間話 師弟関係、使えないヘルプと指名率NO.1キャバ嬢(中編)
『3すくみ』という言葉がある。
3つのものが、互いに得意な相手と苦手な相手を一つずつ持ち、それで三者とも身動きが取れなくなるような状態のことらしい。
このキャバ店は、そういう状況が支配していた。
三つの勢力、NO.1の美倉香澄を筆頭にした第一勢力、それぞれにNO.2、NO.3を筆頭とする第二、第三の勢力があった。
はっきり言えば仲が悪い。
女は三人寄れば派閥が出来る生き物である。
まして女が数十人寄れば、出来て当然だった。
しかし、一人だけ入っていなかった女がいた、いや入れてもらえなかった。
使えないヘルプこと高橋裕子である。
客が取れないからヘルプになる。
どこのキャバクラにでもあるが、能力があって敢えてヘルプの役割をするキャバ嬢もいる。
その力も大きな役割を果たしているからだ。
お気に入りの指名壌が他席にいる間には、相手をすることは勿論だが、差しさわりのない話で時間を稼ぐことも重要な役割となる。
客としては、指名嬢が自分のところに来なければ来店した意味はない、当然機嫌が悪くなる。
しかし、和やかな雰囲気を作り時間を稼げば、たとえ大幅に遅れて本命がやってきても安心して席に着くことが出来る。
そこからは指名嬢が主役になって、先に作った和やかな雰囲気を継承し客を盛り上げるが、ここからはヘルプは影に徹する。
グラスや灰皿の管理、でしゃばらないように話に相槌をうったりと、まるで漫才の突っ込みのような役割を果たしていく。
優れた会話能力があり臨機応変に立ち回れないと、ヘルプになれないのだ。
そんなヘルプに高橋裕子は位置していたが、まったく出来ていなかった。
口下手で臨機応変でもなかった、おとなしい性格の彼女、ヘルプとしては論外であった。
だから、店にも同僚にも嫌われた。
時間稼ぎを期待しても、どこか雰囲気が暗い。
客は怒ってはいないようだが、一から指名された本命嬢が雰囲気を作り盛り上げることになった。
二度手間になった。
あの子を私のヘルプに入れないでよ! と怒るキャバ嬢が続出した。
結果、顔を怪我したと連絡してきたのを、これ幸いにしてマネージャーはクビにした。
ここまでなら、よくある話だった。
しかし、高橋裕子が辞めてから不思議なことが起こり始めた。
特に目立ったことではない。
しかし、大問題が静かに起こり始めた。
固定客は来て盛況なのに売り上げが下がり始めた。
相変わらず、シャンパンやボトルは出ているが、やはり下がっていった。
店の雰囲気は盛り上がっているのに下がり始めた。
理由は、固定客の滞在時間が減り、そして2.3ヶ月に一度の割合で来ていた目立たない客たちが来なくなり始めていた。
売り上げ低下は給料減である。
気合を入れて頑張ったが、それでも戻ることはなかった。
さらに客は早く帰り始めた。
固定客にも『まだ、もう少しいてよ』と甘えてみたが、やはり帰ってしまう。
どうしてなのか!?
原因がわからず、途方にくれたころだった。
あの偶に来るMMORPGオンラインゲームが好きだと話した不動産会社の若社長が来た。
早速、美倉香澄が席について、ある程度楽しく話したときだった。
「ところで裕子ちゃんは今日休み?」
裕子? ああ、あの使えなかったヘルプか!
もう半分以上忘れていたが、記憶からひっぱり出して笑顔を保ったまま答えた。
「あの子なら辞めましたよ。」
とたんに若社長の顔色と表情が変わり、財布からブラックのクレジットカードを出して言った。
「もう帰る、会計して。」
「え……。」
「ごめん、用事を思い出したから。」
「ああ……はい。」
若社長は、ガッカリした表情を浮かべて帰っていった。
何が起こったのかわからなかった。
この人は高橋裕子の客だったのか、それなら彼女が在籍していたときには自分を指名しなかったはず。
どういうことだ!?
