終わりの始まり
アベルとゲイシーの戦いが始まった時、滑稽だが生真面目なラウラはリラに戦いの前の挨拶をしているところだった。
「リラさま・・・・・私は口下手ゆえ、その・・・・・戦って頂き光栄の極みです・・・・・」
そう言われたリラは呆れたが、一応は年長者として丁寧に挨拶は受け返し、そして説教を始めた。
「まあ、あれね!ウチの馬鹿妹に比べたら礼儀作法がしっかりしているのは認める!でもさ、ここでは敵同士なんだから思いっきり掛かって来なさい!」
「は!では遠慮なく!」
そう言うとラウラは自分から仕掛けて行った。
レイシアの場合なら自分は受けに徹して戦った、だがリラ相手なら自分の身体能力が負けていないと思っていたからだ。
だが、それは途轍もなく甘い考えであったと認識させられる事となった。
ラウラの如何なる剣撃にもリラは受け流すだけで対処してしまうのだ!
それはラウラにはまるで宙を舞う綿の塊がひらりと空が斬るように感じた。
「確かに噂とおりパワーもスピードも申し分ないわね!恐らくはケイト並にはあるわね!でも、それだけね!」
そう言うとリラは一直線にラウラに突っ込んで来た!
形としてはレイシアと戦った時と同じになり、すぐさまラウラはグレイトソードをしゃにむに構え抑撃態勢を整えた。
一瞬、リラが微笑んだようにラウラには見えたが構わず自分のグレイトソードの間合いに侵入したのを確認し下から上と剣を振り切った!
獲った!とグレイトソードから伝わる感触が伝わったと同時リラが一瞬にして目の前から消えた!
そして気づけば突如上から現れたリラのサーベルで左肩に強烈な一撃を受け顔から地面に倒れ込んだ!
一体何が起こったんだ?そう思ったラウラだったが、目線の先にある地面に転がるリラの折れ曲がったジャベリンを見て理解した。
そうかジャベリンで受けたと同時に上に飛んだのか・・・・・・
リラは、まずラウラのグレイトソードの一撃をジャベリンで受け止めると、その力の方向を操作し横から上と変化させて自身を宙に廻せ、その間にサーベルを抜いて左肩に一撃を与えたのだった。
「物凄いパワーね、あんなに高く飛び上がるなんて思わなかったわ!やっぱりケイト並はあるわね!」
褒めてくれているか馬鹿にされているのかラウラには分らなかったが、完全に自分が得意とする一撃をあっさりと看破された事実だけは理解出来た。
「でもねラウラ、ただ物凄いパワーってだけね!」
言葉では、平然を装いながらも実際はリラは心の中では焦っていた。
この子はポテンシャル的は、自分やケイト・テリク、そしてラウラの姉であるホリー・テランを大きく上回る力を持った戦士だと思った。
模造武器とは云え自分が力の操作をして受け流したはずのジャベリンが折れ曲がったのが証拠だ!
「そのパワーを認めて本気で相手をしてあげるわ!」
リラは以前、妹のカミラがホリー・テランに勝負を挑み、僅か3分で負けた話を知っていた。
ならば自分もホリー・テランの妹であるラウラ・テランを観客たちの前で圧倒的な力の差を見せつけて勝つ必要がある。
そうでなければテアナ族の誇りは保てないのだ!
そのリラの言葉にラウラも反応しグレイトソードを構えようとした時、自分の身体の異変に気がついた!
左腕が上がらないのだ!
先程のリラの一撃で左の鎖骨が折れていたのだ。
それでもラウラが右手一本で構えた。
アベルがゲイシーと戦っているところが目に入った為だ。
その時、アベルがゲイシーに一方的に殴られ必死で防御していた。
「向こうもそろそろ終わっちゃいそうね!ラウラも肩がダメみたいだから降伏しなさい!今ならアベルさんも救えるかもよ!」
「・・・・・ふざけるな!アベルは負けない!私に優勝しろって言ってくれたんだ!」
本当はラウラはアベルの様子を見てダメだと思った、もうゲイシーに勝てないと思った。
しかしアベルは自分を捨て駒にしてでも優勝しろと言ってくれた!
ならば自分が、ここで負ける訳には絶対にいけないのだ!
「そうなの!じゃあ私も、その気持ちに応えないとね!」
そう言うとリラはサーベルを地面に突き刺してラウラを挑発して来た。
「掛かって来なさい!武器なんていらないわ!素手で相手をしてあげる!」
この人もお人好しだな!
そうラウラは思ったが自分もグレイトソードを投げ捨てた!
テアラリ島3部族に武器を持たない敵に武器を持って戦う事はもっとも卑怯な行為なのだ!
