼも元は農家の子供です!今では何の因果かヴェルサーチを名乗っていますが!」


「もう1つお聞きしても宜しいでしょうか?」


「はい、何なりと!」


「元はストークスでは・・・・・?」


「そうですよ、元はメリッサ・ストークスとリーゼ・ストークスです!誰かからお聞きしましたか?」


ビンは自分がとんでもない事をしてしまったと思った!

ナザニンに聞かれた事を否定し、そしてメリッサは兎も角リーゼにナザニンから詳細な身内の情報を得る機会を奪ってしまったのだ!


すぐさまビンは頭をメリッサとリーゼに何度も頭を下げ許しを乞うた!


いきなりのビンの謝罪にメリッサもリーゼも呆気にとられたが、直ぐに辞めて貰い詳細を聞いた!


「私はなんて事をしてしまった!」


「御主人、落ち着いて!どうなされたのですか?」


「これを!」


すぐさまビンはナザニンから預かった小袋をカウンターの下から取り出しメリッサに手渡した。


「中を御覧ください!」


そう言われたメリッサは不思議に思いながらも小袋を開けると見覚えのあるブローチが出てきた。


「姉上・・・・・これは母ちゃんの!」


リーゼが驚愕の表情を浮かべそして目に涙を浮かべ始めた。

それは間違いなく死んだヘレンが身に付けていたブローチだった。

見間違うはずは無い、何故ならメリッサ自身が年少の折に露天の飾り職人がコープ村に来た時に選びヘレンが気に入って、いつも着けていたブローチなのだから!


「御主人、これを一体どうされたのですか?」


「実は・・・・・・」


それからビンはナザニンから聞いた思い出せる話を全て2人に語った。

そしてアベルがいつ死ぬか分らない命のやり取りの奴隷剣闘士にされている事実を知った。


「そんな・・・・・アベルが奴隷剣闘士だなんて・・・・・」


「姉ちゃん、今直ぐ兄ちゃんを助けに行こうよ!兄ちゃんが死んじゃうよ!」


もうそこには女王アルベルタの侍従を務める利発なリーゼではなくオービスト大砦に来た頃の泣き叫ぶリーゼがいるだけだった。


「落ち着けリーゼ!落ち着くんだ!」


必死でリーゼを宥めそして考えた!


「まずはスノー・ローゼオに手紙を送ってナザニンさんに詳細を聞いて貰おう!それからイグナイト帝国に潜入させてある者達に探らせよう!まずはそれからだ!」


「申し訳ございません・・・・・私が決めつけずリーゼ様に報告していたら・・・・」


「いや御主人、これだけで十分です!少なくても弟が生きていた事が分りましたから!」


実際、メリッサには、その方が良かったのだ。

もし自分が留守の間にナザニンから聞いていれば必ずリーゼはイグナイト帝国に直ぐに向っただろう!

今、イグナイト帝国はカルム王国に西方の領地を奪還された事で警戒が厳重になっている、そんなところにリーゼが行ったら確実に殺されるだけだ!


そして泣くリーゼを連れシェリーの屋敷戻り、シェリーに理由を話協力を要請し自身はスノー・ローゼオに手紙を書いて送った。



だが結果は散々たるものだった。


2ヶ月後にはスノー・ローゼオから返信がありナザニンが既にローヴェの地から旅立ち行き先が分からない事。

10ヶ月後には諜報の者より、アベル・ストークス消息不明、との報告されたのだから。


閑話 母の形見編 完

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