少し腹が立ったが、こんなことはキャバクラでは多々あること、特には気にしなかった。
この数ヵ月後に美倉香澄は知ることになる。
若社長が態度を一変させた理由、固定客の滞在時間が減り、約2ヶ月に一度の割合くらいで来ていた目立たない客たちが来なくなり始めていた理由を。
※ ※ ※
本音を言えばショックだった。
キャバ嬢だと聞いたとき、あの師匠なら自分よりも遥か上のキャバ嬢なのだろうと思った。
リアルで会えば、ゲームのこと以外にも仕事のことでも話題が合うと思った。
しかし師匠の正体は、あの使えないヘルプ、まさか高橋裕子だったなんて。
知った事実が頭から離れないまま、身支度を整えて同伴出勤をした。
同伴客を連れて行く、それはキャバ嬢の重要な仕事でありステータスなのだ。
今日は、とある弁護士事務所の経営者である。
30歳半ばと若く知性もあり、なおかつ実力もあった。
香澄の一番の客であり、弁護士という仕事柄のおかげか人間観察にも優れた。
本音で語りあえる相談相手でもあり、友達でもあった。
その彼が高級寿司を摘みながら言った。
「最近の香澄の店って、疲れるよね。」
疲れる!? キャバクラに来て疲れる、意外な言いようだった。
しかし客たちが早く帰っていく原因も、そこにあるのかと思い聞いてみた。
「盛り上げ方と飲ませ方が激しくなってるよ。」
「激しくって、どういう意味?」
「盛り上げてくれるのはいいんだよ、でも……だんだん疲れて来るんだよ。」
「だんだんって……なにそれ。」
「確かに、日々のストレス解消には行ってるよ。
でもさ、どこかで安らぎもほしいんだよね。」
「安らぎね……。 でも他の子もヘルプの子たちも、そういうのは気にしてると思うけど。」
「いや、なんて言うんだろ。
静寂がほしいっていうか……ストッパーがほしいっていうか。
ほら、前にいたヘルプの子がやってたみたいな。」
「前にいた?」
「ほら、えっと……ああ、裕子ちゃんだ。
裕子ちゃんみたいな感じが欲しいんだよ!」
「ええ、あの子が!?」
師匠が、あの使えなかったヘルプの高橋裕子が!?
何をやっていたというのか!?
「裕子ちゃんさ、香澄が来るまでの間は喋れなかったけど、代わりに聞き役に徹してくれたんだよ。
事務所では言えない愚痴なんかをさ。
なんかさ、裕子ちゃんが持つ雰囲気は特に言いやすかったんだよね。
それに、これ言っちゃダメなんだろうけどさ。」
「何、ダメなことって?」
「ワザとらしく『注文してもいいですか?』とか絶対に言わなかったし、俺が悪酔いしそうになると薄い水割りにしてくれたり、ごまかしてウーロン茶に変えてくれていたんだよ。
だからさ、店の売り上げ的にはダメなんだろうけど、長く時間を楽しめていたんだ。
きっと俺の財布や体調を考えて、気を使ってくれてたんだろうな。」
指名率はほぼなく、ヘルプとしても使えなかった高橋裕子が、そんなことをやっていたとは。
キャバクラは飲ませてナンボである。
好みの女性が楽しませてくれ、飲ませてくれる、男には夢の時間を売ることがキャバ嬢の仕事である。
その代わりに対価として金を頂く、それが当たり前だと思っていた。
もちろん、聞いた今も考えは変わらない。
まして薄い水割りやウーロン茶など以ての外である。
店の売り上げにつながらないのだ。
しかし裕子は、やっていた。
それに『注文してもいいですか?』にしても、キャバ嬢なら自分の売り上げにカウントされるとも知っていたはず。
それでも、やらなかった。
どうして? と疑問に思ったとき、ふと、あの不動産屋の若社長のガッカリとした顔を思い出した。
この人間観察に優れた、この人なら判るかもしれないと思い、すべてを話すことにした。
ゲームのこと、師匠が高橋裕子であったこと、そこで聞いたすべて、店の状況など、すべてを話した。
聞き終えた彼が言った。
それは、キャバ嬢としての香澄には理解不能だったが、ゲーマー香澄としては理解出来たことだった。
「その彼って香澄を指名しても、本当の目的は裕子ちゃんだったんだろうな。」
「目的が裕子なのに、なぜ私を指名したんだろう?」
「彼には、表きっては逢えない事情があったんだろう。
たとえば、現実の自分とゲームの中の自分が違いすぎたとか。
直接名乗って会うには、自信がなかったのかもな。
だからNO.1で目立つ香澄を指名してカモフラージュしながら、影では裕子ちゃんを見ていることしか出来なかった。
それに、その彼から聞いて、そのゲームを香澄は始めたんだろう。
だったら、裕子ちゃんと彼がゲーム内で知り合いだった可能性は十分高いと思うよ。
まあ、これは俺の予想だけで本当のところはわからないけどね」
裕子に逢いたくても、直接逢えなかった。
これは、キャバ嬢として考えると、かなりおかしい。
どんな容姿や性格であろうと、金さえ払えば客は神様である。
堂々と指名し話しと時間を楽しめば良いだけだ。
なにより裕子自身の売り上げに繋がり、クビにもされなかったはず。
しかし、ゲーマーとして一年以上を過ごした経験から考えると納得は出来た。
あの頭のおかしい連中が偉そうにたむろする世界、まともな奴らなんて数は少ない。
だが、あれは虚勢だ。
始めたころは気づかなかったが、弱いチンピラが強い者を演じるように、ただ吠えているだけだと知っていた。
架空世界で誇張して吠えすぎて、もはやリアルでは繕えない現実が彼らにはあるのだ。
「どうしても真実が知りたいなら、俺も同行するから彼を訪ねてみれば?」
「うん、そうする。」
次の日、若社長から貰った名刺を頼りに、経営するとされる不動産屋を訪ねてみると予想通りのことが判明した。
やはり若社長は別人だった。
キャバクラに来ていたのは無職の弟だった。
兄のカードと名刺を勝手に使って来店していたのだ。
「おらー、お前、俺の名前騙ってキャバクラに通ってやがったのか!