しかしラウラは右腕一本で殴りかかったがあっさりと躱された挙句にリラに髪を掴まれ引き摺りまわされ、ほぼリンチ状態に合う破目になった。
態勢を整えようとしても整える前に引き倒され、全ての動きが後手後手になり空回りせざる負えなかった。
だが、そんなリラの動きが何故か突然止まった。
「そんな嘘でしょう・・・・・」
そんな言葉を発しリラが呆然と一方向を見ていた。
その方向をラウラが見ると苦痛の表情のゲイシーが両の拳から血を流し満身創痍のアベルが口から血を流しながら揺ら揺らと起き上がる瞬間だった。
「・・・・・何故?・・・・どうなっているのよ?」
呆然とするリラを見てチャンスと捉えすぐさま腹筋の力で起き上がり即右蹴りを放つと察知したが出遅れたリラの脇腹にモロにつま先が入った!
しかし、よろめき苦痛の表情のリラに渾身の右ストレートで顔面を狙ったが躱された挙句に後方に廻られて後ろから首を絞めれた。
それでも右腕でリラの右手首を握り引き離そうとしていた時ラウラの意識はゆっくりと途絶えた。
頸動脈を締め落されたのだった。
それから動かなかくなったラウラを確認してリラは勝利宣言のように高々と右腕を上げた!
直ぐにリラは自分の肋骨を折られた事に鋭い痛みで気づいたが痛みをこらえて右腕を上げ続けた。
自分はテアナ族の次期族長なのだ、情けない行動は出来ないのだと表す様に!
そしてリラの勝利を認めた笛が鳴り響いた。
※ ※ ※
俺は試合が終わってから直ぐに治療を受けた。
両腕は硬質粘土で固めたられ頭と胸にも包帯でグルグル巻きにされていた。
昔、デリア・アダーニの婆さんに塗られた臭い塗り薬以上の臭いを放つ薬を全身にも塗られた。
そして内臓のダメージがあったのか2日間吐き気を模様おし続け3日目になんとか収まったところだった。
ゲイシーとの戦いで俺は大ダメージを受け2ヶ月の安静という結果となってしまった。
俺の隣りではラウラがまだ意識を取り戻さずに寝たままだった。
ラウラも似たようなもので全身包帯だらけで肩は俺と同じように固定されていた。
ただ時折、俺の名を呟く時があり脳へのダメージが無いのでは無いかとの診断だったので安心した。
そのラウラが試合終了から5日目に意識を取り戻した。
初めはボーっとしていたけど俺の顔を見て尋ねてきた。
「私は負けたんだな・・・・・・」
そして泣き出した。
「でもさ俺もゲイシーにボコられて、この有様だよ!」
そんな俺の慰めの言葉がダメだったのか余計に泣き出してしまった・・・・・
「アベル・・・・・すまない・・・・・アベルが必死にゲイシーと戦ったのに私は・・・・・・」
「いやラウラ、健闘したと思うよ!本当に!」
「ダメだ、一方的に負けたんだ!リラさまに・・・・・」
「あのね、最後にリラさまが言ってたけど、背負っているものが違うってさ」
「・・・・・背負っているもの?」
「ああ、俺は思うけどリラだけじゃなくてホリーさまもケイトさまも、やっぱり立場が掛かって来るからね!部族を背負う重さへの覚悟だよ」
「そうなのか・・・・・私にはリラさまに比べ覚悟が足りなかったのかもしれない・・・・・」
「そうかも知れないね、でも一回の敗北をバネにして次に出て優勝すればいいさ!」
「アベル・・・・・それがダメなんだ!一回出場して負けると、もう出場権利はないんだ・・・・・」
「え・・・・そうなの」
もう、ここからは俺に言葉が出なかった。
何故なら、もうラウラがムフマンド国にあるアフマドさんの墓参りに行けない事を表しているのだから。
「なあアベル!ムフマンド国のチャダニーさんに会いに行った帰りで良いから父さまの墓参りに私の代わりに行ってくれないか?」
「ああ分かったよ!・・・・・って、これって俺が言った逆のバージョンじゃないか!」
「そうだな!」
それから俺たちは眠った、互いに負けた悔しさを噛みしめながら。
3ヶ月が経過し俺とラウラの怪我が完全回復した頃、テアラリ島で重要な儀式が執り行なわれた。
テリク族・テアナ族族長の交代の儀式である。
テリク族のケイト・テリクがリラより年齢が1つ上という事から先に儀式をし、7日後にテアナ族のリラ・テアナが儀式をする事になりハロルドの街は14日間お祝いムードになり俺とラウラも2つの部族から招待を受けた。
ただホリーだけは2部族の儀式においてテラン族族長という立場から率先して主賓の挨拶をした結果、可哀想に舌がボロボロになっていた。
俺の騎士の洗礼の時もそうだったけど元来はアガリ症なのだろう。
