ささやかな幸せで良い
俺が異世界に転生して7年の歳月が流れた。
唐突だが俺は現在師匠の下で修業中である。
「もっと腰を下ろせ!」
「はい、師匠!」
「いいか、時には強引に!時にはしなやかに!それが基本だ!」
「はい、師匠!」
「いいか!見てやって感覚と身体で覚える!そうせんと修得出来んぞ!」
キン・キーン・キン・キーキン・キン・キン・・・・・・
鉄と鉄がぶつかり合い焦げ臭いを放つ!
火花が散る!熱い戦い!
一瞬の油断と瞼き1つで全てが終わりかねない厳しい修行だ!
気を抜くと全てが終わる!
師匠に妥協は無い!
実践あるのみ!
師匠は言う!
「一点に集中し事をなせ!それ万物の理なりや!」
そんな師匠の言葉に俺は感動し奥の深さを知る!
そう・・・・・・俺は今・・・・・・包丁を作っている。
・・・・・・・俺は鍛冶屋になっていた、鍛冶屋と言っても剣とか槍などではなく家庭用品専門の鍛冶屋だ、偶に穴の開いた鍋の修理なんかもしたりする。
ちなみに最近鍋修理は任せて貰えるようになった、嬉しい!
しかし転生した時、俺は思い描いた騎士とか王族とかではなく農家の2番目の長男として生まれていた。
どうして転生した時に赤ん坊なのに農家に生まれ二番目とういう事が理解出来たかというと生まれて直ぐから音は聞こえていたからだ。
当然だが初めは家族の会話は日本語ではなく何語か解らなかったが、そこは赤ん坊だ!次第に理解出来るようになっていった。
そして初めに理解した会話、どうやら母である女がどうやら父である男そして姉らしき女の子の何時も決まったように始まる家庭の会話だった。
母らしき女が父らしき男に何時も言う。
「アンター酒ばっかり飲んでんじゃないよー」
「母ちゃん、もう一杯だけ飲ませてくれよー、明日も俺一生懸命に耕すからさー」
姉らしき女の子の声も聞こえてきた。
「父ちゃん、もう一杯、もう一杯って、もう6杯目だよー」
「おいおい、そんな事言うなよメリッサ、もう一杯飲んだら父ちゃん明日も頑張れるからさー!」
「ダメな父ちゃんですねー、アベルは酒飲みになったら駄目だぞー!」
どうやら俺の姉になった女の子はメリッサという名前で俺はアベルという名前らしい、そこも理解出来た。
「こりゃ父ちゃん一本取られたなー、ははははー」
おい・・・・・なんか想像とかなり違うぞ!これ大丈夫かよ・・・・・・俺、異世界に転生してんだよな?
どう聞いても極々普通の家庭の会話じゃねえか!
まるで昼に奥様達が観るアットホームなドラマにあるような家族の会話じゃねぇか!
俺は騎士とか王族の家庭に生まれて気品良く育てられて家臣の騎士に剣術指導を受けるなんてのが理想なんだが、会話を聞く限りじゃ程遠い感じが・・・・・・大丈夫かよ、俺・・・・・
そんな不安は目が見えるようになると現実となった・・・・・
アニメで観たような中世ヨーロッパの農家のような貧乏そうな部屋と思い描いた爽やかなイケメンの父と綺麗でオッパイが大きいスタイル抜群の気品ある母の両親像とは程遠い、剥げた小男と太った大女が俺を見てアベルと呼びながら笑っていた。
異世界でも俺はやっちまった・・・・・・そんな絶望が俺に襲いかかった・・・・・・・
だが俺のそんな絶望は暫らくすると無くなった。
姉となった4歳上のメリッサが兎に角可愛いのだ!まるで俺が愛した嫁達(二次元)を彷彿させるように可愛い!
取り立てて可愛い仕草や可愛い服を着ている訳ではないが、それが自然かつ純粋さを感じ可愛いのだ!