極潰しのクセに、このクズが!」
本物の若社長に、散々殴られ顔を腫らした弟に理由を聞いてみた。
すると観念したのか、泣きながら話し始めた。
「裕子を助けてやりたかった……。」
「助けてやりたかったって?」
「あいつ、いつもゲームの中では俺たちみたいな屑にも明るく何でも話してくれたんだ。
でも……あいつが明るくないのは、俺たちが一番知っていた。
なんとなく感じるんだ。
顔も見えない、チャットだけの付き合いかもしれないけど、悩んでいるとか、気分が優れないとか、体調が悪いとかわかるんだ。
だから、あいつの生活が苦しいのも知っていた。
……でも、俺たちには助けられる手段も合わせる顔もなかった。」
顔がわからずとも、チャットだけの付き合いだろうと、その人の現状が彼らには見えていたのだ。
「もしかしてだけど貴方たちって、あの有名な……。」
「そうさ、俺たちは裕子と同じギルドメンバーだった。
アホな理由で解散させちまったけどな。
だから、皆で話し合ったんだ。
あいつの唯一の居場所を壊した罪滅ぼしじゃないけど、助けてやろうって。」
「じゃあ、だいたい2ヶ月に一回くらい店に来てた人たちは……。」
「ああ、俺を含めたギルドメンバーたちさ。
けど、皆……、本当の現実がばれるのが怖くて一度も正面から裕子とは話も出来なかったけどな。」
「ねえ、ギルドメンバーのほぼ全員が来てたの?」
「いや『ほぼ』じゃない。
全員だ、一日に2人は行くようにしてた。
他の地方の奴らもいたけど、それでも無理してでも行ってるって言ってたよ。
それに俺らのギルドは人数も多かったから。
金に余裕がある奴は二週間に一度くらいは行くようにしていたらしいけど。」
「おいおい、それとんでもないことだぞ!?
裕子ちゃんは、本当なら指名客60人以上は持っていたってことじゃないか!」
同行してくれた弁護士の友達が驚いた。
無理はない、キャバ嬢が抱えているお客さんの数は、平均17.7人という結果があるからだ。
そうなると裕子は、平均の4倍近くの客を持っていたということになる。
売り上げは兎も角としても、指名率だけならNO.5以内は確定だった。
そこへ持って、聞いたヘルプとしての働きがあるのだ。
もしかしたらキャバ嬢として負けていたのかもしれない、とさえ思った。
しかし、不思議と悔しいとかの感情は起こらなかった。
むしろ、さすが私の師匠だ! と思った。
「ねえ、裕子が今どこにいるかわからない?」
「わからない、ゲームの中でも話したけど皆知らなかった。
あの店を辞めていたのだってアンタから聞いて知ったくらいだから……。」
「そう……。」
「もう俺らには、どうすることも出来ない。
だから頼む、頼むから裕子を助けてやってくれないか!?
裕子を助けてくれるなら、ゲームを捨てて死ぬ気で働いて、また通うから、何度だって通うよ。
頼むよ!」
「安心して、必ず見つけ出して裕子を店に戻してみせるから期待していて!」
「ありがとう、ありがとうございます。
裕子をよろしくお願いします!」
この期待は裏切られることになる。
いろいろ調べてみてわかった事実があった。
キャバクラを辞めてからの裕子は、不幸の連続だった。
まず男に言い寄られ、結局は捨てられていた。
そして安アパートすら追い出され行方がわからなくなっていた。
さらに調べる過程でわかったことがあった。
原因となった男、キャバクラに出入りする建築会社社長に近づく手段として当時在籍した裕子に目を着けた。
けし掛けたのはマネージャーだった。
あいつは使えないが、ヘルプをやらせていたから情報は持っているぞ!
裕子を辞めさせるために、男に教えたのだとマネージャーが笑いながら答えた。
男が顔を集中的に殴ったのマネージャーの指示だった。
知って激怒した香澄がNO.2、NO.3に協力を求めた。
2人もルートは違うが、香澄と同じ情報を既に得ていたのだ、話は早かった。
3人で実質的オーナーに詰め寄ることになった。
当然、事実を知ったオーナーも激怒しマネージャーをクビにした、オホーツクに行くらしい。
勿論、男にも詰め寄ったが知らないの一点張り、選挙で忙しい、しつこくするなら訴えるぞ! と言われ煙に巻かれた。
7日という期限で裕子を探すことになったが、遅かった。
探し始めて5日が過ぎ、手がかりも見つけられないころだった。
突然、新聞やニュースに裕子の名前が載った。
市議会選立候補者を刺殺しトラックに轢かれて死んだと新聞やニュースで大きく流れた。
師匠が死んだ。
『異世界』とは、かなり外れてしまいました……。
でも、こんな感じのは、すぐに書けるんですけどね……。