そして両部族の儀式が終わると俺はテラン族の騎士を解雇された。
だが、次の日に騎士に戻った。
俺はケイトからの提案でテアラリ島3部族の共通の騎士になったのだ。
3人の族長から全員から騎士の洗礼を受けたのだが3人が緊張で舌を噛みながらの洗礼の儀になったのには笑ったが。
何故、俺が3つの部族の騎士になったのには理由があった。
まずはリラが武闘祭優勝でで望んだ事が関係した。
リラの望んだ事はテアラリ島3部族が世界の流れに遅れないように情報収集の観点からイグナイト帝国とエルハラン帝国以外の国々への人々の出入国解禁であった。
だが、これにはリラ個人的な望みとは言えずエリゾネもアンも直ぐには返答出来ない為、今回の族長交代とは別に一時2人の預かり案件となっているらしい。
そこで案件の了承が出た場合を考えて俺に情報収集の手段を考えろと言ってきたのだ。
そして、テアラリ島3部族全体の事だから3部族共通の騎士にした方が良いのではないかと考えたらしい。
確かに、そうなれば俺は名目上は3人の族長に直ぐに会える立場になるので仕事は遣り易いのだが。
「分りました、お役に立てるかは分りませんが考えてみます!」
「何か必要な物があれば我々も協力しますので!」
「では情報に関する事なので、この件は内密に!」
それから、この事とは全く関係ないが聞きたい事があったので聞いてみた。
「では3部族共通の騎士になったので、お聞きしますがカミラ、レイシア両人の処分は如何様になられたのでしょうか?」
そう聞くとケイトもリラも直ぐに硬い表情になったが答えてくれた。
「こればかりは我々が族長になる前の事で両母さま方の裁定となっております。ただ未だ処分を決めかねている御様子です」
「そうですか、分りました」
「アベル殿にもご迷惑をお掛けします」
ケイト、リラの2人が俺に頭を下げてきたので急いで辞めて貰い、そして俺は退席した。
それからは5日間、テラン族族長宅で用意されている俺の部屋に閉じこもり情報収集の手段を考えた。
だが、色々とやらなければならない事は浮かぶが具体的にどうすれば良いかの手段が浮かばなかった。
いきなりスパイ的に国の中枢に潜り込んだりして国の権力者や重要な地位にある人間に接触し買収または一夜を供にしての情報収集なんてテアラリ島3部族の人間達には無理な話なのだ。
正面から立ち向かう事は得意であっても側面を突くやり方は、この部族たちは性格的に極端に嫌うのだ!
そんな悩み悩んでいた時、ゲイシーが俺を誘いに来た。
俺が3部族共通の騎士になったのをアンから聞いて、そのお祝いをゴウドの店でするから来いと言ってきたのだ。
ちょっとストレスも溜まってきていたので行く事にした!
ゴウドの店に着いて中に入ると色々な料理が並べられて俺を待っていてくれたようだ。
常連たちから祝いの言葉を受けて食べたり飲んだりしているとゲイシーが小声で俺に言ってきた。
「ママから聞いたよ!色々と大変だろうけど頑張って考えてあげてよ!」
・・・・・・そんな重要な事を、もう喋っているのか・・・・・しかもリラがアンに喋ってアンがゲイシーに喋ったって事だ、情報って意味を理解していない証拠だ。
「ゲイシー、この事は内密に頼むよ!」
「分かってるよ、ママにも言ったんだよ!そういう事は内緒にした方が良いってね!」
「そう言われたアンさまの様子はどうだった?」
「そうなの?何故?って感じだったよ!」
これは上に立つ人間から教育しないとダメだ・・・・・・・
悪い意味で家族愛というものが出ているし正直が美徳だと思いすぎている・・・・・・
そんな事を考えていた時、ふとゴウドのバーの中を見回してみた。
男たちが楽し気に愉快に、それぞれが互いに気を掛けて飲み物が無くなれば頼んでやり、遠くの皿があれば取れない人達に廻してやったりしていた。
中には食べ終わった皿を厨房まで持って行ってやる者もいる。
「なあゲイシー、この島の男たちって大体こんな感じなのか?よく気が廻るというか親切というか」
「ああ、そうだよ!この島の汚物どもは戦う事と子作りしか興味がない馬鹿ばっかりだけど、男たちは優秀さ!何でも出来るし気も廻る、それに誰にでも親切にする!会話も上手ければ頭も良いよ!」
「皆が皆なの?」
「そうだよ、ほらテアラリ島3部族は特に女尊男卑が厳しいから、そうなっちゃうんだよ!」
「なるほど・・・・」
俺の頭の中で情報収集のイメージが湧いた。
アドバイスや誤字脱字等がありましたら御指摘よろしくお願いします。