それに、この家族は兎に角笑顔の絶えない家庭だった。
転生前の両親は共働きだった。
父は仕事の忙しい人で母もパートを幾つも掛け持ちしていた人だった、今思えば一般的な家庭より裕福な家庭ではなかったかもしれない。
中学校の時に俺は虐めにあった、切っ掛けは単純に俺がボッチだったからだ。
性格的にも人前に出るのが苦手で話し掛ける事も苦手だった事もあるのだろう。
今考えれば色々と手段はあるのだろうけど、もう自分一人ではどうしようもなかった。
だが相談なんてのも出来なかった・・・・・
虐めなんて弱そうな孤立した人間を狙うのが常套手段だ!抵抗でもすれば良かったんだろうけど出来なかった、それどころか卑屈に笑う事しか出来った。
虐められて卑屈に笑えば笑う程に相手は調子に乗って虐めは加速した。
そして俺は学校に行かなくなった。
それでも名前さえ書けば合格するような高校に入ったけど一度も行かずに留年して退学した。
それからだった、母親を殴ったり蹴ったりし始めたのは。
一度そういう事をすると加速したように家庭内で暴れた、外に出ればオドオドする自分が情けないと思いながらも止められなかった。
暴れれば父は諦めたような顔をし母は怯えてたように何でも買ってくれた、苦労して稼いだ金だったのだろうけど俺には全く興味は無かった、そして20歳を過ぎた頃にパソコンを手に入れた事で余計に外に出なくなり家族とも話さなくなった。用があれば『壁ドン』『床ドン』である。
初めて観たネットの世界に俺はのめり込みネトゲ(オンラインゲーム)を始め、そこで知り合った人が自分を理解してくれる唯一の存在だと思った。勘違いしたのだ。
24時間常にネトゲにいる俺の生活を注意してくれた人もいたけど、そういう人は『絶交』したりして自分にとって居心地良い人だけを選んで付き合った。
ネトゲの中の俺は最強だった、難度の高いクエストも誰よりも早く攻略したし誰よりも高レベルの装備を身につけたキャラは俺の全てだった。
2〇hで晒されても心地よい響きに感じたし、寧ろ誇らしかった。
そして気がつけばネトゲの中でも『廃人』『暴言厨』と呼ばれるようになり、そのネトゲで俺の字名は『脳内お花畑』だった。他のプレイヤーから見ても特異な存在だったと思う。
そんな生活をしていた時、6つ下の妹に言われた事があった。
「ゲームキャラは最強かもしれないけど兄ちゃん自身はLV上がらないね!最低LVのままだよね!」
そして俺は両親と妹に家を追い出されブラックな職場に入れられて死んで今ここにいる。
現在の家族の会話を聞いていると前の世界での後悔は加速した。
父の諦めた顔、母の怯えた顔、そして妹の軽蔑した目・・・・・
虐められても抵抗すれば虐めは無くなったかもしれない、勇気が単に無かっただけだ。
前の世界の家族だって本当は俺が笑顔を奪っていただけかもしれない。
前の世界の家族に申し訳なく思えた、俺みたいなクズがいたせいで。
しかし現在の家族は、そんな心情を知らないはずなのに常に笑顔で俺を癒してくれた。
彼らからすると、ただ単に可愛い子供に愛情を注いでいるだけだろう。
人が俺に笑顔をくれるのは、いつ以来だろう。
「ああ、アベルが笑った!俺を見て笑ったぞ!」
「アンタの禿げ頭を見て笑ったんだよ!」
「父ちゃんみたいに禿げたらダメー、アベル!」
そんな俺への言葉に自分の思い描いて想像していた世界が馬鹿みたいに思えてきた。
王族か騎士の家に生まれる?爽やかなイケメンの父?オッパイの大きいスタイル抜群の母?
そんな都合の良い話なんてあるか!
でも現実に笑顔をくれる家族がここにいる、それだけでいいじゃないか!それがあれば良いじゃないか!
前の世界では自分で這い上がろうとせず家族に八つ当たりの人生だった。
この世界では二度とあんな失敗はしない!
ささやかな幸せで良い、絶対に掴んでやろう!
この世界では絶対に失敗しない!
そう思えた!
・・・・・・・だが両親の遺伝から考えて禿げるのと太るのは嫌なので、この世界に育毛剤的な物はあるのかと心配になり歩けるようになったら運動して身体を鍛えないとと誓った!
そして俺が、この世界で4歳になった時、黒髪の妹が生まれた。
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